49.ヒロイン捜索計画
私はレオの手を引いたまま廊下を進み、客間の一つに入って扉に内鍵をかけた。
「ど、どうしたんだ、シャロン……?」
レオは明らかに困惑した顔で私と鍵の閉まった扉を見比べる。
私は繋いだままの手を胸の前でギュッと握り、レオに詰め寄った。
「貴方にお願いがあるの。」
「お、おう…俺でよければ…ていうか、あの、座らね?」
「あ!そうよね」
立ちっぱなしで聞いてもらうのも悪いわね。
私はレオの手を引いて歩き、ローテーブルを挟んで向かい合う二人掛けソファの片方に、一緒に座った。
「いや、そうじゃなくて…俺汗かいてるし…」
「それでお願いなのだけれど、」
レオが小声でもにゃもにゃ言っていたけれど、ここはいったん聞いてもらうことにしましょう。
私は彼の手を両手で包み込み、琥珀色の瞳を見上げる。手合わせの熱が冷めてないのか、レオの頬は少し赤い。
「さっき言っていた女の子に会ってみたいの。」
「…白髪で赤目の?」
「そう!」
「ん~…悪い。俺別に知り合いってわけじゃないんだよ。」
空いてる方の手で頭を掻き、レオは苦い顔をする。
「隣の区画にそういう女の子がいるらしい、って聞いた事あるだけで……」
「充分だわ。私をそこに連れて行ってもらえないかしら?」
「それくらい構わねぇけど、知り合いなのか?」
「えぇと……昔見かけた子と同じ人かどうか、確かめたくて。」
名前はデフォルトネームでいいのかしら?
白髪に赤い瞳の少女というだけで珍しいし、あの子を見間違える事はないと思うけれど…。
「そっか、わかった。行こうぜ」
「本当!?案内してくれるの?」
「も、もちろん」
「ありがとう、レオ!」
嬉しくてついにこにこしてしまう。でもレオはなぜか目をそらして少し身を引いた。
あら?もしかして私の笑顔ってあんまり、こう…見れたものじゃないのかしら…さっきアベルにもじっと見られた気がするし……。
「わか、ったから、そろそろ離そうぜ…」
「……あぁ!」
そういえば手を握りっぱなしだったわ!
逃がさない、という感じで迫力があったのかもしれない。私は手を離し、さらにちょっと横にずれて座り直した。身体半分くらい、レオとの間に距離をとる。
「ごめんなさい、詰め寄ってしまって。」
「いや、まぁ、いいんだけど……そんで、いつ行く?貴族のお嬢様って自由に出歩いていいのか?」
「よくないわね……。」
私はしゅんと眉尻を下げた。まずランドルフには怒られるわね。かと言って事前に話したら誰か大人をつけられてしまうし、そうしたら仰々しくて、下町の女の子の様子見なんてできない。目立つもの。
「だから、そうね…下町に行くならこっそりか、行き先をごまかすか…」
「おいおい…大丈夫なのかよ、そんな事して。」
カチャン。
「えっ?」
私は扉を見た。
閉めたはずの鍵が開いている。わざわざランドルフがマスターキーを使うとも思えないけど、どうして。と考えてる間にも扉は開き、するりと入室してきたダンが、背中で寄りかかるようにして扉を閉めた。
「貴方どうやって…」
「聞いたぜ、お嬢。」
ダンはソファの横までやって来ると、軽く背を曲げて私の顔を覗き込んだ。まるで内緒話でもするかのように、声を潜めて囁く。
「こっそり出かけるたぁ面白そーな話してんじゃねぇか……俺も混ぜろよ。」
にやにやと笑いながらこちらを見下ろすその表情は…まさに悪人顔!何か企んでいますっていう顔だわ!でも私も企んでいたのだから、協力者が増えたと思うといいのかもしれない。
レオが「よっ」と軽く手を上げて挨拶する。
「あんたも来たいのか?いいぞ、俺は何人でも。」
「ホラ、お友達は良いって言ってるぜ?」
「そうね…」
ふむ、と顎に軽く手をあてる。
護衛にダンを連れて行くと言えば…メリルは協力してくれる?町に行く時のために男装用の服を用意してくれたのだし、相談してみようかしら。
ダンは私達と向かいのソファにどかりと腰かけ、機嫌良さそうに足を組んだ。
「じゃあ、一緒に行きましょうか。」
「そうこなくちゃな!……で、何しに行くんだ?」
そこまでは聞いてなかったのね…。
私は女の子を探しに行くことを伝えたけど、ダンはあまり興味がなさそうだった。内緒で出掛けるという所に食いついただけみたい。ランドルフへの反抗心なのか、お使い以外で外に出る機会が欲しいのか。
「家の人は許してくれそうなのか?」
二人の予定を聞いて日取りを決めてから、レオが聞いてきた。ダンが鼻で笑う。
「はん、俺らだけであのジジイが許すわけねぇだろ。」
「貴方が護衛でもダメかしら?」
「そんなに信用ねぇよ。他にも誰か付けられるぞ」
この前もメリルが一緒だったものね。
それに、態度の大きさと背の高さで時々忘れてしまいそうになるけれど、ダンもまだ未成年だ。
「けど、あまり堅苦しいと向こうがビックリしちゃうと思うのよね。」
「確かに、貴族が護衛引き連れて会いに来たぞーってなったら…何事かとは思っちゃうな。」
「だからコッソリ行くんだろ?」
ダンが楽しそうに言う。大人に内緒の冒険が楽しみで仕方ないらしい。
「メリルにだけは相談してもいいかしら?実は、男装できるように服を用意してもらったの。」
「男装?お嬢がか?」
片眉を跳ね上げたダンがじろじろと私を眺め――馬鹿にしたように口元を歪めた。
「話し方からして無理じゃね?」
「と、当日はちゃんと変えるもの!」
「なぁ。男装って、シャロンが男の格好するって事でいいんだよな?なんでそんな事すんだ?」
「そりゃ、こんなちんちくりんが歩いてたらどう見ても金ヅルだろ。」
ちんちくりん……?
私はダンに抗議の視線を向けたけれど、知らん顔されてしまった。レオはなぜ納得して頷いているのかしら。
「まぁいいんじゃねぇの、話しても。用意したって事は多少見逃す気があるんだろ。ここ出る時さえメリルがいりゃ、ジジイもうるさく言わねぇよ。たぶんな」
「えぇ、きっと。今回はいわば下町のお散歩だし、二人も来てくれるのだから、納得してもらえるはずだわ。駄目押しで男装と…あと、木剣を持っていこうかと思うの。」
「あー、俺との手合わせで使ってるやつか?」
「護身用でね。貴族なら本物の剣か、せめて模造品を持つから、貴族の子供だとバレないようにするには良いんじゃないかと思うのよ。」
イメージはレオと同じく、騎士を目指す子供!
近所のお友達と一緒にうろちょろ遊んでいるだけの、ただの子供。それでいきましょう。目標はヒロインの存在確認……可能なら少しだけ、話もしてみたい。
「ま、本物持たせるわけにいかねーし、いんじゃね?盾代わりになりゃいいだろ。」
「そうだな。貴族狩りは大抵、武器持ってるらしいし。」
今なにか、不穏な言葉が聞こえたけれども?
まじまじとレオを見つめると「ほとんどは下町じゃなくて、街のほうに出るらしいぞ」と言われたけれど、それって、下町にもいる可能性があるって事よね?
メリルに服の手配を頼んでおいて正解だったわ。
「名目は、いつも庭でやっている手合わせをレオの家でという事にするわ。それなら、木剣を持っていくのも不自然ではないもの。」
「俺はたまたまその日下町に行かされる予定にしとく。したら、ついでにお嬢の護衛だ。確実にな。」
「…ダン。貴方そのあたり、本当に自分で調整できるの?」
「まァ任しとけ。料理長お気に入りの調味料が底をつく予定だ。」
それはまさか、床にぶちまけるとかそういうアレなのかしら。料理長はこだわりの強い人だから、仕入先が決まっているのよね。
可哀想に思えて、でも私のせいだしとなんとも言えない視線を向けていると、「隠すだけに決まってんだろ」と怒られてしまった。確かに、まかないを毎食楽しみに食べているらしいダンがそんな事するはずがなかったわね。
「ところで、レオっつったな。お前魔力持ちか?」
「おう。剣の方が好きだけどな、火なら出せる。」
「へぇ?丁度いいじゃねぇかお嬢。メリル抜きで《旅路の三種》クリアだ。」
ダンがにやりと笑う。
魔法の五つの属性の中でも、火・水・風のどれかが最適の人が多い。
長い道のりにおいては火を起こし、水を飲み、風は荷物運びの助けになる。そして火は水に消され、水は風に散らされ、風は火の熱で乱れる。相対するには苦手な属性というものね。
だからその三つそれぞれを最適とする三人が揃っていれば、ただ行くにしても襲われた場合を想定しても旅路は安心、という考え方を《旅路の三種》という。
……苦手と言っても当然、威力に差があればアッサリ覆るのだけれど。
「私が水、ダンは風、レオが火…そうね。それも説得力が増すかもしれない。」
「シャロンは魔法も練習してんのか?俺は正直、戦いに使えるレベルじゃねぇんだけど。」
「大丈夫、私もよ。あくまで説得の材料のひとつね。」
素振りは限界を越えるやり方だったから魔力を残せなかったけれど、今は手合わせの最中に身体を強化する練習をして、レオが帰った後は少しずつ水の魔法の検証をしている。
どうやら私は、自分の頭と同じくらいの量の水ならすぐ出せるみたいだけれど…戦いを想定した使い方はまだイメージできていない。
「魔法なんざ、とりあえずぶっ放しときゃいいんだよ。」
「そんな適当に発動できるなら苦労しねーって!」
レオが呆れたような、困ったような顔で反論する。
そういえば、彼は剣の授業の成績はよかったけれど、座学は勉強会で私やウィルに泣きついていたし、魔法実技も苦手としているシーンがあったわね。
「宣言考えてその通りに言うだけで、もーいっぱいいっぱいだって。」
「はァ?そんな事考えてっからグダるんだろ。宣言なんてテキトーでいんだよ、テキトーで。お嬢燃えろ!とかでよくねぇ?」
「よくないわよ?」
「冗談だろ…睨むなよ……。」
睨む?にっこり笑ってるのに失礼だわ。
でも言ってる事は間違ってない。私はレオに目を移した。
「宣言をどう言うかより、頭の中にある発動のイメージを大事にしてもいいかもしれないわ。それから、身体を動かすのも。」
「身体を?」
「私も聞いただけなのだけれど、騎士団でも、発動の時に手や腕、剣を振ったりする人がいるみたいなの。言葉を考えるより、感覚的なほうが貴方にはいいかもしれない。」
前にチェスターから聞いた話だ。それに、サディアスも発動の補助に指を鳴らしていたし。
レオがぽかんとしている事に気付いて、私は慌てて手を横に振った。
「ごめんなさい、よく知りもせずに勝手なことを…」
「いや…なんつーか、考えてもみなかった。確かにお前らの言う通りかも……ごちゃごちゃ考えるからグダるし、うまくイメージできなくなっちまうんだ。」
「宣言で何言おうが、魔法は発動したモン勝ちだからな。」
「そうだよなぁ。うーん、なるほど。」
レオは腕組みをして深々と頷いている。
ダンも感覚派というか大雑把なほうだから、この二人は割と気が合うのかもしれないわね。
「俺、今度ちょっと練習してみるわ。火だとあんまその辺では練習できねぇから、すぐとはいかないけど。」
「おー、やれやれ。火は一番攻撃的だからな、ちょっとやれるようになりゃ充分だ。」
なんて危険な笑みを浮かべているのかしら…。
仲良くなるのは良い事だけれど、レオにはあんまりダンのよくないところは真似しないようにしてもらわないと。レオは気合を入れるように拳を握っている。
「そのぶん、扱いに気をつけなきゃいけないんだよな。俺が魔法下手なせいで誰かを……うん。そうならねぇためにも頑張るわ。」
「私も練習しておくわね。もしもの時は消火できるように!」
「あ、それ助かるな。」
予想外に魔法の話になったけれど、レオのためには良い機会だったかもしれない。
改めて日取りと各自やる事を確認して、私達は客間を出た。
ダンは仕事に戻り、私とレオは庭へ戻ったのだけれど、内緒話に入れてもらえなかったクリスが拗ねてしまって、なかなか私と目を合わせてくれなかったのだった……。うぅ。
◇
部屋で一人、アベルは今日受け取ったペンダントの箱を開けていた。
銀色の円盤に刻まれた三日月と、埋め込まれた宝石。
光の具合によって少し色合いが変わって見えるそれの石言葉には、「信頼」というものがあった。選んだのはリビーだが、アベルも、自分があの二人に贈るのに相応しいものだと思っている。
「――…。」
ペンダントトップを手に取ると、金属のひやりとした冷たさが指の熱を少し奪う。アベルはそれを手の中に包み込み、目を閉じた。
それはただの、願掛けのようなものだった。
魔力を滲ませたのは、ほんの気まぐれで、無意味な事だった。シャロンに対して行った時にそうであったように、手を離せば流した魔力は消えてしまうのだから。
たとえ一時的にでも自分の魔力を流す事で、金銭だけの話ではなく、自分からの贈り物としただけだ。
それだけなのだから、この時のアベルは本当に、なにも深くは考えていなかった。
ただ二人を想い、祈った。
彼らが無事であるようにと。




