13 共感できない
「結局、お前は、この男に何を望むんだ?」
気まずい沈黙を破ったのは、あどけない声だった。
容姿こそ声に相応しく幼いものだが、その大人びた話し方と醒めた口調と表情は到底幼子のものではない。
「あなた!?」
忌まわしい過去の象徴であるトオルにばかり注意がいっていたデボラは、声の主である私の隣に座る幼子、タスクにようやく気づいた。
気づいて驚愕している。
当然だ。タスクの容姿は髪と瞳の色を除けば、トオルに酷似しているのだ。……誰もが二人が親子だと気づく。
「……あなたの子なの?」
デボラは私に尋ねた。顔はトオルに酷似しているが髪と瞳は私と同じ、平民では勿論、貴族でも珍しかった銅色の髪と赤紫の瞳だ。少なくとも血縁だと誰もが分かる。
「ええ。私の息子、タスクよ。……父親は、あなたの推察通りだと思う」
「……こいつの子を妊娠したから、私にこいつが生きている事を隠していたの?」
私を睨みつけるデボラの視線を私は静かに受け止めた。
言い訳ならば、いくらでもできる。
「ヴィクトルが強くて殺せなかった」とか。
「前世の人格となる前のヴィクトルに、あなたと同じように強姦されて息子を産んだ」とか。
「今の彼は前世の私の父親だから生きてほしかった」とか。
けれど、どれもする気はない。
「自分を散々弄んだ男を痛めつけて殺してほしい」というデボラの望みを私は本当の意味では叶えられなかった。だから、どんな言い訳も無意味なのだ。
「ジョゼは悪くない。この子も君と同じ、この男、いや、俺の被害者だ」
「貴方は悪くない。私やデボラを強姦したのは、ヴィクトルであって貴方じゃない」
私を庇ってくれるトオルの言葉を私は否定した。
「……え? あなたも、この男に?」
驚愕だけではない、どこか親近感を抱いているようなデボラの眼差しを私は醒めた目で見返した。
「私とあなたを強姦したのはヴィクトルよ。トオルじゃない」
この人が女性を襲うはずがない。まして、私とトオルは前世で親子だった。いくら今生の肉体が他人でも精神的に絶対に無理だ。
タスクの生物学上の父親はヴィクトルであって、お父さんじゃない。
「同じ男に強姦されたからって親近感を抱く必要はない。だって、私は、あなたに共感できないもの」
「どういう意味?」
首を傾げるデボラに私は淡々と言った。
「私にとって、あんな事は大した事じゃないから。人によってはトラウマで日常生活もおぼつかないと聞いたけど私に限ってはなかった。三食きっちりおいしく食べられるし、悪夢で飛び起きる事もなく八時間安眠しているわ」
私の言葉を聞いているうちに、デボラから理解不能な化物を見るような目を向けられてしまった。
無理もない。デボラには、いや多くの女性が理解できないだろう。
尊厳を踏みにじられても何事もなく以前と変わらず日常生活を送れる人間など。
「それで、結局、お前は、この男に何を望むんだ?」
自分の容姿に驚いて答えてもらっていない質問を再びタスクは繰り返した。
「……私の望み……」
それだけ言って考え込んだデボラに構わずタスクは話を続けた。
「お前を強姦した人格は消えても、その体は生きている。その体を殺したいのか?」
もし仮にデボラが「殺したい」と言っても、今度はその望みを叶えてあげられない。
なぜなら、私はトオルに生きていてほしいからだ。
トオル自身は女性達を虐げた男の体で生きる事に苦しんでいても、死を切望していても、その体で本来生きる人格が「彼」でなくても。
私は彼を死なせたくなかった。生きていてほしかった。
その体の人格が前世で敬愛している父親に変わったというだけの理由で、彼の意思を無視した私の我儘で、お父さんに生きていてほしいと願っている。
「……私……私の望みは……」
「デボラさん、でしたね? 私と二人きりで話しませんか?」
ブツブツ呟くデボラに今度はジャスミーヌが声をかけた。