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番外編3-1 貴女を想う①(ルイゾン視点)

 まさか「彼女」と会えるとは思わなかった。


 あるお茶会で見かけたブルノンヴィル辺境伯、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィル。


 美少女ではないが貴族でも平民でも珍しい銅色の髪と赤紫の瞳。彼女が目を惹くのは身に纏う色彩だけではない。


 毅然とした雰囲気、苛烈な瞳。


 彼女独自の空気故だ。


 彼女自身は気づいていなかったが、彼女は社交界に隠れた信奉者が多いのだ。


 彼女の最初の婚約者、今は亡きフランソワ王子は、誰がどう見ても彼女にべた惚れだった。彼女には全く相手にされず結局婚約解消になったが。


 彼女の次の婚約者、ジャン・ヴェルディエ侯爵令息は、彼女ではなく彼女の侍女(リリと言ったか)に、ご執心のようだった。彼は隠していたが、彼女の婚約者という事で私が注意深く見ていたから分かったのだ。


 彼女の婚約者という幸運に恵まれているのに、別の女に心を奪われている彼が気に入らなかった。


 確かに、彼女の侍女は絶世の美少女だ。男の多くは彼女の侍女に心を奪われるのだろう。


 けれど、あの魂の輝きを知れば、外見のみの美しさになど価値など見出せなくなる。


 彼女の父親が前世の人格に目覚め、フランソワ王子や衛兵達を殺害し、前国王陛下(約一年前、ジュール王子が国王となったのだ)の命をも狙った責任をとって彼女はブルノンヴィル辺境伯位を返上した。


 その後の行方は(よう)として知れなかったが、どういう運命の悪戯か、私の父が領主をしているオザンファン侯爵領、南門のゲートハウスで会った。


 しかも、息子と一緒にいた。


 その銅色の髪と赤紫の瞳から、まぎれもなく彼女が産んだ息子なのは明らかだ。またその顔から「父親」が誰なのかも。


「誰に子を産ませようと彼の自由だろう」と婚約者をなだめるために一般論を口にしたが、内心は腸が煮えくり返っていた。


 今はトオルと名乗っているアメリーの護衛の肉体と元の人格がヴィクトル・ベルリオーズ元侯爵令息なのは分かっている。いくら本人が、その記憶がないと主張しようとだ。


 親しく話した事はないが、周囲に係わっている様子を遠巻きに見ているだけでも「トオル」が元の彼、ヴィクトルと真逆な人格なのは分かる。「彼」が女性を虐げるとは思えない。

 

 ヴィクトル・ベルリオーズが平民の女性を弄んで棄てるクズ野郎なのは誰もが知っている。「彼」となる前のヴィクトルが彼女の息子の父親なのだ。……肉体が同じである以上、人格がどちらでも生物学上の親子なのは変わらないが。


 親しく話した事はないが受ける印象と噂から推測する彼女の為人(ひととなり)からして彼女がそんな男を好きになるとは思わない。十中八九、彼女が望まない行為の結果、出来た息子なのだ。


 それでも、彼女は息子を愛している。「息子と平穏に暮らす事だけを望む」と言っていたし、アメリーから庇う様子一つとっても、それは分かる。


 体がヴィクトルであるトオルと、なぜか行動を共にしていたし親し気だった。彼女が転生者なのは有名だったし、またトオルも、その言動から転生者なのは明らかだ。おそらく前世で係わりがあったのだろう。


 だから、彼女の息子とトオルに何かする気はない。


 ……「何か」しようにも十中八九、返り討ちに遭うと断言できる。一見、幼子の彼女の息子と穏やかそうなトオルが見かけ通りの人間ではないと分かるからだ。





 想いは叶わなくても愛する女性の傍にいる。


 願わない訳ではない。


 レオン・ボワデフルは子爵家に生まれながら義務も責任も財産も何もかも放棄して彼女の傍にいる。彼女が辺境伯でなくなってもついて行った。彼の家族は彼のそんな生き方を許して廃嫡まではしていないようだが。


 けれど、私にはレオンのように全てを捨てて彼女の傍にいる選択はできない。


 ルイゾン・オザンファンとして生まれた私の義務と責任を放棄する事はできない。それをしたら、私は私でなくなってしまう。


 オザンファン侯爵家を維持できたのは有能な祖父と母がいたからだ。


 父は決して悪い人間ではない。ごく普通の、それこそ平民に生まれたほうがよかっただろう人間だ。貴族、しかも侯爵という高位貴族に、とことん向かない人間だったのだ。


 それでもオザンファン侯爵を継げる人間は父しかいなかった。前オザンファン侯爵、祖父の子供は父しかいなかったからだ。


 だからこそ前オザンファン侯爵(祖父)は、侯爵家とは身分的に釣り合いが取れない子爵令嬢ではあったが才女として有名だった母を一人息子である父の妻に打診したのだ。


 九年前の疫病で有能な祖父と母が亡くなった後、父は当時八歳の私や家令にオザンファン侯爵家や領地の事を押しつけ自分は遊び歩いていた。


 幸い祖父と母は父に最初から期待はせず私が物心つく前から侯爵となるための厳しい教育を施し、政務にも係わらせていたし、オザンファン侯爵家に仕える人間の大半は有能だった。


 父がいなくても、いや、いないほうが助かったくらいだ。凡愚な人間に政務されるほうが領民の迷惑になるのだから。


 それでも祖父亡き後、名ばかりでも父がオザンファン侯爵だ。彼女のように有能で大人の精神を持つ転生者でない限り、いくら父が無能でも成人前に襲爵できないからだ。


 愚かな父はシャルリエ伯爵家から不正で得た金を受け取っているようだ。それもあってアメリーと息子(わたし)を婚約させたのだろうが。


 父が言うように貴族に不正はつきものだ。貴族である以上、清廉潔白なままでいられるとは思っていない。この手を汚す覚悟は幼い頃からしている。


 それでも、彼女を想う男として彼女に恥じない男でいたかった。


 彼女が私に興味なくても。


 シャルリエ伯爵家の不正を明らかにしてアメリーとの婚約を破棄か解消するつもりだった。


 父が不正で得た金をシャルリエ伯爵から受け取っている事も明らかにする。


 最悪、オザンファン侯爵家が取り潰されても受け入れる。


 それが、彼女を想う男としての最後の矜持だ。











 







次話もルイゾン視点です。

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