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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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507/525

505.届かなければ




 北西校舎――論文(レポート)展示室。


 論文が展示された教科の中でも、全生徒が必須提出の《国史》はツイーディア王国に関する題材であればかなり広い範囲が許容されている。

 各領地についてでも、行事でも、衣食住でも、気候でも。もちろん孤島リラや、ドレーク王立学園について調べても構わない。


 題材によって展示室が分けられており、今アベルとジークハルト達がいるのは――「戦争」の区分である。


「存外、多いものだな。」

「これを題材に選ぶ者の割合自体は少ないのですが、一人で多数の論文を仕上げる熱心な者もおります。」

 ジークハルトの呟きに答えたのはサディアスだ。

 あらかじめ用意していた目録には、論文のタイトルとそれを書いた生徒の名が一覧で載っている。気になるものがあればと差し出されたそれはジャックが受け取って広げ、ジークハルトが指したものをルトガーとロイが取ってきた。


 午前中に敢えて「戦争」関連の論文展示に訪れる者は少ないようで、今は一行の貸し切り状態になっていた。

 ソファに腰掛けたジークハルトがページをめくる手は早く、一言一句辿るというより、流し読みで要点を拾い上げているらしい。


 国内で起きた争い、他国との間で起きた戦い。

 論文の中にはもちろん、アクレイギア帝国との歴史をまとめたものもあった。血を流し、奪い合い、形だけの和平はいずれ破られる。


 ツイーディア王国にとって、アクレイギア帝国とはどんな存在なのか。

 帝国との戦いがある事で、ツイーディア王国の民にもたらされた影響とは。帝国側に伝わるものとは微妙に違う内容の書籍を根拠とし、書き手の意見や感情が混ざった言葉で綴られている。


「手に取って読んでみたくなりますねぇ、なかなか興味深い。」

 ロイが近寄ったテーブルにはずらりと帝国関連の論文が並んでおり、サディアスが言った通り、同じ生徒の名前が幾つもあった。

 ジャックは「あまり余所見をするな」と言いたかったが、微笑みを浮かべて振り返ったロイに対し、アベルが「構わない」とばかりに軽く手を振る。

 ロイは胸に片手をあてて一礼し、論文を一つ手に取った。ジャックがぼそりと釘を刺す。


「仕事を忘れるなよ。」

「ンッフフ、もちろん。」

 ジークハルトが視界に入る位置の一人掛けを選び、ロイは細い目を論文に向けた。

 ツイーディアの王族とアクレイギアの皇族について調べたものだ。

 第二王子アベルの護衛騎士であるロイは、ツイーディアの王族事情なら既に知っている。迷わずページを飛ばし、アクレイギアの項を読み始めた。



 アクレイギア帝国において、皇帝が複数の妃を持つのは当然の事である。

 強者の子は強く育つ可能性があるため、沢山子を成した方が国力の増強に繋がるという考えだ。

 しかし必ずしも皇子が次期皇帝になれるわけではなく、皇帝の寵愛を求めて争う妃達によって、城では暗殺が繰り返されている。生まれる前に消された命も、立派に育つ前に消された命も多いのだろう。


 現代の話をすれば、今や「暴虐皇子」と呼ばれているジークハルト第一皇子には、五人の弟と六人の妹がいたという。

 十二人もの兄弟の一番上であった彼がどんな兄だったのかを知るには、些か、我らツイーディアの民とかの国には心理的な距離がある。

 私個人的には帝国の事情をもう少し知りたいという欲があり、いずれ酔狂な旅に付き合ってくれる護衛を探し、やがては訪れてみたいものだ。


 さて、わかっている事実としては、五人の弟皇子は全員が殺され、皇女は同腹の一人を残して五人が市井へ下ろされたということ。ツイーディアと違いアクレイギアにおいて女性は軍に入れないため、元々、皇女達に強さは求められない。彼女達が「皇帝の子なのに弱いから」と殺される事はなかった。

 結果として、城に残っているのは第一皇子と第一皇女のみである。


 エリーアス、イーヴォ、シュテファン、ヨアヒム、リュディガー。殺された皇子達の名だ。

 フロレンツィア、ロスヴィータ、リーゼル、シュテファニエ、マリアンネ、メルツェーデス。生きている皇女達の名だ。


 こうして名を書き綴ったところで、彼ら彼女らがどのような顔立ちで、体格で、性格なのか知る事はできない。一人の人間の生を知るには、名と生まれだけではあまりに情報がない。

 ツイーディア王国において、王子殿下が亡くなるのは一大事であり、よほどの瑕疵がなければ、王女殿下が市井に下るなどありえない。理由はもちろん、「星の血筋」を守らなければならないからだ。


 それなのに帝国においてこのような事が珍しくないのは、皇位継承が血筋によらないためである。

 皇帝が自ら退き後任を決める道もあるが、ほとんどの場合は簒奪。現皇帝を殺した者が次の皇帝になる、そのような血濡れた法律が存在している事が、アクレイギア帝国と他国の大きな違いだろう。


 かの国においてはまさに、力こそ正義なのである。


 なぜそのような制度になったのか?

 ツイーディアが星々の、初代の血を守ろうとしているように、アクレイギア帝国も初代の時に何かがあったのか。あるいは、当初は今のような国ではなかったのだろうか。

 それを語れる書籍あるいは人が現地にはいるのかどうか、興味は尽きない――…



「気になるものはございましたか?」


 ルトガーがそっと声をかける。

 ジークハルトは先程から、ぱらぱらと流し読みしてはすぐ次の論文へ移ってばかりいた。彼が読むほど価値あるものなど、平穏に生きる学生ごときに書けるはずがない――というのが、ルトガーの本音だ。

 ゆえに今の質問は、「どうせ無いでしょう」と思いながらの言葉である。


「これはお前が読んでおけ」

「…はい。」

 目も合わないまま数冊渡され、瞬いたルトガーはアベル達の位置を改めて確認してから、ジークハルトと背中合わせの席に座った。


 渡された論文はそれぞれ、かつての戦争において捕虜の扱いがどのようなものだったか、難民の受け入れ、ツイーディアの王族の――当然、情報が一般公開されているもののみだろうが――暗殺未遂事件および、暗殺事件まとめなどだ。

 ジークハルトに言われたからには必要なのだろうと、ルトガーはページをめくる。最初は気乗りしていなかったが、読むうちに納得させられた。


 確かに学生ごときの論文だが、根拠となる書物はアクレイギアにないものばかり。全て事実と鵜呑みにするわけにはいかずとも、ここにはルトガーの知らない情報が沢山あった。

 帝国は本より人材や武器に金を使う傾向にあるため、蔵書数は他国に比べて極めて低いと言われている。そして過去の出来事より当代の繁栄を重要視するので、仮に当時知っていた事でも、後の世代ではその記録が失われている事も多い。


 ――書かれているのは全て、ツイーディアにとっては「学生が調べてわかる程度」であって、大した情報(こと)ではないのだろうが……思った以上に馬鹿にできないな。


 王族の暗殺にかかわる論文など、むしろよく展示の許可が下りたものだと、ルトガーは眉を顰める。

 アベル達もジークハルトに見られぬよう除外する事ができただろうに、それをしなかった。論意としては王族や騎士を称え、惜しくも命を落とした事件については悲しい出来事として綴られているにせよだ。


 ――とはいえ、さすがに昔の事件が多いか。数百年前の王太子シオドリック暗殺などは、帝国(うち)でも成功例として語り継がれている話だが……ツイーディアでは軍人の仕業という事になってるんだな。


 命じたのは軍部なので間違いではないが、ルトガーが知っている限り、実行したのは奴隷だ。

 珍しくも君影国出身の奴隷であり、かなり威力のある魔法を使えたという話だった。ジークハルトがシビル・ドレークに教えてやった教訓も、その時代のものである。


 渡された分を読み終えて立ち上がると、サディアスが先程ジークハルトに見せたのと同じ目録を差し出してきた。


「よろしければ、他にもご覧になりますか。」

「……ありがとうございます。」

 ルトガーはちらりと主君を見やったが、特に指示はない。

 好きにしろという意味だと受け取り、サディアスに案内を頼んで歩き出した。


 二人の足音がある程度遠ざかってから、ジークハルトはローテーブルを挟んだ向かいを見やる。その視線にすぐ気付き、金色の瞳がジークハルトを見返してきた。


「アベル。お前からの推薦はないのか?」

「あったけど、もう選ばれてる。」

「くはっ」

 軽く笑ってソファの背もたれから身を起こし、ジークハルトは手にしていた論文をぱさりとテーブルに置いた。先程までロイが読んでいたものだ。アクレイギアの皇族とツイーディアの王族の違い。


「これは随分と違う、違うと書いていたが……大戦あらば、王族皇族関係無しに前線へ出る事がある。そこは同じだと思わないか?」

 テーブルを人差し指でトンと叩き、ジークハルトはにやりと笑う。

 仮にもし今アクレイギアとツイーディアの戦争が起きたなら、やがては国王ギルバートを引きずり出せるだろう自信があった。


 なぜなら王子達が若過ぎる。

 ある程度実戦経験のあるアベルは問題ないかもしれないが、「魔力がない王子を前線へ出す」事への不安と批判は免れない。


 ギルバートは出ても問題ない。

 なぜなら王子達(後継者)がいて、何より――これまで、ギルバートの《加護》を破った者はいないのだ。


「お前達ツイーディアの王族は、高い魔力を持ち強力な魔法を使える剣士である事を求められている。女神だか星だか知らんが、かつての英雄のようにな。そうだろう?」

「ここは騎士が興した国だからね。王族には国と民を守る責任があり、そのためには物理的な力が必要な事もある。」

「言ってわからん連中を黙らせるには手っ取り早いからな。」

 ジークハルトの長い指先が、何かを刎ねるように空中を切る。軽やかに、鮮やかに。

 強者と認められ周知される事は、手を出す前に相手が降伏してくる確率さえ上げてくれる。


「――…お前は《民殺し》と聞いたが、《月の女神に愛された天才》だとも言われてるらしいな。」

「そうだね。どちらも聞いた事はあるよ」

「確かに俺の目から見ても上等だ。このまま成長すれば、お前にできん事は早々ないだろうよ。」

 からからと気持ちよく、ジークハルトは笑う。

 目の前の男が守りたいだろう人々の姿を脳裏に浮かべて。


「だが、よく覚えておけよ。アベル」


 誰かの日常など容易く壊せる。

 日常など容易く誰かに壊される。


「天才だなんだと言われようが、所詮俺達(人間)は」


 この手が、握った武器が、放つ魔法が届くだけの。

 僅かな。


「目に見えるもの(範囲)しか殺せ(守れ)んのだ。」




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