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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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71.幻令嬢シャロン・アーチャー

 



 ジェニーの魔力暴走から三日。


 私はお父様、お母様と一緒にオークス公爵邸を訪れていた。

 本当はオークス公爵夫妻とチェスターが我が家へ来てくれると言っていたのだけれど、もし会えるならジェニーに会いたいと伝えてこちらが伺う事にしたのだ。


 応接室で挨拶を済ませ、三人掛けソファにそれぞれ座る。

 チェスターのお母様、ビビアナ様はまるでチェスターが女性だった場合はこうだろう、というようなお姿だった。おっとりした柔らかい眼差しと美しい微笑みが品の良さを感じさせる。


 そしてオークス公爵は厳格そうな偉丈夫だった。

 目つきが鋭いので、ちらりと視線を寄こされただけで萎縮してしまいそう。無礼をしてしまっていないかとドキドキしながら正面を見たら、チェスターが微笑んでぱちんとウインクした。いつも通りの仕草に少し安心する。


「シャロン嬢。」

「はい。」

 声が裏返らなくてよかった。

 はいッ!?なんて言ってしまうところだったわ。ぴしりと背筋を伸ばしたまま、オークス公爵の灰色の瞳を見つめる。


「この度は娘の魔力暴走に巻き込んでしまい、大変申し訳なかった。そして、五年に渡り不明とされていた病の原因を見つけてくれた事、心より感謝する。…ありがとう。」

 オークス公爵が深々と頭を下げ、両脇でビビアナ様とチェスターもそれに倣った。

 あまりの事に私は動揺しておろおろと両手を彷徨わせてしまう。


「ど、どうか顔をお上げください。私はもしもの話をしただけですわ。信じてくださったチェスター様、そしてご協力くださった第一王子殿下のご尽力あってこそです。」

 ジェニーが魔法を使うまで姿を隠していられたのは、ウィルのお陰。

 暴走してしまった彼女を止められたのは、チェスターのお陰。

 私はただそこに《居ただけ》だ。

 三人は顔を上げ、オークス公爵は首を横に振る。


「貴女のその《もしも》が無ければ、私達はさらに長く苦しんでいた。……娘は、あれから咳き込む事がなくなったのだ。薬の効きも良い」

「……!そうでしたか、それはよかった…。」

 私はひどく安堵して息を吐き出した。

 ほぼ確定だとは思っていたけれど、やっぱり症状のおさまりを聞くまでは不安だったのだ。

 私が確認するようにチェスターを見ると、お父様達がいるせいか抑え気味ではあったけれど、優しく目を細めて微笑んでくれた。


 本当に救えるのかと悩んだあの日を思い出すと、胸が苦しくて鼻がつんとする。

 早くジェニーに会いたい。よかったねと、いきなり伝えて怖がらせてしまってごめんねと言いたい。

 何かに気付いた様子のチェスターの視線がお父様に向いて、その笑顔が強張った。何かしらとお父様を見上げると、渋い顔をしていらっしゃる。


「アーチャー公爵、ご息女を危険に晒して申し訳なかった。」

「…娘は()()()()()()友人だと聞いています。怪我があれば少々言わせて頂いたが、今回は結果のみ受け取りましょう。」

「……感謝する。」

 オークス公爵達が、今度はお父様に向けて一礼した。

 むしろ私が提案したせいでジェニーが暴走し、チェスターが怪我をしたとも言えるのだけれど、誰もそういった見方はしていないようだった。


「シャロン嬢には大恩ができた。もし何か望まれるものがあれば、当家にできる限りで応えよう。」

「お気持ちをとてもありがたく思います、閣下。」

 こうまでおっしゃられた中で断るのも無礼だろうか。

 けれど「冬に崖道を通られると思いますが、命を狙われるのでやめてください。」とも言えない。おかしすぎるもの。


「ジェニー様がお元気になられるのであれば、私はそれ以上を望みませんわ。」

 私達が二年生になる頃には、ジェニーもきっと入学してくる。

 そうして仲良く過ごせれば充分だと微笑むと、無表情を貫いていたオークス公爵の目が、ふと和らいだように見えた。


「そうか。では、今後何か望む事ができれば()()()()()()伝えてもらいたい。娘は貴女を()()()()()と慕っているらしい。どうかこれからも仲良くしてやってくれないか。」

「はい、勿論です。」

 姉のようだなんてお世辞でも嬉しい。

 つい照れ照れしながらもしっかり答えを返すと、お母様が「あらあら」と笑うのが聞こえた。ビビアナ様も微笑んでいるので、奥様同士で笑い合っているのだろう。


 お父様が大きな手を私の肩に置く。

「シャロン、心強い味方ができたな。」

「はい、お父様。」

()()であるジェニー嬢と仲良くするのは良いが、あまり公爵やチェスター君にご迷惑のないようにな。」

 にっこり笑ったお父様がチェスターやオークス公爵にも目を向ける。

 私はアベルやサディアス、ウィル達を巻き込んだアレコレを思いだして、「気を付けますわ」と苦笑した。



 後は大人同士で話があるという事で、私とチェスターは一足先に退室した。

 もちろんジェニーに会うためだ。この前約束した、彼女にプレゼントする画集も新たに買って鞄に入れている。

 それは退室した途端にチェスターが代わりに持ってくれたので、私は手ぶらで彼の後ろを歩いていた。


「父上がごめんね~。アレ、あんま気にしなくていいから。」

「アレって?」

 謝られるような事があったかしらと考える。

 望みを言ってほしいと言われてどうしようかと困ったくらいで、失礼な事は何もなかった。チェスターを見上げると、「やっぱ通じてないか」と苦笑される。


「何の話?」

「君が望むなら、息子を差し出してもいいよって話。」

「えッ!?」

 一体いつどこでそんな話があっただろうか。聞いておりませんが。

 思わず立ち止まってしまった私を振り返って、チェスターは緩く首を傾ける。


「望むなら、ね。望まないんだから放っておけばいいよ。あ、勿論その他でご要望があれば何なりと?シャロン様。」

「や、やめてチェスター。様なんて」

 冗談なのはわかっているけれど、思わず手を横にぶんぶん振る。

 オークス公爵が夫人と恋愛結婚なさった話は有名なので、きっと息子であるチェスターにも政略結婚とかこんな恩返し婚?ではなく、恋愛結婚を認めるのだろうと思っていた。

 そう伝えると、なぜかチェスターは肯定した。


「うん、好きにしたらいいって言われてるよ。」

「それでは、さっきのは冗談だったのね。」

「俺が嫌がるなら言い出さなかっただろうね。」

 チェスターの返事がよくわからなくて、私は困り顔で首を傾げる。その言い方ではまるで、私に望まれても嫌ではないと言っているかのようだ。


「俺はね、別にどっちでもいいんだよ。」


 柔らかい笑みを湛えたまま、チェスターが言った。

 その声色が冷え切っていたら、諦めに満ちていたら、私は嫌な気持ちになっただろう。けれど彼の声も表情も優しかったから、私はただ続きを待った。


「君は夫を裏切ったりお金を使い込んだりしないだろうし、ジェニーを放っておく事もできたのに、俺が訝しんでも睨んじゃっても一生懸命伝えてくれて、救ってくれた。きっと、夫婦になれば良い関係を築けると思う。俺が拒む理由は特にない。だから、あくまで()()()()()の話。」


 気にしなくていいんだよと、チェスターは改めて繰り返した。

 つまるところ、彼が望んでいるわけでもないのだ。私は納得した。私だって、チェスターと結婚した女性が不幸になるかと問われれば、否だと思うもの。

 なるほどと頷いていたら、チェスターがまた付け足した。


「それに、君の相手は王子様でしょ。俺を相手にしてる場合じゃないしね。」

「違うわよ…?」

 メリルといいチェスターといいなぜそうなるのかしら。って、私が公爵家の娘だからに決まっているわね。ゲームではウィルルートでもアベルルートでも相変わらず、シャロンはライバル令嬢ではなく親友キャラだったけれど。

 チェスターは意外そうに眉を上げた。


「仲良いけど、まさかその辺は特に考えてなかったの?」

「えぇ…。」

 だって、彼らの相手はカレンだもの。

 ジェニーはウィルに恋をしていて、できれば応援したいけれど、どうなるかはわからない。


「どっちかはシャロンちゃんが妃になる可能性高いんじゃない?だから父上も、望むならその辺曲げるのは任せてほしいってつもりで言ったんだよ。」


 チェスターの言葉に、うーん?と唸る。

 どっちか…そうだ、ゲームでは確実にウィルとアベルどちらかが亡くなっていたから、二人が生きていた場合の、王位を継がなかった方のお相手が誰かなんてわからないのだわ。

 それにシャロンは隣国へ嫁ぐ……のは駄目だわ。生存のために国内で相手を見つけなければ。


 卒業後にお互い決まった相手がいなければ、チェスターに婚約(という名の保護)を求めるのもアリなのかもしれない。もちろん、彼に好きな人ができたら円満に別れるつもりで。


「今日見た感じ、アーチャー公爵も君の意思が優先だろうしね。…ガードが固すぎて、選択肢を全然与えられてないけど。シャロンちゃん、男の知り合いって多くないでしょ。」

 私はこくりと頷いた。

 知っているご令嬢の数と比べればあまりにも違う。本格的な社交はまだだけれど、仲の良いご令嬢のお茶会に行ったり、我が家に来てもらったりという交流はあるものの、私が参加する時はほとんどご令嬢ばかりなのだ。


「偶然を装って会おうとした奴も、フェリシア嬢にキツく言い咎められて撃沈するって聞いてるよ。令息の間で君は幻の公爵令嬢って呼ばれてるんだよね。」

「は、初耳だわ…。」

 フェリシア様はラファティ侯爵家の令嬢だ。

 一つ年上なのでもう王立学園へ行ってしまって、最近は会えていない。私も鍛錬に時間を割いた分、以前にも増してお茶会に顔を出さなくなった。幻となってしまったのはそのせいもあるだろう。


「君はいずれ王子殿下と婚約するだろうっていうのが、一般的な見方だけど……考えてないの?本当に?」

「彼らが選ぶのは私ではないだろう、とは思っているわ。」

「本気?王妃教育受けてるでしょ?」

「えっ?」

「え?」

 聞き返し合って、私は数秒チェスターと見つめ合った。

 長い睫毛がぱちぱちと瞬くのを眺める。


「……“ 俺が言ってる事わかる? ”」

「“ わかるわ。 ”」

 チェスターはなぜかコクリコ王国の言葉を使った。

 ビビアナ様は元々その国の王女様だから、彼女に教わったのだろう。


「えーっと、…‘ 元気ですか? ’」

「‘ お陰様で。 ’」

 今度はソレイユ王国の言葉だ。

 何かしらと見つめていると、チェスターは目を閉じて唸ってから、私を見た。


「何で喋れるのかな?」

「お母様が家庭教師を付けてくれたからよ。隣国の言葉は覚えましょうねって。」

 ヘデラ王国のように言葉が共通のところもあるけれど、ツイーディア王国は土地が広い分、色んな国と接地している。だから中には別言語の国もあるのだった。


 ……「隣国」が多いせいで、シャロンが嫁いだのはどこなのか、サッパリわからない。


「ところで、ねぇチェスター。」

「何?」

「ジェニーも、私と同じように王子殿下がお相手だと言われているの?」

 もしもカレンがウィル以外の人を選んだら、案外恋は叶うのかしら。

 なんて思って聞いてみると、チェスターはサッと青ざめた。


「そんな話…いや、でも元気になったら……ジェニーもこの前…ウィルフレッド様とはキッチリ話し合いをしたけど……」


 何やら目をそらしてブツブツ言い始めてしまったわ。

 可愛い妹が家を出て行く想像はしたくないのかもしれない。


「シャロンちゃん。」

「はい?」


 呟きが終わるのを待っていたら、チェスターが不意に私を呼んだ。とても真剣な目をしている。


「……俺は、公爵家だからって王家に嫁がなくてもいいと思う。」

「そうね、ジェニーの気持ち次第かしら…。」

「ぐっ!!」




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