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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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518.見ていたかっただけ




 建物の影でリビーさんのスキルを解除し、私はアベルと二人で夜のメインストリートへ出た。

 リビーさんはここから別行動。単身、姿を隠したまま目的地へ先行するみたい。着いてから身を隠すのでは、意味がない可能性があるから。


「メリルから報告は聞いたわ。あの方は、だいぶ丁寧に説いてくださったとか。」

「ああ。やはり君はいなくてよかったと思う。二人とも、直接聞かせたくはなかっただろう」


 ちょうど夕食どき、それも人が集まる行事の最中とあって街は賑わっている。

 人数は王都より少ないのでしょうけど、道幅はこちらの方が狭い分、より混雑しているように思えた。


「……きっと今、とても落ち込んでおられるでしょうね。」

「自業自得だ。場合によってはああなると思っていた」

「ええ。他国同士のこと……どうしても、一から十まで助言をして差し上げるわけにはいかなかった。」


 人が多くて横に並んで歩くほどの余裕はなく、アベルの斜め後ろについて歩く。

 手を繋いでいるとはいえ、人に押されたら簡単に距離が空いてしまいそう。


「性格的に、立ち直りはするだろう。従者にもいい教訓になったはずだ。ついて回って多少の面倒を見る……そんな程度では、あの立場の人間に仕える者として不足が多過ぎる。」

「立場の自覚が足りないのは、そうね。お二人とも、境遇が問題という面も勿論あるけれど。」


 反対の手をアベルの腕に添えさせてもらった方が、より離れにくくて安全かしら。

 安易に考えた私は手を伸ばしかけ、届く寸前でためらった。


 それは、…してもいいの?


 どうして、そんな疑問が浮かんでしまったのだろう。

 寄り添って歩くのは流石に近過ぎる?……私達の距離なんて。何度もこの身を抱えて運んでもらっておいて、今更だわ。さっきだって。

 でも理由があって運ばれる時と、ただ歩く今では状況が、手を繋ぐだけとは少し違うし、変装してるとはいえ人目が……。


 とくりと、心臓が鳴った。

 まさか、私は緊張しているの?…どうして。そんな必要はないでしょう。

 伸ばす事をやめた手をゆっくり下ろす。


「…馬術場では、問題なかった?」

「教師に少々問題はあったが、概ね無事に。」

「オルニー先生、やっぱり小声は無理だったかしら。」

「いや、過去に……後で話す。チェーリアが彼に絡んでいたが、何かあったのか?」

「絡む…?大事なお客様が来るからよろしくねとは、伝えていたけれど。」

「それでか。…まぁ、気にしなくていい。」


 どこまで触れていいのかと考えてしまったせいで、繋いだ右手に意識が向いてしまった。

 私より大きなアベルの手は、されるがままではなく、そっと握り返してくれていて。

 この温かさが、優しさが、私は………()()で。


「――…。」

 小さく、唾を飲み込んだ。

 心に浮かべる言葉を選ぶ。


 貴方は大切なひと、()()()()()()()()()


「…カレンが来たりは、していない?去年はばったり彼に会っていたのでしょう。」

「見かけなかった。問題ない」

「そう」


 無意識に繋いだ手へ力を込めてしまったみたいで、振り返らないアベルはただ、「大丈夫だ」と言うように同じだけ握り返してくれた。

 それを嬉しいと思うのはいつもと同じはずなのに、心臓がとくりとくりと鳴っていて。何を動揺しているのか、どうして狼狽えているのか、自分でもよくわからない。

 そう、()()()()()


 ――今考えるべきは、別の事でしょう。


 何のためにわざわざこんな夜に、アベルに付き合ってもらってまで外出しているのか。気を取り直さないと。

 噴水広場が遠目に見えてきた。目的の店へ行くには、どこかで東に曲がる必要がある。


「あの方は、論文展示ではどんな様子だったの?」

「存外、しっかり目を通していた。あちらの軍人にしては、大量の文字に対する忌避感もない……従者に任せきりにするどころか、どれを読んでおけと指示するくらいだ。」

「……ご父君は、その辺りにあまり興味がないと聞くから。彼にとっては反面教師なのかもしれないわね。」

「それと従者の生まれは知っての通りだが、警戒しているのは恐らく、俺達に対してだけだ。あの男が連れてくるだけあって、忠義は本物らしいな。」

「…やはり最低限の情報などでは、人と人の関係は測れな――…っ!?」


 人波の中で前から歩いてきた男性が、私とすれ違う瞬間になぜかこちらへ踏み出してきた。

 肩がぶつかると思ったのも一瞬で、既に身を翻していたアベルが庇ってくれる。男性は舌打ちしてそのまま通り過ぎた。


「大丈夫か?」

「え、えぇ。」

 アベルに引き寄せられるまま道の端へ寄って立ち止まり、何だったのかしらと男性が去った方を見やる。行き交う人々に紛れてもう、わからない。


「…ありがとう。急だったのに間に合うなんて流石ね。」

「あの男、数歩前から君に目を留めていた。嫌な予感はしてたんだ」

「そうだったの……」

 わざとぶつかろうとするなんて…きっと、私やアベルの生まれを知っていたら絶対にやらなかったのでしょう。

 男性から守ってくれたアベルの右腕に、そっと触れた。


「痛くはなかった?」

「何も。叩き返したようなものだから、向こうはそれなりに痛みがあったと思うが…」

 伊達眼鏡の奥から、アベルの瞳が私を見下ろした。

 私も髪の色を変えているから、お互いにまだ見慣れない姿だと思う。アベルの黒髪は普段少し癖があるのに、今はサディアスのように真っ直ぐな事も、色が違う事も新鮮で。


「貴方が平気なら、よかった。」

 二人でオペラハウスに行った日が懐かしく、見つめ合えば自然と微笑みが浮かぶ。

 目を細めたアベルはほんの僅かに眉を顰めて、私がかぶっているフードの左右の端をそれぞれ摘まんだ。くっ、と引っ張られたけれど、元からちゃんとかぶっているからこれ以上は無理だわ。


 アベルは確かめるように道行く人々へ視線をやったけれど、わざわざ私達に目を留める人はいない。

 どうしたのかしらと、つい小首を傾げた。


「なぁに?」

「君は、できるだけ俯いて歩いた方がいいかもしれない。」

 舐められてまた同じ事態になる、と?

 私の顔立ちはあまり好戦的とか、見るからに強気そうな系統ではない。先程の男性だって、最初から警戒していれば躱す事も、身体強化でくるりと投げ飛ばす事もできそうだけれど……向こうからは、到底そうは見えなかったはずだ。

 言いたい事はわかるのだけれど。


 私は賑わうメインストリートを見やった。

 この混雑の中でそれをやるのは、デメリットの方が大きいのでは。


「歩きにくくなるんじゃないかしら。」

「顔を見られない程度でいい。それと、できるだけ俺の近くに。君はとにかく危ない。」

「そんなに……?」

 きっぱり言われるほど危なっかしいかしら、私。一体何が、そんなにも。

 昔に比べれば魔法だって剣だって扱えるようになったし、体術だって、投げナイフだって……慢心するつもりはないけれど。


 ――窓から降りる時も、風の魔法を私に任せるのではなく、自分でやってしまって。……もちろん、私は二人分の重心に慣れてないとか、魔力量が少ない側が温存するべきだとか、理由は想像がつく。正しいのは貴方、なのだけど。


 ちょっぴり不服に思う私に気付いていなさそうなアベルは、改めて繋いだ手を軽く持ち上げて眺めた。そして「この方がいい」とばかり、指を絡めて繋ぎ直す。

 ほんの一拍だけ遅れて、私もそっと握り返した。


 ……確かに、その方が「近くに」なる。それに俯きがちにして私の視界が狭まるなら、手を引く貴方の指示が迅速に伝わる方がいい。とても合理的だ。

 わかるわ。もちろん、わかります。


 繋いだ手が下ろされると、自然に近付いた私は反対の手を彼の腕に添えていた。

 さっき悩んでしまったのが嘘みたいに、まるでそれが当たり前のように。


 こうしていると、私は安心できるけれど……もし、貴方が嫌だったら。

 そんな考えが過ぎって視線を上げると、アベルはこちらを見もせずに懐中時計を開いている。時間はまだ大丈夫そうだし、彼は何も気にしていないらしい。

 蓋がパチンと閉じられて、ようやく私と目が合った。


 見つめ合うと、何か言いたい気もするし、このままでいい気もする。

 どちらともつかない私はただ、繋いだ手を握り直して。優しく握り返してくれるアベルの眼差しが和らぐ瞬間を――…()()に、思う。


『こうしているなら、何かあっても守ってやれる。』


 貴方は今、《都忘れ》で言ってくれたのと同じ事を思っているのかしら。

 アベルが傍にいてくれて安心するのに、どこか落ち着かない私もいる。穏やかで温かな心地と、焦りにも似た何か。

 つい目をそらしてしまいたくなった時、二度瞬いたアベルが片手を自分の口の横に添えた。声を潜めるのだろうと、大人しく右耳を差し出してみる。


「…あまり見るな。シャロン」

「……ふふっ。」

 決して、変装姿だからじろじろ見ていた、なんて事ではないのだけど。

 アベルの声色は不快だったり苛立ったりしたものではなくて。あの第二王子殿下に、少し気恥ずかしい思いをさせてしまったのかも、なんて。

 貴方も見ていたじゃないと返すのは意地悪かしら?


 私も口の横に手を添えてみせれば、アベルは同じようにこちらへ耳を近付けた。

 ほんの少し踵を浮かせて、フードの内側で。彼の名を呼ぶ以上は、他の誰にも聞こえない声で。


「ごめんなさい、アベル。…見ていたかっただけよ。貴方を」


 ぴくりと姿勢を戻しかけた彼に、私は咄嗟に繋いだ手を引いた。そのままでいてと、言外のお願いを聞いてもらえてほっとする。

 ウィルにも同じように伝えられるだろう、ただの素直な言葉だったはずなのに。なぜだか……今顔を見られるのは恥ずかしいかもしれないと、思ってしまって。


 大切なお友達なのだから…見ていたいと思ったところで、何も恥じる事は。

 ……ああ、引き止めたからには何か言わないと。


 少しだけ甘さのある、森林のように落ち着いた香り。

 今日は、オペラハウスの時につけていた香水を使わなかったのかしら――現実逃避してはいけない。


「…そろそろ行きましょう?」

「……そうだな。」

 声を潜める必要のない言葉で、ちょっと不自然だったかもしれないけれど。

 顔を見られない程度に俯いてという指示に従って、私はアベルに導かれるまま角を曲がり、メインストリートを離れた。




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― 新着の感想 ―
尊いっっ!!待ってました。。首を長くして待っていました。この日を! 全く「やり過ぎ」ではありません。むしろ「いいぞ!もっとやれ派」です。 「これでいい派」の勝利、有難うございます!!
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