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第6話 スターエメラルド。

「ふにっ? なんですか、師匠。くすぐったいですよぉ」


 俺が散々髪をいじくったせいだろう。眠りかけてたグリュウが目を覚ます。

 トロンとした瞼。不満げな口元。

 しかし――。


 「うぎゃあっ!! 師匠、何するんですかっ!!」


 ジタバタ暴れるグリュウを抑えつけ、その瞼をパカッと指でこじ開ける。


 「スター……エメラルド……」


 グリュウの目が深い緑色なのは知っていた。しかし、その瞳孔の奥に見える六条の光はなんだ? 

 まるで、あの石ソックリじゃないか。


 「お前、……何者だ?」


 人の目にスターがあるなんて、聞いたことない。

 それに髪の色も。

 銀や金、茶色に土色、黒、赤とさまざまな色の髪があるが、緑の髪など聞いたことがない。

 それにあの重さ。

 羽根のようなというより、むしろ羽根。

 軽すぎて、人とは思えない重さだった。

 まさか、もしや、しかし、でも。

 いろんな思考が俺のなかで交錯する。

 コイツはただの弟子。祖父(じい)さんのころからここにいた、普通の弟子だ。


 普通?


 ハタと思考が止まる。

 待て。

 祖父じいさんが死んで、俺が帰ってくるまで約半年。

 コイツは何もなくなったこの工房で暮らし、一人、俺の帰りを待っていた。おそらく、食べるものも何もなかっただろう、この工房で。

 コイツは……、何者なんだ?


*     *     *     *


 あーあ。

 バレちゃったか。

 観念したオレは大きく息を吐き出して力を抜いた。

 ちょっとだけ覚悟を決めて、師匠の問いに答える。


 「そうだよ。オレ、エメラルドの精なんだ」


 普通なら「バカ言うんじゃねえ」ってゲンコツが飛んできそうなのに、師匠はそれをしなかった。

 それどころか目を真ん丸にして、その後、やっぱりって顔をした。

 あ、信じてくれるんだ。


 「師匠の祖父(じい)ちゃん、先代がさ、スッゲーオレを大事にしてくれて。気づいたらオレが生まれてたってわけ」


 モノには命が宿る。

 それは、そのモノを大事にする人がいるから宿るもの。

 先代は、ただの原石だったオレを毎日取り出しては磨き、慈しみ、声をかけてくれた。


 「お前は最高だ。この世に二つとない最高の宝石になる。ワシにはわかる」


 本当かどうかは知らないけど、それでも、褒めてもらえるのは単純にうれしかった。

 

 「オレが生まれたからかさ、先代はオレを宝飾品にはしなかったんだよ。自分にはその力がないって。オレを輝かせるのは、孫の、アンタの仕事だってずっと言ってた」


 「……俺の?」


 師匠がかすれた声を上げたので、オレも頷いて見せた。


 「アンタなら、石の素晴らしさを見極めて、最高の作品にしてくれるって。オレ、アンタにそうしてもらえるの、ちょっと楽しみにしてたんだ」


 日々、宝飾品に生まれ変わっていく仲間たち。

 売れない、「あんなもの」と師匠はグチるけど、オレにとっては、最高の出来で、憧れで、夢みたいなシロモノだった。


 「オレもいつかは、仲間たちみたいに素晴らしい作品にしてもらいたいって思ってたんだけど……。実際そうしてもらうと、なんていうのか、不安だし、恥ずかしいのな」


 身体も予想外にしんどいし、ふらつくし。きっと身が削られてるから、そのままこっちにも影響が出るんだろう。

 それに、そこまで真剣に石に向き合ってもらってると不安にもなる。

 オレにそこまでの価値があるのか?

 先代は褒めてくれたけど、オレ、ただのクズ石だったってことはないのか? 見込みのないクズ石で、師匠に「ダメだ、これは」と床に投げ捨てられるんじゃないのか?

 そうなった時の絶望。恐怖。

 オレはそれが怖くて、なにも言い出せずに、師匠の背中を見ているだけだった。

 まあ、こうしてバレちゃったわけだけど。


 「身体、辛くないのか? 削られてるんだぞ?」


 「ん――、まあなんとか。削られても無くなるわけじゃないからね」


 死にはしないよ。

 師匠に安心して欲しくて笑顔を作って見せたけど、師匠は笑ってくれなかった。

 口を真一文字に結んだまま、クルリときびすを反す師匠。

 どこへ?


 まさか。


 「あの石を、お前を使うことは中止する」


 「イヤだっ!!」


 立っている崖の先から崩れ落ちてくような絶望。思わず叫んで、師匠にすがる。

 

 「お願いだよ、オレを磨いてステキな作品にしてくれよ」


 「グリュウ、しかし……」


 「頼むよ。オレ、ずっと待ってたんだ。これぐらいなんてことないからさ。お願いだよ」


 オレを見捨てないで。

 ポロポロと涙がこぼれる。

 泣いてすがって、取り乱して。

 カッコ悪いけど、オレは必死だった。

 

 「オレ、最初は怖くて仕方なかった。オレが見かけだけのクズ石だったらどうしようって。途中で師匠に呆れられて、見捨てられたらどうしようって不安だった。でも、師匠はオレを素晴らしい石だって言ってくれた。スゴイ輝きを秘めた石だって。だから、今は違うんだ。師匠の手で磨かれて、この世に二つとない宝飾品になりたい。みんなみたいになって輝きたいんだ」


 そうしたら、あのケバケバババアに売られてもいい。師匠に二度と会えなくなってもいい。

 オレみたいな妖精のついた石、気味悪がられても、捨てられてもいい。

 けど、この中途半端なところでやめられるのが、一番つらい。

 身体よりなにより、心がつらい。

 

 「オレをみんなみたいに師匠の作品にしてくれよぉ」


 溢れた思いが涙となって、パタパタと床に落ちる。


 「――それはできない」


 絞り出された師匠の言葉に、膝から崩れ落ちる。心が鷲掴みにされ押しつぶされる。

 ああ、やっぱり、オレみたいなののついた石なんて気味悪いよな――。


 「お前を、他の石と同じようには扱えない」


 へ? それってどういう意味――?


 「お前を最高の作品に仕上げる。このル・リーデル工房、いや、ユリウス・ル・リーデル史上最高の傑作に仕立て上げてやる」


 だから泣くな。

 ふり返った師匠の笑顔が、大きく涙で歪んだ。

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