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第5話 グリュウ(緑)という弟子。

 うーん。やっぱりおかしい。


 ふらつく身体を支えようと壁にもたれる。

 先日、腹いっぱいになるほど師匠と食べたんだけどなあ。

 目まいが止まらない。

 目の前がチカチカして、ちゃんと見えない。

 オレ、やっぱどこかおかしいのかな。

 それとも――。

 作業台に向かったままの師匠の背中を見る。

 相変わらず、石に夢中の師匠。時折デザイン画と石を見比べ、納得いかないのか、デザイン画を丸めてポイッ。……もったいないから、裏紙として使えよ。

 頭抱えて悩んだかと思えば、いきなり立ち上がって部屋のなかをウロウロ。

 ブツブツ言いながら腕を組みながら。天を見上げて、またブツブツ。時折奇声もあげる。

 これ、知らない人が見たら、絶対気が触れたって思われるやつだよ。

 妥協を許さないっていうのは、職人として素晴らしいと思うけどさ。人としてはどうなの?

 そして、その石はそこまで師匠を虜にするような石なの?

 何度も師匠が窓からの光にかざして、ため息をつく。

 六条のスターが入った、処理加工のいらない、超珍しいエメラルドだっていうけど。

 もとはと言えば、長年、この工房にひっそりと置かれていたエメラルドの原石。師匠の祖父、先代がその目利きを生かして手に入れてきた石。

 原石の素晴らしさなんて、ハッキリ言ってアテにならない。

 原石の時どれほど素晴らしく見えたって、削っていけば、あれぇ?ってこともある。逆に削っていったら、スゲエってこともあるけど、それは削ってみなければわからない。

 先代は、そのあたりがわかってたのかな。

 毎日、原石だったエメラルドを大切にしていたけれど。埃を被らないようにせっせと拭いていたし、大事に手に取って話しかけたりもしていた。

 

 石を愛した先代だったからなあ。


 あ、師匠がヤスリを手に取った。

 どう削るか、決まったんだな。その背中が「やるぞっ!!」って叫んでる。

 慎重に丁寧にヤスリを動かしてく。

 熱中してやってる時はいいけど、そのうち腹が減って「メシ!!」とか言ってくるだろうから、準備しておかなくっちゃな。

 さすがに具だくさんスープは用意できないから、いつもの薄い塩味豆だけスープだけど……な。

 

 あ……れ?


 まただ。

 また目まいがする。

 ヤベエ。

 師匠の邪魔しないように、ちょっとだけ、休んでおくと……する、か……。


*     *     *     *


 「おい、メシ!!」


 作業が一段落したところで、後ろに控えてるだろう弟子に声をかける。

 本当なら、メシなどに時間を割かず、そのまま石に向き合っていたいのだが、腹が減るとイライラするし、集中力に欠ける。石に全力で向き合えないことは、とてもぐあいが悪い。


 「おい、グリュウ、メシだ!! メシ!!」


 とはいえ、長く石から離れる気はない。だから、サッサと飯を用意して欲しいのだが。


 「聞いてるのかっ? グリュ……おいっ!!」


 長椅子に倒れ込んだままのグリュウに驚き、駆け寄る。


 「ああ、師匠。スミマセン、メシなら、スープ……温めますね」


 俺の声にノロノロと顔を上げるグリュウ。けれど、その顔は真っ青で、とてもじゃないが歩ける様子じゃなかった。


 「それどころじゃないだろっ!! お前、熱でもあるんじゃないのか?」


 長椅子では辛かろう。

 その力の抜けた身体を抱き上げ、作業部屋の隣、寝室のベッドまで運ぶ――が。


 軽い。


 人って、ここまで軽いものなのか?

 少なくともグリュウは見た目13、4歳の少年だ。

 いくら食事が貧しくても、具合が悪くても、こんな羽根みたいに軽いわけがない。

 しかし、実際腕にかかる重さは羽根そのもので、人を抱いてる実感はほとんどなかった。


 気のせいか? いや、しかし――。


 疑問に思いながらも、その身体をベッドに降ろしてやる。

 

 「スミマセン、師匠……」


 よほど身体が辛いのだろう。特に抵抗することなく、ベッドに横たわる。


 まったく。

 ここまで弟子が体調を崩してたのに、それに気づかなかったとは。

 師匠として最低だろ。


 「……医者、呼んでくる」


 貧乏だ、ケチだと言ってる場合じゃない。早く診てもらった方がいい。


 「大丈夫ですよ、寝てれば、よくなりますから……」


 俺の腕をつかんで呼び止めるグリュウ。


 「いや、そんなことで治るわけないだろ」


 そんなに何度も倒れてるのに。金のことなら気にするな。


 「大丈夫ですって。それより師匠はメシ食って、仕事してください。オレなら、平気ですから」


 身体辛いだろうに、医者を呼びに行かせまいと手を離さない。

 

 「……わかった。ただし、どうにもならなくなったら、容赦なく医者を呼ぶからな」


 「……はい」


 ようやくグリュウが手を離す。

 相変わらず呼吸は浅く、苦しそうなのは変わらない。

 窓から差し込む日差しに照らされた顔は、紙のように白く、わずかに頬に紅がさしているだけだ。

 

 こんなになるまでガマンするなんて……。


 この工房、唯一の弟子。

 祖父じいさんが生きてた頃に弟子入りしたらしく、俺が修行から帰ってきた時には、一人ポツンとこの工房で暮らしていた。

 祖父さんが死んで、衰退の一途をたどるこの工房。愛想をつかして出ていくかと思ったが、コイツは変わらず俺の弟子になりたいと言った。

 石が好きで、俺の作る品を喜んでくれていた。

 俺の作品が売れないと、「師匠の作品は、絶対にキレイですよ!! この街の人に見る目がないだけです!!」って力説して励ましてくれた。

 石に夢中になると周りが見えなくなる俺のために、せっせと身の回りの世話をしてくれた。

 俺がどれだけ荒れても、石や作品を大事に扱ってくれていた。

 全然売れない師匠なのに、それでも俺を慕ってくれていた。


 グリュウ。


 ここで一緒に暮らして半年ほど経つが、いまだに素性の知れない、不思議な弟子。

 ベッドに入って楽になったのか。

 しばらくすると、安らかな寝息が聞こえてきた。

 かなり疲れが溜まっていたんだろう。

 サラリと、そのクセのある砂色の髪を撫でる。


 ん? 見間違いか?


 髪に触れた手が止まる。

 砂色だと思っていた髪。その根元の色がいつもと違うことに気がついた。

 砂色の先。そこにあったのは、どう見ても……。


 ――エメラルド。



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