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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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77.庶民達のランチタイム ◆

 



 馬車を盗んだ事に、目的はなかった。


 建物の死角で、誰もいなくて、急いだのか留められてすらいなかった。

 イタズラでもしてやるか、困らせてやるか、からかってやろうか。

 その程度の気持ちで御者台に乗り、ぱしんと馬に合図した。阿呆なのか元の御者が嫌いなのか、馬は歩き出した。急がせれば走り出し、暴走馬車だ何だと騒がれながら俺は街を抜け出した。


 下町の人気のない裏通りで休憩した後、適当に客を拾って王都を出た。

 なんだかんだ客が下りる度に「乗せてほしい」と別の客が現れたから、俺は金と飯が手に入るならと適当に馬を動かした。


 中には「内密に」だの「これが何かは聞くな」だの、いかにも胡散臭い奴らもいたが、そういう輩は大抵金払いが良い。

 俺を襲って代金をチョロまかそうとする奴もたまにいるものの、魔法でブッ飛ばすかブン殴れば解決した。

 そこで俺が相手の身ぐるみ全部剥ごうが、責められる謂れはない。


 俺は、金さえ払えば従う運び屋と思われたらしい。別に間違ってもいないから訂正しなかった。


 キナ臭い連中とつるんで《何か》を運んだ。

 物音はしないから人や動物ではないだろうとは思ったが、詮索はしなかった。誰かに監視されながらの仕事を幾度か終えると、信用を得たらしく偉い奴に会わされた。



『初めまして。ダン・ラドフォード君』



 俺が名乗る前からフルネームを言うのは、知っているぞとでも言いたいからだ。

 デカい屋敷にお上品な身なり。明るい茶髪を後ろに撫でつけて笑うスカした中年オヤジ。どこにでもいる腐った貴族の一人。


『貴族サマが俺なんぞに何の用ですかねぇ。直接会ってまで。』

『ははっ。信頼関係を築くには、直接会うのが一番だろう?』


 鼻で笑いたくなったが黙っていた。

 恐らく提示される報酬は高いだろう。だが仕事を終えた後本当に支払われるのか、生かして帰されるのかは疑問だ。今までは小物か、せいぜいが俺が魔法で何とかできる範囲の奴しか相手にしてこなかった。しかしこいつの自信のある態度を見ていると、俺を御する事が可能だと確信しているようだった。


『俺はまだガキだろ。もっと実績のある人間を雇う方がマシだと思うぜ。』

『子供にしか頼めない仕事というのもあるんだよ。』


 男は笑うと、予想外の言葉を吐き出した。


『王立学園に入ってみないか?』


 ――何ふざけた事言ってやがる。


『身分証明書はこちらで別人の名義を用意しよう。授業は真面目にやらなくても構わないが、目立たない程度に頼むよ。』

『俺に何させようってんだ。』

『それは追って通達する。入学より前にも色々と仕事をしてもらうけどね。』


 男は目を細めた。

 灰色の瞳には底冷えするような暗さがある。誰を見て言っているのかわからないが、ロクな事は考えていないだろう。俺も真っ当に生きてきた人間じゃないから、こちらに被害がなければ別に構わないが。


『受けてくれるかな?』

『内容と報酬の詳細、それから、あんたが俺を始末しない確約ができるならな。』

『よし、よし。話を聞く気があって何よりだ。』


 聞かなければ始末する気だろう、と感じた。俺はこいつの顔を見たのだから。


『あぁ、名乗り遅れたか。』


 気味の悪い笑顔を貼り付けて、男は手を差し出してきた。



『私の名はダスティンだ。よろしく頼むよ』





 ◇ ◇ ◇





 昼食時、カレンは広場にある三人掛けベンチの端に座っていた。


 フードをしっかりとかぶって白髪を隠し、持参したサンドイッチを口に運ぶ。

 以前はこの時間帯にもたまに男の子達がやってきて、母が作った昼食を馬鹿にしたり、最悪な時は奪い取って踏みつけられたりという事があった。そうならないようにベンチではなく木の裏や物陰に隠れて、小さく身を縮めて急いでお腹に押し込んでいた。


 最近はリーダー格だった商家の息子を見なくなり、取り巻きだったはずの少年達も、出くわしたところでバツの悪そうな顔で通り過ぎるくらいだ。

 大人は何も変わらない。

 薬草を買う人も花を買う人も。カレンの白髪や赤い瞳を気味悪そうに見る人も、そうでない人も。強いて言うなら、カレンの前を通る度に舌打ちして睨んできた男性が、遠巻きにしか通らなくなった。魔力持ちだとわかったせいだろうか。


 あの日、二人の少年がカレンを庇ってくれた。


 迫りくる馬から彼らを守ろうとした事で、カレンは自分が魔力持ちだった事を知った。

 同年代の友達が一気に増えて、なんだか嵐のような日だったとフワフワした心地で家に帰ると、話を聞いた両親は急いで彼女を教会に担ぎこんだ。魔力鑑定のために。

 最適はやはり《風》の魔法で、魔力を持たない庶民向けの学校に通うはずだったカレンは、国の補助を受けて王立学園へ行く事になった。


 ――なんだか、まだ実感がわかないな。


 秋晴れの空を見上げながら、もそりとサンドイッチをかじる。

 王立学園はお金がある人や才能のあるスゴイ人が行く所という印象があって、カレンにとってはまるで別世界の話だった。自分が魔力持ちという事すら未だ実感がなく、時折「実は夢だった?」などと思う事もある。


 けれど、夢ではない。

 現に、頭にバンダナを巻いた少年が通りの角からひょっこり顔を出す。誰かを探すようにきょろりと動いた琥珀色の瞳が、カレンで止まった。

 大きく手を振りながら駆けてくる彼――レオに、カレンも小さく手を振り返す。


「よっ!隣いいか?」

「こんにちは、レオ。どうぞ。」

「ありがとな。」

 レオがどかっと腰かけた衝撃で、ベンチが小さく揺れる。

 彼は豪快で粗雑なところがあるものの、乱暴ではないというのがカレンの印象だった。

 快活な笑顔は心根の良さを表しているし、何より時々こうして会いに来ては、最近は大丈夫なのかと声をかけてくれる。


「お前、またそんだけしか食わないのか?」

「うん。これでお腹いっぱいになるから」

「すげ~なぁ。俺はそんだけじゃ無理だ…」

 レオは感心したように唸って、紐で肩にかけていた布袋から自分の昼食を取り出した。カレンのサンドイッチより三倍は大きい。

 薄切りにされた肉が挟まったそれにかぶりつく大口を、カレンがしげしげと眺めている。彼の母が息子のために重視するのは、味や見た目ではなく量だ。


 反対にカレンがちまりとサンドイッチを齧れば、それを見たレオはほんの僅かに眉尻を下げる。

 年上で身長もカレンより十五センチは高いレオにとって、彼女の一口はまるでリスのように小さい。昼食を共にする度、この子はちゃんと生きていけるのだろうかと不安になるのだった。


「今日もルイスのところに行くの?」

「おう。なんか伝言あるか?」

「う、ううん。平気」

 ルイスの柔らかな笑顔を思い浮かべて、カレンは少しだけ顔を赤らめた。

 あの日出会った紳士な少年は、実は女の子らしい。跪いて真っ直ぐにカレンを見つめる薄紫色の瞳は、今思い出してもドキドキと心を揺らす。


 普通に暮らす中ではまず聞かない詩的な褒め言葉ばかり、それも会ってすぐに言われたけれど、なぜかルイスの声には真実味があった。

 まるでカレンをよく知った上で、真摯に伝えてくれているかのような。あの瞳に見つめられたカレンには、「本当にそう思ってくれているんだ」という感動があった。


 驚いた事に、ルイスはレオと剣の練習をしているらしい。

 将来騎士になるということ?と聞いてみれば、レオは「そうとも言ってなかったけどな」と肩をすくめる。カレンはルイスが貴族の令嬢だろうという事は想像がついていたが、どこの家かはまだ知らない。学園で会った時には、わかるのだろうけれど。


「二人とも怪我のないようにね?」

「大丈夫だって。ルイスに怪我させらんねーし、加減くらい…んぶッ!!」

 ごん、と後頭部を軽く蹴られ、レオは前のめりになって咳き込んだ。

 何か気管に入ったらしい。驚いたカレンは後ろを振り返り、不機嫌そうに顔を歪めた灰色髪の青年の名を呼ぶ。


「ダンさん…?」

「よぅ、チビ。」

 相変わらずガラの悪い彼は、前回と違って質の良さそうなシャツにズボン、ベストを着ていた。

 ただしシャツのボタンはいくつか開けているし、上着もなければタイもしていない。買い出しでもしていたのか、片腕で大きさの違う箱を三つ抱えていた。


「げほっげほ、んだよも…いきなり!」

「てめーが気付かねぇのが悪い。」

 食事中の友人を背後から蹴っておいて、ダンはそんな風に言う。それをレオは「まぁそうだけど」などと返すので、カレンは内心「男の子って変なの」と片眉を上げた。

 後頭部を掃おうとカレンが手を伸ばすと、レオは慌てて身を引き、自分で適当に掃う。ダンはじろりとカレンの横に置かれたバスケットを見下ろした。休憩中の今は布がかけられていて、中身は見えない。


「今日も何か売ってんのか。」

「うん。薬草と、あとお花ですね。これはアスターって言って…」

「名前なんざどうでもいい。一つよこせ」

 布をめくったカレンにそう言いながら、ダンはレオの横に荷物を下ろした。

 ポケットから財布を出したので、ちゃんと支払う意思はあるらしい。レオがぎょっとしてサンドイッチを取り落としかけた。


「ダンが花を…?大丈夫か?何か変なモン拾い食いしちまったんじゃ…」

「るっせぇな!おじょ…ルイスに頼まれてんだよ、コイツがいたら見てこいって。なんか買っときゃ会った証拠になるだろうが。」

 なるほどそういう事か、とカレンは納得した。

 ()()()と言いかけたのだろうダンはきっと、ルイスの使用人なのだ。

 それにしては少々ガラが悪いので、護衛という立ち位置かもしれない。それもお忍び専用の。などと想像しながら、細い花弁を沢山つけたアスターの花が三本ずつ束にされたものを見せる。


「何色がいいですか?ピンクと白と青があるよ。」

「色だぁ?白でいい、白で。」

 カレンはいかにも面倒そうに顔を歪めたダンから料金を受け取り、茎の切断面をくるむ布に改めて水を浸すなどの処理をしてから、白いアスターの花束を渡した。

 それが即座に荷物の上にポンと放置されるのを見送りつつ、残りのサンドイッチをかじる。


「お前らちょっと荷物番しとけ。メシ買ってくる」

「おー。了解」

 カレンより後に食べ始めたのに、先に食べ終えたレオが軽く手を振る。もう片方の手でベンチに置かれたダンの荷物を少し引き寄せ、その視線は広場を歩く人々をちらりと警戒した。


「カレンに会った証拠だって。素直じゃないよなぁ」

「そうだね。」

 広場の反対側にある屋台へ向かうダンの背を見ながら、カレンは頷いた。

 ちゃんと会った証拠なら、それこそレオが証人になるはずだ。ルイスがそれを疑うとも思えない。

 花を買ってもらえるとカレンは助かるし、ルイスは喜んでくれる。きっと理由は後者だけだろうけれど、と思いながら、最後の一口を飲み込んだ。





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