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15 アメリーとルイゾン①

「そう言えば、デボラさんは、アメリー・シャルリエ伯爵令嬢の命令でトオルとジャスミーヌを呼びにきたのよね?」


 デボラがトオルに驚いて、それどころでなくなってしまったが。


「ええ」


 私の言葉に、ようやくデボラもそれを思い出したようだ。


「直接自分で呼びに来ないで、ここの職員を使うとはね」


 ミーヌは、はっきりと蔑みの表情で呟いた。


「私、行く気はないわよ。兄さんもでしょう?」


「勿論だ。気にせず、というか、気にしないだろうが、とにかくデボラさんと話してこい」


「ええ」


「いいの?」


 私の確認に、トオルは頷いた。


「伊達に三年我慢してシャルリエ伯爵の所にいた訳じゃない。俺達どころではない騒動が起きるから気にしなくていい」


(あ、何かしたんだ。この人)


 伊達に前世で親子だった訳じゃない。すぐに、ピンときた。


 いざとなれば、誰よりも冷酷非情になれる人だ。自分だけでなく自分が守ると決めた妹にまで仕えるよう強要されて、この人が何かしないはずがない。


「ここにいたままでは、シャルリエ伯爵令嬢とまた遭遇しそうね。私の家でミーヌとタスクが帰るのを待つ? 狭い家だけど」


「そうだな」


「当然、僕とリリも行くよ。やっと会えたんだからな」


 今まで黙っていたレオンが言うと、賛同するようにリリも頷いている。


「今更あなた達を除け者にしたりしないわ」


 アンディに会って話すと決めたのだ。今更、私を捜しにきたレオンとリリから逃げるつもりはない。





 こっそりゲートハウスを出ようと思っていたのに。


「トオル! 見つけたわ!」


 甲高い少女の声に、トオルだけでなくリリも露骨に顔をしかめた。


 振り返ると、貴族に多い金髪碧眼の男女がいた。アメリー・シャルリエ伯爵令嬢とその婚約者、オザンファン侯爵令息ルイゾンだ。


 どちらもそれなりに整った容姿だが完璧な容姿の身内を見慣れた目には特に印象に残らない。


「わたくしを放ったまま、どこに行っていたのよ!」


 そう言いながら、アメリー・シャルリエ伯爵令嬢は、ずんずんとこちらに近づいてくる。貴族令嬢としてはどうかと思う所作だ。


「全くトオルを呼ぶように言ったのに! いつまでも来ないから、わたくし自らトオルを捜す羽目になったじゃない! こんな簡単な事もできないなんて、なんて無能なの!」


 私達と一緒にいるデボラに気づいたアメリーが大声で一方的に文句を言い始めた。


 デボラは怯えたり怒るよりも戸惑った顔だ。


 それは、そうだろう。


 デボラは、この南門ゲートハウスの職員であってアメリーの侍女ではないので彼女の命令を聞く義務はない。それでもアメリーに言われた通りトオルを呼びに行ったのは、基本、平民は貴族に逆らえないからだ。それを抜きにしても、この見るからにヒステリックな彼女に逆らうのが面倒だったからだろう。


 アメリーは右手を振り上げた。デボラを引っぱたくのだろう。


 アメリーのヒステリックな言動に呆気にとられていたが、ここで私はようやく我に返った。


 私が動く前に、トオルがアメリーの右手を摑んだ。


 デボラは驚いた顔になった。いくら人格が変わったと知っても「ヴィクトル」が女を庇う行動に出るのは信じられないのだろう。


「逆らえない相手に憂さ晴らしに暴力を振るうなと、いつも言っているだろう?」


 トオルに右手を摑まれたアメリーは顔を赤らめた。どう見ても怒りではなく羞恥によるものだ。


「シャルリエ伯爵にはすでに伝えているが、俺とミーヌは君のお守りを辞めるんだ。ここまで付き合ったのは王都に行くついでだ」


 それで、私と鉢合わせした訳か。


 領外に出るための門は四つ、東西南北あるのに、よりによって私がいる南門に来るとは。自分の運の悪さを嘆くしかない。


「そんなの許さないわ!」


「君の許可など必要ない。()()辞めると決めたのだから。それにな――」


 トオルは、フッと微笑んだ。女性なら誰もが見惚れるような美しい微笑を間近に見たアメリーは真っ赤になった。


「もう俺どころではない騒動が起きるから、俺に構うより、これからの自分の身の振り方を考えたほうがいいぞ」


「何言っているのよ?」


「信じないなら構わない。信じなくても否応なしに君の身に起こる事だ」


 眉をひそめるアメリーに、トオルは素っ気なく言った。基本、誰に対しても、まして女性相手なら優しく穏やかに接するトオルにしては珍しい。自分だけでなく妹まで仕えるように強要され好意皆無だった相手の家を破滅させる仕掛けを施したので、もう表面上だけでも敬意を払う気がなくなったからだろう。


「行こう」


 アメリーを無視し私達に歩くように促したトオルの視線を追ったアメリーは私の隣にいる彼そっくりの幼子、タスクに気づいてしまった。


「……その子、まさか」


「ああ。俺の息子だ」


 真っ青な顔でタスクを見るアメリーに、トオルは何でもない顔で言い放った。


「生物学上はな」


 タスクが補足したが、そんな事はどうでもいい。


 アメリーが目を吊り上げて私を睨んできたからだ。平民や貴族でも珍しい色の髪と瞳が同じなのだ。タスクの母親が私なのは明白だからだろう。


 これは厄介事に巻き込まれたなと私は内心嘆息した。


 今までのアメリーの様子を見れば、彼女がトオルに恋愛感情を抱いているのは分かった。貴族令嬢らしい気位の高さか、生来のヒステリックな性質のせいか、素直にそれを表していないが。まあ、婚約者がいるから好意をあからさまにするのもどうかと思うけど。


 トオルは気づいていないのか。気づいていても無視しているのか。













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