3 それ以上の最悪①
今の私は、ウジェーヌ、アンディ、レオン、リリと一緒に暮らしている。
以前ウジェーヌがロザリーと暮らしていた家ではない。住居人が増えたためウジェーヌは貴族の館ほどではないが平民が住むには広い邸を購入したのだ。
それにともない通いで家政婦二人と料理人も雇った。《アネシドラ》での仕事が忙しいので家の維持まで住居人だけでは手が回らないのだ。
普段は仲良く暮らしているので何とも思わないが、こうなっては、前世のように一人暮らしのほうがよかったと思う。
髪はくしゃくしゃでドレスは所々破かれた、いかにも「そういう事があった」という姿で自宅に帰ってはウジェーヌ以外の皆が心配する。
かつてヴィクトルが弄んだ女性達のために用意したドレスに着替え何とか身支度を整え表面上は何事もなかったように見せた。
けれど、さすがに前世からの付き合いのアンディの目はごまかせず洗いざらい吐かされた。
私が自宅に戻った時、ウジェーヌだけでなくレオンとリリが家にいなかったのは幸いだったが。
私にとっては本当に大した事ではないが、レオンとリリは違う。今も心の奥底で前世や過去に起こった苦しみを忘れられずにいる二人の前で同じような目に遭った私がのこのこ現れてはトラウマを刺激する。それは避けたい。
……それだけでなく優しい二人は私を慮って苦しむだろう。
私がいくら「本当に大した事じゃない」と言った所で、あの二人にとって「ああいう出来事」は最大のトラウマだ。私の言葉に簡単に納得してくれるとも思えないのだ。
私が去った翌日、ベルリオーズ公爵家では大変な事が起こっていた。
嫡男が失踪し、それから間を置かず、彼の父親、ベルリオーズ公爵の不正、領内での人身売買や麻薬の密造や密売が発覚したのだ。
翌日、昼近くに目覚めた私はアンディから、それを教えられた。
(……お父さんがやったのね)
人格が警察官の鑑とまで言われた相原融に変わったのだ。主犯が今生の父親であっても不正を知って放置する訳がない。それが自分を不利にするものであっても。
いくら公爵といえど公に認知された不正をなかった事にはできない。家が取り潰しの上、斬首刑確定だ。
人格が今生から前世に変わっても体はヴィクトル・ベルリオーズだ。彼が今までのように公爵令息として生きていては《アネシドラ》への依頼が失敗したと依頼人に告げるものだ。
いくら人格が今までと真逆になったからといって尊厳を踏みにじられた人間が、それであっさり許すはずがない。
だから、邸を出る前に「生きてほしい」だけでなく「失踪して」とも告げたのだ。
失踪するついでに今生の自分の父親の不正まで明らかにしていくとは思わなかったけれど。
(もう二度と会う事はないだろうけれど、どうか無事で生きていて)
あの人は約束を守る人だ。
それが、まして前世の娘、さらには自分が傷つけた(と思い込んでいる)女と交わした約束なら絶対に破れない。
どれだけ死にたくても、生きていたくなくても、「娘」と約束した以上、死ねないし生きるしかないのだ。
(そして、できれば、幸せであってほしい)
今生の自分のした事を思えば、あの人が自分に幸せを許すはずがないのは分かっているけれど。
貴方の幸せを望む私のために、どうか幸せでいて。
お父さんとは、これでもう会う事はないのだと思っていた。
これで「彼」との縁は切れたものだと。
前世の父と娘。
そんな私達が今生では最悪な邂逅を果たした。
それ以上の最悪はないと思っていたのに――。