第7話 グリュウの思い。師匠の思い。
「辛かったら、いつでも言えよ」
「うん。大丈夫だよ」
師匠は力の入らなくなったオレを、工房の長椅子に毛布付きで寝かせてくれた。
長椅子からなら、作業してる師匠を見ることができる。師匠だって、オレの様子を覗うことができる。
「デザインはできている。あとは、それに沿うように石を削って、台座を作り、嵌めていくだけだ」
「うん」
見せてもらったデザインは、やはりため息が漏れそうなほど素晴らしかった。
自分が、師匠の手で磨かれ、あの位置に収まるのだと思うと、身体は辛くても、心はワクワクしてくる。
「いくぞ――」
師匠の声に小さく頷く。
シュッシュッと、用心深くヤスリをかける師匠。
スターの輝きをあますことなく表現するにはどうしたらいいか。オレの深く濃い緑を魅せるにはどうしたらいいか。
師匠の目には、その完成した姿が見えているのだろう。
石が割れないように慎重に手を動かすのに、その手に迷いは一切なかった。
(ヤベエ。身体がクラクラする――)
師匠がヤスリを動かすたびに、横になっていても目まいのような症状が現れる。
死にはしないと師匠に言ったものの、やはり辛いものは辛い。
(あ、メシの用意、忘れてたな――)
作ってはあるんだけど、火にかけて温めなおすこともできなかった。
悪いけど、もう立ち上がるだけの力がない。
(師匠、途中でもいいから、メシ食って寝てくれないかな)
オレに没頭してくれるのはうれしいけど、無茶だけはしてほしくない。
日が暮れ、ロウソクの灯りをともすようになっても、師匠は手を止めない。
身を襲う目まいに、ウトウトするオレには、日夜の区別も難しい。
銀を溶かし、地金を作る師匠。
ああ、石の台座を作ってくれてるのか。
地金を叩いて伸ばして、長さやバランスを見て、削って、曲げる、地金取りの作業。
あれがオレを縁取って最高の作品にしてくれるのか。
出来上がるまでは、オレがクズ石でなかったという保証はない。師匠の頑張りに応えられるだけの石だったらうれしいんだけど。
不安になるたび、「素晴らしい石になる。スゴイ石だ」っていう師匠の言葉を何度もくり返して、お守りのように胸に抱きしめる。
何度も眺めすがめつ地金とオレを見比べる師匠。
なんかさ、そこまで真剣な目で見られてると思うと、なんだかこそばゆいな――。
でも、そうやって、オレに真剣に向き合ってくれるのは悪くないな――。
だって、オレ、ずっとずっとこの時を待ってたんだもん――。
トロンとしてくる意識。
オレはその深く闇に引きずられるような感覚に逆らうことなく、意識を手放した。
* * * *
――オレ、エメラルドの精なんだ。
聞かされた時は、「なにバカ言ってんだ」とデコピンをくらわしてやろうかと思った。
大人をバカにするのもたいがいにしろよと。
しかし、すぐにコイツがウソを言ってるわけじゃないと気づく。
口調はおどけてたが、目が笑ってなかったのだ。
スターを宿した、深い緑の瞳。
グリュウという名が示す通り、緑色の目であることは以前からわかっていた。緑色の目だから「グリュウ」。コイツの親は、単純な名前をつけたんだな、ぐらいに思っていた。
それがまさか。
(妖精だったなんて、誰が思うかよ)
モノに命が宿るなんて、話には聞いていたが、そんなものただの与太話だと思っていた。
石に命があったら、俺たち宝石職人はどうしたらいい?
命ある者の身を削ってるんだぞ?
いくら妖精相手だとしても、そんなこと許されるのか?
目の前で苦しんでるヤツを見ながら石を削るなんて出来ない。
素晴らしい石だとは思ったが、グリュウが苦しんでいる以上、石を加工することはできない。
断念しようとした俺を、コイツは泣いて嫌がった。
俺に素晴らしい宝飾品にされることをずっと待っていたと言った。
祖父さんが俺になら出来ると言ったから、ずっとその時を待っていたと。
どんなに苦しくても、俺の手で宝飾品になりたいと。
(俺に、出来るのか?)
その期待に応えられるのか?
こうして石と向かい合っていても、その答えは出ない。
このエメラルドの石、グリュウは他に類を見ない、とても素晴らしい石だ。
今はまだ見ることのできない、輝き、可能性を秘めている。
それをすべて引き出すのが宝石職人の仕事。
人々を魅了してやまない宝石を作り出すこと。
その石の魅力を、美しさを最大限に引き出すことで、身にまとう人もまた美しく輝く。
だが、俺にその力があるのか?
グリュウが泣いてすがるほど、期待するだけの力が俺に。
(わからない)
今のところ、俺の作品はこの街で、まったくの不人気だ、
質屋に持って行ってようやく、宝石自体に値がつく。その程度だ。
南の国で修行してきたとはいえ、その程度の腕でコイツを扱ってもいいのか?
祖父さんからの期待。グリュウからの願い。
俺がそれに応えるには、持てる力のすべてを出し切るしかない。
どれだけ身体が辛くても、待ってくれているグリュウがいる限り。
俺は、その手を止めることなく、ヤスリで削り、鑿で叩く。
一世一代、この世に二つとない、最高の作品に仕上げてやる。