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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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495.お金払わなくていいのかな




 夕陽が沈み薄暗くなり始めた空の下、コロシアムには多くの人が集まっていた。

 観客席の階段は勿論のこと、コロシアム中央に広く設営された平坦なステージにも火の入ったランプが等間隔に並べられている。


 定刻になると楽隊が優美な曲を演奏し始め、ざわめいていた観客席が静かになった。

 砂糖菓子を転がすように明るく美しいウインドチャイムの音色に合わせ、ステージの真ん中に色とりどりの光が舞う。誰もが見入っているその輝きの中から、一人の少女がふわりと現れた。楽隊の音が控えめに小さくなる。


《――皆様、ようこそお出で下さいました。》


 光を受けて艶めく薄紫色の髪は横髪を垂らし、後ろは編み込みを作って上品にまとめ上げている。

 白地のAラインドレスは裾が光沢のある白銀色のフリルで飾られ、胸元を彩る飾りは髪色と同じ淡い紫色や銀色。スカート部分に広がる刺繍の花々には一つだけ、オリーブ色の葉が添えられていた。

 ふわふわの肩掛けに、腕の細さがよくわかるぴったりとした長い手袋。

 風の魔法でそっと下ろされた彼女の耳元で真珠のイヤリングが揺れ、長い睫毛に縁どられた目の中には宝石のように煌めく薄紫の瞳がある。


「…お姫様だ」

 どこかで幼い声が呟いた。

 ステージ上に瞬いていた光は消え、残された彼女は美しく微笑んだ。その声は《遠吠え》によってコロシアム全体に届くようになっている。


《これより、ドレーク王立学園の生徒達による魔法発表会を開催致します。一日目となる本日は一年生と二年生の部、わたくしは今回の司会および進行を務めさせて頂く、シャロン・アーチャーと申します。どうぞ最後までよろしくお願い致します。》


 シャロンが丁重に淑女の礼をすると、観客席から拍手が送られた。

 顔を上げ概要を説明していく姿を、一部の観客はオペラグラス片手に食い入るように見つめている。


「う、美しい……」

「かわい……」

「ちっ、直視できない…!」

 アルジャーノン、マシュー、ホレスの三人組は相変わらずだった。

 ホレスとアルジャーノンは領地経営の特別講義を終えて急いで走り、なんとか間に合ったところだ。

 横にいるレオはオペラグラス無しでいるものの、普段の制服姿とも見慣れた運動着姿とも違い、ドレスアップしたシャロンは確かに輝きを増していると感じて頷いた。


「忘れそうになるけど、公爵家のお嬢様なんだよな…」

「忘れるな貴様ァ!レオめ、このっ、無礼な平民めが!」

「やめて、シャロン様が話してるのにっ…退学モノの迷惑だよ…!」

「退学!?」

「おい、暴れんなって――うわっ。」

 何かに気付いたマシューが苦い顔で足元に屈み、座席に肘を置いてちらりと遠くを振り返った。

 両拳を突き上げながらひねりを加えていたアルジャーノンは、その突飛な行動に目を丸くして腕を下ろす。視線の先を辿ると、なるほどマシューが剣闘大会で倒した女子生徒が数列後ろにある通路を歩いていた。


「なんだ、アシュクロフト侯爵令嬢か。何もお前が隠れる事はないだろう」

「あれ以来さぁ、俺見ると睨んでくんだよ。《剣術》で嫌でも顔合わせるけど、刺々しい女子って苦手なんだよなぁ。」

 マシューはため息をつきながら座り直し、彼女が歩いていった方は極力見ない事に決める。

 ホレスも「同感」とばかり怯えた表情で視線をステージに固定し、アルジャーノンは素早い動きでオペラグラスを構えた。


 魔法発表会は《魔法学》の中級クラス以上を受けている生徒が参加可能であり、個人で出ても複数人合同で出ても構わない。

 とはいえ、上級クラスの生徒が八割以上を占めているのは確かだ。一年生の中級クラスでここに飛び込む者はそうはいない。


 発表形式は自由。

 ショーのように美しく演出してもよし、小道具と合わせて観客を楽しませてもよし、演武のようにしてもよいし、魔法をぶつけあって創り出すものでもよい。


《魔法大国と謳われるツイーディア、その未来を担っていく生徒達の魔法…どうぞ、お楽しみください。》


 シャロンが促すように片腕を広げると、その先からステージに上がってくる者がいる。

 楽隊が曲調をがらりと変え、陽気でリズミカルな音が流れ始めた。現れたのはシルクハットをかぶって紳士服に身を包み、ステッキを片手に携えた男子生徒。


《一人目は一年生、ネイト・エンジェル!》


 紹介と同時、ネイトはシルクハットを持ち上げて観客席へウインクした。

 拍手に紛れて彼の名を叫ぶ女子の声が微かに聞こえる。彼の母親の声も混ざっていた気がするが、本人は「気のせい」と無視する事にした。

 ネイトが披露したのは、音楽や自分の動きに合わせて次々に魔法を発動するというショースタイルだ。大人も子供もわかりやすく盛り上がっている。


 ステージを降りたシャロンが端へ下がると、その姿はフッと消えた。

 観客からは魔法で隠されているが、休憩と待機用の仮設テントが置かれているのだ。シャロンの登場などの演出を助けた《魔法学》上級クラス教師フランシス・グレンや、学園に雇われた《遠吠え》のスキル持ちはここから魔法を使っている。


「お疲れ様です、シャロン様。こちらを」

「ありがとう」

 私服のコートにマフラー姿のメリルが飲み物を持ってきて、シャロンはありがたく喉を潤した。さほど長々と話したわけではないが、緊張した状態でそれなりに声を張っていては喉も乾くというものだ。

 制服の上からローブを着ただけのダンは、腕組みをしたままネイトの発表をじっと眺めている。


 ドレスの送り主である上級医師ノア・ネルソンも近くへやってきた。

 胸を越す長さのオリーブ色の髪、黒に近い紺色の瞳。白いシャツにネクタイを締め、白衣を着た彼の右頬には古い傷跡がある。今年で三十二歳になるシャロンの叔父だ。


「冷えていないだろうな、シャロン。無理はするなよ」

「ふふ、大丈夫です。ありがとうございます」

 剣闘大会と違って何も危険な事はないのに、相変わらず過保護である。

 思わずくすりと笑ってから、シャロンもネイトの魔法を見届けた。どれくらいの時間で何をするかは事前打ち合わせで聞いてはいたものの、実際音楽付きで目にすると見事なものだ。


 ――さすが、エンジェル先生の息子さん。…なんて思うと、本人は嫌がるかもしれないけれど。


 学生一人の出し物にしてはパフォーマンスの完成度が高い。

 楽隊が曲の練習をするのを見に来てリズムを掴んだり、発動したいタイミングと宣言の長さが噛み合わない悩みをウィルフレッド達に相談したりと、真面目に努力していた結果だろう。

 地道な研鑽など微塵も見せない鮮やかさと笑顔で魔法を繰り出し、最後は水の魔法で炎を打ち消して、ネイトは発表を終えた。


 一礼した彼に観客から拍手が送られる。

 見えない空間からするりと抜け出して、ふわりとステージ上に着地したシャロンがネイトと目を合わせて笑う。流れ落ちる汗もそのままに、ネイトは疲れを滲ませながらも達成感に満ちた笑顔で頷き、踵を返した。


《ありがとうございました。複数の属性を操り、動きに合わせた発動も大変素晴らしいものでした。》


 遠いステージ上のシャロンを見つめながら、拍手を終えたカレンは手のひらを合わせたままだ。

 隣のデイジーから肩を叩かれ、はっとして瞬いた。


「すご、すごかったね、ネイトさん!お金払わなくていいのかなって思っちゃった…!」

「何かそういう見世物で活躍できそうだよな。」

 反対隣に座っているレベッカがうんうんと頷きながら言う。デイジーは頭が痛そうな顔でこめかみを押さえた。

 面と向かってではないものの、子爵令息に対して「見世物で活躍できそう」は無い。もっと言い方があるはずだが、今言ったところでレベッカの意識はさして変わらないだろう。


《続きまして二人目は二年生、バリー・アシュクロフト!》


「ん、次は二年か。学年ごとじゃないんだな」

「パンフレットに書いてあるでしょう。ほらここ」

「あたしそれ受け取ってねぇし」

「貴女ね…」

 今は説教など後回しかとため息をつき、デイジーはステージに目を戻した。

 シャロンが読み上げた名は、二年生の前期試験で《魔法学》上級クラス一位だった生徒だ。双子の姉は剣闘大会で三位の成績を修めている。


「ね、レベッカは出るつもりないの?発表会。来年とか…」

「あたしが?曲に合わせて踊りながら魔法か?無理だって!」

「それはネイト様が選んだだけで自由よ。的を持ち込んだ人もいると聞くし、人と協力して出たっていいのだから。」

 剣闘大会は攻撃魔法が禁止されている上に、外部の人間が客に来る事はまずない。そのため、威力の高い魔法を披露するならこの発表会の方が自由だ。

 ただ暴力的なだけではコントロール不足と結論付けられるが、己の魔法をしっかり操る自信があるなら出ておいて損はない。

 実力のある人間が未来の雇い主にアピールできる良い機会だった。


 観客席がざわめく。

 流星のような光と炎のつぶて、拳大の水が一斉にステージへ降り注いでいた。三種類の属性を同時に発動しているのだ。

 楽し気に口角を上げ、男子生徒は身軽に炎と光を避けていく。彼は短剣を振って的確に水だけを切り捨てた。


「な~んだ、やっぱぼくの思った通り。」


 誰も座っていない最後列の座席の背もたれに腕を置き、伯爵令嬢ダリア・スペンサーは目を細めた。

 肩につく長さの髪は青みがかったグレーで、前髪を真っすぐ切り揃えている。四角い眼鏡をかけた奥には青い瞳。左腕には《巡回係》の腕章を、両耳には幾つもピアスをつけていた。


「動けるんじゃん、あの人。」

「……何か気になるの?」

 ダリアから一人分の間を空けて立っているのは、バージル・ピューだ。

 同年代に比べるとやや背が低く、背中まで伸びた浅葱色の癖毛を低い位置で結っている。緑色の瞳は気が進まなさそうにダリアを見やった。


「んひひ、そこそこ戦れそうだとは思ってたんだよねぇ。けど、姉の方しか話聞かないなって。」

「確かに剣闘大会では見た覚えないね。」

「つまんないなぁ、あれくらい動けて魔法もできるなら出ればよかったのに。」

「ん~、自由参加だからね。動くのが好きと戦うのが好きも違うでしょ」

「おいおい、ちょっと前まで半端者だったきみが偉そうに語るなよ。」

 馬鹿らしいとばかりに鼻で笑い、ダリアは背もたれに手をついて身を起こす。

 冷たい風が二人の髪を揺らしていた。


「ぼくはあんまり許してないんだからさぁ、ずーっとつまんない真似してたこと。」

「悪いとは思ってるけど、許されなくても別にいいかな。」

「ふっ……きみって、親の地位がなくても貴族に媚び売ったりしなさそうだよねぇ。」

「どうかなー。母さん以外から生まれた事ないから、わからないけど。」

「……んひっ。」

 にやりと笑ってステージに視線を戻したダリアを、バージルは気味の悪いものを見る目で一瞥する。

 ステージに降り注いでいた全ては強い風の魔法に煽られ、交ざり合うようにして上へ飛んでいった。




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