表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/32

番外編1 ずっと欲しかったのは(ヴィクトル視点)

今回はトオルとなる前のヴィクトルの視点です。

「彼女」に会ったのは、庶民向けではあるが私のお気に入りの飲食店だった。


 長い黒髪(後で鬘だと分かったが)のなかなか美少女だ。それが化粧によるものだと私には分かる。素顔になれば十中八九、平凡な顔だ。体も小柄で華奢で多くの男が惹かれるような肉感的なものではない。


 私の食指が動くのは、黒髪、暗褐色の瞳、華奢ながらグラマラスな肢体、そういう特徴を持つ美女だけだ。


 だのに、なぜだろう、


 瞳が暗褐色でない上、顔も体も好みとは程遠いのに。


「彼女」だと思った。


 私がずっと探し求めていたのは――。


 店内を見回していた彼女と私の目が合った。


 夕焼けの空のような赤紫の瞳。


 そこに浮かぶのは「獲物を見つけた!」と言わんばかりの物騒な輝きだ。


 今まで、そんな目で私を見た女はいなかった。


 彼女の眼差しに私が覚えたのは戸惑いでも不快感でもなく胸の高鳴りだ。


 私は完璧な美貌だと評されてきた。私が今まで相手をしてきた女達だって誰が見ても美人だ。


 けれど、彼女を見て外見の美醜など意味がないと初めて思った。


 毅然とした雰囲気、苛烈な瞳。


 誰も真似できない彼女独自の空気、存在感。


 化粧で美人に見せなくても「彼女」というだけで皆、目を奪われる。


「相席してもよろしいですか?」


 店内は、そこそこ空いているのに、彼女は迷わず私の元までやって来た。


「構わないよ」


 私は「他に席は空いているが」などという無粋な事は言わず、笑顔で了承した。


 私の笑顔を見れば大抵の女性は見惚れるのに、彼女は「大抵の女性」ではなかったらしく、ただ笑顔で「ありがとうございます」と向かいの席に腰を下ろした。


「この店は初めてなんです。あなたのお勧めは?」という彼女からの質問に始まり、互いの好きな食べ物や趣味など一見なごやかな会話を繰り広げていた。


 そう一見だ。


 私に向ける顔は微笑んでいても、その瞳は全く笑っていない。


 初めに目が合った時ですら物騒な瞳をしていたが、こうして相対していても、同じ人間とすら見ていない、冷たく蔑んだ眼差しを向けられている。


 なぜ初対面でそんな瞳を向けられなければならないのか、疑問や不快感を覚えるより女と肌を重ねるよりも興奮する。


 (やしき)に連れ込んだ時も抵抗せず、おとなしくついてきた彼女だが、いざ行為に及ぼうとした時に隠し持っていた短剣を振るわれた。


 私への好意皆無どころか、はっきりと軽蔑していた女だ。


 私に近づいたのも、おとなしく邸についてきたのも、何らかの目的があったのは分かっていた。


 父と共に不正をしているし、平民の女達を散々弄んできた。多大な恨みを買っている自覚はある。


 いくら一目で心奪われようと警戒はしていた。伊達に代々将軍職を務めるベルリオーズ公爵家の人間ではない。


 あっさり彼女から短剣を取り上げるとベッドに組み敷いた。


 私の命を狙った女だが構わない。


 手に入れる。


 逃がしはしない。


 今まで弄んできた女達に感じた事はない強い衝動だ。


 ベッドには新品の銅貨のごとき(あかがね)色の髪が散っていた。組み敷いた際に鬘が外れ彼女本来の髪が露になったのだ。


 銅色の髪に赤紫の瞳。


 ブルノンヴィル辺境伯家直系の特徴だ。


 彼女こそ数か月前ブルノンヴィル辺境伯位を返上した、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルなのだ。


 どういう経緯か、今は私の命を狙っているが。


 辺境伯でなくなっても彼女は国王の姪であり社交界に隠れた信奉者も多いと聞く。彼女を実際に見て隠れ信奉者の存在に納得した。


 彼女に何かあれば、ベルリオーズ公爵令息の私といえど、ただでは済まないだろう。


 だが、それがどうした?


 彼女を手に入れるためなら多少のリスクも覚悟する。


 この命を失っても構わないとは思っていたが――。


 ベッドに組み敷いて体を弄っても、彼女は何の反応も示さない。


 私に向ける瞳は恐怖や嫌悪すらない醒め切ったものだ。


 冷めた体、醒めた瞳。


 普通ならば萎えるのだろう。


 けれど、私は却って煽られる。


 私の体も心も熱くなってくる。


 今まで肌を重ねた女達との行為など比べものにならない。


 当然だ。


 だって、私がずっと欲しかったのは――。


 そこまで考えた時、「その声」が聞こえてきた。


 ――やめろ!


 ラルボーシャン語ではない。東方の商人ともやり取りしているので東方の小国で遣われている言語だと分かった。


 ――()()()()に手を出すな!


「……っ!」


 膨大な記憶が一気に脳内に溢れ発狂しそうだった。


 私であって私ではない男の記憶。


 その中に現われた一人の少女。


 どれだけ姿形が違っても「彼女」だと分かる。


(……ああ、そうか)


 なぜ、黒髪、暗褐色の瞳、華奢ながらグラマラスな肢体の美女達に執着していたのか、ようやく理解できた。


 無意識に女達を「彼女」の身代わりにしていたのだ。


 彼女へのこの想いすら「彼」の影響だったかもしれない。


 それでも、私は――。


(君を愛している。ジョゼフィーヌ)


 届かぬ想い。


 前世でも今生でも叶わぬ恋。


 前世の膨大な記憶が一気に解放された事と私を排除しようと前世の人格が覚醒した事で、こうして私、ヴィクトル・ベルリオーズは消えた。


 代わりに、浮上したのは――。


 


 






 



 


 




 


 


 






 







次話はデボラ視点です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ