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合縁奇縁  作者: 音々
1/1

(上)

プロローグ

三月の風は仄かな温かさを含んでいて、まだ決して高いとは言えない気温を紛らわすように僕の肌を撫でた。春休みであるこの日、僕は東京のショッピングモールにいた。休日は部屋で本を読むのに限る、そう考える僕が今ショッピングモールにいるのは、隣にいる女性-ユヅキのせいだ。彼女は僕の気持ちを知ってか知らずか、

「いや~、やっぱりこういう日は友達と一緒に出掛けるに限るね」

なんて言う。彼女がそういうと不思議とそれも悪くないと思ってしまうのが悔しくて

「そうだね。ちなみに僕は一人で本を読んでいたかったけど。」

と首をすくめて見せる。

「君と友達になることは弊害が大きそうだ。」

「そんなこといって。弊害よりも楽しさが勝ってるからこうして一緒に出掛けてるんでしょ。」

彼女は僕の発言を聞いて楽しそうに笑う。その会話が楽しくて、その笑顔が眩しくて。悔しいけど、もしかしたらとっくに僕は彼女を好きになっていたのかもしれない。

僕は願う。ずっとこうやっていられたらいいのに、と。


*1

「君たちは既に三年の0学期だ。それを自覚し、冬休み中も自主学習に励むように。以上だ。」

長い先生の話が終わり、ようやく放課後を迎えられた教室は明日から冬休みという浮き足立つ気持ちからか、しばらく友達と会えないという寂しさからか、いつもより騒がしかった。一体、なぜ終業式のためだけに学校にこさせるのか。昨日の大掃除とか学年集会とかとひとまとめにしてくれればいいのに。なんてワガママを心のなかでぶつけながら帰りの支度をし、さっさと教室を出る。

僕は委員会の仕事をするため、図書室に向かった。



うちの学校では委員会はやることはほぼない。これは仕事がないわけでなく、学校が部活に特に力をいれているため、最低限の仕事量をこなせばすぐに部活に参加できるようにするため、らしい。うちの図書室はそこそこ大きく、さらに自習スペースも確保し、長期休み中も開放してある。それなのに委員会には仕事がない。図書室はどう考えても人手不足だった。

「あら、ユウキ君、今日も来てくれたの?いつも助かるわ~。人手不足でほんと、困っちゃう」

「いえ、好きでやってることですし、それに僕なんかで良ければいつでも来ますよ。よければ冬休み中も来ましょうか。」

「本当?助かるわ。はい、これ今週返却された本」

僕は返却された本をまとめて持ち、棚に戻しにいく。作業中、図書室の奥の方にいくと人の喋り声が聞こえた。なんでこういう人たちは図書室で騒げるのだろうか。きっと図書室という空間の正しい存在意義を知らないんだろうな。そう思いながら僕は注意に向かう。そこでは何人かの女子たちが楽しそうにお喋りをしてた。中には同じクラスの人も混じっている。

「すいません、図書室内では静かにしてもらえますか。」

僕に言われて彼女たちは素直に「すいません」と、本当に反省してるのかしてないのかは別にして、謝りながら出ていった。最後に出ていく人がもう一度遠慮がちにごめんね、と頭を下げて出ていったのを最後に、そこは平穏を取り戻したかのように静かになった。それからはとくにこれといったこともなく、手に入れた安寧のなか、淡々と作業をした。夕方になる頃にはすべての作業が終わっていて、先生にお疲れ様といわれた僕はお疲れ様ですとだけ返して、ここで仕事の終わりを客観的事実として手に入れた。なので図書室の適当な椅子を一つ見繕って座り、くたびれたバックから読みかけの本を一冊取り出した。夕方になった図書室は基本的に人は誰もいなくて、誰もいない静かな空間で本に没頭するというのが毎日の日課で、至福の時間だった。

僕は本に意識を沈めた。



ガラガラッ!バン!と突然大きなドアの開閉音が響き、僕の本の中にあった意識は強制的に現実に引き戻される。見ると、先程騒いでいた女子グループの中の一人がたっている。それ以外で見覚えがある気はするけど思い出せないし、思い出すつもりもないから結局は初対面とたいして変わらない気がする。まあ、彼女が何者かはどうでもよくて、言いたいのはドアくらい静かに開閉してほしいってことであって。僕は今後彼女が参考にするかどうかは別として、一応注意してみた。

「あのさ、ドアは静かに開閉してくれると助かるんだけど。」

彼女は僕に気付き少し驚いた様子で「ああ、ごめん、まだ人が中にいるとは思わなくてね。次から気を付けるよ。」と素直に謝った。そういえばさっきも一応は素直に謝ってた。反省もしてるっぽいし、根はいい人なのかも知れない。少し評価を改めようと思った。だからどうとかそういうことはないけど。僕は次から頼むよとだけいって再び本の世界に戻ろうとしたが、予想外に話しかけてきた彼女によってその試みは阻止されたのだった。

「ユウキ君ってさっきも私たちに注意したりしてたし、基本一人で本読んでるし、真面目だよねー」

どうして僕の名前を知っているのかを聞こうとおもって、すんでのところで彼女が同じクラスであることを思い出した。だから見覚えがあったのか。まあ、話したことすら無さそうだし僕には関係ないけど。なぜ彼女が図書室に来たのかは知らないが、少なくとも僕に話しかけるためではないことは明らかだ。僕なんかに油売ってないで早く用事を済ませて帰ってほしい。たまたまキリのいいところで邪魔された僕はやつあたりに近い苛立ちを勝手に覚えながら、そう願った。というか、一人で本読んでることと真面目にどんな関連性があるんだよ。

「僕は別に君が思ってるような人じゃないよ。それに僕が真面目なんじゃなくて、君達が不真面目なんだよ。」

読書の邪魔をされた仕返しにどうせなら皮肉の一つでも言ってやろうと思って言ってみたが、彼女はとくに気にした様子もなく「かもねー。」なんて言って笑った。そこでふと彼女が深刻な顔になり

「それよりユウキ君さ、ネックレス知らない?月の形の奴。」

と僕に聞く。なるほど、それで図書室に来たのか。そういえば来たときわずかに肩で息をしてたようにも思う。もしかしたら彼女にとってはわりと緊急事態なのかもしれない。でも、ずっとここにいたけど生憎今日は落とし物はなにも届いてない。

「残念だけど、今日はとくに落とし物は届いてないし、僕自身見かけてないかな。」

「んー。そっか。」

そういいつつ彼女は放課後すぐに皆で集まってた場所あたりを探し始める。

「それって大切なもの?」

「うん。そこそこねー。」

彼女はうろうろ図書室内を探していて、その顔から必死さが見てとれる。僕は小さくため息をつく。

「手伝うよ。図書室は僕が探してあげるから、君は他の思い当たる場所いって。」

僕がそういうと彼女は心底驚いた顔をした。

「え、手伝ってくれるの?」

「嫌なら手伝わないけど。」

「え、あ、いや、待って。お願いします!お願いします!」

そんなに僕が手伝うのが以外なのか、というくらいオーバーなリアクションで彼女は頭を下げる。別に困っている人見かけたら普通助けるでしょ。その後どぎまぎした様子をただしながら彼女は再度ありがとうとお礼をいって部屋を出ようとする。

「まって、君が見つけたらそのまま帰ればいいけど、万が一僕がみたけたら連絡いれたいから連絡先交換して。」

そういうと彼女は「ああ、確かにね。」とうなずきながら連絡先を交換する。交換したあとで彼女は軽く笑ってこういった

「えへへ。ぼっちな君にとっての初めての連絡先だね。」

こいつ、探すのやめてやろうかな。



結果だけいえば彼女がいった特徴と合致する落とし物はすぐ見つかった。すぐに彼女に「それらしいものは見つかった。」と写真付きで連絡する。あとはこれがちゃんと彼女の探し物で、彼女が気づいて取りに来ればハッピーエンド。それを待つだけのしばらくの暇な時間を適当に読書して潰していたらわりと早い時間でドアが開いた。今度は雅に開かれたドアに、やはり彼女は根はいい人かもしれない、と思った。

「見つかったって本当?!」

「んー、まあ、写真のであってるのなら。」

走ってきたと容易に想像できるくらいに息をきらしながら僕に詰め寄る彼女を見て、見つかって良かったねと他人事ながら思いつつ、「はい」とネックレスを渡す。

「うわー!ほんと、見つからないからどうしようと思ってた!助かったよ、ありがとう!」

「どういたしまして。」

「それにしてもどこで見つけたの?私図書室探したとき全然見つからなかったのに。本人じゃなくて手伝ってくれてる人があっさり見つけるなんて、なんかほんと申し訳ないわ。」

「別に。こういうのは落とした本人は『ここで落としたはず』っていう感覚にとらわれて同じ場所を探して別の場所を見落としがちだから、第3者が意外と簡単にポンッと見つけるのは必然的な気もするけどね。」

僕はそういいながら、「ほらそこ」とネックレスを見つけた場所を指差した。

「へー。そんなとこよったっけ。よく見つけたねー。というか、関係ないけど、なんというかユウキ君ってやっぱり思ったより普通に話せるよね。教室でいつも一人で本呼んでるし、いちいち人に律儀に注意するから、接しにくそうな普段からはそんな様子全くとれない。」

「君、よく周りから失礼って言われない?その無遠慮な発言はきっといつかだれかを傷つけると思うんだよね。」

あと、人に注意をするときは僕に少なからず迷惑がかかってるときだけだ。静かにしろと注意した件も、僕が静かな図書室が好きだからっていうのが理由の半分くらい占めてる。損得勘定無しで行動できるほど僕はお人好しじゃない。まあそれを彼女に言ったところでどうしようもないのでいわないが。

「あははー。思ったことを素直に口にできるのが私のいいところなので。」

その後も彼女は帰ってくれることはなく、本を読みたい僕を邪魔するかのようになにかと話をふった。

なかでも僕を困らせたのが「なぜ友達を作ろうとしないのか」と「なぜ私のことを君と呼ぶのか」という質問だ。前者は最初は僕は作ろうとしているけど人見知りだからできないって言ったら、彼女は「どうしてもユウキくんがわざと人を避けているように見える」といたいとこをついた。そんなこと言われてもどうしようもないのでやめてほしい。嫌な記憶を思い出してズキッと頭痛がした気がした。次に「なぜ君と呼ぶのか」だが、これはシンプルに彼女の名前をおぼえてないからなんだけど、そう言った瞬間、「はあ?信じらんない!同じクラスでしょ?クラスメイトの名前も覚えてないの?」とすごい剣幕で迫られた。こればっかりは僕が悪いのでとりあえず謝っておいた。いやでも、クラスメイトとはいえあんまり話さない人の名前を覚えてない人はわりといそうな気がする。結局教えて貰った彼女の名前はもうすでに覚えてないし、そもそももう話す機会はないだろうからどうでもいいけど。

はあ。彼女と会話を続けたら疲れそうだ。というか疲れた。僕は彼女の発言を窓のそとを眺めながら適当な相づちで返す。外はもう太陽がとっくに沈み、だいぶ暗くなっていた。気づけば生徒が完全に下校しなければならない時間まであと少しだ。結局今日はたいして本読めなかったな。まあいいけど。

「んで。君はもう帰るの?」

僕が切り出すと彼女は「そうだね、帰るよ。」と頷く。

「なら駅までついていくよ。僕もそろそろ帰るし。もう遅い時間だから君みたいに可愛い女のこがひとりで歩くのはなにかと危険だろうし。」

彼女は「え?!あ、そ、そうかもね。」となぜか驚いた表情をしながら僕の提案に答える。

「ユウキくん、もしかして私のこと口説いてる?」

「は?」

突然の意味のわからない質問に僕は感情を隠すことなく声を漏らしてしまった。

「どうやったらその結論にいたったの?」

僕の質問を彼女は「わかんないならいいや。違うのね。」と軽く無視してから最初の僕の一緒に帰るかという提案にOKをだした。



学校から駅までの道のりは商店街などがあり、昼間はわりと賑やかだが、夜はなかなかどうして薄暗くて、全ての店がしまっている商店街を歩かないといけないので少し不気味だ。木々に覆われているような真っ暗な道も怖いが、こういうシャッターだらけの暗い商店街も絶妙に怖い。そんなどうでもいいことを考えながら、二人であるく。正直、二人きりとか無言でも話しかけられても気まずい。その二択で当然の如く彼女は話すほうを選ぶ。

「ねえ。」

彼女が僕に話しかける。あぁ、駅まで遠いなぁ。

「ユウキ君っていつも1人で本読んでるけど、友達とかいないの?」

「いないね。」

そもそも作る気もないし。というか、その点は君がさっき散々質問責めしたでしょ。

「いたこともないの?」

嫌な質問に僕は「想像に任せるよ」と適当に答えた。

「ふーん。ねえ、私が友達になってあげようか?」

悪戯っぽく笑いながら彼女が言う。

「いや、いい、いらない。僕は君と仲良くする気はないよ。」

「えー、なにが不満なのさー。自分で言うのもあれだけど、私そんな嫌なところなくない?こうして一緒に帰るようになったのも何かの縁でしょ。」

「確かに君は可愛いし気配りできるし、多分いい人なんだろうけど、僕の問題。それに君みたいな賑やかな人が友達にいるとなにかと心労が絶えなそうだ。」

僕の言葉に彼女は「な?!」と驚愕の表情を浮かべる。もしかして賑やかな人っていう自覚なかったのかな。それとも断られると思ってなかったのか。というか、そもそも多分彼女みたいなタイプの人も僕のことそんな好きじゃないでしょ。既に十分な友達がいるとおもうから、僕と仲良くするくらいならその人たちともっと仲良くなった方が楽しいとおもう。そもそも、生憎僕は友達を作る気はない。そんな僕にとって困る話題を捌いていたら駅に着き、ありがたいことにちょうどのタイミングで電車がくる。僕らは電車にのる。電車の中は適度に空いていて、いくつか席が空いていたが、彼女の隣に座ることを躊躇して僕が「君が座りなよ。」と言ったが、彼女は「二人座れるでしょ。」と言い、半ば無理やり僕を座らせた。電車が駅につくまでは「学期末のテストどうだった?」とか「冬休みなにか予定あるの?」とか、他愛ない話を(主に彼女が)した。彼女と話すのは意外と退屈しなくて、やがて僕が降りる駅のひとつ前につくまで思いの外悪くない時間を過ごせた、かもしれない。一応「僕、次の駅で降りるから。」と告げる。

「へー。私はユウキ君の降りる駅の次の駅ー。」

足をぶらぶらさせながらそういう彼女は心なしか寂しそうに見えた気がした。僕が降りる駅につく直前、彼女はふと

「今日はホントにありがとう。助かったよ。」

と言った。そう何度もありがとうと言われるとさすがにこっちも照れる。

「君がいるとせっかく静かな図書室が騒がしくなりそうだったからね。仕方なく、だよ。」

電車が駅につき、ドアが開いたので僕はゆっくり立ち上がる。彼女にじゃあねと言われたので僕もじゃあねと返し電車を出る。

冬の夜風は冷たく、マフラーや手袋を着けていようがどうしても身体が冷える。最近はそればかり感じていたのに今日の夜道はなぜかいつもより暖かく感じた。


*2

僕がその失態に気づいたのは12月28日、つまり、終業式で学校が終わり、冬休みが始まった最初の日の朝9時のことだ。おかしいと思ったんだ。いつもはならない携帯の音がなったから。親だと思ってなにも考えずに開いたら「yuzu」って名前の人からのメッセージだった。そういえば昨日探し物手伝う過程で連絡先を交換したのを忘れていた。嫌な予感しかしないが一応内容を確認する。

「やほやほ!昨日はホントにありがとう。お礼がしたいんだけど、今日のお昼空いてるかな?というかどーせユウキ君空いてるでしょ。お昼の12

時に昨日君が降りた駅の改札前集合ね。待ってるよ。」

最悪だ。こんなことになるなら探し物を手伝わなければよかった。いや、そこはいい。問題は連絡先の交換をしたことか、あとは昨日のうちに連絡先を消さなかったこととかか。後悔先に立たずということわざもあるが、勘弁してほしい、正直めんどくさい。昨日のことから彼女は思ったより接しやすいし、いい人であることは判明している。が、だからといってべつに嬉々として関わりたいわけではない。などを数分間思い悩んだ結果、お礼をしたいといってるのを無下に断ることもできないから今日くらいは付き合うことをきめた。僕はため息をこぼしながら「わかった。」を20分かけて打った。



集合場所には10分前についた。彼女は12時着の電車に乗ってくるだろうからあと10分とちょっとを本でも読んで待とうかとか思っていたのだけれども、予想に反して彼女は既に駅で僕を待っていた。田舎であるここで一本前の電車で来たということは彼女は少なくとも30分程度は待っているということになる。僕は少し申し訳なくなる。

「ごめん、まさかもういるなんて。待たせたね。」

「全然~。じゃあ早速いこう。お礼だからおごるよ。」

「本当?嬉しいね。ならお言葉に甘えさせて貰おうかな。それで、今日はどこをご馳走してくれるの?」

「お、いいね、乗り気だね。そういうの嫌いじゃないよ。今日は私の家の近くの美味しい場所紹介してあげるよ。」

「へえ。期待してるよ」

任せて!と意気込む彼女の横で僕はふと気づく。

「あれ、でもそれなら集合場所は最初っから君の家の近くの方の駅で良かったんじゃないの。」

「んー。でもそうするとユウキ君断るかもしれないでしょ。だから罪悪感をあおるためにわざわざ出向いて待つことにしたの。定期あるからべつに損もしないし。」

「....君、思ったよりなかなかに最低だね。良心とか持ち合わせてないの?」

「もってるからわざわざこうしてお礼をしに来たんじゃん」

自慢気な顔で彼女は胸を張る。

「じゃあ君はきっと二重人格なんだよ。僕の前では良心をもった君だけ表に出しといてよ。」

ひどーい、さいてーと僕を罵る彼女に「それと、」と言葉を付け加える。

「心配しなくても僕は絶対に約束は守るんだ。果たせない約束は最初からしない。」

「ふーん。じゃあとりあえずはそういうことにしとくよ。」

とりあえずってなんだ。とまあ、そんな風に話しながら電車を待っていたら思ったよりすぐに電車は来た。僕と彼女はそれに乗り込む。

「あ、ねえねえ、なんで電車ってガタンゴトンって音立てるか知ってる?」

電車に乗り込んでからも彼女が静かになることはなく、僕に話しかけた。

「あれはレールの金属が夏に熱膨張を起こしてもレールがずれないようにあえてレールとレールの間に隙間を作ってるからガタンゴトンってなるんだよ。」

「なんで知ってるのさ。つまんないなあ。そんなんだから友達いないんだよ。友達いないと寂しいよー。」

「なんで知ってたらダメなのさ。それと、僕の博識と友達がいないことになんの関係があるんだよ。」

というか、僕はべつに友達がほしいとは思わないし。

一駅しか違わない目的の駅までは、そんな下らない雑談をしていたらあっという間だった。

「じゃあ案内するね。」

僕はいわれるがまま彼女についていく。彼女が案内してくれたのは小さいラーメン屋だった。

「ここ!すごい美味しいの。」

少し以外だった。彼女みたいな人は、もっとお洒落なカフェとかそういう場所がお気に入りなのだと思っていた。ちなみにソースは僕の偏見100%だ。

「なかなかいい匂いするね。今から食べるのが楽しみだよ。」

「でしょ!」

彼女はただでさえ高いテンションをさらに上げて店のなかに入る。

中は小さいながらもお客さんがびっしりうまってて、なるほど、本当に美味しいんだろうな、と思った。店主は彼女に気づくと気さくに声をかけてきた。

「やあお嬢ちゃん!毎度あり。今日は彼氏とかい?」

「やだな大将!友達ですよ、友達」

「おおそうか。『まだ』友達なんだな。」

「まだ」に謎なイントネーションを置く店主に彼女は「ホントにそういうのじゃないですから」といいながら店員の案内で席に座る。

「照れちゃうね。私たちのこと彼氏と彼女だって勘違いされちゃったね。ただの友達なのにね。」

「そうだね。まだ友達ですらないのに友達って勘違いされちゃったね。」

「もう。相変わらず意地悪だね。まあ私はもう友達だと思ってるからいいもんね。あ、メニュー取って。」

「まだあって2日目の人に相変わらずって使われたら僕は相変わらずって言葉の意味を辞書でひき直さなきゃいけないじゃいか。そういう君だって相変わらず意固地だね。まあ僕は友達だと思わないからいいけどね。はい、これメニュー」

中身のないやり取りを行いながら僕らはメニューを広げる。

「ちなみに私のここのおすすめは味噌ラーメン」

「そうなんだ。じゃあ味噌ラーメンにしようかな。」

「わかってるね。」

僕は彼女のおすすめどおり味噌ラーメンをとりあえず頼むことにした。料理は注文してからすぐに出て、お客さんがたくさんいるのによくここまで店を回せるものだ、と感心する。いつもよくしゃべる彼女だが食べ始めると食べるのに集中してか食事中に喋るのが行儀が悪いからか(多分前者)、食べ終わるまで一切しゃべらなかった。僕はラーメンを少なめにしてたから早く食べ終わり、その分彼女が美味しそうにラーメンを食べるのを見てた。最後のラーメンを啜り終わったところで僕の視線に気づいた彼女が「なに見てるのさ」と文句を言ってきた。少し恥ずかしそうに、なにか文句ある?って感じでこっちを見つめ返してるのがなんだか少し可愛くて面白い。

「気のせいだよ。」

真剣に抗議されそうなのでこれ以上は控えておこう。そうして二人して満足したあと、会計をすまして店を出た。

感想をいうと正直楽しかったし美味しかった。なにせ人と出掛けるのも美味しいものを食べるのも久しぶりだったから。素直に僕が

「おかげで楽しかったし美味しかったよ。ありがとう」

と言うと彼女は

「それは何よりです。そういってもらえると私も助かります」

ととても嬉しそうに微笑んだ。

帰り際、駅まで送るよ、と彼女に言われ断る理由が思い付けなかった僕は駅で彼女とわかれることになった。電車が来て僕が電車に乗る前、彼女は「またね。」といった。でも僕は「また」なんて勘弁してほしいので、「またね」と答えるかわりにじゃあねとだけ言って電車に乗った。不思議なことに帰りの電車は行きの電車より長く感じた。

*3

それ以降の冬休みはとくに何事もなく、いつも通り部屋で本を読んだり、学校の図書室でお手伝いをしたりして過ごした。正確にはいつも通りではなく、白坂さんから何度か遊びやら食事やらのお誘いがあったりなど、僕からしたら多少のイレギュラーなことがあったが全部丁重にお断りしたので結果としてはやっぱりいつも通り過ごした。この「いつも通り」が壊れ始めたのは冬休み明けの1月7日のお昼のことだった。僕がいつもみたいに1人で本を読んでいると1人の女子生徒が話しかけてきた。

「ねえねえ君、冬休み最初の日にユヅキと一緒にデートしてた?」

見上げると、いつも彼女と一緒にいる友達が僕に話しかけていた。当の本人は他の友達とお喋りしていた。

「君のデートの定義がわかんないからデートかどうか知らないけど、確かに冬休み最初の日に一緒に出掛けたよ。」

「やっぱり?」

彼女の友達はそれだけ確認するとありがと、といってどこかへ行った。このとき僕はこの後起こる面倒を想定して彼女の友達に嘘をつく、ないしはこのことを広めないようにお願いするべきだった。そう思ったのはもういくぶんか手遅れなとき、つまり、この発言をした翌日のことだった。朝、学校に行くなり自分に好機の視線を向けられてることを感じた。人によっては不快な類いであろうそれが、そういうのを全く気にしないタイプの僕に注がれていたというのは平和なこの学校において不幸中の幸いだったのかもしれない。ちなみに、僕がその視線の理由を知ったのはクラスの男子に話しかけられてからだった。

「なあ、久我って白坂と仲いいのか?」

そう声をかけられた僕は読んでいた本に栞を挟み、ゆっくりと質問を咀嚼する。最初、僕は白坂さんというのがわからなかった。少し考えたがパッと思い出せない、というかたぶんそもそも覚えてない名前を聞き返す。

「白坂さんって誰?」

「それとぼけてるの?それとも本当にわからないの?白坂はあそこの席の人だよ。普通あんなに可愛ければすぐ覚えるぜ。可愛いよなぁ、、、。優しいし。」

指で示された場所には例の彼女が、何人かの女子に囲まれ僕と同じように僕と仲がいいのか聞かれていた。ああ、彼女か。

「いや、別に。仲良くはないと思う。」

別に仲良くはないので適当に否定しておく。

「そうなのか。昨日斎藤が久我と白坂さんが一緒に出掛けてたのを見たっていうから意外な組み合わせだな、と思ったんだけど違うのか。白坂さん可愛いくて優しいから狙ってる人多くて、そのせいで朝からどのクラスもその噂で持ちきりだぜ。」

そういうことか。ようやく理解した。それにしても噂というのは広がるのが早いな、と思った。まさか昨日の今日でそんなに知れ渡ってるとは思わなかった。あと、どのクラスもその噂で持ちきりになる程度に彼女がどのクラスでもよく思われてるのも今更ながらにわかった。聞いた感じ、やっぱり彼女は可愛くて優しいらしい。人気者は大変そうだ。とりあえず僕は話しかけてきた男子が勘違いしてるようなので誤解のないようはなす。

「いや、僕がその白坂さん?と出掛けたのは本当。でも事情があってたまたまそういう日があったってだけ。仲良くはないかな。」

「おお、そうなのか。どんな理由があれ、一緒に出かけるなんて羨ましすぎるぜ。ま、もし好きなら早めに告白しろよ。白坂さんモテルからな。」

見当違いなアドバイスをくれた彼はそのまま他の友達のところに行き、今のやり取りを伝えてるようだった。僕は少し気になって彼女がなんて受け答えしてるのか聞き耳を立てた。人の話に興味を持つのは僕にしては珍しいことだった。

「久我くんとデートしたってまじー?!やっぱり付き合ってるの?」

「デートじゃないよー。あー、デートなのかな?二人で出掛けはしたけど。みんなが想像するような仲じゃないよ。ふつうの友達だよ。」

「それにしても久我くんと出掛けるなんて意外。久我くんっていつも教室の隅で本読んでるじゃん?話とか盛り上がるの?」

「失礼だね、久我くん意外と面白いよ」

「ユヅ、久我くんの肩持つねー。もしかして、やっぱりもう友達以上の関係に、、、」

「そんなんじゃないし。もお。そうやってユイはすぐ恋愛の話しにしようとするんだからー。この間だって....」

やがて話が僕のことからそれて、僕は冬休みの出掛けた一件がめんどくさそうな話に拗れなかったことに安堵のため息をつく。それにしても、とこの日何人もの人からこの話題を振られた僕は思う。責めるつもりではないが、たかだか一回出掛けただけなのに、こんなにめんどくさいことになるなんて。彼女の影響力と、今時の学生のゴシップ魂をなめてたかもしれない。

放課後になる頃にはさすがに僕に話し掛けてくる人はいなくなった。それでも僕と彼女が二人きりで出掛けたというニュースに皆はいまだに興味が薄れないようで、僕はなにか起こる前に早々に教室を出て、図書室へ向かう。勘弁してほしい、全く。ここまでめんどくさいことになるとは思わなかった。そんな関心を持つようなことじゃないと思うんだけどな。それともやっぱり彼女がそれくらいの影響力を持っているのか。仕方なく僕は他に関心を持つニュースを生み出せない退屈な学校と、僕を誘った彼女を逆恨みすることにした。

私はユウキくんと帰るつもりだからね。でも、そっか。一緒に帰らないのか。」

「うん。悪いけど他を当たってね。」

「そっかそっか。ユウキくんはこんな暗い夜道に可愛い女の子に1人で帰れって言うのか。ふーん。」

「他の友達は?君、友人多いだろう。」

「皆もう帰ったよ。みんな今日は部活終わるの早かったみたい。あと私が頼れる友達はユウキくんだけなわだ。」

「僕は友達じゃないけどね。」

僕はそれでもしばし逡巡した。気づけば外はもう日が沈み始めていて、女の子1人で歩いて帰すのはわずかながらに不安が残るものがあった。それに、放課後すぐということは、約二時間もわざわざ僕のことを待ってくれていたということだ。それを知ってなおやすやすと断れるほどの英断もできない。ここでじゃあ仕方ない、となるのが僕の美点であり欠点である。

「わかったよ。好きにするといい。」

そういった僕に彼女は悪戯っぽく「ユウキくんならそういってくれると思った」と笑った。

「じゃあこれ以上暗くならない内に帰ろう。」

「うん。」

彼女と二人きりで歩く学校はなぜだか1人で歩くときより静かさが際立っていて、ただ二人分の上履きが廊下を叩く音だけが耳に入る。

「なんか、私たち噂されてたね。付き合ってる、とか」

予想通り静寂に絶えられなかった彼女が僕に話しかけてくる。

「そうだね。」

「照れちゃうよね、恋人なの?だって。」

「ああ、そういえば確かに君たちそんな話してたね。友達ですらないのにね。」

僕がそういうと、彼女は少しムッとした口調で

「なんでそんな頑なまでに友達って認めてくれないの?」

と口を尖らせる。こちらが彼女を見ると、すごく不服そうな、悲しそうな顔をして、彼女もこちらを見ていた。

「普通に話してくれるし。別にそんなに嫌なやつじゃないと思うんだけど、私。それとも、実は嫌い?」

そういう声はわずかに掠れている。どうやら傷つけてしまったようだ。困ったな、と思いながら僕は弁明する。

「別に君が嫌いな訳じゃないんだ。むしろ君の明るいところとか意外と根は真面目なところとか見てるとなんかほっこりするし、君のこと自体はむしろ好きなんだけど、これは僕の問題なんだ。」

そう、これは僕の問題だ。解決するまで友達は作れない。そして解決はしない。

「ふーん。そうなんだ。良くわからないけど、嫌いじゃないんだね。むしろ好きなんだ。良かった。....好き?!」

彼女は急に大声を出す。

「は、はあ?あんた、私のこと好きなの?!」

「なんだよ、僕が人を好きになるのがそんなに意外か?まあ確かに今までで好感をもった人は家族とか、あとは同年代とかだとほんとに数人くらいだから、珍しいことではあるのか。」

それにしてもそこまで驚かなくたって。

「あ、ああ、そういう意味ね。そうだよねー、知ってたー。あはは、、、」

なにか納得したような彼女だったが、なにに驚いてなにを納得したのか僕にはわからなかった。

「でもじゃあ、なおさらなんでダメなの?」

彼女は再び僕に訪ねる。僕らはいつの間にか駅まで来ていた。

「僕は絶対に君を傷付けるから。」

電子マネーを改札に通し、ピッという無機質な音をたてながら僕は改札を抜ける。

「君がどれだけ僕と仲良くなりたかろうと、僕がどれだけ仲良くなりたかろうと、最終的に僕は君の心を傷つけてしまう。仲良くなればなるほど。だから僕は人とは仲良くしたくない。当然、君とも。」

「なんでそういいきれるの。」

彼女もピッと軽快な音を響かせながら後ろに続く。

「私こう見えてメンタル強いよ。」

「安心していいよ、僕からしたら君の今までの言動は既に充分メンタル強そうだから、ぜんぜん『こう見えて』じゃない。想像どおり。」

「それってどういう意味よ。」

「言葉通りの意味だよ。」

「まあいいや。それよりなんで傷つけるっていいきれるの?もしよかったら私に教えてよ。私はユウキくんの力になりたい。」

本当に彼女は優しいな、とつくづく思う。でもだからといって実はこうなんです、と教えれる問題でもない。その程度の問題ならとっくに1人で何とかしてる。僕は電車に乗り込みながら答える。

「それが生憎よくないんだよ、僕こう見えてガラスのメンタルだからさ。僕が気にするよ。」

「安心していいよ、それ私の見立てでは防弾ガラスだから」

「それってどういう意味なの?」

「言葉通りの意味だよ。」

彼女はふふふ、と面白そうに笑って

「まあ、話したくないなら無理にとは言わないわよ。ただ私はユウキくんの力になりたいってだけ。」

「なら僕は君が傷付くようになる前に僕との関わりを断って欲しいかな。」

「それは残念ながらできないな。だってユウキくんが私を嫌いじゃないって判明してしまったし。それに、私はもう十分ユウキ君に好感をもってるから、手遅れだよ。」

「そうか。じゃあもうしばらくは君に力になれることはないから、僕には話し掛けなくていいよ。」

「そう意地悪言わないでよ。これからも仲良くしよ。」

それから彼女は僕に色々と話し掛けてきた。僕はいつかは振り払わないといけない彼女との時間を、今だけ少し楽しんだ。


*4

ある程度予想はしていたが、彼女が僕に話しかけなくなるなんてことはなく、それどころかあれからはもう会うたびに彼女は僕に話し掛けるようになった。朝あったときや学校の休み時間。休みの日はメッセージが届いたり。あげく、僕の放課後遅い時間の図書室の1人の時間はもはや彼女との2人の時間になってしまった。いやまあ僕は誰かに図書室に来るなと言える権限はないし、というか図書室は誰が使おうと勝手なのだが。何度か「僕とは関わらないほうがいいよ」と言ったのだが、当然彼女が聞き入れるはずもなかった。彼女は僕と違い、友人は多いので毎日、毎回、というわけじゃないが、2日に一回は話し掛けられた。めんどくさいのが、それに伴い、クラスの他の人が彼女と僕の関係に興味を持ち、僕にそのことを聞くようになった。

「なあ、久我と白坂さんってどういう関係なの?」

この言葉をいったい何回聞いただろうか。その度に僕は適当に返事していたが、最近は最早返事することすら億劫で、途中から「彼女に聞いてよ。」と押し付けることにした。クラスメイトは僕に聞くことを諦め、彼女に聞くようになった。

結果、彼女は僕との関係を親しい友人と触れ回ったらしく、僕と彼女はすっかり僕意外公認の僕の友達となったわけだ。さて、そんな僕意外公認の僕の友達である彼女は先日、図書室で平穏を望んでいる僕にこんな頼みを持ってきた。

「お願い、私に勉強を教えて!」

テストから約一週間前のことだった。当然のごとくいやだった僕は今まで多くの人を撃退した方法で彼女を退けることを決意する。ようするに、自分が使える知識と経験、そして表情筋を最大限に活用し、できるだけ 嫌そうな顔 をすることにした。

「うわあ、露骨に嫌そうな顔をするんじゃん。」

よし。無事に目的は達成したので、あとは彼女が諦めてくれればいいわけだが…

「まあまあ。そんな顔せずにさ。私と君の仲じゃん。」

そうだよな、これですんなり諦めてくれるようならそもそもここ最近こんな付きまとわれる羽目にならないよな。

「2つある。一つ、なんで僕なの。もう一つ、僕と君はどんな仲なの。」

「一つ目に対する答えは私の友達の中で一番頭いいから。順位が発表されるとき、毎回トップ15に入るくらいの友達を私は君以外に知りませ~ん。もう一つに対する答えはとっても仲良しな友達。」

「じゃあ勉強として一つだけ教えて上げるよ。僕と君は友達じゃないよ。これテストに出るから。」

にこにこと楽しそうにしている彼女を、僕は適当にあしらう。

「もう、いいじゃん。けち~。」

彼女と僕の痛む良心を無視して僕は再び本を開く。彼女はその隣に座り、僕の本を覗き込む。

「…なにしてるの?まさかとは思うけど君も小説に興味をもったの?」

「まさか。君が諦めるまでずっと邪魔してやろうと思って。」

「度々疑問に思うんだけどさ、君、その性格でよく友達いるよね。」

たちが悪いと思うんだけど、僕だけかな?

「友達の前ではやんないからね。君だけだよ。と、く、べ、つ。」

彼女は甘えたような可愛らしい顔と口調をつくり、どこかのラブコメのヒロインに出てきそうな感じでそう言った。

「それデレてるつもり?もしそうなら僕の前ではもうやらなくていいよ。ストレスで胃が痛くなりそうだ。まあいいよ、ギブ。教えてあげるよ。君なら本当に教えてあげるまで粘りそうだ。」

「やった、ありがと!」

両手をあげて降参を示すと彼女は嬉しそうに笑った。

彼女に勉強会と名付けられた不本意なそれは彼女の家でやることになった。僕の家は上げれないし、そもそも彼女とて男の家で、というのは嫌だろう。図書館か図書室とかでよかったのだが、彼女が「家のほうが集中できるし、図書室とかは静かにしなきゃだから勉強教えるには不向きでしょ。私の家でやろう」というのでお言葉に甘えた。この日、僕のしばらくの予定は勉強を教えるという日程で埋められることが決まった。そういう経緯で今、僕は彼女の家の前にいる。彼女は僕を家まで案内し、「少しだけ待ってて」と言って家の中に一瞬姿を消したが、すぐに出てきて「いいよ、入って」と僕を招いた。「お邪魔します」と言いながら彼女の家に入る。

「今私の家族は家にいないから、気使わなくていいよ。良かったね、今ならなにをしてもユウキくんを止めれる人はいないよ。」

別になにをするつもりもないが、どう答えても角がたちそうなことをいわれたのでとりあえず僕はとぼけることにした。

「どういう意味?」

「わからないならいいや。困らせようと思っただけ。」

おい、やっぱりか。

「あ、ユウキくん何か飲み物いる?」

「じゃあアイスティーをホットで貰おうかな。」

「どういう意味?」

「別に。困らせたかっただけ。」

僕がそういうと彼女は上機嫌そうに「なにそれ」といって笑った。彼女の部屋に案内された後、彼女は飲み物用意するね、と一旦部屋を出た。1人待たされた僕は軽く彼女の部屋を見渡す。意外にも綺麗に整頓されていて、ベッドに並んだ人形が可愛かった。すぐに彼女が戻ってきて、上機嫌に飲み物を渡してくれる。

「お待たせ。はい、アイスティーのホット」

僕は渡された氷入りの暖かいお茶を無言で眺める。ただの温いお茶をありがたくいただきながら、これから彼女にジョークを言うのはやめようと思った。

「それで。最初はなんの教科からやる?」

「うーん、最初はこのゲームからやろう!」

彼女は棚にしまってあったテレビゲームのソフトを取り出す。

「僕は座学を教えに来たんだ。実技は専門外でね。友達とやればいいよ。」

「えー、のり悪いなあ。いいじゃん。」

その後、僕は彼女の我が儘の説得に五分を費やし、最終的に、彼女が勉強を頑張ったらあとでやってあげることで手を打った。

「で、なにやる?」

「そうだなぁ、私、数学苦手なんだよね。」

「そっか、じゃあ数学やる?」

「いや、私、国語も苦手~。」

「国語も苦手なのか。じゃあその二つを重点的に…」

「あ、まってまって。英語も社会も理科も苦手。」

「…僕は今、少し君が苦手になったよ。」

冗談だよー、と笑う彼女に、僕はどこまでが冗談ぁったのか怖くて聞き返せなかった。彼女はとりあえず最初は数学をやろうといいながら、引き出しから問題集を取り出した。

「お、いいもの持ってるね。まさかとは思うけど、わざわざ今日のために買ったの?」

「まさか。一年生の終わりくらいのときに買ったんだよ。」

「....それにしては綺麗だね。計算では買ってからはや一年たってるんだけど。」

「ほら、余計なことはおいといて、早くやろう!」

おい、それ使ってなかっただろ。なんだか参考書がかわいそうに思えてきてならなかった。とりあえず僕らはようやく勉強を開始する。正直、僕は勉強をする意味はないのだが、ここで僕だけがなにもしないでいることで彼女の機嫌と集中を損ねるわけにはいかない。だから僕は適当に数学の問題を解く。途中何度か彼女から質問されて、微分やら積分やらを教えてあげる。しばらくして、今度は国語をやろうという話になった。そしてここでも彼女は質問をする。「はい、先生」と彼女が声を出す。

「この四字熟語の意味がわかりません。」

僕がどれ?と彼女のノートを覗き込むと、そこには達筆な字で『合縁奇縁』と書かれていた。

「あー、合縁奇縁ね。意味は…」

ある程度文に即した答えになるようにしながら、彼女に意味を教える。「へー、なるほどね」うんうんとうなずいた彼女を見て、理解してもらえたようだ、と安堵をこぼしていたら、なにを思ったのか「まさに私たちを指してるみたいな言葉だね。」なんて言い始めた。でもまあ、もしかしたらそうかもしれない。こうして君と僕が話しているのも、想像すらしていなかったことだし、不思議な縁ではあるのかもしれない。そう思ったから、否定はしなかった。そんなこんなで順調に勉強は進んだ。彼女は僕が思ったよりバカだった。が、僕が思ったより賢かった。要するに、基礎知識が大分欠落していたが、理解力は高く、一度教えたらすぐに理解し、吸収してくれた。これならテストは多分凄くいい点数を取れるんじゃないかな。

そうこう教えてるうちに時間は過ぎ、気づけば夕方になっていた。ある程度キリがよくなったところで、僕は彼女に声をかけた。

「お疲れさま。キリもいいし、今日は終わりにしよう。」

「うわ、ほんとだ!もう結構時間たったんだね。全然気づかなかった。てか、ユウキくん教えるの上手だね。凄くわかりやすかった。」

「君こそ、思ってたよりだいぶ頭いいね。」

「うわ、なにそれ。順位高い人にそう言われても嬉しくないわー。バカにしてるでしょ。」

「半分はね。もう半分は違うよ?君は理解力が高いんだ。だから僕が一度教えたら一発で理解してくれる。おまけにそれをしっかり考えて使うこともできてる。多分君は今まで理解する努力をしてなかったか、いい先生に恵まれなかったかっていうだけで、相当頭いいと思うよ。」

「えー、ほんとう?へへ、今まで誰かに頭いいとか言われたことないから、少し照れる。ん、まって?半分はバカにしてるんだよね?!危な~、騙されることだった。ユウキくんは最低だねー。」

彼女は一瞬嬉しそうにしたと思ったらすぐ不服そうな顔をつくる。少し面白かったかもしれない。それからふと

「それより、まだ時間そこそこあるけど、もう終わりでいいの?」

と聞いてくる。こういうところで彼女は根は真面目なんだな、とつくづく実感する。

「うん。一つ。人の集中力というのはどんな人でもそう長く続かない。それに適度に休息をいれた方が効率もいい。もう一つ。君が想像以上に頭がよかった。君用の勉強方法をこの前ざっくり考えたけど、作り直したい。そして最後に一つ。」

僕は指を一本立てて理由をあげていく。そして最後に立てた指をそのまま先ほど彼女が取り出したゲームへ向ける。

「僕は約束は守る。」

彼女はなんの話かわからない様子で一瞬目をぱちくりさせた。が、すぐにキョトンした表情を崩し顔を破顔させた。その笑顔が少し可愛かったとは口が裂けても彼女には言わない。

彼女が選んだゲームはパズルゲームだった。最初はルールがよくわからず彼女にぼこぼこにされ、

「弱くない?」とか、「ホントに頭いいの?」とか、さんざん煽られた僕だったが、何回かやるとコツとかを掴んだらしく、ピースを右に左に器用に動かし、最後には五分とまではいかなくとも、いい勝負をした。やがて日も暮れ、さすがにそろそろ解散しよう、という話になった。

「じゃあ、そろそろ僕は帰るよ。」

「そうだね。もうこんな時間。今日はありがと。助かったよユウキくん。このままなら赤点は回避できそう。」

「本当に感謝してね。僕の貴重な時間を奪った罪は大きいからね。」

「あーはいはい。それさえ言わなければ君のテスト百点だったよ。」

「なんのテストだよ。」

そうやって喋りながら玄関へ向かう。お邪魔しましたと僕がいうと「またね!」と言って彼女が手を振った。僕もまたね、と手を振ろうとおもったけど、ここでまたね、と返すと僕が「また」を望んでいるようになる気がしたので、代わりにじゃあね、と返して彼女の家を出た。帰り道、電車に乗ったところで欠伸が出た。明日も勉強を教えなければならない。今日は早く寝ようと思った。


それからも2人で図書室やら彼女の家やらでひたすら勉強をした。彼女はやる時はとことんやってくれるので、あっという間に要点をおさえ、必要なことを暗記し、公式を覚え、活用できるようになった。そうして、テスト前日にはすっかりテスト対策を仕上げていた。

「初日から思ってたけど、頭いいね。覚えるのが早いよ。これなら多分今回のテストはトップ30ももしかしたら狙えるかもしれない。」

家の学校は1学年約200人くらいの田舎にしてはそこそこ人のいる学校なので、トップ30はそこそこ頭いい部類だろう。

「え、本当?!どうしよ、今からテストが楽しみ!テストが楽しみって思ったのはじめてかも。でもちょっと不安~」

彼女は心底嬉しそうに笑いながら言った。まあ、実際はやっぱりテストが終わるまでどうなるかわからないからなんとも言えないのだけど、彼女ならなにがあっても大丈夫だろうと思った。

「そうだね、じゃあ、やる気をださせてあげるよ。もし君がトップ20に入れたら、無理のない範囲で君のお願いひとつを聞いてあげるよ。どう?やる気でた?」

「うわ、出た!超出た!言ったからね。絶対だよ!」

目標は高いところに設定した方がいい、と誰か偉い人が言っていたので、僕はそれを見習って彼女がぎりぎり無理そうな場所にご褒美を用意した。これなら彼女も張り切ってやってくれるだろう。きっといい点をとってくれるに違いない。僕は最後に彼女にじゃあねと言って別れた。

ふと僕は今の行動を振り返って変な気持ちになった。なぜ今僕は全く自分にメリットのない方法で彼女のやる気をあげたのだろうか。僕は自身の不可解な行動に頭を抱えながら家に帰った。家についても答えは見つからなかった。これはテストより難しそうだ。


*5

うとうとしかけていた僕を起こすように学校のチャイムが鳴り、先生がテストの終わりの合図を告げる。席の一番後ろの人がテストを回収し、先生は数を数えたあとテストお疲れ様、と軽いホームルームを済ました後ですぐに放課後となった。とたん、教室は息を吹き返したように騒がしくなり、皆がやれ問1が難しかっただの、やれ計算が不安だのとテストの報告を始める。僕は正直成績なんて興味ないし必要ないのでさっさと帰り支度をする。今日は図書室でなにを読もうか、と持ってきた三冊の小説を頭に浮かべながら教室を出る。廊下にはまだ誰もいなく、僕らのクラスが一番最初にホームルームが終わったらしかった。僕はまだ静かな廊下を歩き、図書室へと向かった。図書室はテスト前は人がいっぱいだったが、テスト後はもはやガラガラにすいていた。先生に軽く挨拶して、僕は返却されていた本をまとめて運び、順番に並べていく。ちょうどすべての本を並べ終わったくらいでやはり彼女が図書室に来た。ここ最近彼女はよく図書室に来ていたので、彼女と先生はすっかり仲がよくなっていた。先生は「あら、白坂さんいらっしゃい。」と声をかける。彼女も「どうもー」と返事を返していた。彼女はすぐ僕を見つけると「あっ!いた。ひどいよ、気付いたら教室いないんだもん。テストのできを話そうと思ったのに。」

と不服そうに言った。なぜか図書室の先生も

「あらあら。久我くん、白坂さんをまってあげなきゃだめじゃない。」

と優しそうに笑いながら彼女を擁護する。

「そういうのは友達とするといいよ。僕は自分のも他人のも興味ない。」

「いいじゃん、別に。友達でしょ?私ユウキくんのおかげでめっちゃできたよ!ユウキくんはどうだった?」

「まあめっちゃできたから僕をわざわざ探して報告してるんだろうね。それは僕のおかげじゃなくて君の力だから。別に僕に報告しなくていいよ。あと、僕はいつも通り、普通だったよ。」

「えー、そんなことないよ、ユウキ君のおかげだよ。例えばー、合縁奇縁、とか。あれ、私ちゃんとできたよ。」

「ふーん。じゃあまあ、テスト返却楽しみにしとくよ。」

「トップ20で頼みごと聞く約束忘れないでよね!」

彼女の発言は周りの温度を下げたようで、僕の背筋は凍りついてしまった。…忘れてた。なにをお願いされるのだろうか。さっき楽しみにしとくとか言ったけど、前言撤回。僕は明日からのテスト返却が気が気ではなくなってしまった。

テスト翌日からテスト返却はすぐに始まった。相も変わらず多くの人がたかがテストの点に一喜一憂していて、下らないな、と偉そうに思う僕はたぶんテストの点に一喜一憂できることにたいして僻んでるんだと思う。テスト返却日課は学校が午前だけで終わる。そしてそれが理由なのかはよく知らないが、図書室も閉まっている。鍵をもってるとは言え、さすがに午後丸々いっぱいを図書室で過ごすくらいなら家で本を読む。そんな僕はさっさと帰りはじめる。もともと人を避けていた僕にとって彼女と話すことは色々とつかれた。彼女もテストが終わって久々に友達とカラオケだのなんだのと遊んだりするようで、特に僕に話しかけてこなかった。ようやく訪れた1人きりの時間は好きなだけ読書をでき、有意義に扱えた。そうして本屋へよったり、本を読んだりとのらりくらり時間を浪費してたらあっという間に一週間がたった。それはとても平穏な一週間だった。最近は彼女によく話しかけられていたため、久々に訪れた1人きりの時間は今まで以上に貴重に使うよう務めた僕は、この一週間を存分に楽しむことができた。どこかいつもより虚しい気分がしたのはたぶん気のせいだ。そうして迎えたテスト返却明けの月曜日の放課後、遂にテストの順位が廊下に貼り出された。「遂に」なんて大層な言い方をするのはテストやテストの順位にあまりたいした意味を見いだせない僕にとって不本意なのだが、なにせ彼女とうっかり取り付けてしまった約束があり、理由はどうあれ僕がドキドキとテスト順位の発表を待ったからには「遂に」発表されたのだろう。まあでも正直確認するのはめんどくさかった僕は順位を確認する気にも、人混みに行く気にもなれず、どうせ彼女は自分から報告に来るだろうしと思い、とくになにも確認せずいつものように図書室へ行き、不安をまぎらわすように読書に勤しんだ。おもむろに肩を叩かれたのは本を読み始めてすぐのことで、振りかえるとそこに彼女がいた。彼女は満面の笑みを浮かべて指の形で20をつくってみせる。僕はそれの意味するところを理解した。

「えへへ。約束守ってよ。」

「…」

僕は絶句するより他なかった。この日ほど過去の自分の行動を憎んだことはないのではないだろうか。

「それ、本当なの?」

「確認しに行ってもいいよ。」

「別に疑ってないからいいよ、めんどくさい。認めたくなかっただけ。」

話すと、彼女はぎりぎりの20位であったことや彼女自身が一番驚いてるということがわかった。まあ、そんなことがわかってもあのときの約束はどうにもならないわけで。

「一体君は僕になにを要求するの?」

「んー。じゃあね、、、」

彼女は少し間を持たせてから顔を赤らめてこう言った。

「私と友達になってよ。」

それは僕からしたら少し意外なお願いだった。

「君は僕のことを友達だと思ってるのかと思ったよ。実際、多くの人に僕との関係を友達と言っていたし。」

「それはそうだけど、ちがくて。私はユウキくんを友達だと思ってるけど、ユウキくんは私のことを頑なに友達って認めないし。でも嫌いじゃないって言うし、それに、ユウキくんの発言はたまに意味わかんないし、、と、とにかく、私はユウキくんに友達って認めて欲しいの。どっちかが誘ったら普通に一緒に出掛けて、誰かに関係を聞かれたら罪悪感なしに胸を張って友達って答えたいの!あー、もう、恥ずかしいこと言わせないで!」

彼女は言葉にできないなにかを必死に僕に伝えようとしていて、真っ赤な顔で色々と言葉を繋いで僕に説明をした。それが僕には面白くて。

「ぷ、ぷふ、ははは。」

とつい声に出して笑ってしまった。彼女はわずかに赤らめていた顔をさらに赤くして

「もー!もー!笑わないで。さいってー」

と批難を僕に浴びせた。

「いやあ。ごめんごめん。白坂さんがそんな真剣に僕のこと考えてくれてるなんて思わなかったからさ。もう君の中では僕とは友達ってことで完結してると思ってたのに。せっかくのお願いを真剣な顔で『友達になって。』なんかに使うから。」

あー、だめだ。なんか笑っちゃう。

「二度とユウキくんに真剣な話しないから」

顔を真っ赤にしながら彼女はそっぽを向く。

「ごめんってば。それにしても友達ねえ。君は本当に、なんていうか。変なところで真面目だよね。僕はいいんだけどさ。でも多分君は絶対に傷付くよ。仲よくなればなるほど、傷付くと思うよ。」

「いいよ。別に。私はユウキくんの事情なんか知らないし、教えてくれなそうだから知る術もない。ただ、今わかってるのはユウキくんと仲良くなりたいってことだけ。だったらいつか傷付くことを恐れるより、今友達になりたいと思う。それに私、少なくとも後悔はしないと思う。だって、ユウキくんと話すのは楽しいもん。」

「かっこいいね。そうか、ならいいよ。なろう、友達。君みたいなかわいくて素敵な人がここまで友達になりたがってたら断る人なんていないよ。」

僕は流石に諦めて彼女と友達になることを誓った。それは今の僕らにとってきっととても喜ばしいことで、でも未来の僕らにとってきっととても悲しいことなんだろうな、と僕は勝手に予想した。でも彼女の言う通りかもしれない。大事なのはいつかより今なのかもしれない。それに。僕は思う。それに、彼女なら、もしかしたらこんな日々も、傷つくことも、全部込みで思い出と言って笑ってくれるかもしれない。いや、それは希望的観測過ぎるだろうか。彼女は嬉しさからか、さらに顔を赤くしていた。夕日に染まっていて、綺麗だった。


*6

その後適当に喋ってから、僕らは帰った。

「それにしても、まさか君から友達になりたいなんて言葉が聞けるとは思わなかったよ。」

帰り道、ふと思い出してちょっといじってみる。

「やめて!次言ったら殴るから。だいたい、元をたどれば全部ユウキくんのせいだから」

彼女は僕を睨む。こわ。というかさすがにそれは言い掛かりがすぎるだろ、と思った。なんだかんだですぐ駅に着いた。最近思うけど、二人で帰るとなんか時間の流れがはやい気がするんだけど、気のせいかな?どうでもいいけど。電車は運悪くついさっきでたらしく、しばらくまたされることになりそうだ。

「ありがとう。」

僕は彼女にお礼を伝えた。彼女はなんのことかわからない様子で「ん?何が?」と聞いてくる。僕はぼんやりと夕焼けをみながら続ける。

「僕と友達になってくれて。僕はさ、事情で人と仲良くするのを避けてたんだけど、多くの人はある程度僕が人を避けていることにきづいたらすぐにあきらめるんだ。もちろん、それは悪いことじゃない、当たり前のことだと思う。だからこそ、君が僕を見て、僕を理解しようとして、友達になろうとしてくれたのは正直嬉しかったんだ。ありがとう。」

「え、え、なに?急に。恥ずかしいんだけど。前から思ってたけど、ユウキくんて羞恥心ってもんが欠落してるよね。」

「前から思われてたのは心外だけど、さすがに今のが恥ずかしいのは自覚してるよ。だから君から目をそらして言ってるんじゃないか。それより恥ずかしがり屋でめんどくさがりな僕があんなに自分の意見を喋るのは珍しいんだから、素直に受け取った方がいいよ。今後二度と聞けない可能性がある。」

「えへへ、じゃあそうするよ。私こそ、ユウキくんと友達になれて嬉しい。ありがと!」

僕らは気恥ずかしくて、互いに顔を赤くしながら無言で来る電車を待った。電車が到着する頃には気恥ずかしさもだいぶなくなって、雑談しながら僕らは降りる駅まで電車に揺られた。僕はおそらくはじめて彼女に「またね」と声をかけた。彼女は弾けんばかりの笑顔で僕に「またね」と返してくれた。嬉しかった。



それからというもの、僕は放課後に白坂さんと一緒に帰る日ができた。いや、一応前から帰ってた日もあったが、ここでいいたいのは、友達として、普通に、自然に、とか、そういう意味でだ。二人で帰る日の放課後はいつもより騒々しくて、いつもより楽しかった。それからというもの、なんて言ったけど学年末テストが終われば春休みまでに残ってる登校回数は数えるほどしかなく、すぐに学校は春休みへ突入した。春休みは彼女も他の女友達とかと遊んでいるようで、たまにメッセージのやりとりをしたりするものの、会うことはなかった。まあでも、僕としては休日は本を読んで過ごしたいので、むしろ充実した時間を過ごすことが出来ていた。と思う。そうして春休みもいよいよ終わりを迎えようとしていたある日、彼女からメッセージが届いた。

「やほやほ♪元気?もう春休みも終わりだね。そろそろ私と会えなくて寂しい!そう思ってるんじゃないかい?そんなあなたに朗報!明後日とか明明後日とか暇かな?どうせ暇でしょ。ちょっと私に付き合って欲しいんだけど。」

無遠慮なそのメッセージはどうやら遊びかなにかに誘われているようだった。

「実は僕、その日はどっちも予定があるんだ。いやあ、非常に残念だったなあ。でも、諦めるしかないかなあ。残念だ。」

当然その日はどぅちも暇で、予定なんて微塵もなかったが、正直めんどくさい。あと、どこか嫌な予感がする。僕は適当に予定があると返しておく。

「ダウト!それが本当ならその予定を説明しなさい!」

「知ってた?ダウトって日本語にすると疑うって意味なんだよ。日本に定着してる意味と少しニュアンスがちがくて面白いよね。」

「あ、そうやって話をそらそうとすることはやっぱり嘘なんでしょ。」

さて、どうしたものか。まあ、べつにめんどくさいというだけで、彼女に付き合うこと自体が嫌なわけじゃないけど。迷っていたらピロンと再び彼女からメッセージがくる。

「もしかして、本当に用事あった?私に言えない系な。それならごめんね。でも、もしないならお願い。付き合って!」

「お願い」っていう魔法の呪文だと思う。こうなると断りづらい。とりあえず、僕は自らの罪悪感という傷口を広げないよう、おとなしく観念する。

「わかった、ギブ。予定なんかないです。でも、どこ行くの?」

「やった!え、場所?そ、れ、は~。明後日と明明後日のお楽しみ。集合場所は、明後日は君のところの駅前ね。時間は8:30で。よろよろ~」

こうして僕の平穏で充実した休日は、明日で終えることが決まってしまったのだった。



さて、そうして訪れた白坂さんとのお出掛けの日。僕は前回の反省をいかして、万が一にも彼女を待たせないように7:50くらいに駅に着いといた。さすがに彼女の姿は見えないので、僕は近くのベンチに腰を下ろして持参した本を読み始める。本に浸っていると突然、首筋にひんやりした感触が走った。「わっ!」と僕は声をあげる。

「ヤッホー、お待たせ。」

僕の首にいきなり手を当てる人なんてこの世に1人しか思い付かないのでわかりきってはいたが、そこには彼女がいた。時計を見ると案の定まだ8:00くらいで、彼女が一本早い電車で来たことがうかがえた。

「お待たせって、集合時間より早いんだから別に問題ないよ。僕が君を待たせるのが嫌だったから早く来ただけ。」

「おお、優しい!ユウキくんは私のためにわざわざ早く来てくれたんだねえ。」

「ごめん、訂正するよ。正確にいうと君を待たせることで生じる僕の罪悪感が嫌で早く来たんだ。」

「照れちゃって。まあいいや。じゃあ行こう!」

僕は彼女に言われるがままに電車に乗った。電車が空いているのは今が春休みだからというわけではなく、ここが田舎だからだろう。電車に座ることができるという意味ではもしかしたら田舎もお得なのかもしれない。僕らは電車に乗ったところで、他の客に迷惑にならない程度の声で会話をする。

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな。僕らは今どこへ向かっているの?」

「んー、まあいっか。そ、れ、は!東京!!でしたー」

彼女は口でどんどんパフパフ~と効果音を立てた。なるほど。そうか、東京か。

「はあ?東京?」

僕は思わずすっとんきょうな声を出した。

「へへ、驚いた?そう、私たちはなんといま、東京を目指しています。」

「へえ、そうなんだ。それじゃあ、今日はもう十分遊んだし満足だね。いやー、楽しかった。さ、帰るか。」

「なに言ってんの?まだ目的地に着いてすらないんだよ。ちゃんと付き合ってよね。約束でしょ。」

「わかった、確かにあそこで問いたださなかったのは僕の落ち度だ。二度と君に物事の決定権ならびに黙秘権を与えない。」

「まーまー、かたいこと言わずにさ!」

最悪だ。まさか東京まで付き合わされるはめになるとは。待ち合わせ時間が微妙に早いことに疑問を持つべきだった。一応お金は持ってきたけど、県外に、しかも東京に行くならせめて事前に言ってほしかった。そう抗議すると彼女は「だっていったら断るでしょ」と悪びれもせずいった。そうして見事に嵌められた僕はしばらく電車に揺られ、無事彼女と東京駅についた。

「わー、東京だ!ついたよ!東京!見てみて!人混みだよ!」

いつも高いテンションをさらに高くして、彼女はまくし立てる。

「まだ駅に着いただけなのにそんなにはしゃいでたら駅の外に出たら死ぬんじゃないかな。」

「逆にユウキくんはよく東京についてもそんなにローテンションでいられるね。死ぬんじゃない?」

「普段通りにしてるだけでこじつけで僕を殺さないで欲しい。」

ただただ広い駅を彼女とはぐれないよう必死に歩きながら、僕らはついに駅を抜けた。

「それで、東京でなにするの?」

「買い物行こうよ。買い物!」

僕はやりたいことなんかあるはずもなく、とりあえず言われるがままに彼女の買い物に付き合うことにした。二人で目の前のショッピングモールに入る。おそらく初めて入ったショッピングモールは想像の数倍大きく、思わず「広い…」と呟く。彼女はそれを聞いてまるで自分を褒めてもらったかのように嬉しそうに「でしょ?」といった。

「びっくりしたよ。僕はショッピングモールなんか行かないからね。こんなに広いものなのか。なんでも買えそうだね。なに買うの?」

「んー、服とか。でも、とくにこれを買おうっていうのは決めてなくて、見て回りながらこれいいなって思ったのを買おうかなって。」

「そうか。じゃあいろいろ回ろう。」

「お、珍しくやけに素直だね。ユウキくんもショッピングの楽しさに目覚めたかい?」

「本気で言ってるなら君は今すぐ買い物をやめて病院に行くべきだね。」

「ならどうしてさ。」

「別に。僕にそんな深い考えなんかないよ。そもそも、いつも僕は素直だよ。」

彼女はそれでも納得はいってなかった様子だが、僕はこんなどうでもいいことを追及されても困るので、話を大筋に戻した。

「じゃ、最初はどこ行くの?」

「最初はお昼かな。お腹空いた~。ほら、見て。もう12:00になるよ。」

言われるがままに時計を見る。なるほど、たしかにまもなく12:00になる。僕はお腹空いているとき、「お腹ペコペコっていうの可愛いよね」とかなんとか呟いている彼女にお昼はどこがいいかと訪ねる。

「あ、私行きたいところあるんだよね。ここのイタリアンのお店。行こ。」

彼女が行きたいと言ったのはモール内にあるイタリアンの店だった。早速二人で足を運ぶ。早速、何て言ったけど、初めて来た、しかも僕らの町の10倍は大きいようなショッピングモールで目的の場所にスムーズにたどり着けるはずもなく、彼女に「あっち!あーいや、こっち!」と振り回されながら館内をあちこち歩かされた。

「いらっしゃいませ」

やっとの思いでたどり着いた店は幸いそこまで混んでなくて、何人かの他のお客さんを少し待てばすぐに店内の席に案内された。ウェイトレスさんにメニューを渡され、僕は適当に昼食を見繕う。その正面で彼女はいちいち見慣れないメニューをみては「見てこれ!アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノだって。アーリオオーリオってなんだろうね。」とか「うわ、いんさらーた、でぃ、りーぞ…?ってなんだろうね!」とか、盛り上がりを見せた。そんなこと聞かれても知らんわ。彼女はメニューの下にある説明をみる度にはー、とかふーん、とか唸ってて、なにを注文するか迷っているようだった。

「えー、どれも美味しそう。ユウキくんはなににするか決めた?」

「僕は無難にこの一番人気って書いてあるこのアラビアータのスパゲッティにしようかと思ってるよ。君は?」

「んー、全部美味しそうだから困っちゃうよ。でも、そうだなあ、そもそも種類をどうしよう。スパゲッティにしようかな。ああ、でも肉料理的なのも捨てがたい、、あっ、ピザもいいね。」

彼女は悩みながらも店員を呼び、結局ペペロンチーノを頼んでいた。僕もアラビアータを頼み、店員さんは再度確認のため注文を繰り返してから厨房へ消えた。僕は改めて店内を見る。お洒落な内装がどこか心を落ち着かせる。

「ここ、お洒落だよねー。落ち着く。」

ちょうど彼女も同じことを考えたようで、そんなことを言った。

「珍しく君と意見が一致したね。」

他愛ない話を交わしてたら、すぐに注文した料理が届いた。料理は見た目がすでにお洒落で、いわゆる『インスタ映え』とやらを狙ってるのか、こういう場所の料理は見た目にも気を遣ってるのが普通なのか外食に疎い僕にはわからないが、とりあえず美味しそうであることに間違いはなかった。隣では彼女も言葉を失って(もともと語彙力に優れてたとは言いがたいが)、ただ「うわぁ」とか「おー」とか、シンプルな感嘆の声を漏らしていた。

「すごいね。超お洒落!ちょっと、写真撮ろう」

彼女はバッグからスマホをとりだし、写真を撮り始めた。一緒に来て先に食べ始めるのもどこか申し訳ない気がして、彼女が写真に満足行くまでゆっくり待つ。2、3回写真を撮ったあと、ふふん、と満足そうに鼻をならした彼女がスマホを再びバックにしまう。それを見届けたてから、僕らは一緒に食べ始めた。

「いただきます。」

僕は手を軽く合わせてから届いたパスタを口に運ぶ。パスタは言わずもがな美味しくて、僕に美味しい、と感嘆の声をもらさせた。それにしても、お喋りな彼女も相変わらず食事中は静かだ。僕はわずかに先に食べ終わったので、特にすることもなく彼女を見ていた。彼女は本当に美味しそうに料理を食べている。食べ終わってから僕の視線に気付き「何見てるのさ」と文句を言ってきた。それから続けて「このやり取り前もしたよね」と言って笑った。

「そうだね。あの時も僕は半ば無理やり連れてこられたんだ。君は悪逆無道だね。」

「またまた。そういって何だかんだ楽しんでるくせに。」

「君が悲しまないように楽しんでいる風に見せているんだよ。」

「何それ。楽しくないってこと?」

「真に受けないでよ。僕が君の前で間違っても楽しいなんて口にしたら、今後の僕の休日の八割が君に奪われるよ。」

美味しい食事を終えて、お会計をしようとしたらすでに彼女が済ましていて(どうやら先ほど席を立った時に払ったらしい)、僕は罪悪感に駆られながら、結果的に彼女にイタリアンをご馳走になった。申し訳ないので一度彼女にお金を返そうとしたが、断固として彼女は受け取らなかった。なんでも、「私が誘ったことだし。これくらい奢らせて。それに、今すぐに返してもらうより、貸しとして付けといたほうが面白そうだし。」とのことらしい。そんな理由で僕はまんまと奢られたのか。奢られることに「まんまと」って修飾語をつけるのは僕くらいなものだろう。大変なことになる前に早くこの貸しを返さなければ。

「それにしても、すごく美味しかったね、あの店。噂で美味しいとは聞いていたけど、ここまで美味しいとは思わなかった!また縁があればユウキくんときたいな。」

「それは多分叶わないけどたしかに美味しかったね。それに、君にそこまで褒められるなんて、店側も冥利につきるんじゃないかな。」

美味しかったのを思い出したのか、幸せそうな顔をした彼女を見ながら、僕は言った。

「みょうりに…つきる…?また難しい言葉を使うねー。まあなんとなく意味は察せるけど。」

「冥利につきるもわかんないのか。やっぱり君はバカだよ、誇っていい。」

彼女は「バカにすんな~」と口を尖らせて僕を小突く。そうやって話ながら、僕らはモール内を並んで歩く。次はどこに向かうのか、聞いてはいないが、「うーん、よさそうな場所ないかなぁ」とこぼしている彼女は先ほどからどこかを目指しているようで、僕もそれに合わせて一緒にそぶらぶらと歩く。

「どこ行こうとしてるの?」

「んー、最初は洋服屋。きっと片っ端から探せば言い店が見つかるはず…ほら!」

僕がおとなしくマップかなんかで探そうよ、と彼女の発言を否定する提案をしようとしたのを神様が遮ったかのようなタイミングで彼女はなにかを発見する。すらりと伸びた指の先に洋服屋さんがいくつか見えた。この辺は学生に人気な服を扱ってる店が集まっている場所らしい。

「この辺の店いくつかいこ!ユウキくんをお洒落にしてあげるよ。」

「いや、いい、いらない。君が君の着たい好きな服を買うといいさ」

とりあえず目の前の洋服屋に入った僕らは(というか彼女は)、さっそく色々な服を物色した。てっきり冗談で僕にお洒落をさせると言ったと思っていたが、どうやら彼女は本気で僕にお洒落をさせたいみたいで、服を選んでは僕に試着させた。僕がウキウキな彼女にさすがに苦情を言ったのは五件目の洋服屋、つまり累計8着の服を試着したときだった。

「あのさあ、何回もいうけど、僕は服なんて興味ないんだって。君が着たいのを選べばいいよ。」

「私はユウキくんの服を選びたいんだって。それにほら!お洒落をしたらモテるよ?」

「それは君みたいな可愛い人とかの考え方だよ。僕は生憎容姿に恵まれてないからその法則には当てはまらない。それに、そもそもモテたいとも思わないしね。」

「かわっ…?!ユウキくんってよくそんな普通な感じで人に可愛いとか言えるよね!やっぱり羞恥心欠落してんじゃないの?!狙ってやってるの?!」

なぜか突然顔を真っ赤にした彼女は心底あり得ないといった顔で僕のことをにらんでくる。

「なんで?褒めてるんじゃん。謙遜してるの?まあなんでもいいけど、嫌ならやめるよ、ごめん。」

僕はなぜ怒られたのかわからなかったが、怒らせるようなことをしたのだろうから、とりあえず謝ることにした。

「嫌…ではないけど。普通はそんな真面目な顔で女の子に可愛いとか面と向かっていわないと思うよ。てか、言わないの。もう!調子くるう!ほら!次の服試着するよ!」

僕の抗議むなしく続けられた僕の服選びは結果的に三着の新しい服の購入ということで幕を閉じた。正直服なんて着れればいいのでわざわざ東京で、こんなお洒落みたいなやつ買うつもりはなかったけど彼女に「似合う!かっこいい!」とか言われて悪い気がしなかったのは事実だ。でもそれを認めるのは悔しいから仕方なくだよ、と彼女と自分に言い訳をしとく。僕の服の購入を終えたあと、彼女は上機嫌で今度は自分の服を選び始めた。

「どーう、これ似合うと思う?」「うん、いいんじゃないかな。君の明るい性格に合いそうないい服だ。」「えへへ。こっちは?」「んー、似合うと思うよ。君の華やかさとよくあってて、いい意味で目立ててる。」「へー。ま、一回次の店いこう。」「これは?」「いいと思うよ。君は元が可愛いから、そういうシンプルな服も似合うね。」「なるほどねー。んーと、ここはこんだけかな。あっちの店もいってみよ。」「これとかどうよ?」「そーだね、大人っぽくて清楚な感じが出てて、可憐って感じで可愛いよ。…あのさ、僕はお洒落に興味ないから、僕に感想聞いたところであんまり参考にならないと思うよ。」

彼女は片っ端から感想を聞いてきた。僕は自分なりに思ったことを言ったけど、ファッションセンスとかないし興味もないから多分僕個人の主観的な意見しか言えてないと思う。そう伝えたら「それでいいからユウキ君の感想が聞きたい」と彼女に言われてしまった。それをきいたらさすがに無下にはできない。

「それにしてもー、ファッション興味ないとか言った割に思ったより褒めたね。」

「だから。全部僕の主観だって。語彙力とかボキャブラリーの話をしてるなら、それは君の語彙が少ないだけだよ。」

「じゃあ、そのまま主観でいいから、さっきの候補の中だったらどれが一番私に似合うと思う?理由つきで。」

死ぬほど難しい質問を4つくらいの候補とともに投げつけられた。

「は?僕に聞くの?まあいいけど。うーん、僕は白坂さんには三着目くらいに僕に見せたシンプルな服が似合うんじゃないかなと思うよ。ほら、あそこの店のやつ。理由か、、なんだろう、難しいな。君がもともと顔立ちが整ってるから、目立つ服よりシンプルなほうが君の良さが出るとかそういうのはいえるけど、何て言うんだろう、正直とくに小難しい理由とかはなくて、君がさっき着てみてて普通にあ、似合ってるなと思ったから。じゃあダメかな?」

不思議な感じだ。なんか、言葉にできないけど、すごく似合ってるなとさっき感じだ。彼女は僕の言葉を聞くとはじけんばかりの笑顔で「じゃあそれにしよう!」と言った。僕は念のため再度僕の主観だよ?と確認をとったけど、だからいいんじゃんと返されてしまった。そうして僕らは満足に服をかって洋服屋を後にした。

「次はどこにする?」

彼女に聞かれて僕はふと一つ気になっている場所を思い出した。

「君がどこでもいいなら僕は本屋に行きたい。」

「おー、いーね。本屋行こう。」

東京のショッピングモールの本屋は大きく、僕が知らない本とかがたくさんありそうだった。僕は珍しくテンションを高くしながら本屋に足を踏み入れた。

「僕は適当にいろいろな本を見て回ろうと思ってるけど、君はどうする?正直本なんて興味ないでしょ?なんなら本読んだことないんじゃない?」

「失敬な!私だってさすがに読んだことくらいあるわ。あ、そういえば私、一冊だけめちゃくちゃ好きな本があるんだよね。何て言うか感動した!」

「へえ、それはすごく興味あるな。よかったら教えてよ。」

「いいけど、多分本好きならユウキくん知ってるんじゃないかな?」

僕は彼女に頼み、彼女が好きだという本を紹介してもらった。彼女が好きだという本は恋愛小説だった。最近映画化や漫画化もした、とても面白いと人気な本だったはずだ。たしか、主人公とヒロインが最初は互いのことを嫌っていたけど、あることをきっかけにだんだん仲良くなって、そのうち恋心を自覚し、すれ違いながらも最後は付き合うという内容だった気がする。映画化もされているが実はまだ読んでいなくて、いつか読もうと思っていた本の一つだ。

「んー、知ってはいるけど、実はまだ読んだことないね。」

「そうなの?!おすすめだよ。青春って感じ。私これこんなに有名になる前からたまたま見つけたから知ってて、そのときからすごい面白いなって思ってたの。」

「へー。じゃあ今度買おうかな。」

僕はその本の名前をスマホに軽くメモしたあとで、とりあえず今日は、と前々から気になっていて、買おうとおもっていた本を手にとって購入した。

「それにしても、ホントユウキくんって本好きだよねー。教室にいるときもいつも本読んでるし。だから私、前からユウキくんに興味はあったけどなんか話しかけにくくて。そういえば、仲良くなるきっかけになった探し物手伝ってくれた日もたしか本読んでたよね?」

「そうだね。本は好きだね。本を読んでいると登場人物全員にもそれぞれ違った個性があって、本を読めば読むほど、価値観とか考え方とか、そういったものが無限に広がっていく気がするんだ。それに、本の中は自由で、つまらない現実から逃げるのにちょうどいい。」

僕はなにげに初めて言葉にしたかもしれない僕が本を好きな理由を彼女に語った。

「えー、私は現実も楽しいと思うけどな。リアルにもいろんな人がいろんな価値観考え方してるし、実際にその人と繋がれるんだから、楽しくない?でも、ユウキくんの言いたいことはわかった。なるほどなるほど。」

「だからこうしている間も、本当は家で本を読んでいたかったよ。君に拉致されていなければね。」

「拉致とは人聞きの悪い。現実逃避が趣味の君に楽しい現実もあると教えてあげてるんだよ。いやー、やっぱりこういう日は友達と一緒に出掛けるに限るね。」

ちょっと芝居がかった調子で彼女は言う。そんなことはないと言おうと思ったけど、もしかしたら、と僕は思う。もしかしたら、やはり僕も仲のいい人と一緒に出掛けるのは実は好きなのかもしれない。一人で読者をするのが好きなのは間違いないが、誰かと遊ぶのも好きなのかもしれない。今まで友達を作らないよう心がけたが、もしかしたら僕も誰かと出掛けて、冗談を言い合って、笑うことが好きだったのかもと思う。でも、彼女の発言でそれを認めるのはなぜか少し悔しくて、

「そうだね、僕は一人で本を読んでいたかったけど。」

と首をすくめて見せる。それからこっそり小声で「君とじゃなきゃね」と呟いた。

「君と友達になることは弊害が大きそうだ。」

「そんなこといって。弊害よりも楽しさが勝ってるからこうして一緒に出掛けてるんでしょ。」

彼女は僕の発言を聞いて楽しそうに笑いながら、言葉を返す。その会話が楽しくて、その笑顔が眩しくて。悔しいけど、もしかしたらとっくに僕は引かれていたのかもしれない。

いつも楽しそうに笑って、遠慮なく喋って、そのくせ実はみんなのことをちゃんと見ていて傷つけることだけは絶対に言わなくて。明るくて、気が利いて、可愛くて。僕と違って生きることに自信を持っている彼女に。

僕は思う。ずっとこうやっていれたらいいのに。

やがてアナウンスから3時のお知らせが聞こえ、白坂さんは僕にクレープを食べに行こうと誘った。なんでも、モール内に美味しいクレープ屋さんがあるらしい。僕もなにか甘いものを口にしたい気分だったので二つ返事でOKをだし、早速二人でそのクレープ屋さんに向かった。白坂さんはクレープ屋に行くまでに幾分か寄り道をした。例えば可愛い人形の売っている店だったりとか、アクセサリーが売っている店とか。そうしてぶらぶらと歩いている間、僕らはほぼずっと話をしていた。仲良くなる以前、遠目から白坂さんとかを眺めているとき、よく話題がつきないものだと感心したことがあったが、なるほど。話をしていると案外話題なんてたくさんあるものだと感じた。だから、すぐにクレープ屋にはついた。甘い匂いが鼻腔に充満する。しばらく二人でなんのクレープを食べようかと悩んだ。しばらくして、未だに決まらないらしい白坂さんが僕に話しかけてくる。

「どれも美味しそうで迷っちゃう。ユウキくんはどれにするかもう決まった?」

「決まったよ。君はよく迷うね。僕とは大違いだ。」

「優柔不断で悪かったね。」

「別にそんなつもりでいってないよ。僕はなにかと即決しがちだから、視野を広くもって、多くの物のいいところを見つけて比べて、迷って決めることができるのは君の美点だと僕は思うよ。」

迷うことができるのは視野が広くて、全てのものを平等に見る余裕がある証だ。僕は少しだけ白坂さんが羨ましい。

「そうなの?私いつも友達に優柔不断なところを軽く怒られたりしてたから、初めて優柔不断なところを褒められたかも。へへ、ユウキくんに言われたらなんか優柔不断も悪くない気がしてきた。」

白坂さんは上機嫌でクレープを注文し、僕も続けて注文した。

「おおー、シンプルにイチゴのクレープか。美味しそうだねえ。」

「どうでもいいだろうけど、僕はイチゴがすきなんだ。そういう君はなんかいろいろ欲張ってたね。なんだっけ?イチゴ&バナナ&キウイのチョコ生クリームクレープだっけ?」

「そうそう。トッピングで生クリーム増量もしといた。」

「二兎を追う者は一兎をも得ずみたいな 欲張りは後悔するっていう感じの言葉をたくさん聞くけど、今回に限っては例外になりそうだね。美味しそうだ。」

僕らは完成したクレープを受け取り、さっそく食べ始めた。

「んー、おいしいよ、ユウキくん!あー、果物の甘さと酸味、そして果物の良さを増す生クリーム、、あぁ、幸せ!ここのクレープなら何個でも食べれるよ!超おいしい!」

「おお、お嬢ちゃん、嬉しいこと言ってくれるね。サービスでこのミニクレープおまけしてあげるよ!」

店主さんは白坂さんにニカッと白い歯をみせて笑いかけ、小さいサイズのアイスをおまけしてあげていた。こういうところ、白坂さんの人徳なんだろうか。

「わあ、ありがとうございます!おいしー。おいしいね、ユウキくん!」

「うん、確かにおいしい。クレープなんて食べたことなかったから、こんなにおいしいならもう少し早く知っておけばよかったよ。」

僕は思ったよりだいぶ美味しかったクレープを無事食べ終え、口回りを拭いてごちそうさま、と店主に声をかけた。

「え、食べたことなかったの?!逆にすごいよ、それ。人生でクレープを避けて通るなんて。こっちの私のも食べてみなよ。おいしいよ。」

白坂さんは自分が食べていたクレープを僕に食べるように進める。

「じゃあお言葉に甘えさせて頂いて。」

せっかくなので遠慮なく、と僕は白坂さんからクレープを一口もらう。そこで白坂さんはなにかに気づいたかのようにバッと顔を赤くした。

「わざとじゃないから!」

なにがわざとじゃないのかも、なにに動揺したのかもわからないけど、慌てたように手に持っていたクレープを一気にバクッと頬張って口回りに生クリームをつけてるのは可愛かった。クレープ屋の次はゲームセンターに行くことになった。僕は本当にショッピングモールとかそういうものに縁がなく、当然ゲームセンターというのも初めてだったわけで。その施設の広さに僕は感服した。

「ゲームセンターって初めて来たけど、以外と大きいね。それにうるさい。」

「んー、大きさは施設の広さによるんじゃない?たまたまここが広いだけで、他のところがそうとは限らないよ。うるさいのは確かに認めるけど、それがまたいいんじゃん。」

なるほど。言われてみたら確かに全ての施設のゲームセンターが同じ大きさなわけがない。うるさいのがいいというのはわからないけど。中に足を踏み入れると喧騒はさらに増し、人工的な光があちこちでキラキラしたその場所は今までいた世界とは隔離された、別の世界であるように思えた。

「さっそく遊ぼう!ほら、クレーンゲームがあるよ。クレーンゲーム、知ってる?」

「さすがに知ってるよ。バカにしすぎ。」

僕らはまず、クレーンゲームのコーナーを適当に身繕いながら歩いた。その中に一つ、白坂さんが興味を示したクレーンゲームの台があった。白坂さんは中にある景品がとても気に入ったようで、両替して小銭を増やし、プレイし始めた。

「いい、クレーンゲームっていうのはコツがあってね、、」

彼女は僕になにやらコツらしきものを色々と伝授しながらクレーンゲームを進めた。実際ものの300円くらいで欲しがっていた景品を見事に落とし、彼女は「やったぁ!」とガッツポーズを決めていた。

「うわ、すごいね。まさか本当にとるなんて」

「私もここまでうまくいくとは思わなかったわ!私って才能あるのかな?ユウキくんもやる?」

僕は白坂さんに勧められるままクレーンゲームに百円を入れた。もちろん白坂さんみたいにうまくいくはずもなく、アームは景品にかする程度で景品は動きすらせず、このままお金を投資し続けても僕には無理そうだったので二回目で早々に諦めた。

「ふふん、まあそんな落ち込まなくても大丈夫!私が上手かっただけだから」

白坂さんは上機嫌になりながらゲームセンターのさらに奥へと僕を引っ張る。

「これこれ!これがしたかった!」

彼女がこれといって指差した先にあったのはテーブルホッケーのゲームだった。

「ちなみにユウキくんはテーブルホッケーの経験は?」

「ないね。っていうかあると思ったの?さすがにルールくらいは知ってるけど。」

「まあないだろうね。よし、なら正々堂々、いざ尋常に勝負しよう!」

「いいけど、ちなみに君はこのゲームの経験は?」

「あるよ。というかないと思ったの?」

「まああるだろうね。はぁ、どの口で正々堂々っていってんの。」

「大丈夫、これに上手いとか下手とかないから」

僕らは百円を入れ、ゲームを起動させる。はじめは経験者である白坂さんが有利だとばかりに勝手に僕は思っていたが、ルール、構造がシンプルなおかげで対戦は経験の有無にほとんど作用されず、普通にいい勝負をした。というか、お互いほとんど自爆だった気がするけど。

「うわあ!負けた!なんで、なんで!!?」

「日頃の行いじゃない?君は胸に手を当てて反省するといいよ。」

「私べつに日頃の行い悪くないと思うんだけど?!まあいいや。あー楽しかった。目的も達成できたし。」

どうやらテーブルホッケーで勝負することがゲームセンターにきた目的だったらしかった白坂さんは満足し、一緒にゲームセンターを出た。その後もいろいろな店をぶらぶらと喋りながら歩き、気づいたら夕方になっていた。

「あー、楽しかった。そろそろ解散するか。ユウキくんもそれでいいでしょ?」

「もちろん。ようやく本が読めると思うとホッとするよ。」

「楽しかったくせに。まあそういうことにしといてあげるよ。私は今機嫌がいいからね。」

白坂さんはたしかに今にも鼻歌を歌い出しかねないばかりに上機嫌だった。ただ、どうやら僕も機嫌がいいらしく、やっぱり白坂さんの言う通り今日は楽しかったのかもしれなかった。帰りの電車はそこそこすいていて、席に座ることができた。最初こそ相変わらずお喋りをしてたものの、電車に揺られ始めて数分もしないうちに白坂さんは寝てしまった。さすがに今日は疲れたようだ。僕は可愛かった寝顔を日頃の勝手な行動のお返しだと心の中で言い訳して、勝手に写真に納めてから冷え込まないよう僕が羽織ってた上着を被せてあげた。正直今目を覚まされたら困る。多分僕はだいぶ顔が赤い。さすがにそれを夕日のせいと誤魔化すのは無理がありそうだった。


*7

そろそろ認めなきゃと思う。僕はおそらく彼女が好きだ。ここでおそらくとつけるのは、僕は長く人と関わってないから、この感情が好きというものなのかどうか若干自信がないから。でも、彼女と話してると考え方の違いに驚かされる。彼女といると全てが楽しいことのように思える。彼女と笑うと暖かい気持ちになれる。生きることに価値を見いだせる。これはきっと恋と言うのだろう。まあ、ここでは正直名称なんて些細なことで、問題は僕が彼女と一緒にいたいと思ってしまっていることだ。万が一にもこの感情が彼女に伝わって。億が一にも彼女が僕に同じ感情を抱いてくれているとすれば。彼女はきっと、考えられないほどの悲しみを抱えることになって、僕はきっと、考えられないほどの罪悪感を覚えることになるのだろう。だから僕はこの感情を、伝えられない片思いとして心の中で完結したい。彼女も、神様も、それくらいは許してほしい。


もう時間も時間で、白坂さんを一人にするのは不安だったので僕は白坂さんを家まで送ることにした。彼女は結局自分の駅まで全く起きなくて、白坂さんが降りる駅になって僕が軽く揺することでようやく目が覚めたようだった。とりあえず僕らは電車を降りる。

「おはよう。どう?よく眠れた?」

「ほんっっとうにごめん!ユウキくんに私の駅まで付き合わせちゃって。自分の降りる駅で起こしてくれればよかったのに。ごめんよ~」

「ぜんぜん。もう遅い時間だったからどのみち送るつもりだったし。」

帰り道、電灯に照らされながら、僕らはアスファルトを歩く。

「ほんとに悪いね~。わざわざありがとう。」

僕はべつにいいのに。と思いながら、ありがたく彼女のお礼を受け取った。白坂さんの家までの道は今日の話題で困らなかった。僕が白坂さんと二人きりの時間をずっと喋り続けられるなんて、最初と比べたらだいぶ進歩したんじゃないだろうか。彼女の家の前に着くのはあっという間だった。

「あ、そういえば君に渡したいものがあるんだ。」

僕は渡そうと思って買って忘れてたものを思い出す。

「ほら、これ。」

僕はバッグから人形を取り出す。クレープ屋に行くまでの道のりにあった店で、白坂さんがすごく気に入ってたけど結局買わなかった人形だ。

「僕は貸しを作るのが嫌いだからね。スパゲッティを君に奢ってもらったまま帰ったら、罪悪感で寝るに寝れないよ。それに、君に貸しがあるとどうなるかわかったもんじゃない。だから僕は君にそれをプレゼントするよ。」

「は?え、え?うそ。これ、私に?」

「僕は人付き合いが苦手だから。もしかしたらハンカチとかの方がよかったのかもしれないし、美容品とかの方がよかったのかもしれない。でもわからないから。君が気に入ったようだった人形を買ってみたんだ。」

白坂さんは信じられないといった様子で僕と人形を交互に見比べる。僕はもしかしたら失敗したかもしれないと思った。やっぱりもっと実用的なものを渡すべきだったのかも知れない。

「嬉しい!」

僕の思考を遮るように白坂さんは叫んだ。

「え!待って待って!すごく嬉しい!あのユウキくんが?!私のために?!」

「あのは余計だけどね。」

少し苦笑する。

「でも喜んで貰えてよかったよ。じゃあ、呼び止めて悪かったね。じゃあね。」

軽く手を振って僕は踵を返す。

「うん!またね。」

僕は「またね。」と返して、今度こそ帰路に着いた。

その日の夜。僕が新しく買った小説を読み、衝撃のラストに背筋を震わせていると白坂さんからメッセージがきた。まあくるだろうな、と思っていた僕は読んでいた本を最後まで一気に読み切り、メッセージを開いた。

「人形、嬉しい!ありがとう。」

「別に。君に貸しを作ると後で後悔しそうだったからね。お礼ならイタリアンを速やかに奢った過去の自分に言うといいよ。」

「なにそれ(笑)。相変わらず君は照れ屋だね。ところで明日も暇だよね。履歴が残ってるから言い逃れはできないよ。明日もちょっと付き合ってよ。」

たしかにそう返信した覚えはあるが、あれはてっきりどっちかが暇かという質問であって、どっちも暇かという質問ではないと思っていた。なんて言ってもたぶん彼女にたいして効力はないので浅はかな過去の自分のミスを恨み、抵抗を大人しく諦める。ただ、さすがに今日みたいにいきなり東京とかはごめんなのでさすがに予定を聞く。

「まあ仕方ないから場所によっては付き合ってあげるよ。どこ行くの?それによるかな。」

「カラオケに行こうよ。君の駅の近くにいいカラオケ屋あるの知ってる?」

「知らない、興味ない。ところで、悪いけど明日は喉が痛む予定なんだ。だからカラオケは難しいかもしれない。ごめんね。」

「じゃあ、明日は9:30にユウキくんの駅集合ね。私、ユウキくんが来ると信じて待ってるから。」

「それ卑怯だから禁止にしよう。」

最後の一文はついぞ読んでもらえることはなかった。僕は断れない約束を無理やり取り付けられ、空白だったはずの明日の予定がカラオケになることが決定した。

今回も前回に引き続き、白坂さんを待たせないよう、早めに家を出た。9:00に駅に着いた僕は、白坂さんがすでにそこにいたことに驚いた。

「へへーん。いちばーん。」

自慢げにピースサインを向けてくる。どうやら白坂さんは僕より早く来るためだけに、さらに一本早い電車に乗ったらしい。呆れた。

「まあ、君が待つだけだから僕は構わないけどさあ。」

そうして一分ほど歩いて白坂さんのいうカラオケボックスに着いた。ほんとにすぐのところにあったんだな、とこういう場所に縁もゆかりも全くない僕は少しだけ感心した。彼女曰く、

「ここ安いんだよねー。私の駅周辺にあるところ高いから、電車代考慮してもこっちのほうが安くて、よく友達とここのカラオケ来てるんだ~。」

とのことらしい。白坂さんは慣れた様子で手続きを済ませ、早速ルームへ足を運んだ。

「カラオケの部屋って暗いんだね。」

と僕が言うと白坂さんはわはは、と吹き出した。

「そりゃ今は電気ついてないからね。電気つけたら明るくなるよ。ぶは、ユウキくん本当にカラオケとかこないんだね。」

「たしかに浅はかな発言だったのは認めるけど、そこまで笑わなくてもいいじゃないか。カラオケなんかたぶん初めて来たよ。」

「初めてなんだー。大丈夫ー?ちゃんと歌えるー?」

「だいじょばないし歌えない。だから僕は君が歌うのを聴いてるよ。」

「えー、ユウキくんもちゃんと歌ってよー?」

白坂さんは早速歌の予約をして、歌い始めた。カラオケに来たことはないが、音楽自体は好きでよく聴くので、彼女の歌う曲は大半は知っている曲だった。

「ほら、そろそろユウキくんも歌おうよ!っていうか歌って?」

白坂さんがそう切り出したのは3曲目を連続で歌い終わった時だった。さすがに僕も歌うかと思って曲を予約しようとしたけど、なにを歌えばいいのかわからなかった。

「なんの曲がいいかな。なんか君が好きな曲言ってよ。知ってる曲だったらその曲歌うから。」

「んー、じゃあ、あの曲、知ってる?」

彼女はハミングしたあとで曲名をいう。

「あぁ、知ってるよ。いい曲だよね。いいね、それで行こう。」

僕は早速その曲を予約に入れ、歌うことにした。

「す、すごい…」

僕が歌い終わったあと、白坂さんは唖然としていた。恐らくだけど、僕の歌がカラオケについている採点スコアで95点を出したのが理由じゃないかと思う。

「な、な、なんでそんな歌うまいの?!私より上手いじゃん!私歌うまいことに自信あったのに。ずるいよ!カラオケ初めてなんじゃなかったの?!」

そんな捲し立てられても困る。

「え、初めてだけど、、。まあ、たしかに音楽を聴くのは好きだからね。だからじゃない?音楽聴いてたらみんなあれくらい歌えるんじゃない?」

「はー、うざ!ちゃんと歌が上手いのも、煽られてるのか本気でそういってるのかわからないこともこみでうざいわー。」

白坂さんは私だって本気出せばとれる!と宣言しながらまた新しい一曲を歌った。点数は93点と惜しくも届かず、また負けたぁと悔しそうに言った。いや、僕は別に競ってないけど。そうしていつの間にか僕と白坂さんで五曲の歌の点数の合計点で勝負が始まっていた。しかも、負けた方は勝った方の言うことをなんでもひとつ聞くという罰ゲームつきで。僕は最初こそ乗り気じゃなかったけど、何曲か歌って、そのいずれでも高得点を出しいているうちに(さらに言えばその高得点をとる度に悔しそうに頬を膨らませたりする白坂さんをみるうちに)僕はそこそこ楽しくなってきた。白坂さんも普通に上手でなんだかんだいい勝負をしていた。そして最後の一曲、僕の番が来た。これで僕が91点以上を出せば勝ちだ。そして曲はサビにさしかかる。

「もしユウキくんが私にかったら、えっちなこともしてあげるよ。」

突然の発言に「はあ?」声を出す。

「なにいってんの???」

「だからー、罰ゲームとして私はそっち方面でもなんでもしてあげるっていったの。ほら、歌わないと私に負けちゃうよ?」

僕は慌てて歌い直したが、勝っていいものなのか悪いものなのか。結局最後まで集中できず、点数は81点とそこそこの点数で、とても白坂さんに届かなかった。

「妨害はずるくない?」

「そんなルールなかったもん!それに、別に私は罰ゲームの1つとして例を君に提示しただけだよ。妨害なんかしてないさ~。」

「はあ。君はそういう人だってことを忘れてたよ。まあ僕は勝っても特に聞かせたいお願い事なんてなかったし、いいけどね。そんなに負けず嫌いな性格でよく今まで友達残ってたね。」

「失礼な。負けず嫌いではあるけどちゃんと良識の範囲内に収めてるよ。」

いまのは良識の範囲内なのだろうか。少なくとも僕には色々な意味で良識の範囲から論外の場所にあるような行動のように思えたが。

「まあいいや。で、僕は君にどんな苦痛や羞恥を伴う命令をされるわけ?」

「はあー?ユウキくんは私をなんだと思ってるの?私はそんなお願い事しないし。」

友達になってをお願い事にした人がよくいうよ。

「じゃあ何?」

「お姫様抱っこして。」

「はあ、べつにいいけど…はあ?!お姫様抱っこ?一応確認するけどお姫様抱っこって両手でお姫様を優しく抱えたように抱っこするあれ?」

「なにその質問の仕方。なんか肯定するの恥ずかしいんだけど。ま、多分それであってるよ。私ー、一回漫画のヒロインみたいにお姫様抱っこされてみたかったんだよねー。」

「本気?まあいいけどさあ、、。」

恥ずかしいんですよ。さっき羞恥を伴うお願いはしないって言ったよね?それにお姫様抱っこは含まれてないのかな?僕は「よろしくー」と楽しそうにいう白坂さんの腰上あたりと太ももあたりに手を添え、抱き上げる。今気づいたが、どうやらこの抱っこの仕方をすると必然的に顔と顔が近づくらしい。「いえーい、私今、最高にヒロイン!」とテンションをあげる白坂さんに僕は高まる鼓動をばれないように平素を装いながら、ゆっくりとまたもとの場所に座らせる。「えー、終わり~?早くなーい?」と文句を言う彼女を無視して、ハイテンポでリズムを刻んでいる心臓を落ち着かせる。今すごく心臓が音を立ててるのは、きっと今しがた軽い運動をしたからだと思うことにした。そのあとは普通に一緒に歌ったり、マラカス振ったりしてカラオケを楽しんだ。2時くらいに歌う曲もなくなり喉にもそこそこ限界がきて、僕らはカラオケをあとにした。

「この後どうするの?解散?」

僕は時計を確認しながら尋ねた。

「まだ遊べるでしょ。遊ぼうよ。」

とまだまだ元気そうに答え、

「それでさ、もしよかったら、私の家に来る?」

と聞いた。僕は正直なんでもよかったので白坂さんに任せた。そうして僕は一駅電車に揺られ、白坂家に訪れていた。インターホンをならし、「ちょっとまってね」と白坂さんに言われたとおり少し待つとすぐに白坂さんが出てきた。子供二人と共に。

「あー!ユヅねえが彼氏つれてきたー!」

「あー!ユヅねえが恋人つれてきたー!」

と妹と弟と思われる子供二人がはしゃぎながら僕のとこにくる。

「お兄ちゃん、ユヅねえのけっこんあいて?」

「こら、ミヅキ、サツキ!ユウキくんが困るでしょ。私たちはただの友達だから。家に戻ってて。」

「えー、彼氏さんじゃないの~。つまんな。」

「ちがうよミヅキ!きっとまだユヅねえの「かたおもい」ってやつなんだよ。」

「そっかあ。ユヅねえ、頑張って!」

どんどん話を飛躍させる兄弟に白坂さんは

「はいはい。ほら、お客さんだから。あんたたちは向こうで遊んでな。」

と促した。その後白坂さんは僕に向き直る。

「ごめんねー、騒がしい妹と弟で。」

「いやいや。賑やかそうで楽しそうだよ。僕は一人っ子だからなおさらそう感じる。」

僕がそういうと白坂さんは意外そうに目をパチクリさせた。

「へー、ユウキくんの口から『賑やかそうで楽しそう』なんて発言を聞けるとは思わなかったよ。なんか私のイメージでは静かなところで本を読むのが1番だから賑やかなのは好きじゃないみたいなもんだとばかり」

「うん、そのイメージで間違いはないよ。静かな方がどっちかって言うと好きだね。でも、べつに賑やかなのが嫌いなわけではないよ。もし嫌いならこんなに君と仲良くしたりしない。」

「ふーん。」

白坂さんはそうなんだー、となにかを考えてる素振りを見せながら相づちをうった。

「まあいいや。で、遠路はるばる私の家にわざわざ来てくれて、なんの用事ー?まさか、わざわざ私の家でしたいことでもあったのかな?」

ニヤニヤと笑う彼女をみて、僕は回れ右をする。

「…よし、僕はそろそろ帰るとするよ。すっかり長居しちゃったね。じゃ」

「ねー、冗談だって!実は私の家に来てもらったのもちゃんと理由あるんだよ。」

白坂さんは自信満々そうに胸を叩いた。

「これをユウキくんに貸そうと思って。」

そういって白坂さんは一冊の本を僕に見せる。

「この本しってる?前に私が一冊だけ好きな本があるー、みたいな話したでしょ。この本がそれ。読んでないって言ってたから、貸そうかなと思って。」

「あー、言ってたね。たしか映画化した本だよね。それは読んでみたいかも。じゃあ、遠慮なく借りようかな。」

僕は白坂さんから本を受けとる。

「読んだら感想教えてよー。私も感想言うから。」

「もちろん構わないよ。君が唯一好きだという本に抱く感想なんて、非常に興味がある。」

僕は本を傷つけないよう鞄に丁寧にいれる。

「で、君が僕を家に招いた理由はとりあえず終わったわけだけども、どうするの?」

「特に考えてないよ。かんがえてるわけないじゃん。ボウリングでも行こ。」

ここで白坂さんがノープランであることが判明したが、だからといってどうしようもないので、いわれるがままノープランの行き当たりばったりに付き合う。ボウリングなんて大分昔に一回家族といったくらいだな。久しぶりのボウリング場が以外にも小さく見えたのは、僕の見た目が多少なりとも大人になったからだろうか。下手くそなりにボウリングの玉を転がしながらこのゲーム終わったらまたなにか別の案でもあるのかな、なんて考えていたら3ゲームもやらされて、思ったより疲れた。

楽しい時間というのは過ぎ去るのが一瞬で、気づけば外は真っ暗だった。

「いやー、楽しかったねぇ。」

ボーリングで圧倒的スコアを出し僕を遠慮なくぼこぼこにしたあとで、彼女は伸びをしながら言った。

「僕は君のわがままのせいで予想の軽く3倍は疲れたね。」

「またまた、減らず口を。ていうか、たかが3ゲームにそんなに疲れてたら生きていけないよ?なに?私に負けたから僻んでるの?このこのー」

いや、実際普通にクタクタだ。激しい運動とか、本当はしたくなかったんだけど。ボーリングが激しい運動に入るかどうかは別として。まあでも、その分ちゃんと楽しかったっていうのは白坂さんには内緒にしようと思う。

「んで、今度は?」

僕は白坂さんに尋ねる。もう時間も遅くなってきたから、そろそろ解散かな?と思っていたが、白坂さんはそれを聞くとニヤリと不適な笑みを浮かべ、どこからか謎のチケットを二枚取り出した。どうやらもうしばらく白坂さんに付き合うことになりそうだ。それにしても、チケットということは事前に予約をしていたということだろう。普通こういうのは事前に僕にも確認をとるものではないのだろうか。

「前から思ってたけど、君だいぶ自由でやりたい放題だよね。いきなり東京連れていったり、なにかさせたり。もしこの後僕がはずせない予定があったらどうするつもり?」

「ユウキくんにしかやらないから大丈夫だよ。ユウキくんはどうせいつでも暇そうだし、事前に言ったら何食わぬ顔で断わりそうだし、こういう断わりにくい状況で披露すれば断われなそうだし。」

「それわざとだったの?君は一回神と僕に懺悔したほうがいいよ。そうしないと地獄に落ちちゃう。」

「地獄でも一緒に仲良くしようね。」

「善良な僕を勝手に地獄に落とさないでくれるかな。」

まあ実際暇だし、多分あらかじめ言われてたらものによっては普通に断わるし、間違ってないんだけどさあ。仕方なく僕は白坂さんという方舟に身を委ねることを決める。いつ沈没するか不安だ。


「で、なんのチケットなの?」

白坂さんの案内に全てを任せ、隣を無気力に歩きながら僕は話しかける。

「あー、そういえば言ってなかったね。」

白坂さんは「はい」と僕にチケットを差し出す。見るとそこにはある自然公園の名前が記されている。

「あー、あそこね。だいぶ久々に行くかも。」

「え、行ったことあるの?!も、もしかしてその公園詳しい?」

「一回だけ行ったことあるってだけ。行ったのもだいぶ前だし、なにも覚えてないや。当然詳しくもない。」

僕が自然公園に行くのがそんなに以外だっただろうか。白坂さんはとても驚いた(というか焦った?)素振りを見せた。

「へー、じゃあ本当にこの公園に詳しい訳じゃないのね。」

僕が頷くと白坂さんはどこかほっとした表情を見せた気がした。不審に思わなくもなかったけど、まあべつにいいやと思って追求するのは控えた。

喋りながら歩いてたらすぐに目的の公園についた。こんなに近いなら今までにもっとたくさん行っておけばよかったなとおもいながら僕らは公園内に入る。もう夜となった公園に人なんてほとんどいないと思ってたがわりと人影は多く、どうやらカップルがたくさんいるようだった。僕らも端から見ればカップルに見えるのだろうか。そんなことを考えたら少し顔が火照ったような気がしたので、慌てて僕は下を向く。

「どこ向いてんのよ。上見てみてよ、上。」

びっくりするようなタイミングの良さ(あるいは悪さ)で白坂さんが振り返り、僕を見て上を指差す。

「…おお。おおおお!すごい。」

言われるがままに上を見て、思わず感嘆の声が漏れた。それくらいにすごかった。空には無限の暗闇一杯にぼんやりとした星明かりが敷き詰められていて、光源なんてなにもない公園から見上げるそれは、僕ごときでは伝えられないほどに、綺麗だった。死ぬ前に一回でもこれを見れてよかった、そう思えた。でも、

「入場料とられるのが癪なんだけどね。綺麗でしょ。」

そう言ってはにかんだ白坂さんが、下手すると僕にとって星より綺麗だった。とか、歯の浮くようなことを思ってしまった僕は小説の読みすぎかもしれない。星より君が綺麗だなんて下らなくて薄っぺらいキザな言葉は流石に恥ずかしくて言えなかったから、変わりに僕は勇気を出して秘密をうちあけようかと思う。今ならまだ間に合うかもしれない。

「あのさ。」

僕は白坂さんに声をかける。

「ん?どうしたの。」

目と目が合う。優しく澄んだ目が無邪気に僕の黒い瞳を移す。急に僕が出した勇気は音を立てて萎む。失敗した。顔をみたのは失敗だった。

「いや、なんでもない。」

僕は口まででかかった言葉を噛み砕き再び飲み込む。最後まで勇気のでない僕を許してほしい。でも、君から関わりにきたんだから、文句なんていわないでね。僕はもう一回夜空を見上げる。

何度みても綺麗だった。


*8

家に着き、自分の部屋に入ると同時に私はバックを自分の部屋の隅に放り投げ、ベッドに飛び込んだ。ふかふかの毛布に顔を沈める。静かな部屋で、私は一人足をバタバタさせる。だって、だめ。恥ずかしい。正直平静を装うのに必死だった。

はぁ、、、。私は改めて昨日今日の一瞬だった思い出を振り返る。勇気をだして誘ってよかった。楽しかったし、距離もグッと縮まった気がする。それにユウキくんも楽しんでくれたみたいだし。私は別れ際の彼のセリフを思い出す。

「今日は楽しかったよ。当然昨日も。知っての通り、僕は仲のいい人を作らないようにしてたから、誰かとこんなに喋りながら出掛けたのは久しぶりで、想像よりだいぶ楽しかったよ。しかも、君みたいなかわいくて明るい人となんてなおさら。」

あー!思い出しただけでやばい、はずい。何回も思ったけど、あの人恥とか絶対もってないんじゃないの?!よくそんな歯の浮くようなセリフをまあポンポンと生み出すよね。あり得ない、引かれるよ?

まあ、彼は嘘やお世辞をいえる人じゃないから本音で思ってるんだろうけど、それがわかるからなお褒められてるこっちは恥ずかしい。思い出しててまたボッと顔が赤くなるのを感じて、さっきより強く毛布に顔を埋める。いつからだろうか。彼を意識するようになったのは。あぁ、そうか、たぶんあのときだ。あのときにはもう、私は彼を意識してた。もっとも、当時の自分はたぶんなにも考えてなかったけど、、、





「はぁ、もう。ほんっとに最悪。なに?『他に好きな人ができたから別れよう。』って。私が1番好きとか言ったのはどの口だったの?いいもん、べつに。私だって、付き合ってる人を差し置いて他の人を好きになる人なんて願い下げだし。そもそもあいつは性格がまず無理。チャラい。べつに好きなんかじゃなかったし。告白されたから付き合ってただけ。だいたい、、、」

「はいはい、もうわかったから。振られたからっていつまでもへこんでないでさ。ゆづきも新しい恋を探しな。」

「そうそう、むしろ早くにカレと別れられて正解だったんじゃない?屑だったんでしょ?」

「私の彼氏をバカにしないで。」

「彼氏って。元カレでしょ。それに、あんたが罵倒し始めたんじゃない。全く。傷心してるのはわかるけど、超情緒不安定じゃん。」

放課後、私たちは誰もいない図書室で恋ばな、もとい振られた人を慰める会を行っていた。ちなみに振られて情緒不安定なのが私。ここ最近梅雨のせいで天気が安定してないけど、私の心が安定してないのもきっとそのせい。一通り愚痴を聞いてもらって、さんざん慰めて貰ってたところで一人の男子生徒が近づいてきた。

「すいません、図書室では静かにして貰えますか。」

迷惑そうに(てかだるそうに?)私たちに声をかける彼はたしか同じクラスの人だ。名前は久我優輝、、であってるはず。彼はどうやら図書委員だったらしい。この学校では委員会なんてほとんど機能してないから、真面目に委員会活動をしてる人なんてだいぶ珍しい。こういう時、普段の私なら真っ先にごめんを言うんだけど、やっぱり振られて精神的に少し(だいぶ?)おかしかったんだよね。

「いいじゃん。誰もいないし。私、彼氏に振られたの。君も慰めてよ。」

私は図書委員君に訳のわからない無茶振りをする。

「なにいってんのゆづき。ほら、図書委員君困ってるでしょ。帰ろ。」

友達に諭されても、傷ついてるものは傷ついてる。帰る元気なんてまだ全然でない。

「先帰ってていいよ。私は今日は一人で帰りたい。」

私の言葉に友達は「自殺しないでね。」と縁起でもない忠告をしてさっていった。私は私と図書委員の彼しかいない空間で、突っ伏して感傷に浸ることにした。

気づいたら私は寝ていたらしい。結構な時間たったと思う。ある程度は落ち着いて、涙も止まった。目尻はまだ熱いけど、もう帰れるし、帰らないといけない。そう思って私が顔をあげると机にはココアがおいてあった。え、なにこれ。誰の?

「起きたならなるべく早く出ていって。戸締まりができない。」

混乱した頭でココアを眺めてたら正面からとげのある言葉が飛んできた。図書委員の人が気だるそうに座っている。あぁ、そっか、私のせいで待たされてたんだ。

「ご、ごめん。」

申し訳ないやら恥ずかしいやらで私はちいさい声で謝る。

「ほんとに。帰る時間遅くなっちゃったよ。」

あれ、この人、クラスでは教室の隅で本を読んでるから、もっとおとなしめの人かと思ってたけど、思ったよりズバッという人だな。まあずっと待たせてしまったのは事実で、本当に申し訳ないんだけど。このココアも彼のだろうか。

「これ君の?」

私はココアを指さす。

「それは君のだよ。さっきまでいた二人の君の友達さんがおいていった。もう大丈夫なんじゃない?そろそろ帰るといいよ。」

彼は素っ気なくそういう。早くこの会話を終わらせたい、という雰囲気の中にわずかだけど私を心配しているような感じがするのは気のせいだろうか。最後に「本当にいろいろごめん。あと、ありがと。」と謝礼を述べ、図書室をあとにする。帰り道、歩きながら手に持っているココアを眺める。そうか、ココアはそらたちが置いていってくれたのか。やるやん、なんてなぜか上から目線で褒める。そうやって無言の暖かい気遣いにまた溢れそうになる涙をこらえつつ、ズズっとココアをすする。ホットなココアは私を心から温めた。

 翌日の朝には私のメンタルはある程度回復していた。1日全力で泣けばわりと吹っ切れるもんだな、と他人事のように思いながら、顔を洗い、朝食を胃につめこむ。学校に必要な教科書を鞄に詰め込んでたら家のチャイムがなったので、誰だろうと思いインターホンのカメラを除くと、そらとのぞみがたっていた。

「え、どうしたん?」

支度をさくっと終わらせて玄関を開けた後、私が聞くと二人は落ち込んでた私が心配だった~、とたいして心配でもなさそうに言った。絶対心配になったのだけが理由じゃないと思う。

「ほんとに?暇をもてあまして来ただけでしょ、どうせ。」

「まあねー。」

悪びれもせず自身の非を認めた二人は「それよりー」と話を変える。

「どう?気持ち少しは楽になった?」

どうやら心配してくれているのは本当のようだ。

「大丈夫、1日泣いたら吹っ切れた。昨日はありがとう、いろいろと。ココア美味しかったよ。」

私がお礼をいうとのぞみが「ココア?」という。

「なんの話?」

「え、二人のどっちかがココアおいてくれたんじゃないの?」

「私知らないよ。そらは?」

「知らない知らない。あのあとは普通に帰ったよ。」

どういうことだろうか。でもたしかに図書委員君はこの二人と言ったはずだ。え、もしかして、図書委員君がココアを?そういえば昨日なんかやけくそで彼に慰めてほしい的なことを言った気がする。え、まじ?もしそうならすごく申し訳ないんだけど。

「怖いわぁー。」

「もしかしたらストーカーかも」

「うわぁ、やだなぁ。」

隣で勝手に話を展開する二人を無視して、私は図書委員君が置いてくれたと結論付ける。なにかお返しをしなければ。お返しをなににするか考えていたら「ゆづきは漫画とアニメと本、どれが一番好き?」と話を振られる。一体どういう話を繰り広げれば「謎のココア」の話から「アニメと漫画と本」の話題にかわるのか気になったが、その過程は聞いてなかったのでそれは考えるのをあきらめて質問に普通に「漫画かなぁ」と答える。少し喋っている間に、速攻でお返しのことなんて記憶からなくなっていた。



次に彼とあったのは夏休みだった。その日は私は夏の課題の夏目漱石の「こころ」の読書感想文のために、一人で図書室に来ていた。

はー、なんでせっかくの夏休みに課題なんてあるんだろ。憂鬱な気持ちで学校に来た私は思わず気持ちがのって勢いよくドアを開けてしまった。

「すいません、図書室のドアはもう少し静かに開閉して貰えますか?」

図書室に入るなり、聞き覚えのある声でそう注意された。

「あー、すいません。」

すぐに謝ると声の主、つまりは図書委員君は「次からお願いします。」とそっけなくいう。そういえば、私が振られたとき、慰めにココアをくれたのは彼だったはず、と思い出した私はお礼を言っておこうと思った。

「そういえば、先日はココアありがとうございます。あれ、あなたがくれたんですよね。とても美味しかったです。」

そういうと彼は「ココア?」と怪訝そうな顔をし、しばし従順する。とすぐに思い出したようで

「あー、あのときの。」と言った。その後でしまった、みたいな顔をした。今の一瞬で表情がコロコロ変わる。なんか面白い。

「あのココアは僕じゃないよ?」

「友達に確認したし。だいたい、今の顔芸披露の後でそんな嘘まかり通るわけないでしょ。いいじゃん、悪いことしたわけじゃないんだから。」

「まあ、そうだね。認めてもいいよ。」

「あのときはありがとう。すごく嬉しかった。改めてお礼したいんだけど。」

「お礼とかべつにいらないんだけど、、、。まあどういたしまして?というか、なにしに来たの?わざわざお礼しに来てくれたの?」

あぁ、そうだ。私は課題をやりに来たんだった。

「夏休みの課題。夏目漱石のこころの読書感想文書かなきゃと思って。君こそ、なにしてるの?」

「うちの学校は夏休み中も図書室を解放してるんだよ?無人はいろいろと困るでしょ。だから図書委員として活動してるわけ。」

「へぇー。大変だね。というか真面目だね、わざわざ律儀に図書委員として働いてるなんて。うちの学校、委員会なんかほぼ機能してないじゃん。」

「これがなかなかどうしていいものなんだよ。基本君みたいな人を除いて夏休みに図書室に来る人なんていないから、一人で静かに読者できる。家にいるといろいろ気を使われるから、その点誰もいない図書室は最高だね。ちなみに、夏目漱石のこころは多分そこの課題やる人向けのコーナーに置いてあるよ。」

彼が指差したところにはたしかに「こころ」が置いてあったので、私はそれをレンタルする。最後にもう一度だけ改めてお礼を言ってから帰る。思ったより面白そうな人だな、と帰り道に彼を思い出す。普段クラスでは教室の隅で本を読んでるから話すの苦手そうなイメージをもっていたが、話してみたら普通に面白い。もっと彼と仲良くなりたいな、と思った。


その次はいつだったか。図書室も毎回彼がいるわけではなく、普通に司書の先生のみが図書室にいることもあって、私も友達と遊んだりで図書室なんて全然いかないから、結局彼とはその後しばらくは接点はなかった。ただ、彼は頭がいいらしくて、テストの度に上の方の順位で名前は見た。まあだからどうしたって話なんだけど。会ったのは、今度は、たぶん冬休み直前の終業式だったと思う。あの日、私は放課後友達と再び図書室に来ていた。最初は冬休みの課題を早めにすまそうとかそういう真面目な理由でだったんだけど、まあ友達三人で勉強を始めておとなしくそのまま終わるはずもなく、気づいたら私たちは話に花を咲かせていた。

「すいません、図書室内では静かにしてもらえますか?」

当然の如く図書室にいたユウキ君が私たちに注意をする。申し訳なくて、ちいさく「すいません」とかそんな感じなことをいいながら彼に謝り、「別の場所行こー」「あ、私あのカフェがいい」と雑談を続ける気満々でぞろぞろと図書室をあとにする。私もそれに続く。最後に図書室を出る前に彼に「本当に、ごめんね。」と謝ってから皆に続いた。結局私たちはその後課題なんて目もくれず、一通り談笑をして解散することにした。帰路の途中、あぁ、また彼に注意させちゃったな、私のことやばいやつって認識で覚えられてないかな、とかどうでもいい不安に駆られながらボーッとあるく。そこでふとあることに気づいた。ネックレスが、ない!!それはやばい、まずい、やばい。あれは半ばおじいちゃんの形見のようなものだ、やばい、どうしよう。私は慌ててきた道を引き返す。みんなとよったカフェに行くが、店員さんにそういう類いのものは今日は見つかってないらしい。なんで、どこで、いつから?混乱する頭で必死に考えながら、ただただ来た道を引き返す。

ちっとも見つからないネックレスがある可能性のある場所として、学校だけが残った。なんか人にみられるのが恥ずかしくて、部活で残ってる人とすれ違わないよう細心の注意を払いがら学校に入る。今日、どこよったっけ?私は自分の記憶を辿る。あぁ、そうだ、図書室に行った。私は二回の少しはなれた場所に向かう。見つからない不安とストレスに、だんだんとイライラしてきた。もう、なんでこんな目に。図書室のドアを開ける手に自然と力がこもる。誰もいないだろうし、いいやと思い半ばやけくそでドアに八つ当たりをする。ドアはバン!と大きな音をたててスライドした。

「あのさ、ドアは静かに開閉してくれると助かるんだけど。」

え、まじ?人いたの?私は慌てて声の主を探す。図書室のカウンターに例の彼がちょこんと座っていた。手には本をもってて、どうやら読書真っ最中だったらしい。

「ああ、ごめん、まだ人が中にいると思わなくてね。次から気を付けるよ。」

申し訳なさと恥ずかしさでだいぶ冷静になった私は慌ててあやまる。たぶん漫画とかならプシューって効果音たてながら赤面してると思う。彼はそれを聞くとそっけなく「次から頼むよ」と言って視線をすぐに本に落とした。以前も思ったが、彼はビクビクしてるようにみえて意外とズバッと人に注意する。そういうところ、普通にすごいと思う。仲良くなりたいな、と思って、私は話しかけることにする。

「ユウキ君ってさっきも私たちに注意してたし、基本一人で本読んでるし、真面目だよねー。」

私はユウキ君に話しかける。彼は読書の邪魔をされたからか、眉を寄せ、露骨に嫌そうな顔をした。これもまえから思ってたけど、ユウキ君はいろいろと顔に出やすいタイプだと思う。

「僕は別に君が思ってるような人じゃないよ。それに、僕が真面目なんじゃなくて、君達が不真面目なんだよ。」

ユウキ君がわりとズバッと言うのはもうわかってたし、私達がわりと不真面目なのも事実なので特に気にもせず「かもねー。」と私は笑う。そこで私は首もとに手をやって、ネックレスを失くしていたことを思い出した。やば、話し込んでる場合じゃない!

「それよりユウキ君さ、ネックレス知らない?月の形のやつ。」

「残念だけど、今日は特に落とし物は届いてないし、僕自身見かけてないなぁ。」

まあ、そうだよねぇ、、。はぁ、泣きそう。

「んー。そっか。」

私は皆でたむろしたところ辺りに向かい、ネックレスを探す。

「それって大切なもの?」

「うん。」私は即答する。お気に入りなんだよね、って付け加えようとして、それを言うと絶対ユウキ君は探すのを手伝いそうだったので迷惑はかけたくないと思い、「そこそこね」となるべく軽い感じで言う。私は皆で集まった場所周辺を探したけども見つからず、なお絶望させられる。

「手伝うよ。図書室は僕が探してあげるから、君は他の思い当たる場所いって。」

「え、手伝ってくれるの?」

私は驚いてユウキ君の方を向く。

「嫌なら手伝わないけど。」

ユウキ君はあくまでそっけなく、風に言うけどやっぱり顔に出やすい彼は心配そうに私をみていた。気づいてないんだろうけど。驚きと嬉しさと申し訳なさで私はなぜかオーバーに頭を下げ「え、あ、いや、待って。お願いします。」と言う。

図書室のドアに手を掛けて、もう一度お礼を言って部屋を出ようとしたらユウキ君に「僕が見つけたときに連絡いれたいから。」といわれる。たしかに。というわけで私達は連絡先を交換した。ユウキ君とは仲良くなりたいと思ってたので、思わぬことで連絡先を交換できて内心ラッキーと思った。チラッと彼のスマホを見たが、持っている連絡先は親くらいしかなく、私に限らず誰とも仲良くしてないんだろうなぁというのがわかった。そうするとなぜか優越感というものが生まれて、嬉しくなってくる。

「えへへ。ぼっちな君にとっての初めての連絡先だね。」

私はユウキ君に笑いかける。ユウキ君にははいはいと軽くあしらわれたのでむぅと思いながら今度こそ再度お礼を言って、教室とか心当たりのある他の場所を探しにいく。ネックレスがないことに気づいてすぐは地の果てまで落ちてた気持ちが、今はすごく軽くなってる。ふられて落ち込んでるときにココアを飲んだときもそう。ユウキ君はどこか気持ちを和らげてくれる。それを嬉しく思いつつ、急ぎ足で教室に向かった。


結果だけ言えば私は結局見つけられず、変わりにユウキ君がすんなり見つけてくれた。教室を探し初めてからわりとすぐにブーっとスマホがバイブし、ユウキ君から写真付きで「これであってる?」とおくられてきた。添付されてる写真は明らかに私ので、私は「そう、それ!!」とメッセージをおくったあと、すぐに図書室に向かった。

「見つかったって本当?!」

「んー、まあ、写真のであってるのなら。」

ユウキ君は「はい」とネックレスを渡す。

「うわー!ほんと、見つからないからどうしようと思ってた!助かったよ、ありがとう!」

「どういたしまして。」

相変わらず態度はそっけないけど、彼のデフォルトはこれなんだろう。わずかに演じてる感のあるその素っ気なさはもう気にしないことにした。

「それにしても、どこで見つけたの?」

私が探したときは見つからなかったから、ユウキ君があっさり見つけてくれたことは嬉しいと同時になんだか申し訳ない。そう伝えると彼は

「別に。こういうのは落とした本人より案外第三者が見つけやすいものだよ。」

と理由付きで答える。そういうものか。実際、彼が見つけてくれた場所は通った覚えは全然なかったが、彼は見つけてくれてる。

「ユウキ君って、やっぱり思ったより社会性があるよね。なんていうか、普通に話せる感じとか。教室でいつも一人で本読んでるし、いちいち人に律儀に注意するし。普段からはそんな様子全く見れない。」

「君、よく周りから失礼って言われない?その無責任な発言はきっといつか誰かを傷つけると思うんだよね。」

「あははー。思ったことを素直に口にできるのが私のいいところなので。」

悪いところでもあるんだけど。なんかユウキ君は私にあんまり興味なさそうだけど、私はもっとユウキ君と仲良くしたいので、会話が途切れないように必死に話しか続ける。といってもほとんどこっちからの質問責めみたいな形になったけど(いや、ほんと申し訳ない)。その中で唯一気になったのは私が「なんでそんなに一人でいようとするのか」っていう質問をしたときだ。最初は「僕だって友達作ろうとしてるけど、できないんだよー」みたいなこと言ってたけど、顔がひきつっていた。普段の行動とあわせて考えても嘘っぽそうだと思ったから「ユウキ君、わざと人を避けてるでしょ」と軽く揺さぶりかけたらわかりやすく動揺した。やっぱり。でも、なんでそんなことするのか全然検討もつかないし、話す気もなさそうなのでとりあえずは置いておくことにした。あ、そうそう。あと、私は何気ないつもりで「なんで私のこと毎回君って呼ぶの?」って聞いたら素知らぬ顔で「別に。僕君の名前知らないし。」とか言いきった。クラスメイトの名前を覚えてないなんて、信じらんない。とりあえず「白坂柚月、それが私の名前。覚えといてね。」って言ったけどあんまり聞いてなさそうだった。悲しい。そんなこんなで話していたらいつの間にか外は暗くなっていた。ユウキ君にそろそろ帰るのかと聞かれたから

「そうだね、帰るよ。」

「なら駅までついていくよ。僕もそろそろ帰ろうと思ってたし。もう遅い時間だから君みたいに可愛い女性が一人で歩くのはたぶんなにかと危険だろうし。」

「え?!」

今、この人何て言った?可愛いっていった?しかも平然とした顔と口調で。しかもしかも、要約すると一緒に帰ろうってことだよね?

「あ、そ、そうかもね、、。ユウキ君、もしかして私のこと口説いてる?」

彼に限ってそんなことなさそうだけど、確認せずにはいられないような爆弾発言が飛んできた気がする。

「はぁ?どうやったらその結論にいたったの?」

案の定、本気で「なに言ってるんだ?」って感じの声で疑問文が飛んできた。これ私が悪いの?

「わからないならいいや。違うのね。」調子狂うわ。まったく。彼にお門違いな不満をためつつ、私はユウキ君の意外にも気の効いた提案に二つ返事でOKを出した。

私は帰宅部で、あんまり遅く帰ったことなかったから知らなかったけど、昼間賑やかな商店街も夜になると本性を表したかのように謎の怖さをもっていた。正直めちゃくちゃ怖い。ユウキ君に一緒に帰ろうと誘ってもらって本当によかった。せっかく二人きりだし、色々と話したい。

「ねぇ。」

私が話しかけると彼はほら来たよといった感じの顔をした。まあ無視してたくさん話しかけるけどね。

「ユウキ君っていつも一人で本読んでるけど、友達とかいないの?」

本当に一人もいないのだろうか。別に話してても全然楽しいし、なんなら彼の性格のよさなら多少のコミュニケーションの不得意は補ってお釣りが来るだろうに。

「いないね。」

即答で断言された。この口調から察するに作る気もなさそうだ。

「いたこともないの?」

「さあ。想像に任せるよ。」

なんだそりゃ。でも、いないってあえていわないってことはいたってことだろう。こういうところ、ユウキ君は誤魔化すの下手だと思う。まあ、いたってことは私にもチャンスはあるってことだよね?

「ねえ、私が友達になってあげようか?」

きっと断るだろうなと思いつつも冗談交じりに提案する。

「いや、いらない。やめて。」

やっぱり。少しだけ喰いついてみる。

「なにが不満なのさー。自分で言うのもあれだけど、私そんな嫌なところなくない?」

わりと気遣いできる方たと思うし、明るいし、顔も悪くはないと思う。

「確かに君は可愛いし気配りもできるし、多分いい人なんだろうけど、これは僕の問題。」

それに君みたいな賑やかな人が友達にいると徒労が増えそうだと彼は付け足す。が、正直そんなことはどうでもいい。今この人また可愛いっていったよ。いや、たしかに自分の容姿は悪くないと思ってるけど他の人に、それも男に面と向かって言われるとやばい。しかも彼の場合、性格的に下心、お世辞がほぼないと思うからそれが余計に恥ずかしい。自分の顔がどんどん熱をもつのを感じる。ありがたいことにちょうどいいタイミングで駅に着き、さらにありがたいことに電車もそのタイミングで到着する。その隙を利用して私はクールダウンを試みた。電車の中は空いていて、椅子はほとんど座れそうだった。私はそのうちの一ヶ所に腰を下ろす。ユウキ君はなぜかその前にたつ。

「座らないの?」

「僕はいいよ。」

「えー、よくないよ。座ろ。」

半ば無理やり横に座らせた彼に再び話をする。といっても例のごとく私がほとんど一方的に話しかけてただけな気がするけど。あ、でも一度だけ彼は自分から話を振った。

「将来やりたいこととかあるの?」

なぜそれだけ聞いたのかわからないけど、はじめての彼からの質問だったことに私は少しテンションが上がった。とは言っても、

「別に私、今のところ将来やりたいこととかないんだよねー。」

「そうなんだ。まあ将来はやりたいことができるといいね。」

「そうだねー。ユウキ君は?」

私が聞き返すと彼は「ないかな。」と即答した。すぐに慌てた様子で「今のところは。」と付け足す。

そんなこんなで雑談している間に、電車は私の駅の2駅手前まで来てた。

「僕、次の駅で降りるから。」

そうか、ユウキ君は次なのか。どこか寂しい思いを感じながら、それを悟らせないように注意して

「へー。私はユウキ君の降りる次の駅ー。」

と言う。すぐにもうすぐユウキ君の降りる駅であることを告げるアナウンスが流れる。ふと最後にもう一回お礼を言っておこうと思った。

「今日はほんとにありがとう。助かった。」

改めて顔を身ながらしっかりお礼をする。ユウキ君はすぐに目をそらして

「君がいるとせっかく静かな図書室が騒がしくなりそうだったからね。仕方なく、だよ。」

とぶっきらぼうに言う。あ、照れてる。可愛い。なんて思ってたら電車が停止した。どうやら駅に着いたらしい。ゆっくり立ち上がって電車を降りようとする背中に私はじゃあねと手を振る。彼も振り返りじゃあねと返してくれた。電車はすぐにまた動き出した。


*9

もうこのときにはたぶん好きって感情が自覚できないほどわずかかもしれないけど芽生えてたんだよね、きっと。それで私は積極的に仲良くなりにいった。冬休みにはお礼と称して食事に誘ったし、学校では彼を見かける度に話しかけた(というかなんなら探しだした)。勉強にも付き合ってもらった。ひどいことにユウキ君は私とは仲良くないだの友達でないだのと、付き合ってくれる癖になぜかそこだけは認めてくれなくて、好きとか以前にユウキ君に私を友達と認めさせるのにまず一番苦労した。なんで人と友達になるのにテストで20位に入らなきゃいけないの?って感じ。この時はほんと先が思いやられる、と思ったけどそこからは一気に距離が縮まった。一緒に帰ったりして、話す機会も多くなったし。特に、昨日と今日のは本当に、ヤバかった。思い出したらまた顔が火照る。 あれはもう脈ありだよね??どうだろ、ユウキ君はいろいろ変わってるから全然わかんない。とか考えてたらそらからメッセージがきた。

「結局、昨日と今日はなにやってたの?」

そういえば、そらに昨日と今日は予定が入ってるといったんだった。いっそのことそらに相談でもしようかな。

「他の人と遊んでた。ユウキ君。わかる?」

「誰だっけ?」

「図書委員君」

「あー、はいはいはい。…なんで?」

「のぞみには言わないでよ?実はさ、、、」

私は事情を、ところどころはしょってざっくり伝える。

「へぇー。いつのまにそんな色っぽい話になってんの?それにしても、意外。ゆづが図書委員君を好きになるのも、図書委員君がそんな乙女ゲー主人公顔負けの天然(スキル)をもってるのも。そういう人、本当にいるんだね。」

「ねー、どう思う?脈あるかな?」

「さあねぇ。ただひとつ言えるのは…」

「言えるのは?」

「ああいう人は自己評価低い人多いから、たぶんあんたから告白しないと、自分から告白とかはしなそう。だから、本当に好きならさっさと勇気だしな。そして玉砕しな」

「振られる前提?!」

私はふふ、と笑う。

「でも、ありがとう。勇気でた。次あったとき、告白してみる。」

「そうしなよ。それにしても、女の子に告白させるなんて、図書委員君、なかなか罪な男ですね。」

「そうなの。この間も、、、」

私はそらにその後しばらく惚気を聞いてもらって、最後にのぞみにいわないように釘を刺してからもう一度お礼をいってスマホを閉じた。

もう寝よう、そう思った。




そこから数日の残った春休みはいつも通り適当に過ごした。いや、ひとついつも通りじゃないことがあった。ユウキ君と東京にいったときに入った本屋で、こっそり彼が買った本と同じ本を買ったから、その本を時間が空いた時に読んだ。残念ながら春休み中には読み終わらなかったけど。とにかく、それ以外はいつも通りだった。そうして開けた新学期。もうすっかり私の家を覚えたそらとのぞみが、インターホンを鳴らす。

「はーい、ちょっと待って。」

支度をささっとすませて、そとにでる。

「お待たせ、、ってなんかさもこれが普通みたいになってるけど、もともと私の家は集合場所じゃないし、集合時間もまだまだだだからね?」

「まあまあ、いいじゃん細かいことは。それより、どうなったの?」

のぞみが目を輝かせて私をみる。そらは額に手をあてて困った顔をしてる。嫌な予感しかしない。

「どうなったのって、、なにが?」

「やだなぁー、図書委員君のことに決まってるじゃん!」

「は?」

私はそらを見る。そらは手をあわせてホントにごめんと申し訳なさそうにする。まあ、そらは約束を守る人だから、おおかた無理やり言わせれたか、それに近いなにかだろう。一応聞く。

「なんであんたがそれ知ってるの?」

「えー、いやー。なんていうの?そらが教えてくれた~、みたいな?」

明らかに視線を泳がすのぞみにかわってそらが

「なにが「教えてくれた~、みたいな?」よ。聞いてよ。昨日のぞみっち私のスマホ勝手にみたんだよ?そりゃあたしかにのぞみに「最近ゆづ色気だってない?」って言われたときうまくはぐらかせなかった私も悪いけど。のぞみったらそういうときだけ妙に鋭くて、私が油断したところでスマホの私とゆづとのトーク履歴盗み見したんだよ?!人としてあり得ない!」

そらはのぞみの頭に両手の拳をあててグリグリとする。

「あーごめんごめんごめん!!!ギブ!ギブ~。」

のぞみの悲鳴がこだましたところでようやく話が一段落する。

「で、どうなったの?」

「べつにー。あれからまだどうもなってないよー。あんまりしつこくてもユウキ君に迷惑かかるし。」

「えー、もう、そんなに奥手だと図書委員君と話す機会なくなるかもよー。」

「んな大袈裟な。まあでもたしかに、早くこっちから行かないとかもね。」

「いやー、それにしてもゆづがああいう人を好きになるのは少し以外かも。」

「もういいじゃん私の話は。そんなことより、新しいクラスメイトのほうが気にならない?」

私はそのうち墓穴を掘りそうで怖かったので無理やり話をかえる。幸い、のぞみはそっちの話題に興味をもってくれた

「あー、たしかに!そういえば新クラスじゃん!えー、誰が同じクラスに欲しいかな。まずゆづとそらでしょー。それからゆいでしょー。それから、、、」

「同じクラスだといいねー。」

「それねー。あ、そうそう、みさきちゃんってこの前バイト始めたらしいよ。」

「まじー?どこー?」

結局話は勝手にどんどんそれていき、学校につく頃にはいつもみたいに他愛ない会話をグダグダとしていた。とりあえず新しいクラスが発表されるのは始業式の後で、それまではそれぞれもとのクラスだ。私たちは廊下でいったん解散し、自身のクラスに向かう。廊下をあるきながらユウキ君になんて挨拶してやろうか考える。冬休み中のあのお出かけは十分な進歩だと思う。それを差し引いて、なんて挨拶しようかな。なんて、下らないことを考えてから、教室のドアを開けて私は友達におはようといいながらユウキ君を探す。どうせいつもみたいに教室の隅で本を読んでいるに、、

「あれ?」

うっかり声に出してしまった。珍しくユウキ君がまだ自分の席にいない。

「どうしたの?」

「あー、ううん、なんでもない。」

鞄すらおいていないということはまだ学校に来てすらいないということだ。いつもは私より先に来てるのに珍しい。もしかして体調不良かな。結局始業式が終わるまで来なかったユウキ君に「体調不良?大丈夫?」とメッセージを送る。既読はなかなかつかなくて、返信がくるよりさきに新しいクラスの発表が始まってしまった。私は諦めておとなしくスマホをポケットにしまう。仕方ない、代わりに彼の分まで新しいクラスにドキドキしよう。やっぱりユウキ君とは同じクラスだといいな。そう願いながら順番に発表されていくクラスに注意をむける。

「…で、加藤はA組。久我はD組で」

D組!こい!D組こい!

「白坂はC組、須藤はD組…」

おいー。須藤、私と代われ。結局ユウキ君と同じクラスになれなくて少し残念だったけど、このクラスで仲良かった人がC組に数人いたし、まあC組とD組なら合同授業とかで接点ありそうなのでまあよしとしよう。私はそらとのぞみにLINEをする。

「クラスどうだった?私Cだった。」

すぐに既読がつく。この早さはおそらくのぞみだ。

「まじ!やったね。私もC。ラッキー。」

「お、ほんと?じゃあこれからよろしくじゃん。」

しばらく誰がどのクラスだったか二人で情報を共有してたらようやく既読が増えた。

「お、そらはどのクラスだった?」

「私D~。おしかったー。」

うわ、そらユウキ君と同じクラスじゃん。いいな。

「まあいいじゃん!隣だし。いままで二個とか空いてたから、全然ラッキーでしょ!ちなみにそらのクラスだとだれがどのクラスだった?」

「えー、二人が知ってるところだとみさきちゃんがBで…」

しばらく話してたらどうやらいつのまにか全員のクラスが発表されたようで、移動が始まった。

「ゆづ何組だったー?」

「私C組ー。りさりんは?」

「うわー、別クラスだ。私Aなんだよね。くぅー、じゃあね。」

こんな会話をクラスの友達と数回繰り返し教室を出てC組へ向かった。C組にはさきにのぞみがいて、私を見つけるや否や「ゆづ~」と叫びながらガバッと飛び付いてきた。のぞみを知っている人は呆れたように苦笑し、それ以外の人は何事かといった感じで目を丸くしてる。あのさのぞみ。教室で人目を憚らず抱きつくのやめて、恥ずかしい。

「で、図書委員君はどのクラスだったの?」

のぞみは面白そうに聞く。近くの別の友達数人が「なんの話~?」と来たところで私はのぞみに目で圧をかけ、「なんでもないよー。」とはぐらかす。だからのぞみには知られたくなかったんだよ!もう!のぞみは察したようで小さくごめんね、と合図する。わざとじゃないならいいけどさ。新しい友達や前からの友達同士でわいわい喋っていたらやがて新しい担任がきて、HRが始まる。「ま、新しいクラス、受験勉強も本格的に始まるし、慣れないこと多いだろうけどいいクラスにしよう!」とか当たり障りのないことをいって、高校三年生一日目の学校は終わった。そらのクラスはまだしばらく話しそうなので、それを待つ私は帰っていく友達たちにじゃあねー、と手を振る。人がある程度いなくなったところで今度こそ「で、」とのぞみがこちらに向き直る。

「どうなのよ、図書委員君は。どこのクラスだったの?」

「知らないよー、自分のクラスしか聞いてなかったもん。」

「ダウト!あんたが自分のクラスしか聞いてなかったなんてことは絶対ない!友達のは全員分聞いてるでしょ、どうせ。」

「知ってた?友達から聞いた話なんだけど、ダウトって疑うとかそういう意味で、日本に定着してる意味と少し違うらしいよ。面白いよね。」

「話をそらそうとするな!おい!」

せっかく使ったユウキ君秘伝の奥義はあっさり破られ(まあそうだと思ったけど)、私はおとなしく白状することにした。どうせ黙っててもばれるだろうし。

「Dだよ、D。そらと同じクラス。」

「へー、近いじゃん。いつでも会えるね、愛しの君に。今日は一緒に帰らなくていいの?」

「ユウキ君がそういうタイプの人じゃないってなんとなくわかってるでしょ。それに今日休みだし。」

「ね。今日休みだったね、ユウキ君」

「うぎゃー!!」

いつのまにかHRを終わらせてこっそりのぞみの後ろにきていたそらが相づちをうちながらのぞみの耳元にふぅーと息を吹き掛け、それに驚いたのぞみが悲鳴をあげる。

「あはは、ビックリしすぎ。」

「それね。ここまでビックリすると思わなかった。」

「ひどい!超ビックリしたんだけど。」

「私のスマホ勝手に覗いてゆづの秘密を勝手に暴いた罰だよ」

「いいじゃん、友達でしょー。あたしも混ぜてよ。」

「あんた混ぜると気づいたら友達全員に広がってるんだもん。そんな口軽い人にだれが好きこのんで教えるものか。」

「口止めされたらちゃんと黙ってるよー、私。」

「信用できないー。」

笑いながら私は「まあ、ほんとだれにも言わないでよ?」と口に指をあてる。

「はいはい。」

大丈夫かなぁ。まあいいや、帰ろう。

三人で横にならんで帰り道をあるく。家に帰ってからスマホを開いてもユウキ君からの返信はまだきてなかった。明日はこれるのかな。すこし心配に思いながら私はスマホを閉じる。かわりに買った本を開き、読み進めた。

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