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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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48.おうじさまはつよい

 



 切っ先を空に向け、剣を胸の前に掲げる。


 二人は礼の姿勢を解いて構えた。

 アベルはウィルとお揃いの自前の剣を預けたりはせず、腰のベルトに提げたままになっている。手にした木剣と合わせて二本持っているのは重いでしょうけれど、たぶん彼にはあまり関係ないのだろう。


「い、っくぞお!!」

 挑戦者という気持ちでいるらしいレオが、先に地面を蹴った。

 私を相手にする時より明らかに速度が違う。剣の振りも早い。思いきり手加減されていたというよりは、怪我をする勢いでやるか、やらないかの差だろう。私があれを相手にして、もしガードし損ねたら怪我をしてしまう。


 ガンッ!


 でも、アベルなら受け止める。レオはそう考えてやっているし、現に大して踏ん張った様子もなく受け止められていた。

 レナルド先生から聞いていたのか、街に流れてきた噂かわからないけれど、アベルは自分に怪我をさせられるような相手じゃないとわかってるのね。


 レオは剣を押し込むようにして何度も何度も打ち付け、アベルは全て受け止めるか弾いていたけれど――レオが強く踏み込んで突きを繰り出すと、身体を左にずらしてレオの剣を右側に通し、柄を握る彼の手を左手で弾きながら、右手に構えた剣を彼の首に


「どぁあああああッ!!」

 咄嗟に仰け反ったレオが盛大に足を滑らせ、アベルの右側をスライディングで通り抜けた。持っていたはずの剣はアベルの横にぽとりと落ちている。


「はぁっ、はあっ、はあ!!」

「おおー!すごいねぇ!」

 クリスがぱちぱちと手を叩いて目を輝かせた。

 アベルは落ちた剣を拾い、立ち上がったレオにパスする。レオはそれをキャッチしたけれど、アベルの足元をじっと見てからがっくりと肩を落とした。


「マジか……くそ、しかも手ぇ離した…」

 レオはとぼとぼ元の位置に戻ると、礼の姿勢をとろうとして、アベルが剣を構えたままである事に気付いて、瞬きした。


「え…いいん、すか?」

「いいよ。」

「っしゃあ!!」

 どうやらまだ続けていいらしい。

 レオは気合を入れ直し、一度、二度と屈伸してから剣を構える。


「うぉおおお!」

 今度は横薙ぎに振った剣を、やはり受け止められる。レオはそのまま側方を通って回り込もうとしたみたいだったけど、受け止めた剣が一瞬で押し返された。

「うぁッ、た!」

 また仰け反ってしまいそうになり、レオが慌てて飛び退る。

 体勢を立て直してもう一度、今度は反対側から攻めた。今度は最初からレオを弾き飛ばすような勢いで剣がぶつかり、こらえきれず一歩後退したところでお腹に切っ先を寸止めされた。


「…うへぇ……」

 当たってないとはいえ、一瞬突き刺されたような錯覚があったのだろう。レオは苦い顔で呻き、ととと、と後退して距離を取る。

 顔を横にブンブン振って、剣を構え直した。


「だったら…ッ!」

 勢いよく駆け、ジャンプした勢いも自重も込めて、上から振り下ろす。

 受け止められたらそのまま跳び越えて後ろを取るつもりだろうか――がりゅっ、と。合わさった剣は真っ向からぶつかるのではなく、振り下ろした力が斜めに受け流されてしまって、レオは空中でバランスを崩した。


「ずぁッ!?」

 レオの剣は外側に流され、剣と自分の身体の間にアベルの剣の切っ先が現れる。

「どあぁぁあああ!!」

 咄嗟に押し返すには無理のある体勢、それも空中だった。


 ごん。


 頭を軽く平打ちされ、レオはべしゃっと地面に落ちた。


「すごーい!おうじさまつよいねぇ!!」

「そうね…」

 なにげに、アベルが剣を振るところは初めて見たかもしれない。何度か突きつけられた事はあるけれど。ゲームだと立ち絵とエフェクトだったし…。

 私はテーブルのお菓子をさくさく食べながら二人を眺めた。レオが立ち上がり、またアベルの足元をじっと見ている。


「い…一歩も動かせられてねー……。」

「あ。」

 言われて初めて気付いて、私は思わず声が出てしまった。アベルは最初の手合わせの時から一度も、身体をずらして突きを避けた時ですら、一歩も動いていなかった。レオがへこむのも仕方ない。

 とはいえ、相手はまだ十二歳なのに騎士団にも認められる強さなのだから、レオが弱いというよりはアベルが強すぎるだけだと思うわ。完全に。


「くそー……」

 悔しがるレオと違って、アベルは落ち着いている。当たり前だけれど。

 でも、(作り笑いも含めて)割と笑う印象があったアベルが、手合わせでは一度も笑っていない気がした。ただ、真剣に相手を見ているだけ。

 ……その表情は少しだけ、未来の皇帝陛下と重なった。


「アベル様!もっと攻撃してもらっていいんで、その、動いてもらっていいすか!」

「わかった。」

 レオの攻撃を受け止める事を主にしていたアベルが、頷いて足の位置を変えた。ひゅん、と軽く剣を振り、仕切り直しというように改めて構える。


 そこからは、もう…なんというか、ボコボコだった……。


 アベルはレオが受け止められるもの以外は寸止めか、軽くあてるだけにしていたから、もちろん怪我なんてしなかったのだけれど。

 レオが構え直す限り相手をしていたアベルは、最後まで息切れする事はなかった。


「ありがとうございました。」

「あ…あり、ありがとうございました……」

 礼を済ませると、レオはがっくりと膝をついた。壁際で待機していた侍女の一人が彼へタオルを渡しに歩き出す。

 アベルはこちらに歩きながら私を見た。手合わせが始まってから一度もこちらを見なかった瞳を向けられて、つい肩が揺れる。慌てて立ち上がって差し出された木剣を受け取り、自分の椅子に立てかけた。


「お疲れ様、アベル」

「うん。」

「あの…」

 気になる事があって、私は飲みかけの紅茶に手を伸ばした彼に、自分の口の横に片手をかざすポーズをとってみせる。

 アベルは紅茶を口に含んで、頭を軽くこちらへ傾けた。


「今の手合わせは、その、使ったの?」

 メリルにも届かないように、こそりと声に出した私を、クリスが不思議そうな顔で見つめている。

 アベルは紅茶のカップをテーブルのソーサーに戻し、私の耳元で囁いた。


「さすがに、子供相手に使わない。」

「…ふふ。」

 貴方も子供どころか、レオの方が年上なのに。つい笑みがこぼれてしまう。

 アベルはそんな私を間近でじっと見てから――そんなに変な笑い方だったかしら――テーブルに置いていた紙袋を手に取った。


「じゃ、そろそろ行くよ。」

「わかったわ。…レオ?アベルが帰るみたい。」

「あッ!?あぁ、ありがとうございました!めちゃくちゃタメんなりました!」

 地面に座り込んで汗を拭いていたらしいレオが慌てて立ち上がり、バッと頭を下げてから顔を上げた。アベルは軽く手を振って返し、自分を見つめるクリスにほんの僅かだけ微笑み、地面を蹴った。


「ぇ…」

 レオが愕然と声を漏らす。

 ろくな助走もなしで跳んだアベルは柵の上の方を掴み、身体を捻り上げてその向こう側へと流れ落ちた。あれはさすがに、どこかしら魔力を流したんだと思う。


「えぇえ……?」

 そうとは知らないレオは、奇妙なものでも見たような顔で瞬いていた。

 柵の向こうから馬の鳴き声と、蹄の音が遠ざかっていく。

「王子ってすげぇんだな…」

 彼が特殊なだけなので、いずれウィルに会った時に同じレベルを要求するのはやめてあげてほしい。

 それにしても…


「……なんだったのかしら、あの袋。」

 ぽつりと呟いた言葉が聞こえたのか、クリスの後方に控えていたメリルがびくっと肩を揺らした。そんな反応をされてはそちらを見るしかない。

 私の視線を受けて、メリルが気まずそうに笑った。


「えっと…同じ箱が二つ、入ってましたね。」

「二つ?」

「えぇ、てっきりペア…あっ。」

 メリルが自分の口をサッと塞いだ。言いかけたなら言っていいのにと私は首を傾げるけれど、目をそらされてしまった。なぜ、まずい事を言ったような顔をしているのかしら…。

 ジュエリーショップの袋だったし、万一誰かに盗られるとまずいから、馬と一緒にせず持ち込んだんだとは思う。玄関を通れば門番に馬ごと警備を頼めたでしょうにとも思うけれど。


 …ジュエリーショップ…ペア……って、そういう事、なの?


 ――それは、おかしい。


「レオ、大丈夫?こっちでお茶にしましょう。」

「そうだな、悪い。お前の相手として来てんのに…」

「気にしないで。」

 レオに着席を促しながら、私はちらりと、アベルが去った方を見やった。見たところで、我が家の生垣と柵に阻まれているのだけれど。


 ――彼に相手がいるとしたら主人公のあの子なのだから、今はまだ出会っていないはず。


「レオ、まけたのー?どうして?」

「ぐあっ!そ、そうだな、負けた…ど、どうしてか?うーん…」

「クリス、レオを困らせちゃだめよ?」

「はぁい」

 にこにこ笑うクリスの銀髪を撫でながら、私は敗因を考えるレオを見つめ……はっとした。

 学園で出会うはずのレオと、私はもう知り合っている。

 アベルだってそうだ。レオとの初対面は今日になった。


 元から城を抜け出して街に出たりしているアベルは、もしかしたら既にあの子と会ってるのかもしれない。それで…もう、ペアのアクセサリーを作るほど……


「くぁあ…公爵家の菓子うめぇ…」

「でしょー。たくさんたべていいよぉ」

「ありがとなー、クリス。」

 ほのぼのとした二人の会話を聞きながら紅茶を傾け、私は目を閉じた。


 ――み、見たかった……!


 つい眉間に少し力が入る。

 間違ってもガチャン!なんて音が立たないように、手の震えを隠してカップを置いた。


 どんな…どんな会話とスチルが出ていたのかしら……うっ、すごく気になる……!仮に近くにいても覗き見なんてとてもできな…いえ、こっそり遠目に見たかもしれないけれど。

 アベルがペアのアクセサリーを持つなんて、ゲームにはなかったし……。


「くぅ…!」

「あねうえ?」

「どした?シャロン」

「なん…なんでもないわ。」

 つい声を漏らしてしまって、心配してくれる二人に苦笑いを返す。なぜかメリルが悲しそうにそっと目を伏せているけれど、ひとまずクッキーでも食べて落ち着きましょう。さくさく…。


 ――…あの子を、探すべきかしら。


 テーブルに目を落として、私は一人考える。

 ジェニーを、チェスターを助けられるか悩んだ時、その方向性を考えなかったわけではない。


 だって、ゲームの運命を変えるのは彼女の行動だから。


 たとえ前世の知識で少しばかり努力をして、自分を変えられたとしても。あくまでサブキャラのシャロンである私には、限りがあるかもしれない。

 それならレオに出会ったように、主人公との出会いを早める事もアリなのではないか、と。


 ただ一つ致命的なのは、彼女がどこに住んでいるか知らない事だ。


 王都の下町のどこか……であるはずなのだけれど。

 下町と一言で言っても、それなりに広い。ゲームでは「下町」としか表現がなかったし、アベルに連れて行ってもらった時みたいに、あてずっぽうで聞き込みに回ると不審者みたいでしょうし…。


「それほどまでにショックを受けられて…やはり本命は……」

 メリルが何か言っている。しまった、ぼーっとしていて聞き逃したわ。

 顔を上げてメリルに聞き返そうとしたけれど、その前にレオと目が合った。


「大丈夫か?顔が暗いぞ」

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまって…」

「悩み事か……俺でよければ聞こうか?」

「ありがとう、レオ。でも…」

 大丈夫よ、と言おうとして、言葉が途切れてしまう。

 彼も下町に住んでいるはずだわ。


「……レオ、ちょっと内緒話をしても?」

「ん?おう!いいぞ」

 快諾されたので、私は席を立ってレオの傍へ近付いた。

 口の横に手をあて、耳元にこそこそと囁く。


「髪が白くって…瞳が赤い女の子、知ってる?」

「あぁ、聞いた事あるな。」

「えっ!?」

 私は目を見開き、つい口を押えて後ずさった。

 その反応にレオも、メリルもクリスも不思議そうにしている。


「――レオ、ちょっと来て!」

「へ……?」

 きょとんとした彼の手を掴み、私は屋敷の玄関へと走り出した。





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