52.発覚イベント
カレンのもとに現れた二人の少年は、それぞれフードをかぶっている。
長いローブの形をわずかに変えているのは間違いなくあの剣だろう。
裾から覗くズボンや靴は商家の子が履いていそうなくらいの品質だけれど、正体を知っている私からするとバレバレだ。
声も、フードの内側に見える金と黒の髪色も。
間違えようもなく、双子の王子殿下である。
「なんだよお前ら!」
少年達の中では一番大柄な男の子が、噛みつくように言う。
彼だけ段違いに服にお金をかけているわね。周りの大人が苦い顔をして見守っている事からしても、地域の権力者の息子か何かかしら。
見かけは強気だけどその目は泳いでいて、突然の乱入に動揺しているのが手に取るようにわかった。
「お嬢。あいつ…」
私達にだけ聞こえる小声で囁くダンに、私は混乱しながらも頷いた。目線は彼らへと注いだままだ。
これは一体どういう事?
「大丈夫?手を」
「あ、ありがとう…。」
騒ぐ彼らを無視して、ウィルがカレンに手を差し伸べる。
素直にその手を取った彼女が立ち上がる間、少年達との間にはアベルが立っていた。
庇うように立ちはだかるのではなく、ただ、そこへ移動して彼らを眺めただけだ。軽く顎に手をそえて、薄く余裕の笑みを浮かべて。只者ではないと伝わったのだろう、少年達はたじろいで後ずさった。
カレンは立ち上がるとすぐにフードをかぶり直し、ウィルは彼女を背に庇って、バスケットを持つ少年に手を差し出す。
「それを返してもらえないか。」
「は、はあ!?」
「お前ら、そんなヤツ庇ってどうすんだよ!」
「そうだそうだ!呪われるぞ!」
「気持ち悪いシラガ頭っ!ビョーキ持ちっ!」
一人が喋ると、全員喋れるようになるらしい。口々に騒ぎ立てる少年達に、カレンは胸元でぎゅっと手を握りしめている。
ウィルが目を細め、射抜くように彼らを睨みつけた。
「返せと言っているんだ。」
「――っ!な、なんだよこんなもんッ…」
どしゃ、とバスケットが地面に投げつけられる。
こぼれ落ちた花束を見て大柄な少年がにやりと笑い、足を持ち上げる。
カレンがはっとして届かない手を伸ばした。
「やめ…」
すぱん。
残った軸足をアベルに軽く蹴り抜かれ、少年は地面に尻餅をついた。
踏まれるところだった花束は、バスケットとともにウィルがそしらぬ顔で回収する。
「いっだぁ!」
「往生際が悪いね。口も悪いし、品も無い。……早く失せなよ」
「ヒィッ!」
「あっ!お前ら、こら!おれを置いていくなよっ!!」
アベルに睨まれた少年達は脱兎の如く逃げ出し、転んでいた少年も服を掃う暇もなく走り去っていった。
ぽかんとしているカレンに、ウィルがバスケットを差し出している。
私は少し動揺していた。
これはヒロインが魔力持ちだと発覚するイベントの序盤だ。
不良少年達に絡まれたヒロインを、ウィルが助けて追い払ってくれる。けど、けど。
バスケットの返却を求めた際に花は踏み潰されてしまい、怒ったウィルを見て少年達は逃げ出して、彼は潰れた花を買い取ると言い出すのではなかったかしら。
それなのに。
――どうしてここに、アベルがいるの?
彼がいた事で花は無事だし、追い払ったのはアベルになった。
助けてくれたのが「二人」なのは確かで、カレンはどちらにも等しく頭を下げてお礼を言っているけれど、これは確実にゲームと違う展開だ。
アベルとも初対面の様子なので、既に会ってるという説は間違っていたようね…。
「シャ…ルイス、あいつらが来るのが見えたから止めたのか?」
「えぇ、…ごめんなさい。」
つい素で返事をしながら、私はレオの目を見て謝った。本当なら、ウィル達が来ているからと言って、彼を止める必要なんてないのだから。
レオは不満そうな顔をしていたけれど、渋々頷いてくれた。とても申し訳ない気持ちになるけれど、もし発覚イベントが不発に終わってしまったらまずい。
私がカレン達へ視線を戻すと――明らかに、アベルと目が合った。
「「………。」」
無言でキャスケットのつばを押さえたけれど、レオとダンを連れている時点でアウトのような気もする。
でもまさか二人がいるなんて思わないじゃない!
私がレオとダンに来てもらえる日を選んだら、たまたまそれがイベント発生日だなんて誰がわかるというの?
ゲームでも「ある日」としか言われてなかったのに…!
微かに、ウィルとカレンの話し声が聞こえてくる。
「いきなり割り込んでごめんね。」
「いえ、助かりました。」
「彼らはいつもあんな事を?」
「そう、ですね。私が…こんな髪色ですから。」
顔の横でフードの端をぎゅっと握って、目を伏せたカレンは自嘲気味に笑う。
ウィルは心底不思議そうな顔で言った。
「君の髪はとても美しい。俯く必要はないと俺は思うよ。」
「え……」
それは彼女にとって生まれて初めての、家族以外からの賛辞。
目を丸くしてウィルを見つめ返すカレンの表情は、今は喜びよりも驚愕と困惑が強い。
見つめ合う二人……イベントシーンを生で見られるなんて、感動でつい泣いてしまいそう。涙を堪えなくては。
「……ところで、彼らが誰かは知ってる?」
言いながら、アベルは手の甲でウィルの肩を後ろへ軽く押した。
合図の通りにカレンから一歩離れつつも、ウィルはなぜそうされたのかイマイチわからない顔だ。私も目をぱちくりさせる。
近付いたのはウィルからだし、女性に対して無礼というほどの距離でもなかったはず。
――もしかしてアベル、嫉妬を……?いえ、早くないかしら。一番攻略が大変な人なのに。
一番恋人としての進展が遅い、とも言う。
何せ他の四人はルートの中盤~終盤までには想いを伝えあい恋人になっているのに、アベルだけは正規エンドまでいってようやく想いが通じる。
そして悲恋エンドは他が「両想いだけどお互い違う道を行こう」なのに対して、アベルはヒロインを振った上に殺しますからね。好感度九割埋めてるのに。
どんな理由であれ、殺すことなかったでしょう。
……うっ、エンディングを思い出して悲しくなってきたわ。
私に言わせれば、あれは最早バッドエンド…心にくるのよね。
「おい。」
ダンに声をかけられてハッとする。
つい三人をぼーっと見てしまったわ。レオまで心配そうな顔で私を覗き込んでいる。
「大丈夫です。ごめんなさい」
私はそう言って立ち上がった。
決してカレン達のところに行こうとしたわけではない。そろそろイベントが次の段階に入るはずだ。
辺りを見回していると、思った通り、荒々しい蹄の音が聞こえてきた。
「なんだァ?」
ダンがうんざりしたような声でそちらを見る。
私はこくりと喉を鳴らした。さっきと同じだ。目の前の人に危険が迫っているのに、私は何も手を出してはいけない。
助かると知っていても、怖い。
「急いでんだよッ!どけどけー!!」
通行人がいるというのに、荒々しい男性を乗せて猛スピードで走る馬がさんと――さ、三頭!?一頭じゃなくて!?
これはさすがに手を出すべきかと考えたけれど、そもそも迫りくる暴れ馬相手に、私に何ができるというのだろう。
馬はどう見たってまっすぐ走れば大通りを行けたのに、ウィル達との距離が縮むといきなりそちらへ方向転換した。
彼らは少し脇へ道を空けていたにも関わらずだ。
「おらガキ!どけ!!」
「危ねぇ!!」
レオが叫ぶ。
ウィルは自分が避けたらカレンが危ないと気付き、彼女を庇った。
カレンの目が見開かれて、
「だめーっ!!!」
ぶわっ、と風が巻き起こる。
「ぐわぁ!」
一番先頭にいた馬が押し返されて転倒し、男が転がり落ちる。
仲間らしき残りの二人も風の余波を受けて怯み、いったん馬を落ち着かせようと止まった。
「今のは……」
突然巻き起こった風を背で感じたであろうウィルが、カレンを押し倒した姿勢から後ろを振り返る。
剣を抜いて二人を背に庇っていたアベルが構えを解き、ウィルと目を合わせて頷いた。
「その子の魔法だね。たぶん」
「わ、たし……?」
仰向けに倒れて空を見つめたまま、カレンは身体を固くしている。
「大人しくしろ!」
「いててて!離せてめぇッ!」
馬から落ちた男が叫ぶ。シナリオ通りだ。通りすがりの男性が取り押さえ――あら?
服装はいつもと違うけど、あの濃い緑色の髪はウィルの護衛騎士の方では?確か名前はヴィクターさん。
カポ、カポ…と馬を歩かせてそれとなくこの場から離れようとしていた残りの二人に、ヴィクターさんが厳しい表情で口を開いた。
「宣言」
「待て、ヘイウッド。」
剣を鞘に納めながらアベルが遮った。
主を失った馬は自力で立ち上がり、ブルルと頭を振っている。私はそこへ向かって駆け出した。
「は!?おい――」
「シャルイス!?」
誰かしら、それ…なんてレオに突っ込んでいる暇はない。
男達は来た道ともヴィクターさんがいる方向とも違う道へ馬を向けた。
「僕が行く。」
男達が馬を駆け出させると同時、アベルがひらりと馬に飛び乗った。そのすぐ横まで着いた私は、ちょうどこちらを見下ろした彼に手を伸ばす。
予想していたのか驚いた顔はされなかったけど、笑ってもいなかった。私も真剣なのだと目で訴える。ほんの一瞬視線を交えれば、わかってくれると信じて。
「我儘だな」
「えぇ!」
躊躇いなく私の手を掴んだアベルは、時間がないせいかかなり勢いよく引っ張り上げた。
少し腕が痛かったけれど構ってる場合ではない。すぐ出発できるよう急いで体勢を整える。
「ふっざけんなコラ!面倒なことになんだろーが!!」
「どこ行くんだ!?」
ダンとレオが焦ってこちらに駆けてくる。ごめんなさい!
駆け出した馬の上で、私はアベルの肩越しにウィルを振り返る。
「バーナビー!その子を頼みます!」
「っ!?君は……」
驚いた様子のウィルと座り込んだまま呆然とするカレンが、遠ざかっていく。
私は視線を前へ戻した。男達は私達を一度振り返ったけれど、子供だからか笑みを深めてスピードアップするだけだった。二手に分かれて攪乱するなんて手を使う様子もない。
大柄な男性を乗せていた鞍は、革を何枚も使って深く広い造りになっていて、アベルが少し後ろにずれてくれたので私達は一緒におさまっていた。
お陰で背中が密着していてちょっと恥ずかしいと頭の片隅で思うけれど、状況が状況なのでそのあたりは蓋をしておく。
下手に避けようとしてバランスを崩したり、揺れに合わせてぶつかってしまっても申し訳ない。それよりはくっついたままの方がマシなはずだわ。
前に乗せてもらった時と違って、この鞍には前に掴まる事のできる出っ張りがあるのが嬉しかった。
私がバランスを崩さなければ、アベルは気にせずスピードを出せるものね。
「で、君が彼らを追う理由は?」
「あれは明らかにわざとだったでしょう。ウィルや貴方ではなくあの子を狙ったなら、まずいと思ったの。」
馬上の会話はさすがに聞かれまいと、私は普通の口調で話す。
もし別の日に改めて狙われたら、一体誰が彼女を守れるというのだろう。魔法を使ってみせたとはいえ、あれはウィルを守ろうと無意識に発動したのだ。そう毎回都合良く身を守れるとは限らない。
「僕が取り逃がすとでも?」
「まさか。でもどうしても自分でも確かめておきたかったの。誰を狙ったのか、……誰の依頼なのか。」
アベルに任せておけば、きっと問題なく片付けてくれたんだろうとは思う。
ただしそれは私の知らないところでだ。後から聞いてどこまで教えてもらえるかもわからない。
なぜアベルがいて、なぜ襲ってくる人数が増えたのか。
もしわかるならできる限り知っておきたい。何がシナリオを変えたのかを。
「彼女は知り合い?君は僕達より先にいたでしょ。」
暗に、なぜ助けなかったのかと問われている。
その声色は、責めるというよりただの疑問だった。私なら声をかけていたのではないかと。
「向こうは私を知らないわ。貴方達が反対側から来ているのが見えたし、どうするべきか迷ってしまったの。」
「ふうん?君が一方的に知ってるんだ。何でかな。」
「えぇと、その………可愛い子だったから」
馬上に沈黙が落ちた。
「…ん!?そういう意味ではないわよ!?」
そういう意味ってどういう意味だ、と聞かれても咄嗟に答えられないけれど、私は慌てて言った。焦りのせいか顔が熱くなる。
別に可愛い女の子を遠目からじろじろ眺めたり、勝手に影ながら守ったりとか、そういう活動に勤しんでいるわけでは決してないの!
「……まぁ、ウィルを困らせなければいいよ。」
どうしてそこでウィルの名前が出るのかしら。
聞こうと思ったけれど、私は開きかけた口を閉じた。前方を駆ける二頭がスピードを緩め、同時にこちらへ方向転換したのだ。
人もまばらな町はずれは建物も少なく、ただ地面を平らにならしただけの道は広い。
馬に乗ったまま、彼らは剣を抜いた。
えっ、剣なんて持っていたの。というか、騎馬戦?
額に冷や汗が流れた。
――私、ものすごく邪魔なのでは。




