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お友達は、堪忍袋

作者: 巳波 真一郎

切れた。ブチ切れた。僕の中で、得体の知れない何かの切れた音がした。

僕がずっと好きだった物を突然消された感じ。ずっと好きだったのに、正直失望した。


ある朝、確かそれはよく晴れた朝だっただろうか。朝のルーティンで何気なくニュースを見ていたらアナウンサーがこんなことを言い始めた。「〇〇容疑者が覚醒剤所持の疑いで逮捕」と。 普段だったら気に留めなかったかも知れない、が、その〇〇とは僕が初めて好きになったアーティストだったのだ。 そんな事実を簡単に受け入れられる訳が無かった。まだ夢が続いてるんだ、もうじきすれば覚める。そう思っていた。

いや、そう思いたかった。だがそれは無情にも紛れもない事実だった。


行ってきます。とりあえずさっきの事は忘れて学校に行ってみる、という事はできずに1日中そのことが頭の中をグルグル回って止まらなかった。イヤーワームのような感じ。1時間目、数学の授業は集合論だった。その後の授業も当然頭に入ってくるはずもなく…その1日は終わった。



その夜、ツイッターやネット掲示板では様々な意見が飛び交った。〇〇を擁護する人、〇〇のファンを退く人、〇〇のアンチなど、僕は正直どれにもなりたくなかった。 〇〇を擁護するには事件が重すぎるし、〇〇のファンを退きたくもなかった、そして何よりファンだったから勿論アンチにもなりたくなかった。

しばらくして、〇〇は当時所属していたバンド、事務所から抜けた。事実上芸能界引退となった。



次の日、友達の圭介に「よう!!」といつもの挨拶をしても、無視された。「おい〜鼓膜破れたのか〜w」とダル絡みをした。いつもは面倒臭そうにしながらもにしながらも笑顔で接してくれていた、なのに今日は無言で払い除けられた。 僕の脳みそは一瞬思考停止した。「ん? 何が起こってる?」もちろん友達の圭介がそうなのだから、他の人も僕を無視する。幸い僕には彼女という存在がいないのでショックはそこに止まった。無視だけでは終わらなかった。放課後、不良達にボコボコにされた。前から気に入らなかったんだとさ。 でもそんなこと単なる後付けの理由だ、一度立ち止まって考えてみた。僕が突然いじめられるようになった理由を。


一つ目は他の生徒がやった何かまずい事件の濡れ衣を着せられている。

二つ目は昨日の〇〇の事件。僕は〇〇のファンだということを学校で公言しているからだ。


パニックを起こしていた僕の脳みそではこの二つの可能性しか出すことができなかった。が生徒がなにかまずい事件を起こしたとの噂は僕の元には入っていない。 二つ目が原因か?そう考えたがそんなくだらない理由でわざわざ無視にまで至るとは思わなかった。


しかし


結局、消去法で理由は後者なのだと僕は思った。そういうことを仕組みそうな奴を僕は知ってる。僕の周りに居た人は所詮その程度の人間だったのだ。いつも絡んで、いつも話していても、ずっと一緒にいてくれて心配してくれて、自分のことのように思ってくれる本当の友達はいなかった。


家に帰った。一人で。寂しかった。悲しかった。昨日まではしていた他愛のない馬鹿話を今日はしなかったな。


またニュースを見た。〇〇はバンドメンバーに何も悪気を持っていなかった、ケロッとしていた。それがなぜか許せなかった。僕は正義漢なんかでもない。人の不幸に対して涙を流すことができるほどの優しい人間でもない。それなのに無性に腹が立って仕方なかった。 


くそが。くそが。 〇〇、やってくれたな。 お前が今まで書いてきた歌はなんだ。

友情は消えない?喧嘩しても仲直り? 俺はそれを信じて生きてきたんだぞ。俺にとって友達、圭介は人生で初めてできた親友と言っても良い存在だった。 テメーのせいで全て消し飛んだ。0に戻った。 

もういい。


次の日、俺は〇〇のファンをやめるところを見せつけるため教室で俺の持ってる全てのグッズをブチ壊してみた。 それで全て終わるなら、と。 まあ、終わるわけなかった。 完全に逆効果で友達だけじゃなくクラスメート全員に引かれた。噂が噂を呼び一瞬にして学校中にこの事は知れ渡ってしまった、先生にだって怒られた。 先生に怒られることなんて正直どうでもよくて、友達を取り戻す事に必死だった。


また家に帰った。一人。 こんなことしちゃったらもう友達をとり戻すのは無理だな、そう思った。

よし、いつもの癒しの曲を聞こうち、CDを取ろうと伸ばした手が止まった。 

そうだった、CDは全部壊しちゃったんだった、あの曲は聞けないんだ、もう俺を癒す音楽は無い、初めて自分がやった事を自覚した。 



ごめんなさい、〇〇。僕はいけない事をしちゃったみたいだ。 

僕は少しでも反省しようと切れた堪忍袋を必死で縫い合わそうとした。



あれ?僕は反省しようとしてるんじゃなくて反省を見せつけようとしてるだけじゃないか。

僕は悪人だよ、一時の感情に全てを任そうとして味方も敵だった人も全員を敵に回した。それでいて反省もしようとしない、表面上の反省を見せつけたいだけ。 

そりゃ、不良にボコられるよね、親友も失うよね、先生にも嫌われるよね、その思いを反芻する度に涙が止まらない。    まあいいさ。


僕はね、この騒動で一つだけお友達ができたよ。

そう、堪忍袋。


今日も堪忍袋を縫って、生きていく。







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