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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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61.お揃いの行方

 



「と、とにかく…参考になったかな?」

 仕切り直すように言ったチェスターに、私はこくりと頷いてみせた。


「とても参考になったわ。私は水を的に届かせる事しか考えていなかった。スピードを出すなら威力の事も、どれくらいのものかきちんとイメージしなければいけないわね。」

「気付けたんだ、偉いね。」

 チェスターはふわりと微笑んで、私と目を合わせたまま「いいこいいこ」と空中を撫でる。ものすごく子ども扱いされているようで、ちょっと恥ずかしい。

 話題を変えようと口を開いた。


「チェスター、私貴方に今朝手紙を出したばかりなの。」

「俺?……あぁもしかして、また来てくれるの?」

「えぇ。この前、次は画集を持っていくと約束したでしょう?」

「ありがとう。ジェニーも喜ぶよ」

 ジェニーを思ってか、私を見るチェスターの眼差しがとろけるように優しくなる。そんな目で見られるとさすがにどきりとしてしまうわ…。


「チェスターの妹さんか。俺がこの前行けなかった。」

「そうよ。またお邪魔しようかと思って」

「シャロンはいつ行くんだ?都合が合うようなら俺も一緒に行っていいかな。」

 それならばと、私はウィルに予定を教えてもらって日取りを決める。チェスターも快く頷いてくれた。


「サディアスとアベルはどう?」

 私は二人にも聞いてみたけれど、揃って首を横に振られてしまった。ごめんなさい、ジェニー。サディアスを連れていけなくて…。

 アベルの言葉を聞いて、ウィルは疑うような目つきになった。


「野暮用って、お前まさか、なにか妙な事に首を突っ込んでいないだろうな。」


 ……。


「はは」

 アベルが爽やかに笑った。やっているわね、これは。ウィルが深いため息を吐く。


「それで何かあったらどうするつもりなんだ。」

「問題ないよ。」

「大ありだ、ばかっ。……後で話を聞くからな、覚悟しておきなさい。」

 ぴしゃりと言いきって、ウィルは自分のお皿にあるスコーンの残りをぱくんと口に入れた。

 アベルはそんなウィルを眺めてぱちぱちと瞬きしてから、ふむと息を吐いて顎に手をあてる。どう言いくるめるか考えているのかしら。

 そんな二人のやり取りをちょっと可愛いと思ってしまう。ふふ、仲が良くて何よりだわ。


「あ、そーだアベル様。あれなんなの、リビーさんのペンダント!」

 チェスターが思い出したように言った。

 リビーさんと言えば、アベルの護衛騎士の女性よね。ウィルとサディアスには驚いた様子がないから、二人も何の事かわかっているみたい。


「お揃いなんてつけてるからめちゃくちゃビックリしたんだけど。いつの間にそんな関係になってたわけ?」


 ピシリ。

 メリルの方から何か聞こえたわね。笑顔が固まっているわ。

 ……お揃いのペンダント…って、もしかしてあの時アベルが持っていた、ジュエリーショップの?


 ――なんと、まさかアベルは年上の女性が好みなの…!?


 ぴしゃん!と雷が鳴ったような心地がした。道理でヒロインが攻略にてこずるわけだわ!


「関係?」

 アベルが眉一つ動かさずに聞き返す。

 サディアスはやれやれと首を振った。


「下世話な。本人達の自由でしょう」

「俺はお似合いだと思うよ。今日も見ていて思ったけど、彼女の扱いに慣れているよね。」

 (ウィル)公認の仲なのね。

 扱いに慣れてる…確かに、リビーさんは忠義に篤そうな人だった。二人の間には並々ならぬ信頼関係があるはずだわ。そもそも、あのアベルが近衛として側に置いているのだから。


「どこまで誓った仲なのかな~、俺気になるなぁ?」

「どこまで…?命尽きるまでとは言っていたかな。」

「えー!それ一生じゃん!!」

「……知らなかったか?」

「聞いてないよ!」

 チェスターはものすごく驚いた様子で言う。ウィルとサディアスもそこまでは聞いてなかったのか、目を見開いていた。アベルは落ち着いたままだ。

 クリスはよくわからないという顔で皆の顔を見ているので、大丈夫よと手をにぎにぎしておいた。


「で、で?どっちから言い出したの?」

「言い出したのは僕だ」

「「えぇぇええ!!?」」

 ウィルとチェスターが同時に叫んだ。

 サディアスも呆気に取られた顔をしているけれど、そんなに驚く事かしら?私は納得しかないのだけれど…。

 主従という関係上、リビーさんから言い出せるとは思えないし。アベルの事だから無理強いはしないでしょうし、何も問題はないはず。


「アベル、怒らないから正直に言いなさい。双方合意の上なんだろうな?」

「当たり前でしょ。いらないものを押し付けたりしないよ。」

「言い方…。あ、デザインは?まさかそれもアベル様が選んだとか?」

「いや、リビーに任せた。」

「さすがにそうだよな、うん。」

 ウィルが深々と頷いている。

 それにしても、アベルとリビーさんが一生を誓い合っているなんて……学園編すらスタートしていないのに、だいぶゲームの設定とは変わってきたわね。

 ジェニーもサディアスが気になっているようだし、もしかするとカレンも攻略対象以外の男性を選ぶのかも?


「でも、アベル。発表はしなくていいの?ウィル達も今知ったんでしょう?」

 第二王子の婚約となれば、結構な大事だと思うのだけれど。

 アベルは何故そんな事を聞くのかとばかり、僅かに首を傾げた。


「必要ない。」

 えぇ…?本当にいいのかしら。

 それとも時期をみているのかな。アベルが成人してから発表するとか?


「おにーさんとしては、お祝いパーティーくらいしても良いと思うけどなぁ~。騎士団長には報告してるよね?」

「…クロムウェルに?してないけど。」

「えぇ!?駄目でしょ言わなきゃ…」

「報告するほどの事かな。」

「するほどの事でしょ!?」

 唖然としたチェスターだけど、すぐに「あぁでもリビーさん言わなさそー」と呟いてナッツクッキーをぽりぽりと食べた。

 アベルはウィルとチェスターの反応を見て、僅かに眉を顰める。


「……さっきから何かおかしい気がするんだけど。」

「私も、アベル様の反応を考えると何かが違う気がしますね。」

 眼鏡を指で押し上げてそう言うと、サディアスは私を見た。


「では、シャロン様。今のは何の話ですか?」

「アベルとリビーさんが婚約したという話よね?」

「「「「は?」」」」

 四人全員に聞き返されてしまった。

 チェスターが楽しそうに笑い出す。


「あはははは!ちょっ、シャロンちゃんそれはないでしょ!婚約したのはロイさんとリビーさんだよ。」

「えっ、そうなの?」

「してないよ。」

「「え?」」

 アベルの短い否定に、今度はウィルとチェスターが聞き返した。


 …つまり、どういう事かしら?



 ◇



「ええーと、じゃあ、ロイさんとリビーさんはそういう関係じゃなくて、アベル様が護衛騎士二人に同じペンダントを贈っただけ…って事?」

「さっきからそう言ってる。」

「……アベル。それ多分、城のほとんどの人間は誤解しているぞ。」

 ウィルがなんとも言えない苦い顔をしている。

 まさかお揃いっていうのがロイさんとリビーさんだったなんて。皆さっきからリビーさんの名前しか出さないものだから、全然わからなかったわ。

 うとうと舟を漕いでいるクリスの横で、アベルは少し不満そうな顔だ。


「そう言われてもね。会う人間にいちいち説明する事でもないでしょ」

「それはそうだけどさー、誤解を招くのはわかりきってたというか…うーん、アベル様も変なとこで鈍いよねぇ。」

「鈍い?……僕が?」

 アベルは予想外の言葉を聞いたという風にしているけれど、そこは私も心の中でだけチェスターに同意させてほしい。


 カレンの健気なアピールを全て「友人としてだろう」と捉え、あまつさえ悲恋ルートでは告白された時に驚きますからね、貴方は。もう!

 友達として心配というだけで近衛騎士まで上り詰めますかって……いえ、今のアベルには関係のない話だったわね。


 さっきまで固い笑顔だったメリルが、今はなぜかニコニコして私に目配せしている。何かしら…。

 ポケットから懐中時計を取り出したサディアスが、ウィルに声をかけた。


「ウィルフレッド様、そろそろ城へ。」

「え?あぁ、もうそんな時間か。」

 長居してしまったなと言って、ウィルは紅茶をもう一口飲んでから立ち上がった。空は薄闇がかかっていて、確かにそろそろお別れ時だわ。

 クリスの事はチェルシーに任せて、私も見送りのために立ち上がる。


「ご馳走様、シャロン。会えてよかったよ」

「ほんとほんと。サディアス君なんて女性不信になりかけてたもんねぇ。」

「誰がいつそうなったのです。くだらない冗談はやめてください。」

「ふふ。私も皆に会えて嬉しかったわ。」

 三人の後から歩き出しながら、私はふと振り返る。

 こちらへ歩いてきていたアベルは、私と目が合うと何か言いかけたけれど、そのまま口を閉じてしまった。


「どうしたの?」

「…近いと言われたばかりだ。」

「あぁ…」

 内緒話をした時にレオが言っていた事ね。

 普通の声量で言うべきではない話があるみたい。


「…もし長いお話なら、また()()()()()?」

 思いついたままに聞いてみたら、アベルは軽く目を見開いた。

 そしてすぐに呆れ顔になって、私の頭にこつりと手の甲で触れる。


「馬鹿を言うな。」

「やっぱりそうよね。貴方も忙しいでしょうし、申し訳ないわ。」

「そういう問題じゃない。……君、まさか他の奴にもそんな事言ってないよね。」

「言わないわ。貴方だけよ」

 そもそも、夜中に屋根から現れるのなんてアベルくらいだし。確かあの時は、通りすがりに私が窓を開けてるのが見えて、気まぐれに寄ってくれたのよね。そして魔力の流し方を教えてくれた。

 今どれくらいできるようになったとか、報告もしたいのだけれど…。


「私も少し相談というか…急ぎではないけれど、貴方と話したい。」

「……覚えておく。」

 その返事をまたそのうち来てくれるという意味だと受け取って、私は微笑んだ。


「ありがとう、アベル。待っているわ」




 ◇




 ウィルフレッドとサディアスを乗せた馬車は城へ向かい、アベルとチェスターはそれぞれ馬に乗ってオークス公爵邸への道を進んでいた。

 アベルが、チェスターに少し話があると言ったからだ。


「…それで、話って?」

 シャロンに話しかける時とは異なり、幾分低い声でチェスターが聞く。

 敢えてウィルフレッド達のいない時に話すという事は、恐らく何か頼みたい仕事があるのだろうと予想していた。口元に笑みは残しているが、目つきは真剣そのものだ。

 じっと前を見つめたままのアベルは、数秒黙してから口を開いた。


「ロイ達に褒美をやったが」

「――…?はい。」

「お前を蔑ろにしたつもりはない。」

「………。」

 チェスターは呆然とアベルの横顔を眺めた。

 蔑ろにされたなどとは微塵も思っていない。妹の病のために時間を費やしているチェスターは、護衛騎士の二人と比べればほとんどアベルの仕事を請け負っていないからだ。

 褒美が出たのは護衛騎士二人の働きを認めての事であって、ろくに動けていないチェスターが同じ物を望むべきではない。


 だからこそアベルもチェスターに褒美を出さなかったし、それを謝るでもなく、ただ「蔑ろにした気はない」という事実だけを伝えてきたのだろう。

 しかし第二王子である彼が、少しでも自分を気にかけて、わざわざそれを言う機会を設けたのだと思うと。


「ふはっ…大丈夫だよ、アベル様。俺ちゃんとわかってるから。」

「…そうだろうとは思ったけど。」

「まだまだ、なーんもお役に立ててないんだからさ、俺は。」

「何もとは言わない。」

「はは」

 正直な言葉に、すっきりした気持ちで笑う。

 ここで「お前だって役に立っている」などとは返さないから、チェスターはアベルという主君を気に入っている。

 馬を歩かせながら、自然と素直な言葉が出た。


「俺はね、貴方に報いようと必死なんです。……我が主。」


 王子の七歳の誕生日。

 従者のお披露目は、魔力鑑定よりも先に行われた。その順番で良かったと、チェスターは今でも思っている。


 もし順番が逆であれば、魔力のないアベルに魔法特化のサディアスが付くのは当然だっただろう。

 ウィルフレッドが悪いというわけではないけれど、真面目な彼のもとにいては、ここまで自由にはさせてもらえなかったはずだ。

 珍しくわざとらしい呼び方をしたチェスターに、アベルは小さくため息をついた。


「だったら、まともに寝ておけ。」

「…えぇー……ウソでしょ。何でバレてんの?怖いんですけど。」

「目元を塗ってるだろう」

 言われて、チェスターは納得した。

 隈を消せたとしても、目元に化粧をしている事で見破られてしまったのだ。


 ――まったく、鋭いんだから。


「それで、何をしていた?」

「……勉強ですよ。来年は学園入るし、俺は四人の中で年長でしょ。それなりにできてないと……だって、貴方に恥かかせらんないよ。」

「俺はお前を恥だと思った事はない。」

「そ、そうなんでしょうけどもー…」

 臣下の健気な努力くらい大目に見てほしいものだ。

 そう思いながら、チェスターは苦笑した。


 暗くなりかけた空には、星が瞬いている。





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