55.内緒が多い私達
「カレンも僕達と同い年なんですね、来年学園でしょうか。」
最初から知っていた事を、私はまるでたった今知ったかのように言って微笑む。
ウィルが大きく頷いた。
「君達が帰ってくるまでその話をしていたんだ。魔力持ちという事であれば、国から補助金が出るからね。王立学園に行くのはどうかって。」
「はい。あの、バーナビーがすごく詳しくて、驚きました。教会での認可?とか、申請が必要だって。」
「俺はその辺、親に任せっきりだからなぁ。」
頭の後ろで手を組んでレオが言う。
彼を見たカレンはふと気付いたように瞬いた。
「そういえば…レオは一つ年上なんですよね。どうして去年入らなかったの?」
「将来、騎士になりたいからさ。学園で勉強するよりは修行して、とっとと入隊試験目指した方が早いだろ!…と思って。師匠にめっちゃ怒られたから、行くけど。」
声が尻すぼみになって、レオは眉尻を下げた。レナルド先生に怒られた時の事を思い出したのかしら。
騎士団は学園の卒業後に入隊試験を受ける人が多いけど、試験自体は実は年齢制限がない。実力主義だからこそらしい。
「もうやりたい事が決まってるんですね。すごいなぁ…」
感心した様子で、カレンは小さく息を吐いた。
大丈夫、貴女の可能性は無限大よ。王妃から薬師まで何にでもなれるわ。
そんな気持ちを込めて、私は微笑んだ。
「ご両親の許可がとれたら、春には僕達同級生ですね。」
「うん!ありがとう、ルイス。今からとっても楽しみです。」
可愛いー!!
なんて嬉しそうに笑ってくれるのかしら。つい口元がにへらと緩んでしまう。
「…その時には、改めて名乗るよ。」
アベルがぼそりと言った。
カレンは首を傾げたけれど、ウィルは「そうだね」と頷く。
今私達が伝えているのは偽名だものね。
「部屋は個室と聞いていますが、寮でもよろしくお願いしますね。カレン」
「寮?」
きょとん、としたカレンの目と、「あっ」というウィルやレオからの視線が刺さる。大丈夫、わざとだわ。それくらいは今日のうちに伝えたいもの。
私は口の横に手を添えてみせ、カレンが小さく頷いたのを確認してから耳元に囁く。意識して低めていた声を戻して。
「私は女なの」
「えっ!」
カレンが咄嗟に自分の口を押える。
大きく見開かれた赤い瞳に、長い睫毛が影を落としている。近くで見てもやっぱり可愛い。
私が微笑むと、柔らかそうな頬にぽわっと赤みがさした。帽子のつばに軽く手をかけ、私は姿勢と声を戻す。
「だから、よろしくお願いしますね?僕にできる限りで、君を守ります。」
「は、はい……その、すごく嬉しい。ルイスと一緒にいられるなんて…」
口から離した手を身体の後ろに回して、カレンは少しもじもじした様子だ。
なんとも庇護欲をそそられる姿に、つい「どうかしら、皆!可愛いわよね!」なんて聞いてみたいのを堪えて、振り返る。
「……ルイス。君、なんていうか。罪作りだね。」
「え?」
ウィルは一体どうしたのかしら、苦みの混じった顔をして。レオまで頷いているけれど。
不思議に思いながらアベルはどうかと彼を見やると、呆れ顔だった。どうして?ちゃんとカレンを褒め称えるのを我慢したわ、私。
三人揃ってカレンに見惚れているかもと思ったのに…。とりあえず話題を変えましょう。
「そういえば、バーナビー達はどうしてここに?」
「俺が言い出したんだ、一度歩いてみたくて。で、せっかくだから慣れてそうな弟も誘った。」
「そういうこと。」
ウィルがアベルを誘った!?
ゲームシナリオでの入学前ではありえない事だわ。ぜひお赤飯を……小豆がないわね。
――つまりアベルが来たのは、ウィルとの関係が改善されたため。そしてアベルが来た事で、差し向けられる人数が増えた、と。今回のシナリオ変化はそれが理由のようね。
「アンソニーはよくこの辺りに来るの?」
見かけた事あったかな…と、カレンが小首を傾げた。小動物にしか見えない可愛らしさだわ。スマホを持っていたら連写しているところ。
「いや。一、二回来たかどうかだね。」
「そっか…」
項垂れるほどではないにしろ、カレンがしゅんとする。
ウィルの言った「慣れてる」は城の外全体の事でしょうけれど、相手が王子と知らない以上、慣れてるならよく来るのかも、と勘違いしても仕方がない。
この頃のカレンには友達がいないから、せっかく知り合えたのならできれば会いたいわよね…。
でも私やウィル達は難しいと困っていたら、レオが親指で自分を指した。
「俺、これから時々ここ通るかも。」
「えっ。」
「だからそん時お前に話しかけるかもだけど、もし仕事の邪魔になっちまうならハッキリ言ってくれよな。」
「邪魔だなんて!」
カレンが慌てて手を振る。
会えるなら嬉しいとふんわり微笑む姿はまるで天使…妖精……?この世のものではない…。
「見過ぎ。」
アベルに注意されてしまった。なんだか、この人の立ち位置が兄のようになってきたわね。
その横にいるウィルは何かに気付いた様子で、誰かに向けて小さく頷いてみせた。ヴィクターさんから何か合図があったのかしら。
「…そろそろ時間みたいだ、俺達は行くよ。」
「うん!今日は助けて頂いて、本当にありがとうございました。」
「こちらこそ、魔法で助けてくれてありがとう。」
「っ…はい!」
深々と丁寧にお辞儀するカレンに背を向けて、二人が歩き出す。
今日も我儘を言って乗せてもらったし、アベルに一言お礼を……と思ったら、彼の方から私に近付いてきてくれた。
私の肩に手を置いて囁く。
「君が彼女の何を知ってるかわからないけど、妄信だけはするな。」
「!――…えぇ。」
私も彼の耳元へ寄せて、小声で返した。
「ごめんなさい、気を付ける。…今日もありがとう。」
「別にいい。僕の手に負える範囲だ」
会話はそこまでで、私は一歩距離をとる。
そして城へ帰る彼らを見送ろうとしたけれど、ウィル達三人は目を丸くして固まっていた。カレンはなぜか、ちょっと顔が赤い。
「なに?」
私が首を傾げるより早く、眉を顰めたアベルが聞いた。
ウィルは口をぱくぱくさせて声が出ていないし、カレンは口の前に両手を添えて、レオは目を泳がせながら頭を掻いた。
「何ってお前ら……その、さ。」
どうして言い淀んでいるのか。
不思議に思いつつも黙って続きを待つと、レオは言いにくそうにしながら私達をちらりと見やる。
「距離感おかしいだろ……。」
「は?」
心外だとばかり目を丸くして、アベルが聞き返した。
そうね、君は距離感の近い人だと注意してくれたのはアベルだもの。自分が言われるのは想定外だったのでしょうと思う。
まして、今近付いたのはアベルからだった。
でも内緒話くらい、さっきカレンともしたような……?
困惑した私達は顔を見合わせる。
すると何か思い当たったのか、アベルが眉間に皺を寄せた。
「……君に慣れ過ぎた」
「そう?」
ウィル達には聞き取れないだろう小声で呟かれた言葉に、つい素で返事をする。
ただ「慣れた」と言われると確かに、誰よりもアベルと内緒話をしているかもしれない。聞かれたくない話が多いものね、私達。
ぎぎ、ぎ…と音がしそうなぎこちない動きで、ウィルが微笑んだ。
「ア…ンソニー、来なさい。話がある。」
「……じゃあ、また。」
アベルはそう言うと、速やかに歩き出したウィルの隣に並んだ。
「お前!お前あれは…もうほとんど抱き合っ」
「何言ってるの。第一取らないよ。ウィルのでしょ」
「はっ、はあ!?ななな何を言ってるんだお前は!」
何か小声かつものすごい早口で喋っているみたいだけど、聞き取れな……足並みが恐ろしいほど揃っていて、まるで軍隊のようだわ。
う~ん、やっぱり双子ね!
「おー、あいつら帰ったのか。」
声の方に振り返ると、大きな布袋を下げたダンがこちらへ歩いてきていた。
隠した調味料以外にも色々ついでに頼まれたのだろう。結構な重さに見えるのに、それを感じさせない足取りだ。
「お帰りなさい、ダン。無事に買えましたか。」
「おう。お前は用事終わったのか?」
「それは…」
私はちらりとカレンを見る。
口元は笑っているけれど、皆も帰っちゃうんだね、と心で思っている事が筒抜けで可愛らしい。
「カレン、少しだけ二人で話してもいいでしょうか?」
「へっ?も、もちろん!」
ダンとレオには適当に喋ってて頂く事にしましょう。
大丈夫、あの二人は仲が良いので。
木陰に荷物をおろして立ち話を始める二人に背を向けて、私達は少し離れたベンチに移動する。
「それで、話って…?」
「ふふ、ちょっとした雑談です。」
身構えるカレンの気持ちがほぐれるよう、意識して微笑みを浮かべる。
「カレンはいつも花売りを?」
「時々ね。普段は家で育てている薬草を売る事が多いです。」
「薬草ですか。たとえばどんな効能が?」
もし話せたらこうやって切り出そう、と考えていた道筋通りに私は話を進めた。
熱さまし、擦り傷に効くもの、傷口の消毒に使えるもの……カレンは快く教えてくれた。
彼女の父親は、魔力を持たない薬師だ。魔力持ちの薬師と比べるとどうしても利益は落ち、すると希少な薬草を仕入れられない。
カレンが学園で知識や技術を得て帰ったら、それだけでかなりの助けになるだろう。
「実は僕の知り合いに、ずっと伏せっている子がいるんです。」
「え…」
「長く話すと空咳が出てしまって、そのせいもあるかもしれないのですが、どんどん脚が弱くなって、もう歩くこともできなくて。」
自然と声のトーンが落ちてしまう。
私の思いを感じてか、カレンも眉尻を下げていた。
「…それは、なんて病気なの?」
「わからないんです。」
一瞬目が見開かれ、形の良い眉が歪む。
会ったこともない人のために、悲しんでくれている。
「僕は、ひょっとして病気じゃなくて、何か魔法が悪さをしてるんじゃないかなって思ったりもしたのですが……なんとも。」
「魔法が?」
「えぇ。魔法にはまだ…未明の部分も多いですから。」
カレンはまだスキルの事は知らないかもしれない。そう思って曖昧な言い方をした。
屋敷の皆に聞いて回った時に返ってきた言葉に似ている。
「カレンならどうしますか?」
私の問いに、彼女は目を見張る。
いきなりこんな事聞かれても困るだろうなとは思う。
「僕は、あの子のために何ができるのか、わからなくて。」
これで答えが出るとは思ってない。
でも、ヒロインなら。
カレンなら私とは違う何か、運命を変える何かの糸口を掴めるんじゃないかと。小さな可能性にだって縋りたかった。
「何ができるか……」
そんな事聞かれても、なんて言葉は返ってこなかった。カレンは桜色の唇に人差し指の横をあてて考えている。
地面で揺れる木の葉の影を見つめて、彼女は口を開いた。
「その子は、何を思っているのかな。」
澄んだ赤い瞳を私に向けて。
零れた言葉の続きを教えてくれる。
「お医者様でもお友達でもないから、わからないけど。力になってあげたいなら、やっぱり本人が何を望んでるかが一番じゃないかな。それはもしかしたら、病気と関係がないかもしれないし。」
「病気と関係ない……?」
予想外の言葉に聞き返すと、カレンは慌てて手を振った。
「治りたくない、ではなくて。たとえば空を飛んでみたいとか、おいしいものをお腹いっぱい食べてみたいとか。病気を諦めるって事でもなくって。あの……」
「喜んでもらう方法は一つじゃない、という事ですか?」
「そんな感じ!です!」
ぱあっと嬉しそうに笑ったカレンが眩しい。目が焼けるかと思ったわ。
私は瞬きを繰り返しながら、ゆっくりと彼女の言葉を繰り返した。
「何を思っているか…何を、望んでいるか……」




