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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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86.君のその顔は




 城の庭園にある東屋で、双子の王子とその従者達がテーブルを囲んでいた。


「この狩猟には、サディアスとチェスターにも来てもらいたい。」


 そう告げたのは第一王子であるウィルフレッドだ。

 ストレートの長い金髪を後ろで一つに結び、長い睫毛に縁どられた目には爽やかな青い瞳を抱いている。貴婦人が羨む白い肌には顔のパーツがまるで描いたかのように完璧に配置され、物語に出て来る王子様そのものと言われる容姿は今日も輝いている。

 肩に羽織ったジャケットとその下のベストは白地に金の刺繍が施されており、彼が生まれ持つ高貴さを際立たせていた。


「ご命令とあらば。」


 彼の従者であるサディアスは呟くように言い、眉間に皺を寄せる。

 肩につかない長さの紺色の髪は癖の一つもなく、四角い黒縁眼鏡の奥にある水色の瞳は常に冷ややかな光を帯びている。

 四人の中で唯一きちんと着たジャケットは薄い灰色で、ポケットからは懐中時計の鎖が見えていた。ぴしりと伸びた背筋は、隣の席でだらりと頬杖をついた男とは対照的である。


「行くのは構いませんけど、まさか、ご令嬢の相手は任せたって話ですか?」


 第二王子の従者、チェスターはへらりと笑って問いかけた。

 波打つ赤茶色の長髪は左右それぞれに細い編み込みを作り、襟足で一つにまとめている。優しげな垂れ目にある瞳は茶色で、にこりと微笑む甘いマスクは令嬢達に大人気だ。

 紅色のベストは艶やかな赤糸で繊細な刺繍が施された一品だが、シャツのボタンを二つも開けネクタイもつけていないため、全体的にはラフな格好という印象を受ける。


「それもあるね。」


 眉一つ動かさずに答え、第二王子アベルは紅茶のカップに指を掛けた。

 少し癖のある柔らかな黒の短髪、切れ長の目が抱く瞳は金色で、冷静な眼差しには神々しささえ感じられる。

 シャツのボタンを一つ開け、ネクタイを軽く寛げている襟元からは素肌が覗き、どこか掴めない彼の雰囲気も相まって子供らしからぬ色気があった。髪色に合わせた黒のベストには金糸で刺繍が施されている。


「あらら。ちょっとは相手してあげてくださいね?せっかく来てくれるんですから。」

「最低限の義務は果たすよ。」

「義務……ま、そうですよね。」

 アベルの返しに、チェスターは苦笑して椅子の背もたれに身を預けた。

 元々、狩猟に令嬢を呼ぶのは「王子の婚約者候補は国内の貴族からも探している」、と表明するためだけだ。二人にとっては王子としての仕事の一環でしかないのだろう。


 チェスターは配られた資料をめくり、参加する令嬢の一覧に目を通す。思った通りクローディア・ホーキンズ伯爵令嬢とノーラ・コールリッジ男爵令嬢が入っていた。

 狩りそのものには同行せずコテージで待機して、そのまま狩りが終わった後に開催される昼食会に出る予定らしい。

 それが令嬢として普通ではあるものの、十名ほどは狩りへの同行を希望している。


「同行希望が多いですね。面倒な」

 サディアスが吐き捨てた。

 令嬢が狩りに同行するのは自由だが、山道を自力でついてきてもらわねばならない。

 途中で足が疲れた、もう帰りたい、休憩したいなどと言って狩りの進行を妨げられては困るのだ。その場合は護衛のために同行する騎士が令嬢をコテージへ送り届けるしかない。

 手配された騎士の人数が多いのは、その事態を見越してのものだろう。


「あれ、シャロンちゃんも来るんだ。なんていうか、流石だね。」

 シャロン・アーチャーの欄に狩りへの同行希望のチェックを見つけ、チェスターが楽しげに笑う。

 ウィルフレッドもくすりと頬を緩め、優雅な仕草で紅茶のカップを持ち上げた。


「そうだね、シャロンからは是非とも自分も魔法で参加させてほしいとコメントがきている。」

「…呆れた人ですね。令嬢が狩りに積極的でどうするんです。」

「い~じゃん、あの子らしくて。これがお見合いだって言うならさ、狩りの補助をするだけの実力を見せるのもアリでしょ。」

 実際、過去には狩りに同行した際の剣捌きで王族に見初められた令嬢もいたという。

 もっともそれは代々騎士の家系の令嬢だったが、かつて本当にあった話として演劇やオペラでも人気の演目だ。

 チェスターは一覧から目を離し、双子の王子を見比べる。


「でもこれ、どっちが誰を連れてくんです?ウィルフレッド様とアベル様で分かれるんですよね。」

「あぁ…出発する時に各自好きについてきてもらおうと思っていたけれど、どうかな。」

「こちらで振り分けないのですか?」

 円滑な進行のためにはある程度主催側が決めてしまうのも手だ。サディアスの問いに、アベルが「それも考えはしたけど」と前置きする。


「各々、狙いがあるだろうからね。不本意についてこられても余計に邪魔だ。ウィルに数が偏るだろうから、そちらに騎士を多く配したいと思う。」

「お前はそう言うけどね…俺は半々くらいなのではと思うよ。」

 その言葉にアベルはほんの僅か首を傾げて返した。意見として聞きはするが同意しないといった風だ。

 ウィルフレッドが他の二人に視線を向けると、サディアスはゆっくりと瞬きして同意とこれ以上の反論は勧めない意を示し、チェスターは言っても無駄とばかりに肩をすくめる。


 王位を継ぐには魔力持ちである事が必須条件だ。


 現状それに当てはまるのはウィルフレッドだけで、物騒な噂が付きまとうアベルよりも、穏やかで真面目なウィルフレッドの方が令嬢に人気である事は否めない。

 ただ、王妃とは結婚して子を産めばよいというものではない。そこまでの覚悟がない令嬢本人も、王族と繋がりが持てればそれでよいという貴族もいる。

 また、ここ数か月アベルがきちんとイベントに顔を出すようになった事で、彼に熱を上げる令嬢も着実に増えていた。


「僕の方に来られても、たぶんほとんど置いて行く事になる。」

「それこそ送るために騎士が必要じゃないか?」

「今脱落するのと崖を上るのどちらが良いか、とでも聞けば一気に諦めるでしょ。」

「こら。」

 ウィルフレッドが呆れ声で注意した。冗談にしても令嬢達が可哀想だ。


「シャロンちゃんはどっちについて行くと思います?」


 チェスターが聞くと、アベルとウィルフレッドは互いに顔を見合わせた。

 瞬いて、同時に口を開く。


「ウィルでしょ」

「アベルだろうね」


 そしてすぐさま「何を言ってるんだ」という顔で兄弟を見る。

 チェスターが腹を抱えて笑い出した。


「彼女はウィルが始終エスコートすべきなんじゃないの。」

「そんな事をしてシャロンが嫌がらせでも受けたら可哀想だ。そもそも、彼女が魔法を試したがってるなら俺と来るのはよくない。俺の方が人数が多くなると言ったのはお前だろう?」

 アベルがぴくりと眉を顰めた。

 同行するならウィルフレッドと行くべき、という考えとは別に、攻撃魔法を試したいなら大勢の前は不向きだという事は理解していたのだろう。


「僕は魔法が使えない。彼女が困っても助言はできないけど。」

「シャロンの目的が助言をもらう事とは思えないな。今できる事を試したいんだろう。できなかったとしても、それを学びにできる人だからね。つまり、そこは問題じゃないよ。」

「仕留めた獲物の血止めでも任せてやれば?治癒の魔法にはまだ手を出してないだろうし、喜ぶと思うよ。」

「なるほど、それはお前の方でもできるね。やらせてあげるといい。」

「ウィルと同行すればサディアスが教えられるでしょ。」

「俺はゆっくり進むから、同行する令嬢も誰かしらは残るだろう。特別扱いはできないよ。」

「それを言うなら僕も、」

「お前はほとんど置いて行くんだろう?シャロンは諦めずについて行くだろうね。それは特別扱いではなく、彼女自身の生み出した結果だ。誰も文句は言えない。」

「………。」


 とうとうアベルが黙った。

 珍しい事態に、チェスターとサディアスが呆然と二人のやり取りを見つめている。ウィルフレッドは弟を見つめながら紅茶を一口飲み下し、カップを静かにソーサーへ戻した。


「どうしたんだ、アベル。お前らしくないぞ。」

「何…?」

「俺に人数が偏ると思うなら、お前からシャロンを連れて行くと言い出してもおかしくないと思ったけどね。だって、バランスが悪いだろう?彼女が慣れない事をするなら余計に、不測の事態でもうまく対処できるお前と一緒に行くべきだ。――俺はお前より弱いし、勘も鈍いのだから。」

 きっぱり言いきったウィルフレッドを、チェスターは口元に笑みを浮かべたまま観察した。


 ――打ち解けてるとは思ったけど、なるほど。劣等感に区切りをつけられたんだね。お陰でアベル様が関わる事であっても、まともに思考できるようになったわけだ。勘の鈍さにまで自覚がおありとはね……我が主にここまで言える人も貴重だ。俺もちょっとばかし、この人を侮ってたかもなぁ。


「……ウィルはそれでいいと?」

 アベルが顔をしかめて聞くと、ウィルフレッドは躊躇いなく頷いた。

「もちろんだ。つつがなく終えられるなら、シャロンと俺の同行にこだわる必要はないだろう?」

「それは…そう、だね。」

 ついと目をそらしてアベルが肯定する。

 狩りに希望者が同行し、終えれば昼食会を開くという今回の流れにおいて、シャロンが必ず第一王子に同行しなければならない、という事はない。誰の目から見ても。

 テーブルの下で脚を組み、アベルは短く息を吐いた。


 ――婚約を内々に留めているのだから、目立たせたくないというのはわかる。こだわる必要はない、確かにそうだが……。


『君の髪はとても美しい。俯く必要はないと俺は思うよ。』

『え……』


 不意に、ウィルフレッドと白髪赤眼の少女が見つめ合う風景を思い出して、アベルは自分が何を避けようとしていたのか悟った。

 下町の広場で二人を見ていたシャロンは、涙を堪えるような顔をしていた。


 ――あぁ、でも、あの時の方がひどかった。


 シャロンが傷つけばウィルフレッドが悲しむ、と告げた後の事だった。

 夜中、星明かりの差し込む窓辺で、彼女は今にも泣きだしそうな、懇願するような、ひどく悲しい顔をしていたのだ。

 なぜかと理由を問えば、アベルに返ってきたのは「自分を大事にしないと駄目」という言葉だった。


 ――…あの顔は、苦手だ。


 アベルが顔を顰めて黙り込むと、サディアスが口を開いた。


「…チェスターの余計な一言で逸れましたが、お二人のどちらに同行するかは令嬢の自由選択です。ここで話していても仕方ないのでは?…それともウィルフレッド様、貴方のほうへ来たら追い返しますか?」

「まさか。その場合は俺と君、それと騎士達で頑張ろうか。…たぶん、アベルを選ぶと思うけど。」

「へぇ、何でです?」

 菓子をつまみながらチェスターが聞く。

 アベルがちらりと視線を上げた事に気付きながら、ウィルフレッドは笑った。


「俺の弟は強いからね。」




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