485.穏便な片付けを
女神祭初日。
普段以上に賑やかな孤島リラのメインストリートを進んでいけば、大きく開かれたドレーク王立学園の正門へと辿り着く。
生徒達が住む寮など一部の区域は別として、校舎や温室、コロシアムや馬術場などは今日から三日間、一般の人々にも開放されるのだ。
「こ、校内図や催しの案内は、こちらでパンフレットをお配りしていますよ~。」
正門から入ってすぐ横の簡易テントで声をかけているのは、《生活算術》《魔法学》初級担当の教師スワンだ。あまり大きくない声を振り絞り、《案内係》の腕章を付けた生徒達と共に一般客の対応をしている。
まだ午前中だが、テント内の受け渡し窓口全てに列ができる程の盛況ぶりだった。
「こんなに人が来るんだな。まさか、開く前から並ぶ人までいるとは思ってなかったぜ。」
《巡回係》の腕章を左の二の腕につけ、一年生のレオ・モーリスは琥珀色の瞳を丸くして言う。
彼は短い焦げ茶の髪で、バンダナを鉢巻のように額に巻き、腰には学園から借りた剣を携えていた。十二月の屋外とあって制服の上からローブを纏っているが、前は開けたままだ。
隣を歩く女子生徒がにやりと笑う。
「んひっ。そりゃあ今年は殿下達もいるし、公爵家の方々もいるしねぇ?」
レオと同じく一年生のダリア・スペンサーだ。
青みがかったグレーの髪は前髪を真っすぐ切り揃え、後ろ髪は肩につく程度まで伸ばしている。四角い眼鏡に青い瞳、両耳には幾つもピアスをつけていた。
父は王国騎士団で副隊長を勤める程の男だが、その娘である彼女自身は第一王子に忠告されたり学園から始末書を書かされたりと、やや問題児である。
「ぼく達みたいな係と違って、殿下達は大体が遠目からわからないようフードをかぶってるはず。でも、叶うならお近くで拝見したいと思うものなんじゃないかな。平凡なイチ国民としてはさ。」
「確かに…俺が生徒じゃなくてこの島に住んでたら、どんだけ歩いても殿下を見にきたかもなぁ。」
「……きみ、ホントに歩きそうだよねぇ。馬車が通る横を平然と。」
「そういや、あんた――…や、スペンサー…さん?今日はアレ巻かないのか?」
レオは平民でダリアは伯爵令嬢だ。
辛うじて「あんた」呼びを言い直したレオだが、「さん」で済ませるのも指して聞くのも非常に失礼である。ダリアは嫌みったらしく笑い、自身の首に巻いた薄手のマフラーを指先でつまんでみせた。
「剣闘大会で使った襟巻の事言ってんの?」
「おう。デュークに聞いたけど、あれ中に鎖が入ってる武器なんだろ?どうせなら…」
「あれが人の多い場所の警備に向いているとでも?きみ、馬鹿の自覚があるなら考える努力をしなよ。」
「うっ……」
鼻で笑うダリアの顔には明らかな嘲りが浮かんでいたが、レオは癇に障った様子もなく自省して肩を落とした。
それを見たダリアは笑うのをやめ、片眉を僅かに上げる。
――その素直さは美徳で愚直だね。タチの悪い奴が上につくと、使い捨てられるか潰されるタイプだ。けど、ベインズ卿にアベル殿下、シャロン様……平民にしては異常な高位との繋がりがそうはさせない。人の運が良いんだろーけど……ま、こういう奴はそこで妬まれても気にしないか。
隣を歩くダリアの表情の変化も、観察されている事にも気付かないまま、レオは苦い顔で頭を掻く。
「俺、考えた事すぐ口に出しちまうんだよな。組んでる間、なんか面倒かけたらごめ…すみません。」
「いいよ、きみ最低限の事はわかってるし。」
なんてことないとばかり、ダリアは肩をすくめてみせる。
対貴族で考えると本当の本当に最低限だが、《巡回係》に任じられるだけあって、罵られてすぐ飛び掛かるような馬鹿ではない。
デュークほど頭は回らないし力も劣るが、よく通る声とはっきりした発音は周囲への注意喚起や応援要請に向いている。
その点だけで言えば、即座に正確な発音ができないデュークは落第点だ。
「もし厄介な貴族に出くわしたら、ぼくが適当に喋ってる間に誰か連れてきといて。」
「あー、係の集まりでも言われたもんな、全部を自分達だけでどうにかしようとしなくていいって。」
「そーいうこと。」
《巡回係》は基本的に二人組であり、貴族が問題を起こした場合に備えて、平民のみで組む事はない。
教師や生徒会から推薦されて受けた者や立候補者からなり、時間帯によって見回る場所が決まっている。そして生徒には学園側から給金が支払われる仕組みだ。
誰と組むかは本人達も希望を伝える事はできるが、必ずしもそれが反映されるとは限らない。なお、レオとダリアは組む相手について何も希望を書かなかった者同士である。
《案内係》のキャサリン・マグレガーが盛大に転んでパンフレットをぶちまけるのを横目に、ダリアは助けに行こうとしたレオの肩を掴んだ。
「そろそろ時間だ、次に行こうか。」
南東校舎三階および四階サロン。
普段は生徒達の会合や茶会、談話や勉強会など様々に利用されているが、女神祭の間は《出張店舗コーナー》としてあらゆる店が集っている。
香水やアロマキャンドルを扱う精油店、研ぎ師、宝飾店に占い師、謎めいた化粧師まで。
大小様々なサロンをある者は貸し切り、ある者達は合同で使用して、各々新規顧客の獲得や常連への限定物販売に精を出していた。
「「いらっしゃいませー!」」
開け放たれた扉の中、明るい声が響くのはユーリヤ商会所属、《パット&ポールの何でも雑貨店》だ。
赤紫色の髪と瞳の幼い兄弟、商会の制服を着た七歳のパット・ノーサムと五歳のポール・ノーサムが店員を務めている。
来店者に気付いた二人は声を上げながらそちらへ駆けた。
「《パット&ポールの何でも雑貨店》にようこそっ!」
「ようこそー!なんとっ、今日げんてーひんがありますので……あっ!」
「ふふ。ご機嫌よう、二人とも。」
やってきたのは黒髪の男女。
艶やかな長髪に人形のごとく整った美貌を持つ姉、《占いの館》の主人であるクローディア・ホーキンズと、男前ながらニコリともしない真顔の弟、シミオン・ホーキンズだ。
パットが弟と顔を見合わせ、唇の前に「シッ」と人差し指をあてた。ポールがこくこくと頷いて声を小さくする。
「占いのおねえちゃん、よーこそ!おみせはいいの?」
「ええ、開けるのはもう少ししてからです。最初からでは疲れてしまいますから」
「ふうん?」
占いを行っているのがクローディア・ホーキンズである事は内密だ。
謎めいている方が都合もよく人々の好奇心も掻き立てられるものだとノーラは言うが、ポールはあまりよくわかっていない。
ただ彼女が《占いの館》の格好をしていない時は、大声で「占いのおねえちゃん」と呼んではならない事だけは知っていた。
クローディアの手からころりと個包装のチョコレートを渡され、ポールは叫ぶ代わりに目をまん丸に見開いて何度も頷き「ありがとう」を伝える。
兄であるパットは口の横に手をあてて囁いた。
「シミオン様、ノーラ今はいないよ。」
「…そのようだな。《特別講義》まで時間があるから、まだいるかと思ったが。」
大講堂ではドレーク王立学園の卒業生による講義が行われる。
ツイーディア王国で人気の就職先についてが主であり、同じ「騎士団」でも騎士と事務方、「侍女」でも勤め先の階級や領地によるなど、時間帯によって内容は異なっていた。
気になる講義を幾つ聞こうとも、生徒は聴講無料である。
「十分くらい前まではいたけど、あれに巻き込まれちゃうから先に逃げるって。」
そう言いながらパットが指したのは賑やかな店内だ。
カウンターは応援で呼ばれたユーリヤ商会の人間が対応し、店長のフェル・インスは店の角で泣きじゃくる五、六人の令嬢に囲まれている。
「うっ……ぐすっ、た、耐えられません…!コリンナ様が偶然指した先に居たのが、こんな男だなんて……!」
「争っていたわたくし達がいけないの……争ってしまったから、あの方はああするしかなかった!」
「だからってなにもこんな!胡散臭い商人風情――こほん、失礼。心の中でどう利用してやろうと企んでいそうな不埒極まりないどこの生まれとも知れぬ殿方が、コリンナ様の学園最後の優勝を《祝福》するなんて…」
「気を強く持ちましょう、皆様。この男は所詮、あの一時だけの関わり……!」
「そう、よね…時折この男に会いに行かれているなんて噂、根も葉もないデタラメですわよね……」
どうやら剣闘大会の四年生優勝者、コリンナ・センツベリー伯爵令嬢の件で詰め寄られているらしい。
彼女は今大会の学年優勝者の中で唯一の女子生徒であり、特に同学年の女子生徒から人気が高かった。学年でもっとも票を集める《祝福の乙女》すらコリンナ自身が選ばれ、彼女が褒賞授与の役目に選んだのは、期待に目を輝かせる同級生の女子ではなく――…誰あろう、フェル・インスだったのだ。
「いやァ~、はは……どうでしょう皆さん、それより本日限定!限定の商品が…」
長い黒髪を後ろで束ね、苦い微笑みを浮かべるフェルはパット達と同じ商会の制服を着ている。
普段通りにサングラスをかけ、「どうどう」と言いたげに両手のひらを胸の前に掲げて、背は既に壁に張り付いていた。逃げられない。
「まぁ……あれだけの令嬢を泣かせるなんて。ふふ、罪な方ですね。」
欠片も思っていない事を言い、クローディアはくすりと笑って扇子を広げた。
令嬢達はホーキンズ伯爵家なら問題なく仲裁できる顔ぶれだったが、暴力も脅迫もないこの事態。わざわざ出てやる必要はなかろうと考えている。ノーラやフェルのような人々は、少し困っている姿をこうして遠目に見るのも面白い。
片やシミオンは、ちらりとパットを見下ろした。
「なかなか騒がしいな。店の迷惑なら片付けるが」
「お前は穏便に片付けられないでしょう。」
隣に立つ弟を見やりもせず、クローディアが落ち着いた声で口を挟む。
流石に今ここで剣を抜くような真似はしないだろうが、本人にその気なく令嬢達を威圧してしまう事くらいはやりかねない。姉に視線を移し、瞬いたシミオンが僅かに首を傾げた。「穏便にできますが」とでも言いそうである。
「んとね、ノーラは『ほっときなさい』って言ってた。そのうち終わるからって」
「そうか」
パットからノーラの言葉を聞き、シミオンはあっさりと引き下がった。
その横をするりと抜け、新たな来店者が自身のローブのフードを軽く持ち上げる。
内側に見える赤茶色の髪は緩くウェーブがかっており、編み込みを作って後ろで結んでいた。茶色の瞳を抱く垂れ目は色っぽくも優しい印象を与える。
振り返った令嬢皆がどきりと胸を高鳴らせるような笑顔で、チェスター・オークスは声をかけた。
「ここで会うなんて奇遇だね、お嬢さん達☆どうしたのかな?」
「オークス様!なぜここへ…」
「こ、これは誤解ですチェスター様!わたくし決して、断じてこんな男に惹かれてなど!」
「大丈夫だよ、落ち着いて――あ、そのバレッタ初めて見るね?よく似合ってるよ。」
一人一人名を呼ばれ、フェルに詰め寄っていた令嬢は皆が彼の方へ引き寄せられていく。シミオンには到底無理なやり口だ。
話を聞きながらそれとなく彼女達を廊下へ連れ出していくチェスターを見送り、姉弟は令嬢達から死角となる位置に立っていた黒髪の少年へ目を向ける。
フードによって影のかかった端正な顔立ち、その中でも光を反射して煌めく金色の瞳。
今すぐ最高の淑女の礼を捧げたい気持ちを堪え、クローディアは微笑んだ。
「ご機嫌ようございます。殿下」
予想外に執筆時間が全然とれず想定の倍以上空きましたが、始まりました。
定期的な更新が難しいことも多いと思いますが、少しずつ書いていきます。
まったり見守って頂ければ幸いです。




