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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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493.火に近いかもしれない




 中庭は普段よりテーブルセットが増やされ、一部は焚き火にあたれるような席も用意されている。各校舎の壁には軽食や飲み物の店が立ち並び、お昼時の今はとても賑わっていた。

 ジークハルト達と別れて中庭へ下りてきたシャロンとダンは、辺りを見回してすぐにとある人物へ目を留める。


「先生は…あそこね。」

 約百九十センチという背の高さは非常に目立っており、人が多い上に遠目からでもそこにホワイトがいる事がわかった。それも白衣に赤いゴーグルという普段通りの格好であるために、他の生徒にとってもすぐ見つけられる状態だ。

 案の定、五、六人の生徒がホワイトに纏わりついている。ダンが呆れ混じりの苦い顔をした。


「…あれで人目を避けての行動は無理だろ。」

「ゴーグルを外してローブを着てみるのはどうでしょうと、提案していたのだけれど……。」

 ホワイトの事なので、単に忘れてしまったのかもしれない。

 少し離れた木陰には彼の様子を窺う者達がいて、よくよく見るとシャロン達がホワイトと共に合流する予定のロベリア王国王弟ヴァルターと、騎士セシリア・パーセルだった。

 木の裏側で素知らぬ顔をしている男達はヴァルターの護衛だろう。ヴァルター達はホワイトの周りにいる生徒達がどくまで、安易に近付かないようにしているらしい。


「ダン、先生に声をかけてこられる?私は殿下の所に…」

 シャロンがそう言いかけた時、ホワイトもちょうどこちらに気付いた。

 目が合ったシャロンが自分のローブをそっと掴んで指差すと、ホワイトはどこともない空中へ視線を投げてから、「そういえば」という顔で頷く。


 周りにいる生徒に――恐らく、「もう行く」程度の――短い声掛けをして、すたすたと歩き出した。

 これから研究室で身支度を整えるとしても、十分もせずに戻る事だろう。

 少々待たせる事になってしまうヴァルターの前へ進み出て、シャロンは微笑みと共に軽く一礼した。


「先生はもうしばらくで戻られるかと存じます。」

「あ、あぁそうか、わかった。……ありがとう。」

 女性恐怖症の王弟殿下はやはり、シャロンの事も苦手のようである。目は泳ぎ額に汗が滲み、無意識にか僅かに後ずさっていた。

 それでも彼は「弱点克服のためにも交流したい」と言っていたのだから、あくまで一歩引いた位置のまま、シャロンはヴァルターの横に並ぶ。


「しばらく私も同行させて頂きますが、どうか、ご無理はなさらないでくださいね。」

「もちろん大丈夫だ、むしろできるだけ居てほしい…というのは、その、ルークが弟子をとる事自体が、(にわ)かには信じがたい話だったので……俺はここへ来るにあたって、貴女はどんな方なのかと楽しみにしていたんだ。」

「確かに、進んで弟子をとる方ではありませんね。」

 実際には特殊スキルを持つシャロンの保護と監察という役割あってこその弟子入りだが、ヴァルターにそこまで話すわけにもいかない。

 ホワイトの深い知識と確かな技術、これまで執筆した論文などを見て「是非頼みたい」と思い、父であるアーチャー公爵に後押しをお願いして実現したのだと、シャロンは語った。


「父は元から先生と交流がありましたから。私自身はまだまだ知識不足ですので、大したものではないのです。」

「誰しも初めは無知だ。そこからどれだけの知識を望み、努力するかという過程にこそ知への尊敬が見えてくる。貴女のその姿勢は、知識こそ人類の宝とする我らロベリアの教えに通じるものがあるよ。」

 そんな大層な志を持っているかと問われると否かもしれないが、ヴァルターは恐怖症による生理的嫌悪を飲み込んで話してくれているのだ。

 シャロンは素直に受け取り、「ありがとうございます」と微笑んだ。彼女を見つめるヴァルターは耳まで赤くなっている。


「…お嬢様。火に近いかもしれません」

 ダンがそっと進言した。

 ほど近い場所に焚き火にあたれるスペースがあるのは確かだが、顔が火照るほどではない。ヴァルターの顔が赤い事について、失礼のないようシャロンへの想いにも女性恐怖症にも触れず、熱源との距離の問題にすり替えていた。


「もしよろしければ、先生が戻るまでそちらに座りませんか?」

 シャロンが示したのは、焚き火から離れており、寒さ対策の天幕などもない休憩スペースだ。

 そこにいる人々は汁物をすすっていたり、熱く語り合っていたり、ただ座って中庭を眺めたりと好きなように過ごしている。


 ヴァルターが「そうだな」と頷いたところで、ぐうう、と音が聞こえた。

 皆が一斉に振り返った先はセシリアだ。


「…パーセル伯。先に何か買おうか。」

「ああ、それがいいと思う。先程から美味そうな匂いがすごくしているからな!」

 ヴァルターの提案にセシリアは満面の笑みでそう答え、シャロンがくすりと笑って口を開く。


「殿下、お好きな食べ物はございますか?」

「ロベリアでは香草をふんだんに使う事もあるが、俺自身は味や香りの濃い薄いは気にしない。ので……あ、貴女のおすすめがあれば、是非、食べてみたい。」

「私のおすすめでよろしいのですか?」

 悩みますねと言ってはにかむシャロンの微笑みに撃ち抜かれ、ヴァルターは胸を押さえて一歩下がった。

 シャロンが目を丸くして心配そうに歩み寄ろうとして、すぐに踏み止まる。女性恐怖症の症状なのだから、ここで自分が近付いてはいけないのだ。


 ――私、笑ったりしない方がいいのかしら。威嚇のようになってしまう?でも、真顔で接するというのも違うわよね。


「っ気にしないでほしい。」

「ですが、」

「これは、その……貴女の笑顔が、あまりに素敵なので。」


 ――緊張して、胸が締め付けられたようになっただけなんだ。


 続く言葉までは口に出せず、ヴァルターはシャロンから目をそらした。

 気遣わしげな表情だったシャロンは、感銘を受けたように深く頷く。


 ――ドレーク公爵邸でお会いした時もそうだったけれど、なんてお優しいのかしら。自分が苦しい時に、私にそこまで気を遣ってくださるなんて。


「ありがとうございます。それでは私から、幾つかご提案させて頂きますね。」

 丁寧に味の特徴などを伝えるシャロンと、少し照れながらも落ち着いて相槌を打つヴァルター。

 いつの間にか大皿に山盛りの肉とポテトを載せ、ソースをたっぷりかけた物を持っているセシリア。ダンはヴァルターの言う「笑顔が素敵」の意味がシャロンに通じていない事を察したが、従者らしく黙って付き従っていた。


 シャロンが挙げた候補の中からヴァルターが選び、ヴァルターの護衛とダンがそれぞれの分を買ってくる。

 飲み物も揃え、料理が冷めないうちに食べ始めた。ホワイトはまだ来ない。


「失礼な質問だったらすまないが、貴女はなぜ薬学に興味を?」

「…私も、少しは治癒術を使えますが……たとえ目の前に怪我をして苦しんでいる人がいても、魔力が切れていてはできる事がろくになかったのです。」

 もう一年以上も前のこと。

 崖から落ちたシャロンを庇い、魔法の使えないアベルは大怪我を負った。シャロンにできたのは、寄り添って少しでも休む時間を作る事だけだ。痛みを和らげる事も、治す事もできなかった。


「知識がなければ、目に入るところに薬草があっても見つけられません。病の人を前にした時、元気づける事はできても、苦しみを減らしてあげる事はできません。」

 そういった経験から、学園に入ったら必ず薬学を深く学ぼうと決めていたのだと。

 シャロンの言葉に確かな真実味を感じて、ヴァルターは小さく頷いた。知識不足が何をもたらすか知っていてこそ、人は真剣に学ぶのだ。


「そして、噂はお聞きしておりましたが、ホワイト先生にお会いして。あの冷静さも含めて、見習いたいと。そう在りたいと思いました。」

「……とても、わかる。」

 ヴァルターは改めて、ゆっくりと頷いた。

 自分もまた、彼に強く憧れた一人であるから。


「ルークの知識量は凄まじいものがある。俺も相当な量の本を読み調合してきて、実力も自信もあるけれど…彼を超えるにはあとどれくらいかかるか、今なお全く見えてこない。」

「先生も常に学んでおられますものね。」

「そう、そうなんだ。ルークは強くて賢く調合も処方も完璧でもっともっと輝ける人材なのだが、本人はそれを誇示するどころか成果の発表にもあまり興味がなくて。」

「ええ、放置されているレポートを拝見して驚いた事があります。」

「そうだろう!?ちなみにどんなものだろうか、後で概要だけでも教えてくれ――それで、愛想が無いだの人格面をとやかく言い出す輩もいるが、実際のところ優しく情に厚いんだ。」

「はい!」

「わかってくれて嬉しい。俺としてもルークから学びたい事は多くて、今回もできれば丸三日間ほどは話がしたいくらいなのだが」

「無理だ。」

 すぱん、と一言で話を切ったのは、ようやく戻ってきたホワイトだった。

 白衣の代わりにローブを着てフードをかぶり、ゴーグルはしまって、赤い瞳が露わになっている。ヴァルターが目を輝かせて「ルーク!」と呼んだ。


「シャロン嬢、ルークは普段隠すけれど、俺はこの目の強さも好きなんだ。格好良い」

「滅多な事では動じない、先生の精神が表れていますよね。」

「そうなんだ。妹は彫像が欲しいと言っているけれど、俺は絵の方がルークの良さを出せると思う。」

「意味のわからない話はやめろ。」

 もう一度話を切り、ホワイトはヴァルターの隣の席に腰掛けた。

 セシリアが今しがた取ってきた串焼き肉の皿をホワイトの前に置く。


「いいじゃないか。シャロン嬢とすごく盛り上がっていたんだ。」

「ええ、殿下がどれほど先生を尊敬されているかよくわかりました。私も同じように思う部分が多く……ふふ。楽しいお喋りでしたね。」

 ぎくしゃくしていた先程までと違い、ヴァルターはとてもいきいきと話ができていた。

 女性恐怖症が少しでも良くなるように手伝うという話も、第一段階はクリアできたのではないだろうか。

 あまりに熱中して語っていた事に今更気付いて、ヴァルターは「これは失礼した」と居住まいを正す。


「ルークについて、同様に語れる相手はそういなくてね。妹のそれは意味が違うし」

「語らなくていい。」

「私も先生の事を話せて嬉しかったです。ご本人がこの通りですから、いつもは遠慮してしまって。」

「……どう、だろう。もしご迷惑でなければ、帰国してから貴女に手紙を出しても良いだろうか。」

「もちろんです。私でよければ喜んで。」


 ――こいつ、さらっと文通の約束取りつけやがった。


 強引ではないが積極的だと、ダンは軽く目を見開く。

 これはシャロンが自らウィルフレッドやアベルに報告するのが一番だが、なにせ本人は事の大きさに気付いていないため、隠すつもりはなくとも言いそびれるくらいはあり得るかもしれない。


 その時は自分が一言シャロンに言うべきかと考えるダンに、セシリアは「お前も食べておけ」とばかり巨大カツサンドを握らせた。



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