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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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497.君影にまつわる教訓



 歌劇鑑賞に慣れた者なら当たり前に知っている、そんな名曲が流れている。

 初代騎士団長、《炎の絵描き》とも呼ばれたグレゴリー・ニクソンを想起させるものだ。


 発表者用の待機場では等間隔に椅子が並べられており、その内の一つには二年生のフェリシア・ラファティ侯爵令嬢が座っていた。クローディアとの簡単な情報共有はとうに終え、身支度も万全である。

 ステージ上に浮かんだ八つの火の玉を見て、彼女は思わず感嘆の吐息を漏らした。


 ――なんて均一で正確な配置固定。サディアス様の努力が窺えるわ…


 薄水色の長髪に編み込んだ花飾りは高潔さを示すような色合いで、高位の令嬢として日頃から誇り高くあろうとする彼女によく似合っている。

 舞台映えするように化粧は普段よりくっきりしたものを施し、衣服はもちろん制服ではなく、青系統を基調とした流麗なドレスを纏っていた。


 サディアスが放り投げたローブが一瞬で燃え尽きる。万一にも事故に繋がらないよう、均一に早く火が回る素材の布を手配したのはノーラのいるユーリヤ商会だ。

 正円となった火は高度を上げ、その内側に炎の花々が咲き乱れる。円はやがて球体となり、光と水も合わせた美しくも恐ろしい魔法がコロシアム全体を照らしていた。


「あの威力ですごいコントロール精度だ。流石はニクソン公爵家ですね」


 邪魔にならないようにこつり、ごく小さな靴音で歩み寄って。

 フェリシアが振り返らない事など承知の上で、同じく二年の男子生徒が彼女の一つ隣に腰掛けた。肩の上で切りそろえた柿色の髪に大きな茶色の瞳、柔和な面立ち、にこりと上がった口角。

 ロビン・オルコット侯爵令息は生徒会の一員であり、フェリシアやその婚約者セドリックとは知った仲である。


「まさに圧倒的な実力……ふふ、次に出る身としてはプレッシャーですが。」

「そう仰る割に楽しそうですね。貴方とニクソン様では、発表の趣向が違うのでしょう?」

「ええ、もちろん。俺は元々貴族らしくもない、大味な発表をするつもりだったので。バリーが降らせた雨みたく綺麗ではないですし――…あの迫力には、遠く及ばない。」

 帯剣はしているが、ネイトやサディアスと違ってロビンは制服のままだ。

 ステージ上では闇の魔法が宵の訪れを表し、あれほど大きかった炎はサディアスの手のひらに浮かぶ小さいものだけになっている。彼が手を閉じて火が消えると同時に曲が終わり、拍手が湧いた。


「あれでもまだ、彼は護衛用に魔力を残しているのでしょうね。年齢的に一つ上とはいえ、まったく痺れます。もっと話してみたいんだけどなぁ…」

「ロビン様。万一にも出遅れてはいけないのでは?」

「おっと、そうですね。ではお先に――美しいお嬢様がたに楽しんで頂けるよう、頑張って参ります。」

「発表者同士として、健闘を祈りますわ。」

「はは、ありがとうフェリシア嬢!」

 冷静なフェリシアと言動の軽いロビン、生徒会室でも大抵が似た流れになる二人だ。

 足音が遠ざかるのを聞きながら、フェリシアはステージから降りるサディアスに目を移した。


《ありがとうございました。伝承を踏まえた炎の美……複数属性の同時発動もさることながら、非常に正確な魔法操作を見せて頂きました。》


 シャロンの穏やかな声がコロシアムに響く。

 発表を終えた生徒は待機席に戻らないが、サディアスはほんの一瞬、待機席の方をちらりと見やった。見る必要などないのに。


《二年生、ロビン・オルコット!》


 視線をステージへ固定して、けれどフェリシアの焦点は合っていない。

 自分への激励だったかもしれない、気にかけてくれたかもしれないと喜ぶ心を抑えつけ、僅かに頷いてくださった気がすると緩みそうな口元を引き結び。

 目が合った事すら気のせいという可能性もあると冷静に考えた。待機席にはフェリシア以外にも生徒がいる。


 ――…サディアス様のこと、()()しているわ。だから……無様を見せないためにも、練習通りに発表をやり遂げなくては。


 風の刃が何かを切り裂く音が立て続けに聞こえてきた。

 フェリシアは意識して深く呼吸し、平静さを取り戻していく。きっと今は、ロビンのおどけた姿をきちんと見る方が落ち着けるだろう。一つ頷いて瞬けば、ロビンはバランス悪く積んだ輪切りの丸太の上でポーズを取っていた。

 確かに、貴族らしくはない。




「くはっ」


 貴賓席で誰かが笑った。


 騎士や兵士の職務において、魔法は攻撃だけにあらず。

 火は野営での煮炊きにも包囲網の形成にも使え、水はそれを突破でき、食べ物がなくとも最低限の生命活動を維持できる。

 風は障害物を切り裂き、重い荷物や怪我人を運ぶ助けともなる。


 ロビン・オルコットと紹介されたあの生徒は、まるで児戯のような発表でありながらも、自分は風の魔法で役に立てる人材であると示したのだ。魔法発表会の意義はそこにある。出身も良いようだし、彼の将来は安泰だろう。


 そんな些事を考えたのは一瞬だけで、彼――アクレイギア帝国第一皇子ジークハルトは、ゆったりと瞬いて脚を組んだ。長い茶髪がさらりと揺れる。

 胸ポケットにはサングラスが引っ掛けてあり、特徴的な白い瞳が晒されていた。しかし貴賓席に並べられた椅子三脚も、そこに座る人物も、傍に控える者達も。他の席からは一切見えておらず、声も聞こえない。


 中央の椅子には客人であるジークハルトが、左には学園長シビル・ドレークが、右には内密に訪れた軍務大臣パーシヴァル・オークスが座っている。


「貴殿の息子は出ないのか?オークス公。」

発表会(これ)への参加はあくまで希望制……(せがれ)には、好きにせよと申しておりますので。」

 軽い調子で聞いたジークハルトに、真顔を崩さないパーシヴァルは淡々と返した。

 彼は明るい茶色の短髪を後ろへ流し、凛々しい眉と切れ長の吊り目が灰色の瞳を冷たい印象に見せている。引き結んだ唇の上には清潔に整えられた髭があり、いかにも厳格な軍人といった風体だ。見た目だけは。


 ――っていうか、殿下さえいなけりゃ、むしろ俺が飛び入り参加したいんだけどね☆シャロン嬢も良い感じに驚いてくれるだろうし、盛り上がると思う。


 しかしそんな事をすれば、シビルから大目玉を食らう事間違いなしである。

 パーシヴァルの学生時代はシビルは先に卒業しており、まだ教師でもなくさほど関わりはなかったものの、今では十二分に彼女の性格を理解していた。

 発表会の主役はもちろん生徒であり、卒業生や親ではない。お前が目立ってどうするのだと小言を頂戴するに決まっている。そしてジークハルトがいるからには、軍務大臣として目を離す気はなかった。


 心の声さえ聞こえなければ、貴賓席に流れる空気は実に重々しいものである。

 護衛としてシビルの傍らにはジャックと双剣を携えたホワイト、ジークハルトの後ろにはルトガー、パーシヴァルの傍にはロイが、それぞれ黙って立っていた。


「…それよりも、先程の続きをお聞かせ願えますか。殿下」


 物憂げな緑の瞳を隣へ流してシビルが言う。

 高い位置で団子にまとめたビリジアンの髪は、濃い黄色をした紅花の簪で留めている。パンツスタイルの白地の正装、黒いシャツには臙脂色のネクタイを締め、微かに煙草の甘い香りがした。


「貴国に残る君影の話とは?」

「あァ?大した事ではないが。……初代なぞ遠く血も消えただろうに、気になるものか?」

 ジークハルトの言葉に、後方で聞いていたジャックが橙黄色(とうおうしょく)の瞳を丸くする。

 シビル本人に怒りは見られないが、ドレーク公爵その人に向かって「血が消えた」とは、ツイーディア国内においては「五公爵家の血筋に相応しくない」と罵るに等しい。

 空気が張りつめた理由を察し、ジークハルトは事もなげに「ああ」と呟いた。


「単に不思議でな、侮辱のつもりはない。こちらは先祖の血など重視しない国でね」

「ええ、存じております。私も己の系譜とは関係なく、神秘の国について知的好奇心を抱いたまで……差し支えなければ、お聞かせいただければと。」

 ステージ上では、二年生の女子生徒が水の魔法を操っている。

 剣闘大会で《祝福の乙女》に選ばれた娘だ。薄水色の長髪が揺れ、合わせて発動した光の魔法の煌めきと水の反射、ドレスを纏って舞う自身の見せ方が実に美しかった。

 よく練習したのだろうと、シビルは心の中で拍手を贈る。


 何となしに観客席を見回したジークハルトは、興奮した様子で発表者を凝視する男子生徒を見つけてすぐ視線を外した。

 目を留めてしまったが、見栄えの整った娘にああいう輩がつく事は珍しくないし、どの道自身には関係ない事だ。シビルに答えてやろうと口を開く。


「数百年の昔、帝国(うち)はあの国の男を奴隷にした事がある。その当時から伝わっているらしい()()だ……《君影に血を流させるな》、とな。」

「…戦うべき相手ではないと?」

 パーシヴァルが聞いてみるも、ジークハルトは知らんとばかりに軽く首をひねってみせる。そもそも君影国に対して興味が薄いようだ。


「………。」

 周囲への警戒はそのままに、ホワイトは赤い瞳をジークハルトへ向けた。

 シャロンが招いた、アクレイギア帝国の暴虐皇子。なるほど確かに、この外遊で事件を起こすほど愚かではないようだ。それはホワイトと同じく初対面のシビルも感じた事だろう。


 ――…君影に、血を流させるな……


 その言葉の真意はどこにあるのか。

 手を出せばただでは済まない強者、剣を向けるべきではない恩人、はたまた、血液によって感染する病を持つか。

 ちょうど訪れている君影の姫ならば、その答えを知っているのかもしれない。そう考えたホワイトは、事前情報としてシャロンが教えてくれた事を思い返した。

 君影の姫は、黒髪で瞳が赤い男を連れていると。


 頭の中で声がする。

 もう十八年も昔の事なのに、ホワイトはその声をはっきりと覚えていた。


『黒髪赤目の男が無辜の民を殺す。やがてその髪は白く染まり、数えきれないほど殺すでしょう』



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