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14 彼女だけが分かっている彼女の望み

 なぜジャスミーヌがそんな事を言いだすのか分からず私達は彼女に注目した。


 けれど、当の彼女は私達の視線を意に介さずデボラだけを見ている。


「あなたは?」


「私はジャスミーヌ・アヤゴン。ミーヌで構いません。トオルの妹です」


 デボラに自己紹介するとジャスミーヌことミーヌはソファから立ち上がった。


「どこでも構いません。二人きりになれる場所で私と話しましょう」


「……こいつの妹であるあなたと話す事などないわ」


「私は別に、融さんとなる前のあの男を庇う気は毛頭ありませんよ。同じ女として、あの男のした事は到底許せませんもの」


 ミーヌは嫌悪も露な表情になった。それだけで、彼女がトオルとなる前の異母兄(ヴィクトル)を嫌っていた事が明らかだ。


 いくら兄妹でも女としてヴィクトルを嫌う気持ちは分かるが、そんな事は、どうでもいい。


 私が気になったのは――。


 考え込む私をよそに、ミーヌとデボラの話は続いている。


「私なら、あなたの心の奥底にある望みを叶えてあげられますよ」


 ミーヌの言葉にデボラは目を瞠った。


「……私の望みが、あなたに分かるの?」


「ええ。()()()()分かるんです」


 ミーヌは確信に満ちた瞳をしていた。


 数秒逡巡した後、デボラは頷いた。


「……分かったわ。あなたと話す」


 二人で扉に向かおうとしたら「待った」がかかった。


「待て。俺も……ああ、俺がいては嫌なんだよな」


「待った」をかけたのはトオルだ。今生の自分(ヴィクトル)を憎む女と妹を二人きりにするのを心配しているのだろう。けれど、体はヴィクトルである自分が傍にいるのはデボラにとって苦痛でしかない事も理解しているのだ。


「私が行こうか?」


 困った顔になったトオルを見かねて私は言った。


「ああ。たの……」


「来ないで」


 ほっとした顔で「頼む」と言いかけたトオルの言葉をミーヌが強い口調で遮った。


「あなた達が心配しているような事は起きない。私は大丈夫だから来ないで」


 強い口調から一転、安心させるように微笑みながら言うミーヌだが、それでもトオルは心配そうだ。


「どうか私を連れて行って。二人の話し合いに口は挟まないから」


 私もミーヌの言う通り、トオルの心配は杞憂だと思っている。


 デボラ・コベールという女性を私は三年前の《アネシドラ》への依頼の時と今の会話でしか知らない。それでも彼女は憎んでいる当人以外を傷つけられる人間ではないと確信している。


 憎んでいる男(ヴィクトル)の周囲の人間から抹殺して彼に精神的打撃を与えたいなら三年前《アネシドラ》に、そう依頼するはずだ。けれど、彼女は最初から「ヴィクトルを痛めつけて殺して」と依頼してきた。


 いくら憎んでいる男の妹だろうと傷つけたり殺せる人間ではない。


 けれど、いくら前世が警官で様々な人間を見て人を見る目を養っているトオルでも今の会話だけでデボラという女性を理解できないだろう。


 前世の娘である私と今生の妹であるミーヌが「大丈夫」だと言っても心の底からは、おそらく安心しない。トオルにとって私とミーヌは守るべき者であって信頼する者ではないからだ。


 だから、「大丈夫」な理由は説明せず、ただ「私を連れて行って」と言った。トオルを安心させるために。


 だというのに――。


「あなたも来ないで」


 ミーヌから初めて強い眼差しを向けられた。


「あなた自身が言ったように、同じ目に遭ってもデボラさんに共感できない。そんな人が傍にいるのは、デボラさんにとっては兄さんが傍にいるのと同じくらい不愉快だと思う」


 デボラと同じ目に遭っても私には彼女の苦しみを本当の意味では理解できない。三年経って、ようやく過去の苦しみから立ち直った彼女と違い、私は苦しむ事なく、その男の子供を産み愛してさえいるのだ。


「……分かったわ」


「ジョゼ!」


 ミーヌの言葉に納得して引き下がった私に、トオルは信じられないという顔をしている。


「私が言っても信じないだろうけれど、ミーヌは大丈夫。ミーヌと話してデボラさんの望みが叶うなら、それが一番でしょう?」


 私もミーヌと同じようにトオルを安心させるために微笑みながら言った。


「俺も行く」


「タスク?」


 言い出したのがタスクだったので私は意外に思った。別にトオルのようにミーヌを心配して、ついて行く訳ではないだろうからだ。


「その女と話し終わった後でいい。お前と二人で話したいんだ」


 タスクは、とことことミーヌに近づくと言った。彼の言う「お前」はミーヌなのだ。


 初対面のミーヌと何を話すのだろう?


 怪訝な視線を向ける私に気づいているだろうに、タスクは私を無視してミーヌにだけ視線を向けている。


「……そうね。私も()()()と二人きりで話したいわ。これが最初で最後の機会になるだろうし」


 何やら納得するとミーヌは頷いた。


「行きましょう」


 デボラとタスクを促して歩き出そうとしたミーヌだが、再びトオルが「待った」をかけた。


「待て」


「兄さん。私なら」


 うんざりした顔で「大丈夫だから」と続けようとしたミーヌだがトオルの視線は妹ではなくデボラに向けられていた。トオルは妹ではなくデボラに話す事があって「待った」をかけたようだ。


「デボラ・コベールさんだったな?」


「ええ」


 いくら人格(なかみ)がトオルに変わっても、その体は誰よりも憎んでいる男だ。デボラは警戒心むき出しな顔になった。


「俺から見ても、あなたは憎んでいる相手以外は、いくらそいつの身内でも傷つけるような人間には見えない」


 妹が「大丈夫」だと言ったからではなくトオルは自分の直感で、そう確信しているのだ。


「それでも、もし万が一、ミーヌとタスクを傷つけたら――」


 トオルから一切の表情が消えた。整い過ぎた顔故に相当な迫力がある。


「――ヴィクトルがした事が生温いと思うほどの屈辱と恐怖を与えてやる」


 トオル(ヴィクトル)を誰よりも憎んでいるデボラですら恐怖に顔を引きつらせ、かたかたと震えている。


 彼、トオル・アヤゴン、前世の私の父親、相原融は、優しく高潔なだけの男性ではない。


 それだけの男であれば、前世で秘密結社の潜入捜査などできやしない。


 普段の優しく怜悧で高潔な姿からは信じられないほど、いざとなれば誰よりも冷酷非情になれる人だ。だからこそ、秘密結社《アネシドラ》で堕天使(ルシファー)のコードネームを与えられた。


 今生の自分が女性達の尊厳を踏みにじってきた事に苦しんでいても、いざとなれば自分の心を裏切ってでも、それ以上の仕打ちだってできるのだ。






 





 








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