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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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51.最推しはもちろん

 



 いよいよ、ヒロインを探しに行く日がやってきた。


 胸のささやかな膨らみにさらしを巻き、飾り気のないシャツを着る。下はカーキ色の長ズボン、髪はお団子にしてキャスケット帽の中にしまいこんだ。

 服飾は見るからに新品なのも変という事で、全体的に「使い込まれているように見える」細工を凝らしてくれている。色褪せていたり、擦れていたり。

 木剣を持ち歩けるよう固定具つきの革ベルトまで用意してくれたのだけれど、これがまた、「お母さんの手作り」感のある出来栄えなのだった。


「どうかしら?」

「シャロン様、姿勢を…」

「そ、そうだったわね。」

 忘れてはいけない。まず見た目の確認をと思ったけれど、性別を偽る以上、この時点でもう立ち振る舞いの修正が求められるものだ。

 私は普段より足幅を広くとり、前に揃えていた手は横にして、片方は腰にあててみた。


「いい感じです。さ、自己紹介を。」

「…僕はルイスといいます。よろしくお願いします。」

「えぇ、ひとまず大丈夫かと。」

 及第点をもらえて、私はホッと息を吐いた。ほんの数日だけれど、男の子っぽい仕草の練習をしていたのだ。

 見るからに女の子がワケありで男装している…と見えてしまえば目立ってしまい、変装の意味がなくなってしまうから。


 口調は下手に直すよりも敬語に統一し、一人称と声色だけ気を付ける事にした。

 明らかな男声なんてもちろん出せないけれど、普段より落ち着いて静かに話す事を意識して、喉に負担のかからない範囲で低めの声を出す。


 元々は騎士に憧れる近所の子供という設定で考えていた私だけれど、メリルから行商人の息子はどうかと提案があった。

 それなら見慣れない子だと言われてもかわせるし、将来のために敬語の練習をしており、護身用と、重さに慣れる事もかねて木剣を持ち歩いている。そういう設定だ。


 誰かに話しかけられるかもしれないし、こちらが声をかける事だってあるかもしれない。

 私のような子供がほんの数日で身に付けられる程度の最低限だけれど、事前の心構えのあるなしは大きな差だ。メリルに打ち明けたお陰で、私一人で試行錯誤するよりずっと完成度も高くなったと思う。

 これは、その場限りの出会いなら上手くかわせるのではないかしら?



「準備できたわ。行きましょう、ダン!」

「おー」

 開いた玄関扉の手前で、気だるげに首の後ろを擦っていたダンが適当な返事をする。

 彼はうちの使用人服を着ていても、着崩しと態度のせいであまり使用人っぽくはないのだけれど。

 お忍びの今日は初めて会った日と同じ、着古したシャツとズボン姿だ。


「ふふ、なんだか懐かしいわね。貴方のその姿」

「捨てたと思ったら回収されてたんだよ。」

「念のためにと思いまして。」

 メリルがすまし顔で言う。

 彼女も今日は落ち着いた柄のワンピースを着ているのだけれど、私には新品を買って古着加工を手配したのに、自分は古着を用意したらしい…。

 色々と任せてしまった手前、気軽に「貴女も新品にすればよかったのに」とも言えないのが歯がゆく、申し訳ないところだ。


 お父様達とランドルフは外出中で一緒には来ないけれど、メリルは下町まで一緒に来る。

 完全に同行するわけではなく、他人のふりをしつつそれとなく、一定の距離でついてくるらしい。視界には入らなくても、少し大きい声を出せば届くくらいに。


 ぴったり一緒に同行するか、待機してもらうかの二択で考えていた私としては、目からウロコだった……。

 ダンは「結局監視付きかよ」と嫌がっていたけれど。



 見た目だけ質素な馬車に乗り込むと、私の前にメリルが、その横にダンが座る。

 揺れも少なく動き出した馬車の椅子はある程度柔らかいので、下町くらいまでならさほど体に負担もないだろう。

 席に一つずつクッションが添えらえているのを見て、ダンは迷いなく余った一つも自分の手中に収めたものの、メリルに冷たい目で見られて舌打ちし、私にポイと放った。


 一つあればそれで充分なのだけど、主を差し置いて使用人が使うわけには…というのもわかる。

 私はお礼を言って、自分の背中と背もたれの間にクッションを差し込んだ。




 ◇




 下町に入り、レオが住んでいる地区に着くまで馬車で進んだ。

 街より数が少ない待機所の一つで馬車を降りると、見張り番と雑談していたレオがこちらに気付いて駆け寄ってくる。


「待ってたぜ、シャ――…あー、ダンと、えーと、ルイス。」

 メリルが前金を払うため速やかに離れたので、レオは私達にそう言った。

 欠伸を隠そうともしないダンは目だけで挨拶を返したつもりらしく、私はとりあえず声を低めて微笑む。


「こんにちは、レオ。今日はよろしくお願いします。」

「お!?おう。よろしくな」

 いつもよりちょっと低い声と、それから笑い方も意識して変えているので、レオはちょっと目を丸くしていた。

 ふふ…知人を驚かせるくらいには変装できているという事だわ!にんまりしてしまいそうな口元をごまかそうと、私は軽く咳払いした。

 メリルが戻ってきて、レオが一礼する。


「こんちは!今日はよろしくお願いします。」

「こんにちは、レオ様。私も後から参りますが、ルイス様をお願い致します。」

「はい、ぜってー守りますんで!」

 私達にだけ聞こえる程度の声量で話すメリルと違って、レオははきはきとよく通る声で返している。明るい大きな声は彼の長所なのだけれど、注目を集めやすくもある。

 メリルが苦笑して人差し指を唇にあてると、レオは「しまった」という顔で唇を引き結んだ。


「…あれから俺もさ。前に噂を教えてくれた奴に、もっかい聞いたりしてみたんだよ。」

 隣を歩く私に向けて、声量を押さえたレオが教えてくれる。

 ダンは後頭部で手を組みながらだらだらと、けれど身長の分歩幅が大きいせいか、私達に遅れる事もなく後ろを歩いており、メリルの姿は私からは見えない。


「そしたら名前がわかってさ。カレンって言うらしい」

「……!そうですか。ありがとう、レオ」

 私はつい目を見開き、喉はごくりと音を鳴らした。雑踏に紛れて聞こえていないと思うけれど。



 カレン・フルード――それが、ヒロインのデフォルトネームだ。



 その珍しい髪色のせいであまり友達がおらず、どちらかと言えば大人しいタイプ。

 七歳になった時は教会での魔力鑑定を欠席してしまい、魔力の無い子供と思われて育つ。けれど十二歳の時に魔法を発動させ、魔力持ちだと発覚した……そんな流れ。


 しかも魔法が発動した理由が、お忍びで来ていたウィルを守るためだったのよね。

 相手が第一王子だなんてカレンはもちろん知らなくて、入学後にその正体を知る事となる。


「んでそいつは時々、赤広場に薬草売りに来てんだって。」

 まさにほしい情報!

 彼女の家では薬草やハーブを育てていて、家計の足しにしている。

 家がどこなのか、あるいは売り歩きをする場所がどこなのかわかれば……と思っていたけれど、これは予想外に早く会えそうだわ。つい足を速めてしまう。


「たまたま今日、来てくれているといいのですが……」

「いなかったら周りの人に聞いてみようぜ。どっから来てるのか、誰か知ってるかもしれないし!」

 レオの明るさに励まされながら歩くこと、十分。

 赤広場は、馬車も通れる道が三つほど合流する中心にあった。


 名前の通り地面には赤い煉瓦が敷き詰められており、前にアベルと一緒にお昼を食べた広場ほどは大きくなく、噴水のようなシンボルはない。

 しかし面した建物はほとんどがお店で、見回せば地面に布を広げて商売をしている人もいて、中々に賑わっていた。

 隅にある大木の陰で三人固まりながら、私達はカレンを探す。


「それっぽい子いるか?」

「うーん……」

 何人か子供の売り子もいるけれど、ぱっと見で白い髪の子は見当たらない。と思ったら、横からダンに小突かれた。

 何かしらと見上げれば、彼はあっちを見ろとばかり顎でしゃくってみせる。


「あのガキ。」

 視線を辿った先、バスケットに一輪ずつの花束を入れた子供が立っている。フードを深くかぶり、ローブの裾から出た脚はズボンを履いていた。

 一瞬男の子ではないかと思ったけれど、じっと見ていると、顎の輪郭や仕草には女の子らしさがある。

 通行人への声かけでその子が顔をあげた時、白い横髪が揺れた。


「かっ」

「か?」

「かわいい~……!」

「「は??」」

 レオとダンがぴったり揃えて聞き返してきた。仲が良いわね。


 今はフードで隠れているけれど、光を反射して絹のように輝く白い髪。

 長い睫毛にふちどられた大きな目、赤い瞳は強い意志を見せる時もあれば、今にも消えてしまいそうな儚さが浮かぶ事もある。

 唇は何を塗らなくてもほのかなピンク色で、血色のよい頬は触ったらやんわりと指をつつみそう。

 ローブとズボンで隠された健康的な身体は、ルートによってはなんと近衛騎士にまで上り詰めるポテンシャルを秘めているの!

 頭も決して悪くない。元より植物関連には詳しく、勤勉でもある彼女は宰相になったサディアスの補佐だって勤め上げるのだ。


 性格は大人しい……そう、今は。

 乙女ゲームのヒロインとは、精神的に逞しいもの。だって、立ちはだかる壁を次々に撃破していくのだから。勿論カレンだってそうだ。

 外見を揶揄われ友達がいない今でこそ大人しいけれど、根っこにきちんと芯を持っている。男の子相手に譲らない時もあれば、目標に向かって懸命に努力する事もできる。


 あのゲームにおける、前世の私の最推しは誰だったか?



 ――もちろん、彼女である。



 ウィルでも、アベルでも、チェスターでもサディアスでも、もう一人でもなく。

 プレイヤーであった私が寄り添い、共に戦った同志――カレン・フルードこそ、私の最推しなのだった。


「か、カレンが目の前で動いてる…」

 可愛い。

 ヒロインの立ち絵がないタイプのゲームだったから、スチルや説明書くらいでしかその姿を見なかったけれど。今や動画越しどころか肉眼で本人を捉え、果てはお話しする事も不可能ではない。

 しかも私は親友キャラなので、カレンとお友達になれる未来がほぼ確約されている。

 つい涙ぐんで口元を両手で押さえる私を、ダンが肘で小突いた。


「おいルイス。()()()()ぞ」

「うっ、ごめんなさい…。」

 つい感動に浸ってしまったわ。

 意識的に姿勢を整え、瞬いて涙を堪える。


「結局、あいつがシャロ…ルイスが探してる子だったのか?その反応だと。」

「うん、うん……本当にありがとう、レオ…僕は生きていてよかったと心から思います。」

「そんなにか…?」

 レオが目を丸くしている。

 どういう状況で見かけたのかなんて話はしていないし、当然の反応だと思う。

 これ以上引かれないようにしないといけないわね。私は彼女を鑑賞するために来たわけではないのだから。


「できれば彼女と話をしたいのですが、仕事の邪魔はしたくありません。もう少し近くに行って様子を見ましょう。」

「わかった!行こうぜ」

「ジッと待つってか?んだよ、めんどくせぇ。」

「出店の食べ物を買っていいですから。」

「ほ~?じゃあしょうがねぇなぁ。」

 幸いにも、彼女から少し離れたところに木陰のベンチがある。

 最終目的地をそことして、出店に向かうダンについて歩く私は帽子を深くかぶり直した。


 そうしてベンチに座り、時々カレンを盗み見ること――…十五分くらい。


「あ!そんなとこで何してんだよ、シラガお化け!」

 そんな声に視線を向けると、私と同年代くらいの少年が何人かいた。にやにや笑いながらカレンの方へ駆けていく。

 小さな肩がびくりと震え、彼女は踵を返そうとしたけれど、後ろからフードをぐいと引っ張られた。後ろ髪をまとめた三つ編みが揺れる。


「花持ってやがる。」

「捨ててやろーぜ!こいつが持ってたのなんて気持ちわりーもん!」

「や、やめて!」

 私は咄嗟に、立ち上がろうとしたレオの服を引き戻した。

 なぜという目で見下ろされたのもわかってる。わかっているけれど……私はバスケットを奪われ、突き飛ばされた彼女を見つめている。

 正直誰よりも自分が飛び出してあの子を庇いたかったけれど、今は駄目だ。


 だって、まさかとは思ったけれど、私には彼が歩み寄っていく姿が見えて――あれ?



「君達、やめないか。」

「随分と騒がしいね。」



 ……どうして、二人ともいるの?





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