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16 アメリーとルイゾン②

「あんた! トオルを誘惑したの!?」


 アメリーが私に摑みかかろうとしてきたが、なぜか今まで成り行きを見守っていただけの彼女の婚約者、ルイゾン・オザンファン侯爵令息が慌てて彼女を羽交い絞めにした。


「落ち着け! アメリー嬢!」


「放して! ルイゾン様! この身の程知らずな女に思い知らせてやるのよ!」


 今のアメリーの言葉に突っ込みを入れるのが面倒なので私はスルーしたが、その代わりという訳ではないだろうがルイゾンが言った。


「彼は君の夫ではないだろう。その彼が誰に子を産ませようと君には関係ないだろうが」


「トオルは、わたくしの護衛よ! わたくしの許可もなく子供を作るなんて許さないわ!」


 ルイゾンの言葉は誰もが納得できるものだと思うのだが、メアリーの返答は首を傾げるものだ。


「……行こうか?」


 私はタスクを背に庇いながら皆を見回した。このヒステリックで話の通じなさそうなお嬢様の相手をしたくないからだ。


 皆も頷いたので私と同じ思いなのだろう。


 アメリーを無視して歩き出そうとしたが、今度はルイゾンに止められた。


「待って。君、いや、貴女はジョゼフィーヌ・ブルノンヴィル辺境伯様ですよね?」


 私は眉をひそめた。私は憶えていないが辺境伯だった時に、お茶会や夜会などで私を見かけたルイゾンのほうは憶えていたのだろう。容姿は平凡でも王家に連なる辺境伯だった私は、この国では重要人物だっただろうから。


「……ジョゼフィーヌ・リエールです。息子と平穏に暮らす事だけを望む、ただの平民の女ですよ。貴族の若様」


 言外に「今は貴族ではなく平民だ」と告げた。


「……そうですか」


 ルイゾンは、それ以上はその事には触れなかったが、予想外の行動に出た。何とルイゾンが私に向かって頭を下げたのだ。


「私の婚約者が失礼な態度をとって申し訳ありませんでした」


 貴族が平民に、まして女に頭を下げるなどありえない。


「貴族が平民に頭を下げるものではありませんよ」


 悪い事をしたら謝るのは人として常識だと思うが、支配者(貴族)がおいそれと支配される側(平民)に頭を下げるべきではないのだ。下手すれば権威の失墜になるからだ。


「それに、あなたが謝る事ではないでしょう。ああ、彼女の謝罪はいりませんよ。彼女が私達と係わらなければ、それでもういいですから」


「ええ。()()()、もう係わらせません。ただ私とは、またこうしてお話してくれませんか?」


「は?」


 ルイゾンの言葉が思ってもいなかったものだから私は思わず間抜けな声をあげてしまった。


「以前から貴女と話してみたかったのです」


「……私はもう辺境伯ではなく平民の女ですが?」


 平民となった私と親しくなっても何の得もないのは分かり切った事だろうに。


「貴族だろうと平民だろうと関係ありません。私は()()()話したいのです」


 ルイゾンの青い瞳は熱を孕んでいた。こういう瞳を知っている。絶世の美女だった前世では男達にしょっちゅう向けられていたし、私を好きだと言った婚約者だったフランソワ王子や私を特別だと言うレオンからもだ。


 おいおいと思う。


 今生は前世と違って平凡な容姿だ。遠目に見ただけで碌に話した事もないそんな女を恋愛的な意味で好きになるか? まあ、容姿や人格がどうだろうと堕ちてしまうのが恋なのだけれど。


「……いや、あなた、婚約者いるでしょ?」


「ただ貴女とお話したいだけです。それに、どうせ婚約はなかった事になりますよ」


 トオルが()()した以上、シャルリエ伯爵家は取り潰し確定だ。ルイゾンとの婚約だってなかった事になる。私には、それが分かるけれど、ルイゾンにとって婚約者の元護衛にすぎないトオルが言った「俺どころではない騒動が起きる」と言った言葉を信じられるのか?


「シャルリエ伯爵家は以前から黒い噂がありましたが、それでも父は貴族に不正は付き物だ。莫大な利益をもたらしてくれるなら構わないと私とアメリー嬢を強引に婚約させました」


 ルイゾン本人にとっては望まない婚約か。まあ家同士の契約である貴族の婚姻に本人の意思はまず反映される事はないけど、容姿はそこそこ美人でもヒステリックなお嬢様が婚約者では、それは嫌だっただろう。


「ベルリオーズ公爵家が取り潰しに関連して、かの家の不正に加担していた貴族達も王家が調べ始めていますからシャルリエ伯爵家もおしまいでしょう」


 ルイゾンはトオルが何かした事は知らなかったようだが、王家がシャルリエ伯爵家の不正を調べているのは知っているから家の取り潰しも時間の問題だと思っているのだ。


「何言っているのよ!? 我が家がおしまいなんて、ありえないわよ!」


 アメリーにとっては寝耳に水なのだろう。食ってかかる彼女に、ルイゾンは婚約者とは思えない冷たい視線を向けた。


「そう思いたいなら思えばいい。どちらにしろ、私と君の婚約はなかった事になるのは確定だ」


「……そんな事」


 婚約者の冷たい視線と言葉に、さすがにヒステリックなお嬢様も怯んだようだ。


「よかったじゃないか。君は、この護衛、いや元護衛の彼が好きなんだろう? 生憎、彼には全く相手にされてないが。私も愛する方がいるし、それを抜きにしても私は君が大嫌いだから婚約がなしになって嬉しいよ」


 心からそう思っているのが伝わってくるルイゾンの満面の笑顔だった。


「……わたくしが大嫌い?」


 婚約者に嫌われているとは本当に欠片も思っていなかったのだろう。アメリーは露骨にショックを受けた様子だ。


「ショックを受けているようだが、どうして好かれていると思っていたんだ? 私という婚約者がいるのに私の目の前で他の男にすり寄るだけでも大抵の男には不愉快だろう? 私は愛する方がいるから、それは気にしないが。


 容姿は美人の範疇に入るだろうけど、それくらいならいくらでもいる。貴族令嬢としての礼儀もなってない上、少しでも気に入らないと逆らえない使用人に当たり散らす。どこに好きになれる要素があるんだ?」


 婚約がなかった事になるからか、ルイゾンの言い方は容赦ない。それだけアメリーに対して鬱憤が溜まっていたのか。


「ひどいわ! お父様とオザンファン侯爵に言いつけてやる!」


 アメリーは捨て科白を残すと、その場から駆けだした。


 うるさい少女がいなくなって私達は、ほっと息を吐いた。


「……結局、最後は親に頼るのね」


 ぽつりとミーヌが呟いた。


 親が何を言った所で人の感情はどうにもならない。ルイゾンのアメリーへの嫌悪感は変わらないし、婚約だってなかった事になるのは確定だのに。


 まあ、私達には、どうでもいい事だ。


 私はルイゾンに向き直ると言った。


「私と話したいと仰ってましたが、お断りします。ここでの仕事を辞める事になるので、どうせあなたに会う事もありませんから」


「辞めて、どうなさるのですか?」


「あなたに教える義務はありません」


 とにかくアンディに会って話し合う。身の振り方は、それから考える事にする。何にしろ、息子(タスク)と一緒にいるのは確定だけど。








 







 







 







 













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