8 予想外な再会
目が合った時、互いに唖然とした。
まさか再会するとは思わなかった。
そもそも今生での邂逅さえ思ってもいなかった。
それは、タスク(祐)にも言える事だったが。
前世で誰よりも敬愛した人。
美しく怜悧で高潔な前世の私のお父さん。
あんな今生の邂逅でさえなければ会えた事を互いに喜んでいただろう。
けれど、今は互いに会いたくないはずだ。
特に、私は彼に秘密がある。
息子の存在だ。
知れば彼は苦しむ。
ただでさえ今生の自分がした事、特に前世の娘である私にした事が彼を打ちのめしているのだから。
どの領地でも東西南北に門がある。そこから領内外に出るのだ。
私の今の職場はオザンファン侯爵領の南門だ。そこのゲートハウス(城門と一体になった建物)で領軍の事務仕事をしている。
幼い息子連れでなければ兵士でも用心棒でも構わないのだけれど(そもそも生まれたのがタスク(祐)でなければ失踪などしなかった)。
住居と託児所付きの仕事場を探してたら、ここを職業安定所で紹介されたのだ。
今生のこの世界で学校に通えるのは貴族の子息と裕福か成績優秀な平民だ。
前世では秘密結社の実行部隊員として高水準の教育を受け、今生では辺境伯だけでなく王妃教育という女性として最高の教育を受けていた。読み書きと計算が一般の平民よりも出来るのを買われて領軍の事務仕事、主に帳簿付けを担当する事になった。
アンディ達に見つかる危険を思えば一つ所に落ち着くべきではないが、今のタスクの肉体は幼児だ。長旅はさせられない。長旅に耐えられるほど彼の肉体が成長するまでは、なるべく動きたくなかった。
それに門での仕事であれば他所から来る人間を把握しやすい。特にアンディ達は目立つので、すぐに分かるはずだ。彼らが私達母子に気づく前に逃げられるだろう。
アンディ達の事は警戒していたが、前世の私の父親、今生ではヴィクトル・ベルリオーズとなった彼と再会するのは全くの予想外だった。
幼い息子連れのため遠方に行けない私と違い、彼一人なら国を出る事だってできたはずだ。
彼も何か事情があって国を出る事ができなかったのだろうか?
たまたま廊下を通った時に、南門の視察に来たこのオザンファン侯爵領の領主であるオザンファン侯爵令息ルイゾンとその婚約者、アメリー・シャルリエ伯爵令嬢と一緒にいた彼と遭遇したのだ。
彼の隣には前世の私の十二、三の頃に酷似した絶世の美少女もいた。彼がいなければ、その少女にのみ注目していただろう。
私は彼らに背を向け大急ぎである場所に向かった。
「待て! 祥子!」
彼の大声が聞こえたが勿論無視だ。
彼が追いつく前に、あの子を連れて、ここから、いやこの領内から出なければ。
それしか頭になかった。
「タスク!」
タスクは、いつも通り託児所となっている一室で絵本を読んでいた。
精神年齢こそ前々世、前世、今生合わせて百歳越えだが「絵本って、あんまり読んだ事ないんだよな。意外とおもしろい」と片っ端から南門のゲートハウスで所蔵している絵本を読み漁っていた。
外見が幼児なので彼が絵本を読んでいても誰も不思議に思わないだろうが……中身を知っている私には「彼」と絵本の取り合わせは何とも奇異に映る。
託児所には当然ながら他の幼児や世話役として雇われた女性達がいる。私の慌てた様子に皆、怪訝そうな顔をしていたが、彼らに説明する義理も暇もない。
「どうした? ジョゼ。夏生達が来たのか?」
タスクは転生した今でもアンディを「夏生」と彼の前世の名で呼ぶ。
「だったら」
「アンディ達じゃないけど、とにかく、ここから出るわ」
私は何か言いかけるタスクの言葉を遮った。この時は焦っていて、とても彼の言葉を最後まで聞いている余裕がなかったのだ。
「詳しい話は後で」
私はタスクを抱き上げた。
普段なら嫌がるタスクだが私の焦っている様子のせいか今回は何も言わなかった。
そのまま開け放ったままの扉から廊下に出たが――。
「祥子!」
「ジョゼ!」
「ジョゼ様!」
ヴィクトルや前世の私に酷似した少女だけでなく二人の後ろにいる男女を見て私は(……最悪だ)と心の中で呻いた。
その男女は三年分成長し美少年から美青年となったレオンと美少女から美女になりかけているリリだった。