表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/32

19 苦しむ姿を見たくない(ミーヌ視点)

 三号棟から一号棟に向かう道の途中にある大木の木陰で私とタスクは話す事にした。今しか二人きりで話せる機会がないからだ。


「あなたは、私が『誰』か分かっているようですね」


「お前だって、トオルが言うまでもなく俺が『誰』か分かっていただろう?」


 私の幼子に対しての敬語は傍目には奇妙に聞こえるだろうが、タスクの言い方もまたその幼い姿にはそぐわないものだ。


「ええ」


 私は頷いた。


 トオルが言うまでもなく気づいた。前世とはまるで違う姿だろうと、その独自の存在感は「彼」でしかありえないからだ。


「でも、あなたは、よく『私』が分かりましたね」


 狂戦士(バーサーカー)というコードネームが付くほど数多くの人間を殺した男だ。そのうちの一人にすぎない「私」をよく憶えていたものだ。


「『祥子』の孫で前世のジョゼの母親だからな」


「そうですか」


 トオルやタスクに教えられるまでもなくジョゼの前世が前世の私(莉々)の娘、相原祥子だと気づいている。前世で母娘だったからというだけでなく彼女もまた独自の存在感があるからだ。その毅然とした雰囲気と苛烈な瞳は彼女しかありえない。それ故に、姿がどれだけ変わっても「彼女」を見誤る事はない。


「トオルは俺を恨んでないと言ったが、お前は、どうなんだ?」


「私も兄さんと同じですよ。デボラさんに言ったように、前世の私、莉々は生きているほうがつらかった。その苦しみを終わらせてくれて、むしろ感謝すらしていましたよ」


 生きているほうがつらくても自殺する度胸がなかった。


 だから、惰性で生きているにすぎなかった。


 苦しみだけの生を終わらせてくれて、《バーサーカー》には感謝すらしていた。


「前世の、相原莉々の記憶を持っていても、今の私はジャスミーヌ・アヤゴンです。莉々がもしあなたを恨んで死んだとしても、()()、あなたを恨んだりしませんよ」


 前世の記憶を持っていても、今の私は相原莉々ではなくジャスミーヌ・アヤゴンだ。


「それを聞いて安心した」


「私に恨まれていると思っていたなら殺される心配はしていなかったのですか? ()()()()()なら私だって殺せるのに。それでも二人きりで話そうとしたのですか?」


「お前にとっての前世の最期の様子から『俺』を恨んでいないとは思っていた」


 タスクは私に殺される心配は、まずないと思っていたのだ。そして、今の会話で、それは確信に変わったのだ。


「ついていったのは、お前と二人きりで話したいからだけじゃない」


「デボラさんを殺すため、ですね」


 タスクが私と二人きりで話したいなら南門のゲートハウスにいた時いくらでも機会はあった。わざわざ私とデボラについてくる必要はなかった。


「ガキの体でも刃物があれば油断している女一人くらい簡単に殺せる」


 体は幼子でも「彼」は《バーサーカー》だ。それくらい訳もないのだろう。


 デボラが死を望んでいるから叶えてやろうという親切心から「殺してやろう」と思った訳ではないだろう。


 殺し合いを楽しんでいると言われていた《バーサーカー》だ。最初から死を望んでいる人間を殺しても彼にとってはつまらないのだ。


 タスクがそうしようと思ったのは――。


「ジョゼさんのためですか?」


 ジョゼにとってトオルは前世と同じく敬愛している父親だ。今生の彼の体が自分を強姦した男であっても。


 人格が前世(トオル)となる前の今生(ヴィクトル)がした事を思えば仕方ないのだが自分を憎む女性を目の当たりにすればトオルは苦しむ。トオルが苦しめばジョゼも苦しむのだ。


 そして、ジョゼが苦しめば、タスクも――。


「いいや。自分のためだ。正当防衛以外で息子(おれ)が手を汚せばジョゼは悲しむからな」


 タスクはジョゼが苦しむ姿を見たくない自分のためにやったのだ。


 前世から因縁があっても、そんな事に係わらず、タスクとジョゼは――。


「……『俺』の手は、もう汚れまくっているのにな」


 タスクは微苦笑した。その幼い顔には、そぐわない大人びた表情だった。


「デボラさんが毒を使うかどうは分かりません。けれど、それで彼女が死んだのなら、その死の責任は私にあります。あなたではない」


 タスクがデボラを殺そうと思ったとしても彼女を実際に死に導くのは私だ。


 毒薬を渡し死を促した。


 間接的な自殺幇助(じさつほうじょ)だ。


 何の罪もないどろこか、兄に虐げられ、ずっと苦しんでいた女性に対して私は自分の都合だけで死を促したのだ。


 前世の自分(莉々)と同じ苦しみを終わらせてあげたいからではない。


 デボラが死を望んでいるからでもない。


 私もタスクと同じなのだ。


 トオルが苦しむ姿を見たくない自分のためだけに、デボラがこの世から消えるように促した。


 私はトオルを愛している。


 妹として、ではない。女としてだ。


 前世(莉々)の影響などではない。


「トオル」と実際に出会うまでは、そうだったかもしれない。


 けれど、今は莉々の記憶や想いとは関係ない。


「トオル」と実際に過ごして()()彼に恋したのだ。


 肉体は兄である彼に――。


 ジャスミーヌ(わたし)を妹としか見ない彼に。


 前世が夫婦だろうと今生は兄妹だ。


 トオルが私を妹として見るのは当然だし正しい。


 だから、この想いは一生彼には告げないし悟らせない。


 ただでさえ今生の自分がした事で苦しんでいる彼をこれ以上苦しめたくない。


「俺は、あの女を殺すつもりだった。お前が毒薬を渡さなければ、そうしたんだ。どちらにしろ、あの女の死は確実だった」


 タスクのこの言葉は遠回しに「お前のせいではない」と言っているようだった。


 タスクが私を慰めるような事を言うのは、私が苦しめばジョゼが苦しむからだろう。


 タスクでさえ気づいたのだ。ジョゼも、いずれ私の前世が「誰」か気づく。


 前世のジョゼの母親であり今生では前世の父親と兄妹。


 その私が苦しめばジョゼも苦しむのだ。


「ええ。そうですね」


 私は頷いた。表面上は納得したように見えただろう。


 タスクが何を言おうと私がデボラを「殺した」事は変わらない。


 その罪は一生背負わなければならないのだ。





 翌日、南門から出た所にある森でデボラは私が渡した毒薬を飲んで死んだ。


 その頃には、オザンファン侯爵領を出て王都に向かっていたので、それを知るのは、ずいぶん後になってからだった。















 













次話からジョゼ視点に戻ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ