22 前世今生合わせて最大の衝撃
タスクは静かな表情でトオルを見ている。
「今生の自分が仕出かした事だから責任をとるとか、父親としての義務感だとか、前世の娘だから放っておけないとか、それらは全てお前の気持ちだ。俺とジョゼは、お前のそんな気持ちに、自己満足に付き合ってやる義理はない」
「……俺は」
何も言えなくなったらしいトオルに、タスクは普段の彼とは思えない温かな眼差しを向け意外な科白を口にした。
「お前とジョゼにとっては望まない行為の結果でも、この命を与えてくれた事は感謝している」
私は右隣に座る息子を凝視してしまった。あまりにも彼らしからぬ科白だったのだ。
自らの性を疎ましく思っていた「祐」は、私にとっては四年前、彼にとっては前世で「自分」を目覚めさせた私達に報復しにきたのに。
「けれど、俺に父親は必要ない」
タスクは先程と同じ科白を繰り返した。
「ジョゼがいればいいんだ。俺とジョゼの事は放っておいてくれ」
数秒の沈黙の後、トオルが言った。
「それでも、俺は君とジョゼを放っておけない。君の言う通り、俺の自己満足だとしても俺は勝手に君達を守るよ」
「お前も頑固だな。さすが前世のジョゼの父親だ」
タスクは溜息を吐いた。言外に「勝手にしろ」と言っているようだった。これだけ言っても「君達を守る」と言ってくるトオルを説得するのが面倒になったのだろう。
「……あの、タスク」
私もトオルを説得するのは、どうでもよくなった。それよりも先程からタスクが口にした言葉のほうが気になるからだ。
それをタスクに訊きたいのに、どう話を切り出せばいいのか分からなかった。
「ジョゼの疑問の答えになるか分からないけど」
言いよどんだ私の代わりにタスクが話を始めた。
「俺にジョゼは殺せない」
「それは、今のあなたでは到底無理だわ」
私に息子は殺せないから本当は今の幼い彼でも、その気になれば私を殺せるのだけれど。
「そういう事じゃない」
タスクは真っ直ぐな視線を私に向けた。
「この体が成長して前々世や前世と同じくらい身体能力を身につけても、俺はジョゼだけは殺せないんだよ」
「え?」
先程からタスクから意外な言葉ばかり聞かされているような気がする。
「ジョゼを愛しているから」
「は?」
タスクにその気はないのだろうが彼は私に前世今生合わせて最大の衝撃を与えてくれた。
「勿論恋愛感情じゃない。ジョゼが俺に向けてくれるのと同じ肉親の情だ」
タスクが嘘を吐いているようには見えない。そもそも彼は嘘を吐いたりはしない。殺すか殺されるかにしか興味ない彼は駆け引きしたりしないのだ。
だが、それでも到底信じる事ができなかった。
狂戦士と呼ばれていようと「彼」はちゃんと愛を知っている。
「祥子」に、前世の私の曾祖母、武東祥子、《エンプレス》にずっと恋しているのだから。
だが、それはあくまでも恋情だ。
自分よりも相手を気遣う温かな肉親の情が「彼」にあるとは到底思えないのだ。
今の彼の肉体は私の息子だ。けれど、人格は、武東祐、《バーサーカー》だ。
彼が「彼」であり限り、肉親の情が芽生えるとは思えない。
まして、それを向けているのは、この私なのだ。
彼にとっての前々世で彼を殺し、前世で殺し合った女だ。
「嘘だ。信じられない」と否定の言葉を吐けないのは……それを信じたいと思っているからだ。
それに、タスクが生まれてからの彼の言動を思い返すと気になる事が出てきた。
時折、私を気遣う言動をしていたのだ。その度に気のせいだと片付けていたけれど、あれは本当に母親を気遣ってくれていたのだろうか?
――ジョゼが名付けたんだろう? 構わないよ。
――俺が殺すからジョゼが手を汚す必要はないよ。
――ジョゼは夏生に会いたいんだろう? だったら、いいよ。夏生に会いに行こう。
「前々世、『俺』の最初の人生での母親は俺を産んで死んだ。前世では母親は前世の俺を愛せなかった。今生で初めて俺は母親の愛情、いや、肉親の情というやつを知ったんだ」
タスクはそう言うが、今生の私は父親を愛していた。人格が前世でも今生でも関係なく愛していたのだ。
けれど、いくらジョゼフィーヌが父親を愛しても愛し返せないなら意味がない。
恋愛感情でも肉親の情でも愛し愛されるとは限らないのだから。
「この命が出来た経緯を思えばジョゼが堕胎しても仕方ないのに産んでくれた。だが、生まれてきたのは、この『俺』だ。生まれ落ちた瞬間、殺される覚悟をしていたのに」
私が赤ん坊だったタスクの首に手を掛けても彼は静かな目で私を見返していた。殺される覚悟をしていたのだ。
「『俺』を殺そうとして殺せなかった。あの時のジョゼの涙が、息子として愛された日々が、『俺』を狂戦士から人間にしたんだ」
私の母親としての愛情が「彼」を変えたのか?
「殺し合いでしか生きている実感がない」と宣っていた狂戦士から人間に。