表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/32

23 独り占めしたい母の愛

 タスクの言葉に、私以外のこの場にいる人間は誰一人として驚いていない事に気づいた。


 私以上に「彼」と付き合いが長く、彼という人間を熟知しているアンディとウジェーヌならば、彼とは思えない言葉の数々に、普段の冷静さや落ち着きが多少は崩れるはずだのに。


 アンディとウジェーヌほど彼と付き合っていなくても、彼という人間を多少は知っているトオルとミーヌとリリとレオンにしても驚く事なく静かに聞いてるだけだ。


「驚かないの?」


 タスク以外のこの場にいる人間全員に尋ねた私に答えたのはアンディだった。


「薄々察しはついていたので」


 アンディの言葉が理解できない。彼という人間を誰よりも熟知しているのに、なぜ「察しはついていた」と言えるんだ?


「貴女であれば、望まない行為の結果でも、産んだ子が前世からの因縁がある『祐』でも殺せないのは分かっていました。そんな貴女から無償の愛を注がれれば、いくら『祐』でも、ほだされないはずないでしょう」


 他の人ならば納得できるアンディの言葉だが相手は「祐」だ。


「殺し合いでしか生きている実感がない」と宣った、人間でありながら人間をやめているとしか思えなかった《バーサーカー》だ。


 どれだけ私が母としての愛を注いだとしても、ほだされる事は決してなく、将来私を殺すだろうと思い込んでいたのに。


「昨日会ったばかりの私だって分かるのに、どうしてタスクさんと三年も一緒にいた母親であるジョゼさんには分からないんですか?」


 今まで黙っていたミーヌが口を開いた。


 前世(莉々)の記憶があろうと人格は今生のミーヌにとって、まさに私とタスクは「昨日会ったばかりの母子」なのだろう。


「ジョゼさんとタスクさんが互いを大切に想っているのは見ているだけで伝わってくるのに」


 三年一緒にいて気づかなかったのは、タスクが武東祐、《バーサーカー》だからという固定概念があったからかもしれない。


 前々世や前世の記憶があっても生きて様々な経験をすれば人は変わっていくのに。


 自惚れかもしれないが、私の母としての愛が「彼」を変えたのかもしれない。


 狂戦士(バーサーカー)から人間に――。





「タスクに訊きたいんだが」


 話が一段落ついたのを見計らってウジェーヌが言った。


「成長してもジョゼだけでなく私達も殺す気はなかったんだろう?」


 今生の家族というべき彼らを殺せば私が悲しむ。今のタスクならば母親(わたし)が悲しむ事はしないし、できないとウジェーヌも分かっているのだ。


「なぜ話せるようになってから、それをジョゼに言わなかったんだ? ジョゼは、ずっと将来お前に殺されると思い込んでいたようだが?」


 ウジェーヌの疑問は尤もだ。


 息子として母親(わたし)を愛してくれているのなら私の不安を取り除いてくれるはずだ。


 確かに、私は一度としてタスクに「将来私を殺すのよね?」と言及した事はない。わざわざ口にしなくても、それは確定事項だと思い込んでいたし……将来殺す者と殺される者だと日常で意識したくなかったからだ。タスクが私に牙をむくその日まで表面上は母子として過ごしたかったのだ。


 タスクは露骨に嫌そうな顔になった。彼にとっては指摘されたくなかった事なのだろう。


母親(ジョゼ)を独り占めしたかったからだろう?」


 意外な答えを口にしたのはレオンだった。


息子(タスク)が自分や僕達を殺す気がないと知ればジョゼは僕達の元に戻る。そうすれば、母親(ジョゼ)を独り占めできなくなるからな」


「いや、それは、いくら何でも」


「ありえない」と笑い飛ばそうとした私だが、タスクの様子に気づいてやめた。


 タスクは何ともふてくされた顔をしていたのだ。その幼い容姿には似合うが彼らしからぬ表情だ。


「えっと、タスク?」


 まさかレオンの言った通りなのか?


 私がまじまじと右隣に座る息子(タスク)を見ていると、彼の白い肌は見る見る赤くなり、ぷいっと顔を背けた。彼のこんな仕草は前々世でも前世でも見た事はない。今は幼子なので、その仕草は傍目には全く違和感がないのだけれど。


 いや、むしろ――。


「やだっ、タスク! あなた、とっても可愛いわ!」


 私は思わずタスクの小さな体を抱きしめていた。


「可愛いとか言うな。精神年齢は君よりずっと上だ」


 タスクは私に抱きしめられた状態で不機嫌そうな声を出した。


「そうだけど、今は三歳児で私の息子でしょう」


 ひとしきり笑った後、私は真剣な顔でタスクと向き合った。


「あなたが望むなら、これまでと同じように、二人きりで暮らしましょう」


 今までは成長したタスクが私を手を掛けた後、アンディ達に危害が及ばないようにと、なるべく遠くに逃げるつもりだった。まあ、彼がその気になれば、アンディ達の前に現われて殺せるのだから多少の時間稼ぎにしかならないのだけれど。


「でも、ジョゼは夏生(かい)達と一緒に暮らしたいんだろう?」


「彼」が私を気遣う発言をするとは。私の息子となった今生の彼(タスク)は確かに変わったのだ。


「あなたの気持ちを優先するわ。……それに、私は三年前に、アンディ達より息子(あなた)を選んだの」


 望まない行為の結果であり、将来私を殺すだろうと思っていた彼を――。


「今更戻るのも虫が良すぎると思う」


「そんな事」


「ない」と言いかけたのだろうレオンの言葉を遮ったのはアンディだった。


「タスクや私達がどう思うかは関係なく貴女の好きにしてください。ジョゼ」


 アンディに続けてタスクが言った。


「初めて注がれた母親の愛情が心地よかった。その愛情が他に向けられるのが嫌でジョゼの誤解をずっと解かなかった。それがジョゼを苦しめていると分かっていたのに。それに、たった一人で息子(おれ)を育てるのに苦労しているのも分かっているのに」


 私が初めて見る「彼」の苦渋に満ちた顔だ。タスクは、ずっと母親(わたし)一人に幼い自分を育てさせるのを申し訳ないと思っていたのかもしれない。


「苦労だと思った事などないわよ」


 確かに、一人で子供を育てるのは大変だけど、それを上回るほど幸福だったのだ。


 たとえ、タスクが将来私を殺すのだとしても、彼と共に過ごした思い出だけで充分報われると思っていたのだ。


「もし夏生達が俺達の前に現われたら、その時は、ちゃんとジョゼに俺の気持ちを言おうと思ったんだ」


 昨日、トオル(ミーヌもいたが)と遭遇した私はタスクを連れて逃げる事しか頭になくて何か言いかけたタスクの言葉を途中で遮ってしまった。あの時タスクは「逃げずに夏生(アンディ)達と話し合おう」と私に告げたかったのだろう。


「三年ジョゼを独占できたんだ。俺の我儘でジョゼに、これ以上苦労させたくない」


 タスクは私からアンディ、ウジェーヌ、レオン、リリに目を向けた。


「ジョゼにとって、お前達()今生の家族だ。一緒に暮らしたいと思っているだろう。だが、そうなると、()()()も一緒に暮らす事になる。俺は絶対にジョゼから離れないから我慢してほしい」


 やりたいようにやる彼が他人にお願いするとは驚きだ。


「ジョゼが望むなら」


 不承不承と言う感じで、アンディ、レオン、リリは頷いてくれた。


「まあ、()()()()となら一緒に暮らしても苦痛じゃないだろう。それに、成長したら《アネシドラ》にとって最強の戦力になるし」


 ウジェーヌは成人したタスクを強制的に《アネシドラ》の実行部隊員にするつもりのようだ。


 母親(わたし)としてはタスクの意思に任せたいが、まあ、タスクは断らないだろう。


 どれだけ変わってもタスクが「彼」である限り、戦いの中でこそ生きる実感があるだろうからだ。
















 

























次話はタスク視点になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ