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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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88.エクトル・オークションズ




 貴族街のとある一角、高級感のある白壁の塀に囲まれた館こそ、エクトル・ジュリオ伯爵がオーナーを務めるオークションの会場だった。


 夕暮れを過ぎて暗くなってきた空の下、次々と家紋のない馬車が停まっては、フード付きのローブと目元を覆う仮面で素性を隠した人々が館へと入っていく。

 中では仮面をつけた係員が待機しており、会員証あるいは会員から紹介を受けたチケットがあれば今宵の番号札を渡され、会場へと案内されるのだ。


 従者や護衛を連れてくるのはルール違反ではないものの、彼らは会場には入れない。主人と同じ、しかし色合いの違う番号札を渡されて玄関ホールで待機する事となる。

 その見目で主人の素性が割れてはいけないので、姿を隠すのは彼らも同じ事だ。


「ここで待っていますから、会場では扉から一番近い席をお選びくださいね。一時間後に休憩がありますから、その時はこちらに寄って私達に声をかけてください。」

 三十五番の番号札をつけた三人組は、身長を見るに二人は大人の男女で、もう一人はローブの裾からスラックスが見えている事から、少年のようだった。

 参加者、つまり主人である証の番号札をつけた少年の手を女性が握り、念押ししている。


「入って出て来るだけだろ。過保護だっての…」

 男の従者はあまり心配していないらしく、大欠伸を噛み殺してそう言った。

 女性はオレンジ色の瞳でギロリと男を睨みつけてから、心配そうに少年の肩に手を置く。


「どうか、お気を付けて。」

「えぇ。では行ってきます。」

 白地に紅色の模様が入ったアイマスクをつけた少年は、優雅に微笑んで大きな両扉の向こうへと消えた。その瞳は、まるで宝石のような薄紫色をしている。 


 ――オークションなんて、前世でも今世でも初めて来るわね。


 三十五番の札をつけた少年――シャロン・アーチャー公爵令嬢は、男装した上でローブを着て、仮面をつけていた。長い髪は襟足で一つに結っているため、フードを深くかぶった状態では周りから見えていない。


 メリル達と別れた玄関ホールとオークション会場の間にも広間があり、馴染みなのか参加者同士で話していたり、壁にもたれていたり、ソファに腰かけたりと各々過ごしている様子だ。

 ローブを着ずに黒いスーツに身を包んで立ち並ぶ男達は、警備員だろう。隅にはお手洗いもあり、休憩時には玄関ホールに行かずともここで過ごせるようになっているようだった。


 殆どが大人ではあるが、数人はシャロンと似たような背丈の少年少女もいるらしい。

 どこかには、チケットをくれたキャサリンも来ているかもしれない。


 ――チェスターはいるかしら?


 シャロンはちらちらと参加者の様子を探ったが、フードをかぶり、長いローブに身を包んで仮面までつけているため、なかなかパッと見ではわからなかった。

 ダンよりは低いものの、チェスターも百七十センチ近くある。後は体格と仕草くらいしか判断材料がなかった。

 彼には「行かなくていい」と言われた今回のオークションだが、悩んだ末に見に来る事にしたのだ。


 あまりじろじろ人を見るのも良くないと、シャロンは人がぽつりぽつりと入っていく豪奢な扉へ向かう。両脇に係が立って人が通る度に開けているので、そこが会場だろう。

 近付くと、黒いアイマスクの下にある口がニコリと笑って「お楽しみくださいませ」と扉を開けた。見るからに子供であっても、参加者は支払能力のある家の者しかいないのだ。


 ――ここが会場ね。


 五十ほどはあるだろうか、客席は段々になっていて誰からでもステージが見えるようになっている。

 既に半分ほどは座席が埋まっており、ひそひそと内容の聞き取れない、囁くような話し声がしていた。ステージの中央には商品を乗せるだろう飾り台、上座には司会者台が置かれている。


 シャロンはメリルの言いつけ通り、入口から一番近い席に座った。ステージからは一番離れてしまうが、元々特に買う気はないので良いだろう。ウェイバリーの新作が出された時に見えるよう、折り畳み式のオペラグラスをポケットに入れている。

 始まるまで暇なので、入場時にパチリと切れ目を入れられたチケットに目を落とした。


 ・外界でのしがらみなく競売して頂くため、フード付ローブと仮面の着用をお願いしております。従者、護衛などお付きの方も同様に願います。ただし、会場に入れるのはご本人のみです。

 ・競売の間は、基本的にハンドサインのみでお願い致します。

 ・商品の安全が第一ですので、動物持込は厳禁です。係が発見次第処分させて頂きます。

 ・落札後は別室にて契約手続きを…


 隣の席に客が座り、シャロンは顔を上げてチケットをしまった。

 座席は大人の横幅半分ほどくらいはスペースを空けて並んでいるため、ガタイの良い男が座ってもシャロンが押し出されるような事はない。会場を見回すと、もうほとんどの席が埋まっていた。


 どきどきしながら待っていると、舞台袖からカツンカツンとヒールの音を響かせ、濃い紫色のマーメイドドレスを着た女性が現れた。

 ブロンドの長髪をシニヨンにまとめ、羽飾りのついた黒いレースのアイマスクの下、真っ赤な口紅を引いた唇が弧を描く。


「――紳士淑女の皆様、お待たせ致しました。エクトル・オークションズ、今宵の第一部を始めさせて頂きます。」


 会場に拍手が満ちる。

 舞台の演劇を眺めるような、自分とは関係のない世界の出来事を眺めるような気持ちで、シャロンも手を叩いた。

 拍手が静まると係員が丁寧に品を運び、飾り台に乗せる。司会者が口頭で説明とスタート価格を告げ、客は手を挙げた時の指の数で金額を上乗せして競う流れだ。


 骨董品の壺に、名工の銘入り皿、貴石の宝庫コクリコ王国産のアクセサリー。次々に商品が運ばれては買い手が決まっていく。メインと言われていたのだから、ウェイバリーの新作が出てくるのは後半の第二部だろう。

 それまでは見学のような気持ちでいたシャロンは、運ばれてきた物を見て唖然とした。


「さて、お次はこちら。見た目は普通ですが、中身は大変貴重な薬でございます。まさに《秘薬》と呼ぶにふさわしいでしょう!」


 手のひらほどの大きさの小瓶だった。中に液体が入っており、その瓶の形状はシャロンが前世にゲーム画面で見た物と酷似している。


『アーチャー家秘伝の薬よ。どうか、これを持って行って。』


 ()()()()のセリフが脳裏によぎる。


 ――まさか。いえ、そんな。きっと似ているだけだわ。


 オペラグラスを握る手が汗ばんだ。ただの小瓶は何も特殊な形状をしているわけではなく、四角い薬瓶で、色も透明ガラス、蓋もコルクと、どこにでも売っていそうな物だ。

 シャロンはこくりと喉を鳴らして司会者の言葉を待った。薬の効能を言わない事には買い手がつかないはずだ。それを聞いてから判断すればいい。


「これは人の身体に驚異的な回復をもたらします。たとえ疲れ果てようともこちらを飲めば――…」


 司会者の言葉はそこで途切れた。

 何事かとシャロンがオペラグラスを下げて見回すと、まだ競りが始まっていないのに客の一人が手を挙げ、続けて立ち上がった。


「四十二番様、緊急事態でない限りは説明途中での挙手や離席はご遠慮頂いております。」


 司会者が目を細めてピシャリと言い放つ。

 四十二番と呼ばれた客は通路に出て司会者の方へ近付こうとし、警備員が立ちはだかる。小声で何事かやり取りすると、警備員が口をへの字に曲げて司会者に駆け寄った。

 耳打ちされた内容に司会者は一瞬焦ったように四十二番を見やったが、すぐに表情を消して笑みを浮かべる。


「――…皆様、大変申し訳ございません。こちらの商品は出品()()()()となりましたため、次に移らせて頂きます。」


 会場がどよめくが、司会者は問答無用で舞台袖に合図し、薬瓶を下げさせた。

 通路に出ていた四十二番は、視線が集まったせいかフードに手をかけてさらに顔を隠しながら席へ戻る。


 ――四十二番さんは、あの薬について何か知っている。


 新たな競りが始まる会場の片隅で、シャロンはどくどくと脈打つ心臓をローブの上から押さえつけた。

 司会者が語った「驚異的な回復をもたらす」の一言は、ゲームに登場したアーチャー家の秘薬を思い出させた。

 たちどころに体の傷を癒し、消費した魔力をも回復する。

 魔力のくだりは司会者の説明には無かったものの、それは説明自体が途切れたためとも考えられる。


 ――私は、あの薬が必要になるような、戦争が始まる未来を回避したい。でも手に入るなら持っておくにこした事はない。だって…それさえあれば、もしかしたら。


 ゲームのシャロンが秘薬を持っていたのは終盤だが、今手に入る物だとしてもおかしくはない。単に学園で必要だとは思わずに持っていかなかったのだろう。

 手に入れておけば、変えたい未来を回避できなかった場合でも、オークス公爵夫妻を、ウィルフレッドを、アベルを、救えるかもしれない。


 ――ただ、あれが本当にゲームに出てきた秘薬なら、シャロンが「アーチャー家の」と言った理由がわからないわ。……効果が近いとはいえ、あれがそのものとは限らない。分析して、改良した結果だったり……


「では、三十分の休憩に入ります!」


 シャロンははっとして会場を見回した。客が一斉に席を立ち始めたせいで、四十二番がどこにいるかわからない。

 落札者は別室へ案内されてしまうが、それまでに四十二番が何かを落札していたかどうかも覚えていない。

 急いで広間に出てそれとなく札を見回ってみたものの、やはり四十二番を見つける事はできなかった。


 玄関ホールにまで戻る者は少ないようだったが、メリル達が待っている。係員が開けてくれた扉から出て行くと、ほっとした様子のメリルと退屈そうなダンが近付いてきた。


「いかがでしたか、第一部は。」

「一つ気になるものがありましたが、買い手の一人が何か伝えたら、出品取りやめになってしまいました。」

「まぁ…何があったのでしょうね。」

「物はなんだよ?」

「薬です。飲むととても元気になるとか。」

 顎に手をあて、シャロンは真剣な顔で言った。

 まだ、四十二番から情報をもらう事を諦めてはいない。休憩時間ギリギリまで探そうかと思案する彼女の前で、メリルとダンが沈黙していた。


「……どうしたのですか、二人とも?」

 あまりに反応がないので二人を見上げると、メリルは困惑した様子で口を開いたり閉じたりし、ダンは苦い顔でシャロンを見下ろしていた。


「おじょ……あー、坊ちゃんよ。忘れろ。」

「え?」

「わざわざこんなとこで売ってる薬だろ?大人になるまでは忘れとけ。」

 フードの上からぐしぐしと頭を撫でつけられ、シャロンはわけがわからず首を傾げる。答えを求めてメリルを見ると、目をそらされてしまった。


「ダンもまだ未成年ですよね?」

「どうしても知りたいってんなら教えてもいいけどよ、ッぐ!!」

 横から肘を打ち込まれてダンが呻く。メリルがにこやかに微笑み、シャロンの身体をくるりと館の入口へ向けた。


「帰りましょう。」

「え!?だ、駄目ですよ?まだウェイバリーの新作を見ていないんですから。」

「坊ちゃまの教育に悪いからです。」

「ど、どうして急に……。」


 その後も帰らせようとするメリルをなんとか説得し、シャロンは広間へと戻った。




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