484.揃いを見せるための物
明日から始まる女神祭に備え、リラの街も賑わっていた。
港から王立学園へ真っすぐに伸びる大通りは特に活気があり、立ち並ぶ店は軒先を布や花々で色よく飾り付けている。看板には値下げや新製品紹介に「期間限定」の文字が付き、観光客は明日から一般の立ち入りが自由となる王立学園目当ての者も多い。
明日に向けて孤島リラを目指す船は多く、港は普段以上に騒々しかった。
ゆえに――…
「あァ、ようやく着いたな。」
到着した客船がたった一隻増えた程度で、それが人々の注目を浴びる事はない。たとえ中から地元住民の知らない人物が出てこようと、それは知らない大勢の中の数人に過ぎないのだから。
雲の向こうから太陽光が柔らかく降り注ぐ午後のこと、離島エクレビス発のとある客船から四人の男が降り立った。
「ンッフフ。懐かしいですねぇ…学生時代を思い出します。」
他の三人より二十センチ近く背が高いだろう薄緑色の髪の男が笑う。
前髪を後ろへ流してハーフアップにまとめ、目は開いているか閉じているかわからないほど細い。彼はツイーディア王国騎士団一番隊所属、第二王子付き護衛騎士――ロイ・ダルトン。
「気が早いな。学園まではまだまだ距離があるだろう」
そう言って苦笑したのは二十歳ほどの青年だ。
橙黄色の短髪を左の横髪だけ首元へ伸ばし、細い三つ編みに結っている。同じ色の瞳は一見すれば穏やかだが、凛々しい眉も相まってどこか底知れない雰囲気を漂わせていた。
ツイーディア王国特務大臣直下、特別使節団所属の侯爵令息――ジャック・ライル。
二人は騎士団や使節団の制服ではなく旅装に身を包んでいるが、各々きちんと帯剣し、軽い話をしながらも周囲の警戒は怠らない。
彼らの任務は帝国からの来賓を守る事だ。
「……上空よりマシですが、少々冷えますね。」
藍鼠色の短髪を濃紺のウィッグで隠した青年は右目に片眼鏡をかけており、そのチェーンは右耳のイヤーカフへと繋がっている。ガラスの奥にはバイオレットの瞳があり、敵を探すようにじろりと周囲を見回した。
アクレイギア帝国元第一皇子にして、現第一皇子補佐官――ルトガー・シェーレンベルク。
苦手なものは齧歯類。
「まぁ、眠気覚ましにはよかろう。」
襟足を伸ばした朱色の髪も左耳のピアスも茶色のウィッグで覆い隠し、特徴的な白い瞳はサングラスの向こう側。
にやりと笑って見えた歯は鋭く、立ち姿は堂に入っていてまだ十六歳とは思えぬほどの風格がある。
最後に降りてきた彼こそがアクレイギア帝国第一皇子、次期皇帝の呼び声高きジークハルト・ユストゥス・ローエンシュタインである。
ルトガーは紳士服にコートを羽織り、ジークハルトはきちりと前を閉めたロングコートにマフラーと、他よりも着込まされていた。
彼のスタイルの良さを晒すと仕草の一つ一つもさらに際立つのでそうしたのだが、改めて眺めたジャックは微笑を浮かべたまま心の中で渋い顔をした。
わかってはいたが、ここまでしてもなおジークハルトは異質だ。通りすがり程度なら問題なくとも、じっくり見れば見る程に只者ではない。
だからこそ、たとえお忍びであろうとも一般市民としては扱わなかった。
「若旦那様!」
後ろから声をかけられ、四人は振り返る。
離島エクレビスからこの孤島リラまで船を操り、管理し、もてなしてくれた船員達だ。掃除人や料理人までもが整列する中、船長が丁寧に一礼して顔を上げる。
「この一週間、実に楽しく仕事をさせて頂きました。皆様がこちらで良い時間を過ごせるよう、乗組員一同心よりお祈り申し上げます。」
「お勧めはオールポートの海鮮ですからね、どうぞリラの女神祭をお楽しみください!」
「貴方がたを無事に送り届けられてよかった!」
「酒はバー金糸雀で!」
「いやいや、呑むなら孔雀亭でしょう」
「ジルの若旦那、海を渡る時はまたご贔屓に!俺達に任せてください!」
「次はポーカー負けませんよ!」
「この度はご利用ありがとうございました、また会える日を楽しみにしています!」
「お元気でー!」
逞しい海の男達に笑顔で送り出される一行に、港にいる人々の視線も集まってきた。
立て続けに声をかけられたジークハルトは瞬き、「くはっ」と笑う。
「ああ、またいつかな。――貴様ら、ここまでご苦労だった!」
「「「はい!!」」」
喜んで敬礼する船員達は軍隊の如く揃った声を返し、人々は何事かと彼らの様子を窺った。
ますます人目を引いたとジャックは苦い顔で笑い、「ンフ」と漏らしたロイは楽しそうに口角を上げている。踵を返して歩き出した主君の後にルトガーも続いた。
自身を見る人々の事など目もくれず、ジークハルトは機嫌よく靴音を響かせる。
かくして――護衛二人に補佐官一人を引き連れて、彼はリラへとやって来た。
用意された宿泊場所は王立学園の西、ドレーク公爵家が所有する古城だ。
港で待機していた馬車は二台。片方に荷物が積み込まれ、もう片方に四人で乗る。ジークハルトは御者の男や広々とした馬車、二頭並んだ馬をちらりと見回してから乗り込んだ。
――さすがに、ここには来んか。
ルトガーから視線で「どうかしたか」と尋ねられ、僅かに口角を上げて「なんでもない」と示す。
馬車が静かに動き出し、ジークハルトは欠伸を噛み殺した。
数刻の時を経て太陽は海の向こうへ沈み、暗い夜空に星と月が現れる。
ジークハルト達が晩餐のために客室から食堂へ下りていくと、そこには予定通りツイーディアの双子の王子と特務大臣アーチャー公爵の娘、それぞれの従者の姿があった。
初対面となるルトガーが黙って彼らを観察する傍らで、ジークハルトはにやりと笑う。誰もが彼の正体を知るこの城内では変装の必要もなく、歩く度緩やかになびく朱色の髪も特徴的な白い瞳もそのままに晒されていた。
ジークハルトに対し、ウィルフレッドとアベルが先に前へ進み出た。シャロンは見知らぬ青年を供にして一歩引いた位置にいる。
「久しいな。ウィルフレッド、アベル。」
「ああ、一年振りだ。貴方は変わらず元気そうだな」
「当然だ。でなければこれ程の遠出はできんだろう」
そうウィルフレッドと話すジークハルトの傍らにはルトガー、後方にはロイとジャックが控えていた。
アベルはロイに対して僅かに頷いてみせ、シャロンも久し振りに会う父の部下と目を合わせて僅かに微笑み合った。
――シャロン様、大きくなられたな。隣の灰色頭は閣下に聞いていた使用人か………
そこまで考えて、ジャックは人知れず呼吸を止める。
見間違いかと改めてウィルフレッドとアベルを見やり、間違いでは無かったと気付いて細く息を吸い込んだ。
――あのブローチの宝石は、明らかに…殿下達のカフとの揃いを見せるための物だな。生まれからしていずれそうなるのかもしれないが、婚約が決まっているわけではないはず。大丈夫なのか?
ジャックにとって、シャロンのイメージは公爵邸の庭でほわほわと微笑む幼女だ。片腕で抱き上げられてしまう程小さく、焼き立てのロールパンのように柔らかい手をした幼女だ。
まだ小さいのにふらつく事なく淑女の礼を披露して笑っていた少女だ。緊張して上司を待つ間、応接室の窓越しに「ライル様はどちらが《良い》と思われますか」と、小枝を二本持って来た少女だ。真剣な顔で小枝を掴んだまま、オレンジ髪の侍女に回収されていった少女だ。
ディアドラ夫人の娘らしく剣術を学び出したという話も聞いたが、ふわりと微笑むシャロンの汚れなき瞳は変わらない。
そんな彼女が王子二人による取り合いに心を痛めてはいないか、やや心配になってしまうジャックであった。
――あるいはジークハルト殿下への牽制で、今回に限って着けさせている?それが効くような方ではないが…
まさか、シャロンが欲しがって王子達に揃いでつけさせているとも思えない。
もしジークハルト対策ではなく普段から揃いで身に着けているのであれば、王子達は既にシャロンを手放す気がないのだろう。
――入学まで令息との交流をほぼ許さなかった閣下の溺愛ぶりも中々だが、その分、例外扱いだった殿下達とは予想以上に絆が深まった…という所か。
護衛としての警戒は怠らないまま、ジャックは娘の結婚の話題が出る度に見えない圧が漏れ出ていた上司の顔を思い浮かべる。
以前宰相マリガン公爵から「相手の候補は決めているのか」と問われ、その場では「考えてはいます」と簡素に答えていた。しかしながら、公爵が去った後の形相はすさまじかったものである。
――閣下がアレで、最有力だろう殿下達がコレじゃ……候補の奴らも大変だろうな。そこで名が挙げられるのは誉れだが、シャロン様本人の意思を勝ち取らない限り難しいだろう。
まさか上司が自分の名を挙げているとも知らず、ジャックは面談の様子を見守った。
ウィルフレッドとアベルの挨拶が終わり、ジークハルトの白い瞳がシャロンを見下ろす。
対面の距離で見た白い瞳に、睨まれてもいないのに「勝てない」と察するほどの圧倒的な威風。シャロンの傍に控えるダンは小さく息を呑んだ。
自分一人ではシャロンを守れない。
噂に聞いて知っていた、察していた事実を今こうして改めて、肌で感じている。
――…お嬢も王子達も、よくこいつを信じたな。
いくら快活に笑っていようと気さくな語り口であろうと、歴史の中で休戦協定を幾度も一方的に反故にした帝国の、それも暴虐皇子だ。仮に性格が合ったとして、それでも疑念と恐怖が勝ってもおかしくはない。
偶然遭遇して正体を知った割に呑気だったカレン達とは違う。
ウィルフレッドもアベルもシャロンも、ジークハルトが「その気になった」場合にどれほどの被害が出るか理解した上で、なおも「そうなる可能性は限りなく低い」と信じた。
『…ダン君なんでそんな余裕なの?初めて会う帝国軍人がよりによって殿下だよ。緊張とかしない?』
『すんだろうけど、今じゃねぇだろ。』
『はは、そうなんだけどね。』
チェスターと話していた通り、ダンは自分の心音が聞こえそうな程に緊張している。
一方のジークハルトはそんな様子に目もくれなかった。相変わらず自分を恐れない薄紫の瞳を真っすぐに見つめ、ゆるりと口角を上げる。
「来てやったぞ。シャロン」
「はい、殿下。ありがとうございます」
公爵邸の空を飛ぶ一羽のカラスに手を振ってから、およそ八か月。
ゲームのシナリオを大きく捻じ曲げ、ウィルフレッドルートの《ラスボス》ジークハルトは学園都市リラに現れた。
確かな信頼をその胸に、主人公の《親友キャラ》シャロン・アーチャーは美しく微笑んで言う。
「ようこそお出で下さいました。心より歓迎致します」
またあの二人なのかと、どこかで誰かが考えた。
長い長い時を経て、またしても。
【 偶然とも必然とも言い難い縁を、何と呼ぼうか。 】
ハピなしを読んで頂きありがとうございます。
いよいよ女神祭が始まるという事で、準備のため次回まで少し間が空くかと思います。
まったりお待ち頂ければ幸いです。




