17 ミーヌの前世
職場である南門からさほど離れていない集合住宅の前に私達はいた。誰にも邪魔されずに話し合うなら自宅が一番だろうという事で、皆、ここに来たのだ。
奇しくも、私とデボラは職場である領軍が用意した集合住宅に住んでいた。私は一号棟、デボラは三号棟と離れていたが。
「では、話し合いが済んだら、ジョゼフィーヌさんの所にタスクさんと戻ってきますね」
「私の事はジョゼでいいわよ」
「では、私の事はミーヌで」
心の中では、すでに呼んでしまっていたけど本人の許可をもらったので、これからは遠慮なく呼ばせてもらおう。
デボラとミーヌとタスクと別れて、残った私達は私が借りている部屋に向かった。
母子二人で暮らしている集合住宅の一室だ。四人もいるといつも以上に部屋が狭く感じる。
「お茶淹れるから適当に座ってて」
「私がやりますわ。ジョゼ様」
「いいのよ。あなたは、お客様だから座ってて。それに」
私はリリの耳元で囁いた。
「あの二人を放っておくほうが心配だから」
「……ああ、確かに」
私の視線を追ったリリは納得した。
トオルとレオンは離れた場所に立っている。トオルは泰然としているが、レオンはそんな彼を睨みつけている。
前世の私そっくりなミーヌが庇ったせいで出鼻をくじかれたがレオンはトオルを許す気は毛頭ないのだ。いくら私が「気にしてしてない」と言っても、それで納得できる訳もない。レオンの気持ちはレオンだけのものだ。トオルを許せない気持ちも彼だけのものなのだから。
リリがレオンとトオルを促して椅子に座ったのを確認して私は四人分の紅茶を淹れた。
家具や食器は備え付けなので四人分の椅子やカップまであった。この場合、それはありがたかった。自分で調達しなければならないなら私とタスクの分しか買わなかった。当時はアンディ達という追手に警戒する日々だ。仕事以外で他人と親しくする気はなく当然家に客を呼ぶ気はなかったのだ。
私はカップを彼らの目の前に置き、トオルの隣に座った。テーブルを挟んだ向かいはリリとレオンが並んで座っている。
「話したくないならいいのだが」
口火を切ったのはトオルだった。
「前世で俺が死んでからの祥子の人生、今生のジョゼとなってからの人生を知りたい」
前世の父親としては気になるのだろう。
「別に隠す事じゃないから話すのは構わない。でも、その前に、教えてほしい事があるの」
「何だ?」
「ミーヌの事」
「……気づいたか」
「私が気づいたんだから、当然、貴方も気づいていると思っていたわ」
「ジョゼ、僕とリリにも分かるように話してくれ」
「何を言っているのですか?」
私とトオルだけで通じる会話に、レオンは苛立ちの、リリは怪訝そうな顔をしている。
「ジャスミーヌ・アヤゴン、今生の貴方の妹は、お母さんね」
「「えっ!?」」
驚くレオンとリリをよそに、トオルはあっさり頷いた。
「ああ。ミーヌは前世の俺の妻であり君の母親だった莉々の生まれ変わりだ」
トオルが気づいたのは三年ミーヌと一緒にいたからだろうが、私は普通なら気にも留めないだろう彼女の言葉、そのイントネーションからだ。
――融さんとなる前のあの男を庇う気は毛頭ありません。
ミーヌがデボラに向けて言った言葉、「融さん」という言葉からだ。
ミーヌがただ単にトオルの今生の妹なだけなら「トオルとなる前の」と言えばいいのに、わざわざ「融さんとなる前の」と言った。
前世で、お母さんは、お父さんを「融さん」と呼んでいた。それが無意識に出てしまったのだとしたら?
おまけに、「融さん」と呼ぶイントネーションまでミーヌとお母さんは同じなのだ。
こんな偶然、ありえるだろうか?
「ただし、あくまでも人格は今生の自分だと言っていた。ただ前世の記憶だけを保持していると」
三年一緒にいてトオルとミーヌは互いの事情を話していたようだ。
「貴方とタスクのように前世の人格が表出している訳ではないのね」
ミーヌの人格は、あくまでも今生の自分、ジャスミーヌ・アヤゴンで、ただ前世である相原莉々という女性の記憶だけを保持しているのだ。
私とレオンとリリは前世と今生の人格が融合している。
お祖母様、ジョセフィンは前世の知識だけを保持していて前世の自分がどういう人間かは知らないと言っていた。
一口に転生者と言っても、いろんなタイプがいるのだ。
「同じ姿をしていようと、前世の記憶があろうと、ミーヌは莉々じゃない。……今の俺が本当の意味では相原融ではないように。だから――」
トオルは私を真っ直ぐに見て決然と言った。
「――兄としてミーヌを愛して守っていく。そう三年前に決めた」
前世の相愛の夫婦には戻れず今生で兄妹に生まれ変わった以上、そうするしかないのだ。
次話はミーヌ視点になります。