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過去の記憶――調査依頼

『歌声』シリーズ第八話です。

 ゼシオの街、とある宿屋で。




 美貌の戦士、ファンテは部屋から出たところで立ち尽くしていた。彼の手元には魔法の鞄(フォルダブル)が握られている。但し、それを受け取るべき黒髪の女性歌手(シンガー)、リーンは彼の目の前にもういない。転移魔法を使う黒ずくめの二人組に、たったいま拉致されたのだ。



 ファンテはだが、恐慌状態(パニック)になるのをぎりぎりの所で踏みとどまる。



 ――落ち着け。

 あんなこと(・・・・・)はもう二度と繰り返さないと決めたはずだ。その為には、どうすればいいか。




 ――まだ、終わっていない。

 ファンテは魔法の鞄を持ったまま宿を出るべく走り出す。彼の脳裏には、昔日(せきじつ)の記憶が去来する。






 冒険者達はしばしばパーティを組む。十五でこの道に入ったファンテも例外ではなかった。ファンテは銀髪、青い瞳の見目麗しい少年で、女性達の目を惹かずにはおれない存在だった。彼はグランザという少し年上の男と組んだ。グランザの剣の腕は確かで、ファンテも安心して背中を預けられた。危険が伴う任務にあって、生存率を上げるにはどうしてもそういう存在が必要になるものだ。





 ファンテには危うい一面があった。彼は、自身のダメージを顧みずに攻撃を仕掛けることが多々あった。一度など、他の冒険者が止めるのも構わず手負いの魔獣に単独で斬りかかり、返り討ちにあって生死の境を彷徨(さまよ)ったことがある。手負いの魔獣は一対多が基本。思わぬ反撃を受けることがあるからだ。




「済まない。俺なら出来ると思ったんだ」

 目覚めた病院のベッド上でファンテは悪びれること無く言い切った。その危うさが、グランザに一抹の不安を抱かせた。








 その内に二人の仲間が増え、ファンテを入れて四人のパーティになった。戦士が三人、回復術士が一人。回復術士とは薬草や魔法具(マジックス)と呼ばれる道具(アイテム)を使ってパーティメンバーの生命を守る職業だ。回復魔法を扱える魔法使いはそもそも数が少ない上、そもそも魔法使いは性格に難のある人間が多いと聞いて諦めた。ごりごりの物理パーティではあったが、組合(ギルド)でも一目置かれるパーティとして認知されるのにそう時間は掛からなかった。





 一年が経ち、ファンテ、グランザは組合で一、二を争う剣の使い手となっていた。彼らのパーティーは難しい依頼を一手に引き受け、それら全てをそつなくこなし、名声はいよいよ高まった。





 とは言え、ファンテには少し物足りなかった。

 魔獣を討伐しても、護衛任務で時には敵と対峙しても、彼はどこかで虚しさを抱えていた。自分の剣技の前に、誰もがあっさりと倒れるからだ。




 月並みな表現だが、彼の胸にはぽっかりと穴が空いている。

 求めるのはもっとひりひりする緊張。一瞬の判断ミスが死につながり、この身が砕けるような――そんなものでもなければ、この穴は埋まらない、ファンテにはそう思えていた。








 それは、更に一年が過ぎたファンテ十七歳の夏の頃だった。

「調査任務?」

 パーティのリーダーを務めているグランザが、組合の窓口の前、椅子に座って変な声を出した。彼は黒目の多い鋭い瞳で、職員から渡された依頼書を睨む。




 調査任務、西方にあるカルガの森における魔獣目撃情報の真偽を調べよ――と依頼書(そこ)には書かれていた。冒険者の仕事には護衛から討伐まで様々あるが、調査、と言うのは数少ない。何を成果とすればいいのかが曖昧だからだ。討伐なら対象の死体や首だろうし、護衛なら無傷で守りきることだ。冒険者は成果に対して報酬をもらう。では、この依頼なら? 学者でもあるまいに、報告書ということはないだろう。グランザは思う、冒険者(おれたち)報告書(そんなもの)を求めちゃいけない。




「――俺らが、魔獣はいなかったと言えば報酬は貰えるのか?」

 冗談めかすと、窓口の担当者はため息をついた。




「馬鹿言うな。そんな訳ないだろ」

「いや、しかし――調査って一体何するんだ」

 担当の男が言うには、数ヶ月前からカルガの森を通る際に魔獣を見た、との情報が頻繁に上がってくるようになったのだという。討伐するにしても正体が分からないことには対処が難しい。




「その為の調査依頼ってことだ」

「つまり、正体が分かれば報酬は出ると?」

 グランザは依頼書の報酬欄を見て目を剥いた。冒険者四人で割っても二、三年は遊んで暮らせる額だ。




「それは討伐に成功した額」調査はこっち、と言われて見た額はおよそ三分の一。それでも十分な金額だった。




「――で? 誰も()けず、これが残ってるってことは、だ」

 グランザは窓口の男に依頼書をひらひらと振る。




「実は相当に危ないだろ、この依頼」

 担当者は口ごもった。逡巡する素振りのあと、こう言った。

「正直、お勧めはしない」何かを含むような顔だった。




 ――どうするかなぁ。

 グランザは腕組みする。正直、金には困っている。冒険者は皆そうだ。この依頼に手を出すほどかと言われればそうでもない。とは言え調査だけでなく、討伐できれば破格の報酬だ。案外、すんなりと倒せるかも――。




「悪い、少し考えさせてくれ」

 この依頼、報酬がなぜこんなに高額なのかを知る必要があるとグランザは考えた。席を立つ。踵を返し、組合会館を出て仲間の待つ酒場へ向かった。

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