11 私達母子の事は放っておいて
私は右にあるソファに並んで腰かけているレオンとリリに目を向けた。
「あなた達は、どうやって私達母子がここにいると分かったの?」
レオンは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「最初は王都中を捜したんだ。さすがに妊娠直後で、しかも赤ん坊連れで王都を出るとは思わなかったからな」
誰もがそう考えると思ったから私は妊娠直後の体力がない体で気力を振り絞って王都を出たのだ。王都にいたままでは見つかると思ったからだ。
「二年目からは王都に近い領地を捜すようになった。外国で仕事がある時は万が一の可能性に懸けて、そこを捜したりもしたな」
レオンは、さらっと言ってくれるが……私達母子を捜すのに大変な思いをしたはずだ。
頼んでいない。むしろ、放っておいてくれたほうがありがたいのだが……それでも家族同然に思っている大切な子に大変な思いをさせたかと思うと胸が痛む。
この三年、私達母子を捜すのに大変を思いをさせただろう。心配をかけただろう。
それでも、私は今生の家族というべき彼らより……前世からの宿敵というべき「彼」を選んだ。
彼が将来絶対に私を殺すと分かっていても、彼を育てる事を選んだのだ。
「捜して、捜して、ようやく見つけた。いくら隠れ住んでいても貴女達は目立つからな」
タスクは確かに目立つ。私は平凡な容姿だが暗色の髪や瞳が多い平民の中で銅色の髪と赤紫の瞳は目立ったかもしれない。鬘を被るのも髪を染めるのも面倒だったので地毛のままにしていたのだが、それが悪かったのかもしれない。
「……大変な苦労をして私達を捜したのでしょうが、ごめんなさい。私は帰る気はないの。私達母子の事は放っておいて」
大変な苦労をして捜したのだろう二人に、ひどい事を言っているのは分かっているが、これだけは譲れない。
だって、この子を見つけたら、アンディやウジェーヌは絶対に――。
「僕達が、その子を殺すのを心配しているのなら大丈夫だ」
私の心を読んだかのようにレオンが言った。
「あなたが失踪した原因のおおよそをアンディは察していた。……当然だよな。前世からの付き合いで誰よりも貴女を理解しているのだから」
レオンは、ほろ苦く微笑んだ。
「……そう。さすがアンディね」
私がなぜ失踪したのか、アンディには分かっていたのだ。
私が思い切った行動に出る原因は、いつだって「彼」なのだから。
私と「彼」は、私にとっての今生、タスクにとっての前世では親子だった。今回だって親子にならないとは限らないのだとアンディは考えたのだろう。
「ひとまず戻って自分と話をしてほしいというのがアンディの希望だ。話し合いの結果、貴女が一人で子供を育てたいと言うのなら、もう止めないとも言っていた」
アンディがレオンにそんな伝言を託して自分で私達母子を捜しに来なかったのは、偏に忙しかったからだろう。有能なアンディは今生でも《アネシドラ》のNo.2で仕事が山積みなのだ。
この三年、心配をかけたのは分かっている。
だから、ひとまず戻って話し合うべきだろう。
「タスクを殺さない」という言葉が嘘だとは思わない。アンディもレオンも私に嘘は吐かない。
私には、それが分かっているけれど――。
「タスクは、どうしたい? あなたがアンディやウジェーヌに会いたくないなら戻らない。二度と彼らに会ったりしないわ」
タスクとしてはアンディの「自分を殺さない」という言葉は、とても信じられないものだろう。今の幼い彼では、とてもアンディに敵わない。身の安全を考えれば会いたくないはずだ。
「ジョゼは夏生に会いたいんだろう? だったら、いいよ。取り合えず、夏生に会いに行こう」
「タスク?」
私は訝し気な視線をタスクに向けてしまった。気のせいか。母親を慮っているように聞こえたのだ。
「ジョゼ、どこかに行くのか? だったら、俺も」
私はタスクから発言したトオルに視線を向けた。
「タスクも言っていたけど、私達母子の事は放っておいてくれて構わないわ」
「そういう訳には」
「あなたには、守るべき妹がいるじゃない。私とタスクまで気遣わなくていい」
私とタスクの傍にいてもトオルが苦しむだけだ。
前世の人格となる前の今生の自分が仕出かした事で苦しむ事も責任を感じる必要もないのだ。