25 生きてほしい
結局、タスクと共に三年前まで住んでいた邸で暮らす事になった。
トオルとミーヌも一緒だ。トオルは私とタスクの傍にいたいからで、ミーヌは、そのトオルの傍にいたいからだ。
私達と一緒に暮らしたいとトオルとミーヌが家主であるウジェーヌに交渉した結果、トオルは《アネシドラ》の実行部隊員として、ミーヌはメイドとして働く事になった。
トオルの今生の肉体は祐並みの身体能力があるし、怜悧な頭脳と、いざという時、誰よりも冷酷非情になれる精神は確かに実行部隊員として向いているが。
「前世で《アネシドラ》を崩壊させようとした人間を雇っていいの?」と訊いた私に、ウジェーヌは、あっさり「前世の事だし、そもそも崩壊させた君とアンディを雇っているんだから今更だろう?」と切り返された。まあ確かに。
ウジェーヌが有能な実行部隊員となるトオルはともかく、言っては何だが替えのきくメイドとなるミーヌまで一緒に暮らす事を了承したのは、彼女の容姿が気に入ったからだろう。彼女は前世の彼女にも酷似しているが、ウジェーヌにとって唯一無二の存在である「祥子」にも酷似しているのだ。前世は祖母と孫だから当然なのだけど。
翌日、新聞を見て驚いた。
新聞の見出しにはシャルリエ伯爵家の不正が書かれていた。不正は、脱税、麻薬の売買、領民を人身売買していた事などだ。
伯爵家の不正を告発した文書が公爵、侯爵、伯爵などの上位貴族の元に送られてきたため、王家が事の真偽を調べた結果、告発が事実だと判明しシャルリエ伯爵家は取り潰された。
トオルが言っていた「俺達どころではなくなる」は、これなのだろう。
「もしかして、貴族達にシャルリエ伯爵の不正を告発した文書を送ったのは、あなた?」
「ああ。シャルリエ伯爵は、元々ベルリオーズ公爵と一緒に麻薬の売買をしていたからな。三年間、シャルリエ伯爵領の領主館で不正の証拠を探して、今生の記憶にあるシャルリエ伯爵の政敵達に送ったんだ」
朝食の席で私が訊くと、トオルは、あっさり白状した。
「……肉体はヴィクトルの貴方をよく始末しなかったわね」
娘が連れ帰ったのが自分の不正を熟知しているベルリオーズ公爵の息子ならば普通そうするだろう?
「今生の記憶はないって押し通したし、アメリー嬢が俺を気に入っていたしな」
トオルの言い方は素っ気ない。「気に入られた事」に全く感謝していないのだ。
まあそれはそうだろう。「王家に取り潰された公爵家の令息(ヴィクトル)の生存をばらす」と脅され、妹共々自分に仕えるように強要されたのだから。
「……最近のシャルリエ伯爵のミーヌを見る目がやばくてね。それもあって、この家を潰そうと思ったんだ」
十二歳の少女に「やばい目」を向けるシャルリエ伯爵はどうかと思うが、ミーヌは前世同様、絶世の美少女だ。気の毒だが、その手の危険から逃れる事はできないのだ。
トオルは仕えるように強要された仕返しだけでなく、妹の貞操を守りたくてシャルリエ伯爵の不正を告発する文書を貴族達に送ったのだ。
自分だけならまだしも守ると決めた存在を害されればお父さんは怒る。普段の優しさや高潔さばかりか人間性を一切棄て敵認定した人間を徹底的に追い詰めるのだ。
「ねえ、あなたがトオルに『一緒に生きてほしい』と頼んだのは、『女一人だと生きるのが大変だから』ではなくトオルを死なせないためなんでしょう?」
朝食後、私は、さっそくメイドとして働いているミーヌを捕まえ中庭で二人きりになると疑問をぶつけた。
「あなたは、お母さんより強い女性だわ」
お母さんと同じ魂と記憶を持っていても、人格が前世ではなく今生である彼女は、お母さんよりも精神的に強い女性だ。知り合ったばかりでも、それは分かる。
「それに、薬師としての知識と前世の記憶もある」
昨日、トオルとミーヌに私の前世で両親(前世の二人)が亡くなった後と今生の人生を話すとミーヌも今生の自分の人生を教えてくれたのだ。一方的に聞くのはフェアではないと思ったのだろう。
「男性に頼らなくても一人でも生きていけると思う」
そんなミーヌがわざわざ「一緒に生きてほしい。女一人で生きるのは大変だから」とトオルに頼んだのは、一人にしておくと自殺しそうだった彼を放っておけなかったからだろう。
当時トオルは今よりも今生の自分のした事に打ちのめされていた。
今生の人格の被害者であり前世の娘である私が「死ぬのは決して許さない」と告げたから死にたくなる気持ちを押し止めて生きていたに過ぎない。
前世の記憶でミーヌはトオル、「相原融」という男性を熟知している。守るべき存在がいれば自殺の歯止めになると考えて「一緒に生きてほしい」と提案したのだ。
前世の記憶で「相原融」に好意を持っていただろうし今生は兄妹だ。ミーヌがトオルに対して「死なせたくない」「生きてほしい」と願うのは当然だ。
「そうですね。私一人でも何とか生きていけたと思います」
ミーヌは私の疑問を肯定している。
「今は前世の娘と息子もいるから妹に何があっても兄さんは生きてくれるでしょう」
「ええ。そうね」
どんな理由でも、お父さんが生きてくれるなら構わない。
彼を苦しめたくなかった。
けれど、罪悪感や責任感からでも彼の生きる原動力になるのなら――。
「……お父さんにとっては前世今生合わせて最悪な出来事だっただろうけれど、私に息子を与えてくれて感謝しているわ」
私と祐は何度生まれ変わっても行きつく先は殺し合いでしかないと思っていたのに。
母と子になったから殺し合いをせずに済んだ。
いずれ私を殺すのだとしても構わないと思っていたのは本当だ。
けれど、心の奥底では我が子と共に生きたいと願っていたのだ。