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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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68.等しくお友達

 




 親愛なるシャロン



 吹く風もすっかり秋めいて過ごしやすくなりましたね。可愛らしい手紙をありがとう。


 そして、先日はいきなり押しかけてしまったにも関わらず、俺達をもてなしてくれてありがとう。あの時も少し話したけれど、ちょっと癖の強い方に会う機会があったものだから、正直なところ本当に参りました。チェスターはさも自分だけ君の所へ行こうとしたように言っていましたが、実際には俺達三人を気遣って言い出してくれたのではないかと思っています。でなければ、彼はすぐ屋敷へ帰りたかったでしょうから。


 君に会えた事はもちろん、久し振りにクリスに会えた事も、彼が変わらず俺を受け入れてくれた事も本当に嬉しかったです。初めて話した時なんて、君は覚えているだろうか、姉上を取らないでほしいと大泣きされてしまいましたね。それが今では姉上の隣を許してくれるのだから、俺は果報者です。これからも君達姉弟の良き友人として、何か困った事があれば頼ってください。


 などと書いたら、自分にも頼ってほしいと言い出す君の声が聞こえてくるかのようです。当たっていたら、その通りだと微笑んでくれているでしょうか。俺は今までも充分君に頼り、その優しさに甘えてきました。シャロンには、自覚がないかもしれませんが。俺は君といると心が楽になります。君も同じだと嬉しいのだけれど。


 それから、日に日に強くなっていく君をとても眩しく、美しいと思います。あの日、俺を守りたいと言ってくれてありがとう。俺も負けずに強くなって、君を守ります。だからどうか無理はせずに、怪我などしないようにしてください。 お互いにね。


 アベルも時折君のところを訪ねていると聞いています。知っての通り弟は自由人ですから、振り回されるような事があれば言ってください。最近になって、俺も少し弟の事がわかってきたようですから。それもきっかけをくれたのは君なのだけれど。


 ただ、下町で過ごした日を思い出すと……どうしてだろう、君の方が弟を振り回しているかもしれない、そう思ったりもします。もちろん悪い意味ではありません。俺達兄弟にとって君は大切な友人、ですが、シャロン。アベルにも注意しましたが、適切な距離を保ってください。君は無防備が過ぎるので、心配する俺とアーチャー公爵の心臓がもちませんし、周囲が何と思うかわかったものではありませんから。俺は君には絶対に幸せになってもらいたい。


 話が逸れてしまいましたが、アベルと仲良くしてくれてありがとう。弟を慕う者は多いけれど、対等に話せる友達というのは、俺達には貴重な存在なんです。レオ達ともまた学園で再会して、皆で過ごせたらどんなに楽しいかと、今から考えています。


 君に手紙を書くのは初めてだから、つい長く書き過ぎてしまいました。返事はどうか気にしないでください。友人として君に宛てた手紙の返事を、王城へ出すのは難しいでしょうから。君がこれを読むのは、共にオークス公爵邸を訪問した後でしょうか。俺は気が早くも、次に会える日を楽しみにしています。君とは毎日だって会って話したい。


 それではまた次の機会も、花のような君の笑顔を見られますように。



 君の友人 ウィルフレッド・バーナビー・レヴァイン




 ― ― ― ―




 線が細く、まるでお手本のように美しい文字が綴られた手紙を読み終えて、私は微笑みを浮かべた。

 ウィルからの初めての手紙だ。きっと彼も時折微笑みながら書いてくれたのだろうなと思いながら、便箋を揃えて封筒にしまい直す。


 この国では自分の瞳の色の封蝋を使うのが習わしなので、ウィルの封筒には明るい青色のそれが使われていた。

 そして王族の印璽(いんじ)のデザインは、「星」「ツイーディアの花」それに加えて本人が選んだ物の三つのモチーフから成るらしい。とは聞いていたけれど、実際に見るのは今回が初めてだった。


 ウィルの印璽は星が二つ、ツイーディアの花が二輪、その背景にはコンパスローズが描かれている。とても均整のとれた、彼らしいデザインだ。



 ノックの音が聞こえて返事をすると、ティーポットなどを乗せたトレイを持ったメリルが入って来る。

 勉強机に向かっている私のところまで進み、静かにミルクティーを淹れてくれた。


「ありがとう、メリル。」

 私は微笑んでお礼を言ったのだけれど、メリルは私の机の上を見て固まっていた。注ぎ終えた後でなければ、ミルクティーがたぱたぱと零れてすごい事になっていたかもしれない。

「メリル?」

「シャロン様…それは……?」

 コトリとティーポットをトレイに置いて、メリルがぎこちなく聞いてくる。

 机の上にはウィルとアベルそれぞれからの封筒があるだけだ。説明しなくとも封蝋で差出人の予想はつくだろうから、わかった上で聞いていると思うのだけれど。


「ウィルとアベルからのお手紙よ。今日ウィルから受け取ったの。」

「……なんと。」

 メリルはこめかみに手をあててゆっくりと頭を横に振った。

「王子殿下二人ともから直筆のお手紙を頂いてるなんて……恐るべしシャロン様…罪な…」

 もう一度彼女の名を呼んで首を傾げたいところだけれど、ぱちぱちと瞬きするだけに留めた。

 ウィルからも直筆の手紙が騒ぎを呼んだと聞いたし、お友達とはいえやはり二人は王子なのだ。メリルも驚く事なのだろう。


「普通に出そうとしたら騒ぎになったから、直接持ってきてくれたんですって。」

「それは騒ぎにもなるでしょうね、お二人のキッパリ壁を作る社交は有名ですから。」

「壁を?」

「手紙は代筆、誘いは断り、パーティーでお会いしても当たり障りない会話だけ…王家の方ですから、今のうちから婚約者探しをしてもおかしくないのですけれど。」

「確かにそうね。」

「……本当はシャロン様も同じ立場ですけれどね。」

「え?」

 確かに二人とも婚約者を探す気はなさそうよね、と考えていたら、メリルの呟きを聞き逃してしまった。


「いえ、旦那様はシャロン様を大事にされていらっしゃるな…と、改めて思いまして。」

「レナルド先生の教えを受けさせてもらっているものね。授業のスケジュールも変えて頂いたし。」

「減るのではなく詰めたのですから、こなしているシャロン様はご立派です。」

「ふふ、ありがとう。」

 微笑みを返してからカップを傾けると、甘くて優しい味が口に広がった。


「それで、どちらの殿下が本命ですか?」

「こふっ!」

「大丈夫ですかシャロン様!」

「ごほっごほ!けふっ!」

 危うくミルクティーを机に吹きかけるところだったわ!

 できるだけ穏便にカップをソーサーに戻し、私はもう片方の手で口を押さえて咳き込む。メリルがハンカチを渡してくれた。


「申し訳ありません、せめてカップを置かれてから聞くべきでした。」

「そ、ッん、何を…」

「もしかして、チェスター様かサディアス様のほうですか?あるいは…」

「いったん静かにして!」

 咳き込んだせいか別の原因か、私は顔が真っ赤になったのを自覚しながら悲鳴のように言った。ランドルフが飛んできてはたまらないので、精一杯の小声である。メリルはきゅっと唇を閉じた。

 私は彼女の腕を掴んでクルリと背を向けさせ、喉が落ち着くまで待ってもらった。


「ふぅ……。」

「大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫よ。」

 私が答えると、メリルがクルリとこちらを向く。

 期待に満ちたオレンジの瞳がきらきら輝いているけれど、ご期待には沿えそうにないのよね。


「メリル、まず言っておくけれど、私にとって彼らは等しくお友達だわ。」

「えぇえっ!?」

 ぴしゃん!と雷が落ちたかのようにメリルがズザザと後ずさる。信じられないような目で私を見つめている彼女が、何をどうやって誤解に至ったのかさっぱりわからない。


「そ、そんな…確かに、ウィルフレッド殿下はお友達のままかしらとも思いましたが…」

「皆のお相手は私じゃないのよ。」

 ヒロインはカレンだと知っているので、私はきっぱり告げる。シャロンはサブキャラなのだ。メリルは動揺した様子で視線を彷徨わせながら、よろよろと数歩の距離を戻ってきた。


「しかし、アベル殿下とは親密なご様子ですし…」

「彼は強いから、色々教わりたいの。」

「チェスター様のお屋敷に通うようになり…」

「妹のジェニーともお友達になったわ。」

「サディアス様の事を可愛い、微笑ましいだなんておっしゃって…」

「うーん、それはそうだけれど、恋愛的なものでは…」


 ……?

 何か妙な引っかかりを覚えつつ、私は「とにかく」とメリルを見上げた。


「みんな大事なお友達だわ。本命とかそういう話ではないの。ご馳走様、メリル。おやすみなさい。」

「うぅ、そうでしたか…はい、シャロン様。おやすみなさいませ。」

 メリルはしゅんとしてソーサーごとカップをトレイに戻し、一礼して扉を開く。そして一拍の間を置いて、

「そういう話になったら、ご相談くださいませね…」

 などと言い残してから扉を閉じた。やれやれだわ。


 私は改めて机に向き直り、アベルの封筒を手に取った。

 ウィルの封筒より軽いそれには、彼の瞳と同じ金色の封蝋がされている。


 アベルの印璽は星が二つ、ツイーディアの花が一輪に、背景として時計の文字盤が刻まれていた。既に固まっているそれに指先で触れてから、私はペーパーナイフで封を開ける。


 思った通り便箋は一枚きりで、ウィルより筆圧が強いらしいしっかりとした筆致は、文末で上向きにカーブを描くべきところがキレのある跳ねになっていた。

 なんだかアベルらしい。自然に笑みがこぼれた。




 ― ― ― ―




 シャロン



 連絡をありがとう、確かにナイフを回収しなかった。不要であれば次の機会にでも渡してくれればいいし、もし興味があるなら持っていて構わない。扱いは君の母に聞くと良い。独学で使おうとするのは無しだ。


 それと、君とウィルが出掛ける五日後に降りる。色々考えたけど他の手段の方が面倒そうだ。君に良案があればその時に。もし行けなかった場合は急用が入ったと思ってほしい。


 では、それまで大人しくしているように。



 アベル




 ― ― ― ―




「……お母様に、投げナイフを…?」

 ウィルと比べれば圧倒的な短さを誇る手紙から顔を上げ、私は呟いた。

 「大人しくしているように」が結びの言葉とは、一体私を何だと思っているのかと眉根を寄せたいところだけれど、今はお母様の事だ。


 私のお母様――ディアドラ・アーチャー公爵夫人は、かつて騎士隊長を務めていた。


 娘でありながらそれを知ったのはつい最近だったと深く頷けば、その時に聞いたお母様の声が脳内で再生された。


『私は戦い方も特殊だから、剣の基礎を学ぶには微妙なのよ。剣以外にも武器はあるという事ね。』


 ――もしかして、その特殊な戦い方というのは。


「…また聞いてみないといけないわね。」

 ぽそりと言って、私は部屋の奥にあるウォークインクローゼットの扉を見つめた。

 あの中にはアベルが置き去りにした投げナイフが三本しまわれている。一本くらい護身用に持っておこうかと思っていたけれど、独学は駄目だと早速釘を刺されてしまったわね。

 持ち歩くには何かカバーや固定具が必要だろうし、いつも着付けをしてくれているメリルの協力も必要だろう。


 アベルの手紙を封筒にしまって、私はランプの火を吹き消した。

 ベッドに潜り込んで枕に頭を乗せ、こっそりとナイフを携帯する自分を想像する。メリルは何と言うだろうか。剣の仕込みを相談する前段階としても、ナイフは良いかもしれな――…


『サディアス様の事を可愛い、微笑ましいだなんておっしゃって…』


「あれ……?」

 うつらうつらと眠くなってきた頭で、私は考える。


 その時、私、サディアスと二人きりで…メリルに話してなん、て……


 今日は色々あったからとても疲れていた。

 結論も出せずに睡魔に飲み込まれた私は、起きた時には最後に考えた事など忘れ去っていた。





ブクマ、ご感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。

励みになっております。


来週は少々立て込むので、更新があまり無い予定です。

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