21 「父親」の責任
「まず最初に確認するが、お前達は私を恨んでないのか?」
紅茶を淹れたカップを私達の前に配り終えた家政婦が一礼して応接室を退室すると、さっそくアンディが口を開いた。
アンディの視線は彼の言う「お前達」、向かいのソファに座るトオルとミーヌに向けられている。レオンからの電話での報告でアンディも二人の前世が誰か知っているのだ。
そして、私も前世の二人が殺された後と今生の自分の人生をトオルとミーヌに話しているので、今生では初対面でもアンディとウジェーヌの前世が誰か二人とも分かっている。特にアンディは前世と年齢以外容姿が変わらないのだ。
「タスクにも言ったが生まれ変わった以上、前世での事を恨むのは無意味だ。それに、あなたの立場を考えれば、俺と莉々の殺害を命じるのは当然だと思う」
前世でトオルとミーヌを殺すように命じたのはアンディだ。
前世のトオル、相原融は、秘密結社《アネシドラ》を壊滅させるために潜入してきた公安警察官で、前世のミーヌ、莉々は、《アネシドラ》の実行部隊員でありながら彼と情を交わし協力した裏切り者だ。
前世のアンディ、《アイスドール》が二人を殺すように《バーサーカー》に命じたのはトオルも言うように当然なのだ。
「私は確かに前世の、相原莉々の記憶がありますが、人格は、あくまでも今生の私、ジャスミーヌ・アヤゴンです。莉々があなたを恨んでいるとしても、私は、あなたを恨んだりしませんよ」
私は知らなかったが、ミーヌの今の言葉はタスクに告げたのと同じようなものだった。
「そうか。それを聞いて安心した」
アンディはタスクと同じ事を言った後、氷人形の見かけとコードネームらしく冷ややかな視線をトオルに向けた。
「だが、私は、レオンとリリもだろうが、お前がジョゼにした事を決して許さない」
「……アンディ、それは」
「トオルのせいじゃない」と言いかける私をアンディは強い視線で黙らせた。
「お前となる前の、今生の人格が仕出かした事であってもだ」
「……当然だ。俺自身、自分が許せないんだから」
いくら前世の人格が表出する前の、今生の人格が仕出かした事であっても高潔な彼は自分を責めずにいられないのだ。
「それでも私達が何もしないのは、ジョゼが前世の父親であるお前を愛し許しているからだ」
アンディとレオンとリリは私の気持ちを酌んでトオルに何もしないでいてくれているのだ。
「……ありがとう」
私は左隣に座るアンディと右横のソファに並んで座るレオンとリリに、お礼を言った。
「……ジョゼ」
トオルが思いつめた顔で私の愛称を呼んだ。
「三年前は君の『失踪して』という言葉に甘えた。君とどう向き合っていいのか分からなかったから」
無理もない。前世の人格になった途端、前世の娘を組み敷いていたのだから。さらに、今生の自分がしていた事も彼に多大なショックを与えただろう。
「デボラに死ぬ以外何でもすると言った言葉は嘘じゃない。けれど、加害者が何をしても本当の意味での償いにはならない。だから、俺には彼女が自分の力で立ち直るのを祈るしかできない」
デボラが、いくら憎んでいる自分の身内でも傷つけられない人間だと分かっていてトオルが脅すような事を言ったのは二度と自分に近づかせないためだったのだろうか?
トオルが今言ったように彼がデボラにできる事は何もないのだ。顔を合わせれば互いに傷つき、つらくなるだけだ。それならば、互いに離れていたほうがいい。
「君は二度と俺には会いたくなかっただろうが」
(二度と私に会いたくなかったのは貴方のほうだと思うけど?)
どちらにしろ二度と会うべきではないと思っていた。……タスクを産んでからは余計にだ。息子の存在を知れば彼が苦しむのは分かりきっているのだから。
「やはり君を放っておけない。だから、ストーカーになるが王都に戻って君を遠くから見守るつもりだった。まさか君が俺の子を産んでオザンファン侯爵領にいるとは思いもしなかったが」
トオルがアメリーに「王都に戻るついでだ」と言った。私と向き合えなくても前世の娘である私を放っておけず遠くからでも見守りたかったからだろう。
「子が出来た以上、君やタスクが何と言おうと『父親』としての責任を放棄するつもりはない」
息子の存在がある以上、デボラに対するように離れて済む問題ではないとトオルは考えているのだ。
「やめてよ。『貴方』となる前の今生の人格がした事で貴方が責任を感じる必要はないんだから」
まして、前々世のタスクは前世のトオルを殺したのだ。タスク自身が言っていたように、トオルが「父親」としての責任を果たす必要はない。
「貴方は今生の妹だけを守っていればいい。私とタスクの事は放っておいて」
「そんな事できる訳ない」
頑ななトオルに私は溜息を吐いた。
「責任感や義務感で私やタスクに係わっても貴方がつらい思いをするだけだわ」
本当は死にたがっている彼を「死ぬのは許さない」と生きるのを強要しているのだ。
私とタスクと係わっても、つらい思いをするだけだ。
ただでさえ苦しんでいる彼に、これ以上、苦しんでほしくない。
「そうだとしても俺がしなければならない事だ」
「貴方がしなければならない事なんかない」
言い合うトオルと私の間に意外にもタスクが割って入った。
「ちょっといいか?」
あどけない声にそぐわない強い口調は私とトオルを黙らせる迫力があった。
「俺に『父親』は必要ない」
ここまでは想定内で私も落ち着いて聞いていられた。
けれど、次にタスクが口にしたのは全く思ってもいない言葉だった。
「俺はジョゼがいればいいんだ」
私は目を瞠った。