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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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487.堂々としてて格好良い




「気味が悪いな」


 あ、私に言ってる。

 そう思った時にはもう、顔を上げてそっちを見ちゃってた。知らないおじさんと目が合って、その人は怖いものでも見たようにギョッとして、奥さんと子供の背中を押して離れていく。

 この白い髪を気味悪く思って、この赤い瞳が怖かったんだと思う、けど…


 ――…懐かしい反応だな、なんて。


 それだけ。

 校舎から温室に続く道の途中、気持ちが落ち込んじゃうような事はなかった。

 学園の人達は大体がもう私を見た事があって、ああいう「初めて見た」って反応をされる事はもうない。

 けど今日から三日間は、女神祭に合わせて学園祭が開催されてるから。通路も教室も一般の人があちこちを歩いて、かなり賑わっていた。ああいう人もいるだろうなって、予想もしてたから。


 昔はいちいち落ち込んでたけど……お父さんともお母さんとも違って、それでもこの白は私が生まれ持った色で。

 シャロンやウィルフレッド様が「美しい」って、帝国のあの人が「揃いだな」って、笑ってくれた色だ。

 瞳の赤色はホワイト先生とおんなじで、レベッカは「あたしの髪もあけーし」って言うし、デイジーさんは「珍しいけど、それだけよ」って言う。


 だから、あんな反応をされても今は平気。

 見慣れないものに驚く人はいるし、避けたくなる気持ちも…わからなくはないし、じろじろ見る人もいて、その全員が私に何かしてくるわけじゃない。

 私はただ普通に、背筋を伸ばして歩いていられる――…、けど。


 今から少しの間だけは、隠さないといけない。


 温室の入り口が見えてきて、私はどきどきしながらローブのフードをぱさりとかぶった。髪が見えないようにしっかり。見えちゃうとすぐ私だってわかるから、目立たないようにして。

 フードで隠すのは貴族の子が多いって聞いたから、いつもよりちょっとだけ姿勢を気を付けてみたりもして。えっと、シャロンみたいに、シャロンみたいに……。

 とにかく顔を見られずに、私だって気付かれないように。


「解説をご希望される方、こちらへどうぞ!教師が担当致します十時の《薬学コース》は、まもなく開始です!」


 温室の職員さんが大きい声で案内してる。

 そう、私が来たのはこのため……一日にたった二回限り、ホワイト先生直々の解説付きで見て回れるコース!


 学園祭の間――もちろん生徒に対しては、普段からある程度――温室は解放されてて、見に来た人達は自由に回れるようになってる。

 でも、解説付きが良いなって人は時間が決まってるんだよね。


 お客さんをぞろぞろ連れて温室を案内してく、その役目は《薬学》や《植物学》で成績の良い生徒だったり、普段温室で植物のお世話をしてる職員さんだったり……ホワイト先生自身だったり。


 すごいよねって思う。

 だって、ホワイト先生がつきっきりで一緒に温室を回ってくれる機会なんて――当たり前だけど――まずない事だから。


 復習はもちろん、新しく知る事だって絶対あるだろうし。授業は真面目に受けてるけど、それが全部じゃないのはわかってるから。

 貴重な機会だから、一度だけでも絶対聞きに行こう!って決めてたんだよね。


 そしたらデイジーさんが、上級生にここ数年の事を聞いてくれて。狙い目は初回……一日目の十時らしいって教えてくれた。

 噂を聞きつけて、回を重ねるごとにお客さんが増えちゃうんだって。…ホワイト先生、すごく格好良いもんね。

 またゴーグル外したところを見られないかな…なんて考えちゃって、慌てて頭を横に振る。


「ご機嫌ようございます、ホワイト先生。お声を聞きたくて来てしまいましたわ…!」

「先生ー、これ毒系はどこまで回るの?普段禁止のとこ行く?」

「ちょっとどいて!最前列は私よ!」

「邪魔しないで、私が一番近くに行くんだからっ」

「押さないでくださーい!そちらの方、解説は拡声されて聞こえますので落ち着いて!皆様、これより近付くのはご遠慮ください!」


 ……なんか、参加希望の人が二、三十人ぐらいいるけど……!これ、ほんとに少ない方なのかな?八割ぐらいは女子生徒か若い女性だ。

 声を張ってる職員さんの後ろに立つホワイト先生は、参加希望の人達の方を…向いてはいるけど、見てるかはわからないや。いつも通り赤いガラスのゴーグルをしてる。


 デイジーさんの言う通り、フードをかぶって来てよかった。

 ああいう人達と同じ目的で来てるとは、あんまり誤解されたくないもんね。先生自身がそう思わなくても、見た人が言い触らす事だってある。そしたら、私と仲良くしてくれるシャロン達も悪く言われちゃったりするから。


 今回はとにかく目立たないように。

 質問があったら、また今度聞けるようにメモだけしておこうかな。


 私はざわざわしてる人達の一番後ろにそっと加わった。

 職員さんが「拡声する」って言ってたけど、ここからでも聞こえるかな?ちょっと背伸びして、前の人の肩越しに、少し距離のあるホワイト先生を見る。


「《薬学》と《植物学》を教えている、…ルーク・マリガンだ。今回はおれが解説を担当する。」


 わっ、すごい。

 先生の声が上から聞こえてたから、つい天井を見ちゃった。もちろん何もない。

 入学式の時、壇上のウィルフレッド様の声がちゃんと私達にも聞こえたり…剣闘大会の時、飛び回るエンジェル先生の声がコロシアム全体に聞こえてたり。

 そういうのと同じ系統の魔法なのかな?これくらいの広さでもできるんだね。


「一か所終えるごとに、質問がないか聞く事になっている。そこに展示された植物と関係のない事には答えない。勝手に手を触れたり、職員の指示に再三従わない場合は出て行ってもらう。」


 人が多くてちょっとしか見えないけど、ホワイト先生、今日も堂々としてて格好良いな……って、見惚れに来たんじゃなくて。

 しっかりしなくちゃって、音がしないようにそっとほっぺたを押さえた。

 勉強しに来たんだから、私は。


 ちなみにありがたい助言をくれたデイジーさんは今頃、大講堂で侍女さんを目指す人向けの講義を受けてるはずだ。


 学園祭は楽しそうなイベントがあったり、レポートの提出が大変だったりはもちろんだけど……生徒の将来のために企画されてる事も、結構ある。

 それは自分の力をつけるための勉強だったり、将来雇ってくれるかもしれない人にアピールできる機会だったり……卒業生からお仕事の実情を聞けたり。


 デイジーさんは騎士団に関わる講義だけ聞くのかなって思ってたから、私は驚いたけど……「騎士の仕事と言っても色々あるのよ」って事らしい。

 任務の中ではもしかしたら、侍女さんのフリをして偉い人の護衛をするかもしれない。怪しい動きをする侍女さんに気付くには、その仕事内容を知っていた方がいいし、とか……こういうの、視野が広いって言うのかな?

 代々騎士団に入ってるターラント男爵家では、子供が女の子なら侍女の講義も受けさせる習わしになってるんだって。


「…注意事項は以上だ。ついてこい」


 先生が歩き出して、前の方では女の子達が喜んで返事してる。

 遅れないよう後に続きながら、私はちょっと悩んでいた。学園祭はたった三日。せっかくだし、私も何か……特別講義を受けてみようかな。


 なんて考え事をしてたら前の人が立ち止まって、先生の解説が始まった。

 他の事は一旦忘れなくちゃ。



 授業で習ったもの、習ってないもの。ホワイト先生は淡々と温室を巡って解説していく。

 その間にこそこそ聞こえてきた内緒話によると、先生を間近で見られるからって、リラの街から毎年来てる人もいるみたい。


 後ろの方――私に近いところで、先生の態度が冷たくてつまらないわ、なんて呟いた人がいて。毎年来てるって言ってた人達は顔を見合せて、「わかってないわね」みたいに首を横に振った。


「先生はあのつれなさがイイのに」

「いつも落ち着いていらして、素敵よねぇ。お父様やお兄様にも見習ってほしいわ。」

「でも、あわよくばいつの日か…淡く微笑むあの方も見てみたい……」

「ええそうね、自分にとは言わないから、奥方にだけ優しい笑顔とか…遠目からでも見られたら……ッキャー!」

「やだぁ!最高過ぎますわ!」

「えー、お嬢様がた、お静かにお願いします!」


 職員さんの声が飛んだ。毎年こうなのかな、急に叫び出す女性に驚いた様子がない。

 ホワイト先生本人はというと、聞こえてるのか聞こえてないのか、反応する事は一切なかった。


「この長い葉はそのまま食べると喉、食道、胃、場合によっては気道にも炎症を起こす毒だ。しかし薬液に一晩漬け、乾燥させ磨り潰した粉末を吸い込む事で、一時的に声質を変化させる効果が生まれる」


 ……こういう、薬の作り方を聞く度に思うんだけど。

 最初にやった人は何でそんなの見つけられたんだろう?私なら、毒だなって思ったらもう触らないのに。

 量を調節したら、ジャッキーみたいに色んな声が出せるのかな…?


「もっとも、地声が判別できない程度の嗄声(させい)になるというだけだ。変声粉の使用は聞けばわかるし、誰かに似せるような事はできない。」


 心を読まれたかと思った。

 誰か質問があるかどうかって聞いたホワイト先生に、生徒の男の子が「させい」ってなんですかって聞いてる。

 実は私もわからなかったから、聞いてくれるのはありがたい。先生の回答によると、しゃがれた声になる事をそう言うんだって。

 変声粉も、一分もたない量なら子供向け玩具として出回ってたりするみたい。


「次は上階に移動する。」


 そう言った先生の後について、皆で階段を上る。

 吹き抜けから一階を見下ろしてみると、自由に見て回ってる人達の他に、別の職員さんに案内されてるグループがいた。あれは観賞用のお花を回るコースかな?子供を連れてる人が多いように見える。

 そんな事を考えてたら……入口の方から歩いてくる、意外な人の姿が目に入った。


「えっ。」


 つい声が出ちゃったのも仕方ないと思う、バンダナを鉢巻みたいにした焦げ茶の髪、雑な歩き方…間違いなくレオだ!

 《植物学》も《薬学》もとってないのにどうして……って思ったら、隣を歩いてる子とお揃いの腕章をつけてる。そっか、《巡回係》!ここも見回りのルートに入ってたんだね。 


「ねぇ、あれスペンサー伯の娘でしょう?大会でホワイト先生に止められていた……。」


 私より少し前を歩いてた子がぼそっと言った。

 一緒にいた子が「本当ね」って、ちょっと嫌そうな声で言って足を早める。


 そうだ、あの青っぽい灰色の髪はダリア・スペンサーさん。

 ウィルフレッド様やアベル様と同じ、《剣術》の上級クラスを受けてる女の子だ。私とは一度だけ話した事がある。


 前期試験の後、アベル様と訓練――というか、私が初心者過ぎて、追いかけっこでしかなかったけど――してもらった時に、「デートですか」なんて聞いてきて。


『シャロン様もホワイト先生と二人っきりだったので。今日はみ~んなデート日和なのかなって思っただけですよ。』

『ご、誤解を招くような言い方っ…止めた方が……』

『んひっ、嘘はついてませんとも。』


 なんとなく、苦手な人だ。

 レオ、あの人とペアなんだね……三日間ずっとなのかな。今日一日ずっと?時間で交代かな……巡回係について、もう少し聞いておいてもよかったかも。


「最後尾の方ー、大丈夫ですか?進んでますよー!」

「っ!」


 拡声された職員さんの呼びかけが聞こえて、私は慌てて階段の残りを駆け上がった。




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