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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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63.幼いプロポーズ

 



 やられた。


 俺はその一言を思い浮かべながらアベルを恨んだ。

 宰相殿を巻き込んで俺に大量の仕事を寄せ、その間に雲隠れとは。なんて可愛くない弟だろう。俺はあいつを心配していただけなのに。


 片付けないとオークス邸に行く約束を守れないから、やるしかない。

 俺がシャロンとの約束を破るわけがないとわかっていて、頑張れば睡眠時間も確保できる量に調整されていたところがまた腹立たしい。


「ああ、もう……」

 両手で顔を覆い、馬車の中で呟いた。

 ヴィクターとセシリアは馬車の前後について守ってくれている。


 昨夜は無事に書類を仕上げて力尽きた俺を、セシリアが横抱きにして運ぶという珍事が起きてしまった。ヴィクターの制止も聞かずに浴室に放り込んでくれたらしい。

 その時の事は意識が朦朧としてあまり覚えていないけれど、城の人間は覚えているだろう。頼むから誰もアベルに言わないでほしい。


 見慣れた屋敷の前で馬車は止まり、扉が開く。

 立ち上がって踏み台を降りれば、開いた門の前にいる門兵二人が黙って跪いた。薄紫色の長髪を揺らして、俺の幼馴染が玄関から歩いてくる。


「こんにちは、ウィル!」

「やぁ、シャロン。今日はよろしくね。」

「えぇ。」

 花がほころぶような笑顔を見せたシャロンは、白いブラウスに紅色のリボンをつけ、紺色のコルセットスカートにショートブーツを履いている。少し急ぎ足で来てくれた彼女が立ち止まると、ふわりと微かな甘い香りがした。


 平たい布鞄を持っているのは、この前言っていた画集だろうか。そんな事を考えながら、俺は彼女の後ろに控えるメリルと頷き合ってから、シャロンの手を取った。

 馬車にエスコートして、斜め向かいになるように座る。扉を閉められてすぐ、馬車は動き出した。


「チェスターから、この前贈った花束を喜んでくれたと聞いて、また花を用意してしまったんだ。単純過ぎるかな?」

「前とは違う色合いのお花ね。とても綺麗だし、香りも強すぎなくて良いと思うわ。」

「よかった。シャロンがそう言ってくれるなら大丈夫かな。」

 花屋が数種類提案してくれた中から俺が選び、ヴィクターも大丈夫と言ってくれたけれど(セシリアの意見はちょっと参考にならなかった)、やっぱり女の子であるシャロンに肯定されるとほっとする。


 ジェニー・オークス公爵令嬢はどんな子だろう。

 城の催しやらで会う貴族のご令嬢は、少し扱いにくい子達か、遠巻きでこちらを見ている子達が多い。普通に話せる子もいるけれど、時には俺が離れると他の令嬢がその子を囲んで騒ぎを起こしたり、とにかく女性とは気難しい(シャロンを除く)。


 さすがに公爵家であるシャロンに食いかかるような令嬢はいないだろうけど、アーチャー公爵が娘を大事にするあまり、そういう(貴族の子息がいる)場でシャロンと顔を合わせる事はない。


 ただ最近になって、そういう催しで基本的に「いつの間にか消え、閉会の時にはいる」アベルが、俺が言えば渋々きちんと最後まで出席するらしい事が判明した。

 そのお陰で負担も軽減されている。今まで捕まらなかった第二王子を捕まえられるとあって、俺より多い人数が弟に向かっていたけれど、これまで逃げていた分と思っているのか俺の苦労がわかったのか、アベルはちゃんと対応してくれていた。


「シャロン、俺達に手紙をありがとう。君からの手紙なんて初めてだから驚いたよ。」

 あの強烈な王女殿下が来て、俺達がアーチャー公爵邸に押しかけた二日後。俺とアベルの連名を宛先にして、シャロンから一通の手紙が届いた。

 検閲を見越してか、シンプルな挨拶と訪問への感謝、そしてアベルに対して「庭でご使用された三本については、こちらで保管しております」の文字。もちろん、あいつが使った投げナイフの事だ。


「ふふ。私も初めて貴方達に書いたから、本当にちゃんと届くかしらって不安だったわ。」

「届いたよ。それで返事を出そうとしたんだけど…」

「何かあったの?」

 シャロンが首を傾げると、光の当たり方が変わるせいか、それとも仕草が可愛らしいせいなのか、その薄紫の瞳が一際綺麗に見える。


「俺達は普段、ご令嬢からくる手紙に代筆で返していてね。それが二人連名でどちらも直筆での返信という事に、なんだか大事になってしまって。」

 シャロンが目を丸くしている。

 俺とアベルも、彼女相手だからつい気楽に書いてしまったところはある。


「特に、騒ぎを聞きつけた中に、つい先日アベルが二度と手紙を受け取るなと指示したご令嬢の親がいてね。ヒステリックになってしまって大変だったんだ。」

「手紙を受け取るなって…そんな事もあるのね。」

「そうだね、まぁ何かが《相当》だったんだと思うよ。」

 さすがに何の理由もなくそんな指示をするはずはないから、無礼か理解不能かどちらかだったのだろうと俺は思っている。

 アーチャー公爵の娘だからといって、特別待遇は許されない――だったか。色々わめいていた。

 とにかく角が立つらしいので、俺達はいったん手紙を出すのをやめたのだった。


「という事で、これが俺達からの手紙だよ。」

「まぁ、ありがとう!」

 予想していなかったらしいシャロンが、驚きつつも嬉しそうに封筒を二つ受け取ってくれた。


「直接渡すなら何も気にしなくていいからね。連名じゃなくてそれぞれ書き直したんだ」

「なんだか申し訳ないわ。手間をかけさせてしまって」

「書きたくて書いたからいいんだよ。ふふ、俺はちょっと楽しかった」

 いつも会って話していたから、文字でのやり取りはすごく新鮮だ。シャロンの文字は俺からみると少し小ぶりで、丁寧で、優しい筆致だった。


「帰ってから大事に読ませてもらうわね。」

「そうだね。ここで読まれては俺も少し恥ずかしいから。」

 シャロンは柔らかい微笑みを浮かべて封筒を眺めてから、そっとハンカチに包んで鞄にしまった。

 屋敷を出発する前に渡してもよかったけど、それではすぐに侍女の手へ渡っていただろう。俺としてはできれば、読むまではシャロン自身に持っていてほしかったから。


「アベルのナイフはもしかして、帰りにでもウィルに預けた方がいいかしら?」

「それは大丈夫。いらなければ次に会った時もらう、なんて言っていたよ。」

「そうなのね。置いていった時点で、気にしていないとは思ったけれど。」

 くすくすと笑うシャロンは、すっかりアベルとも仲良くなっている。チェスターとも、サディアスとも、あのレオという子ともだ。


 俺にとって友達はシャロン一人きりで、アベルに会わせたら取られてしまうんじゃないかと恐れていた。

 でもそんな事は起こらないどころか、不思議と、俺を疎んじているだろうサディアスも、一線引いた態度だったチェスターも、俺が勝手に避けていたアベル自身とも、以前よりずっと話しやすくなっていた。


 きっかけになったシャロンは変わらずあの庭で俺達を待っていてくれて、そして強くなろうと努力を続けている。

 その優しさも強さも俺には眩しくて、ひどく尊いものに思えてしょうがない。


 ――俺の、憧れだ。


 目を細めて見つめていると、視線に気付いたシャロンが「なぁに?」とはにかんだ。

 ちょっと見惚れていたなんて言ってみるけれど、世辞と思っているのか、ふふっと笑い返されてしまう。


 アーチャー公爵家の長女である彼女は、実際のところ、俺とアベルの婚約者候補第一位。


 だからアベルもこの前「ウィルのでしょ」なんてとんでもない事を言っていたんだろう……あの時は焦った。

 シャロンに聞こえていなくて良かったと本当に思う。俺なんかが彼女の夫に相応しいはずがない。


 俺は、シャロンの夫には彼女とその子供を守り抜くだけの力があり、賢く清廉潔白で、彼女の道を邪魔せずに支え、助けられるだけの器量を持った男しか認めないつもりだ。公爵家という地位や見た目にだけ釣られた子息など論外も論外。

 当然、俺より頭も剣も魔法も人間としてもできていなくては駄目だ。最低限そこはクリアしてほしい。


 一番大事なのはシャロンの気持ちだけれど、優しさ故に変な男に同情してしまわないか少し心配している。

 まだ会ってそんなに経たない頃、初めての友達を失いたくなくて、俺は…


『ねぇシャロン、結婚したらずっと一緒にいられるんだって。』

『お父様とお母様みたいに?』

『うん。だから大きくなったら……俺と、結婚してくれる?』

『いいわよ?』


 ……本当に、馬鹿な事をした。俺が悪いけど、シャロンも安直に頷いちゃ駄目だ。


 今なら近くにいた侍女――確かメリルだったと思う――が唖然としていた意味もわかる。

 その後すぐに飛んできたアーチャー公爵から、「結婚したら夫婦になる、友達とは違う」と滔々(とうとう)と聞かされ、まだよくわかっていない俺とシャロンはポカンとその話を聞きながら、「友達がいいね」なんて言ったのだ。

 危うく彼女を王子との婚約などという鎖で縛るところだった。公爵には感謝しかない。


 アベルにも「シャロンはそんなんじゃない」と真っ赤になって伝えたけれど、なぜか白けた目で「まだ僕にも言わないんだ。ふうん」なんて言っていた。

 あいつときたら、そういう意味の好きじゃないと伝えてるのに聞かないんだ、まったく…。


「ウィル?すごく考えこんでいるみたいだけど、大丈夫?」

 はっとして瞬いた。

 シャロンが心配そうに眉尻を下げてこちらを見ている。


「大丈夫だよ。ちょっとアベルの事を思い出して」

「アベルの……?」

 しまった、間違えたかもしれない。

 ますます不安そうな顔になったシャロンを見て焦ってしまう。でもまさか俺が君を好きだと勘違いしてるみたいなんだ、なんて言えるはずもない。俺は苦笑した。


「野暮用は大丈夫かなって。結局詳細は話してくれなかったから。」

「あぁ、なるほど。」

「今日動くと思って見張りでもつけようと思ったら、昨日の時点で俺を仕事で動けなくしてきてね。その間に姿を消してたんだ。」

「手際が良いわね…」

 目をぱちくりさせるシャロンに「まったくだよ」と返す。

 今回は「護衛騎士と動いている」とだけは言っていたから、あの二人に任せるしかない。

 とはいえ、本当に何に首を突っ込んでいるのか気になって仕方ないけど。


「見えてきたわ」


 窓から外を覗いたシャロンが、恐らくはオークス邸を見て、笑う。

 それが作り笑いだったから、俺は不思議に思った。膝の上に置かれた彼女の手は、軽く拳を握っている。


 ――何だ?


 シャロンにとって、ジェニー・オークス公爵令嬢のお見舞いには何かあるのだろうか。

 それとも、治らない彼女を想っているだけなのか。


「ねぇ、ウィル」

「なに?」

「チェスターにもお願いしてみようと思うけれど、どこかのタイミング…そうね、この画集を見る間、少しジェニーと二人で話をしてみたいの。」

「…うん、わかった。」

 俺は理由を聞く事もなく、ただ微笑んで了承した。

 シャロンは少し申し訳なさそうな顔で俺を見ている。


「いいの?こう言うのもなんだけれど、第一王子殿下に付き合ってもらっておいて…」

「俺はただの、君とチェスターの友人だよ。自分でも来ようと思っていたのだから、俺が君に付き合ってもらってるとも言う。だから気にしないで。」

「…ありがとう、ウィル。」

 シャロンが安心したように微笑んだのと同時に、馬車は止まった。

 俺は彼女に手を差し出す。


「行こう。シャロン」

「えぇ。」


 ジェニー・オークス公爵令嬢のお見舞いに来た、俺とシャロン。


 それがまさかあんな戦いになろうとは……この時の俺には、予想のしようもなかった。




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