6 トラウマを植えつける
結局、タスクは、あの男を殺さなかった。
無論、慈悲からではない。
通りの向こうから警官が駆けつけてくる声や足音が聞こえたからだ。男の悲鳴を聞いた誰かが呼んだのだろう。
警察に連れて行かれるのは厄介だ。秘密結社《アネシドラ》は仕事上、様々な組織と繋がっている。警察もその一つだ。
タスクを連れて失踪した時、「この子は私一人で育てます。捜さないでください」という手紙は残してきたが、その通りにしてくれるアンディ達ではないだろう。
タスクは手にしている短剣を振って付着している血を飛ばすと鞘に仕舞った。
「警察に連れて行かれるのは面倒だ。残念だが殺すのは諦めよう」
言外に「逃げよう」と告げるタスクに、私は「でも、その前に」と男の下半身をもう一度思い切り踏みつけ悲鳴を上げさせた。
「ぐぎゃ――っ!」
「その傷跡を見る度に思い出せ。お前が汚らわしい欲望の餌食にしてきた、もしくは、しただろう子供達の苦痛と恐怖とおぞましさを。その親達の怒りと憎しみを」
今日が男の初めての犯行だったかもしれないが、そんな事はどうでもいい。
私の息子を汚らわしい欲望の餌食にしようとした。
それだけで私にとって目の前の男は極刑に値する。
「刑務所にぶち込まれていなければ、法が裁かないのなら、私がお前を裁くわ。私はタスクと違って殺して終わりになどしない。死ぬ寸前の苦しみを生涯与え続けてやる」
まあ刑務所にぶち込まれても、男が子供達に与えていた、もしくは与えていただろう恐怖を今度は自分が味わう事になるだろうが。
男は歯の根が合わないほど震え恐怖に顔を引きつらせている。
どうやらトラウマを植えつけた事に成功したようだ。
出所しても、もう二度と女や子供を汚らわしい欲望の餌食にできないだろう。
満足した私は男から離れるとタスクの手を取って歩き出した。
走って来る警察官達とすれ違ったが、まさか幼子と若い母親が何かしたとは誰も思わないだろう、呼び止められる事はなかった。
背後から警察官達の「これは、ひどい!」という驚きの声と男の意味をなさない絶叫が聞こえてきた。