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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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47.レオの挑戦 ◆

 



『まさか、貴方が…』


 森の中、人だかりに駆け寄っていくと、そんな声が聞こえた。

 鉄臭さは間違いなく大量の出血を示している。あの方が無事であろう事は間違いようもないが、集まっていた騎士に阻まれてまだ先は見えない。


『ひっ…うわあああああ!!』

 騎士達は何かに怯えたように一斉に逃げ出した。

 左から右から構わずぶつかられ、思わず顔をしかめる。私は逆らうように前へ進んだ。


『陛下が!皇帝陛下がご乱心なされたぞー!!』

『助けてくれぇ!!』

『殺される!助けて、』


 …何を言っているんだ?

 私はますます眉根を寄せて足を速めた。騎士達が散ったお陰でようやくそこへ…


『……こ、れは』


 粗末な小屋の前で、騎士達が十名ほど地面に倒れていた。

 小屋の扉は強引に開けられたのか、蝶番ごと外れて地面に落ちている。中は真っ暗で、倒れた騎士達の傷口から溢れた血で辺りは真っ赤に染まっていて、ひと目見ればわかるほどに全員、死んでいた。助かりようもない傷だった。四肢のいずれかが無い者もいた。


 そして、その中心に立っていたアベル様は、血まみれの剣を手に提げたまま、小屋へ入り――…膝をついた。


『我が君!一体何が……ッ!?』


 そこも、血の海だった。


『ぁ…ぁああ……』

 私の喉は、唇は、手は、震えていた。

 縛り上げられた、たった二人の血が、小屋の床を浸していた。

 治癒の魔法で歪に塞がった傷が無数にあった。拷問のために敢えて治しただろう事は見ればわかった。四肢だったものと思われる物体が小屋の隅に転がされている。


『どうして…』

 決して、私は二人と親しいわけではなかった。だが、だが、どうして!

 膝をついたままでいるアベル様の黒いマントが、じわじわと更に暗い色を浸していく。私は先程聞いた騎士達の声を思い出した。


 ――まさか、貴方が…

 ――陛下が!皇帝陛下がご乱心なされたぞー!!


『アベル様!騎士達が誤解をしています、解かねば!』

『………いい』

『え…?』

 アベル様は緩慢な動きで手を伸ばし、二人の胴体を縛る縄を切っていった。

 虚ろに開かれた目を閉じてやり、刺さったままの刃物を抜く。大きな背中は震えてもいないのに、雫が落ちる音もしないのに、どうしてか私は――


 この方の慟哭を聞いた気がした。


『…何があったんですか。』

『ロイ!』

『っ!?……なんてことを』

 説明するより先に、小屋の中を見たロイが顔を歪めた。

 アベル様が立ち上がり、小屋から外へ出る。


『ロイ、リビー。埋葬を』

『はい…』

『アベル様、お待ちください!』

 私はほとんど悲鳴のように声を上げた。行かせてはならないと思った。私達に背を向けるこの方を、今ここで引き留めなくては、何かが終わる気がした。


『どうか…どうか!早まった事はなさらず、お願いです!』

『…別に死にはしない。俺はまだ、死んではならない。』

 歩みを止めたアベル様は、しかし、振り返ってはくださらなかった。


『待ってください!!』

『お前達も口裏を合わせろ。俺がやった事だと』

『…それは飲めません、我が主。理由を。』

 ロイが強い口調で問い詰める。

 沈黙の後、アベル様は呟くように言った。


『こうなったのは、俺のせいだからだ。』

『我が君、それは…!』

 私が言いかけた時には既に、そこにお姿は無かった。

 強い風だけが吹き荒れ、すぐに止む。


『……リビー、今は埋葬を。二人をこのままにはできません。』

『…わかっている。』

 踵を返し、小屋に戻った。

 黙って作業しながら、私の目からはぽたぽたと涙が零れ落ちていた。こんな悪魔の所業を、我が君がやった事にするなど、とても口にできない大嘘だ。

 嫌だ。たとえご命令でも、そんな事は。


『ロイ…私は、どうしたらいいんだ……?』


 二人を埋め、ひとまずの目印を作ってから、私は聞いた。

 聞かずにはいられなかった。答えが欲しかった。涙声になり、鼻をすすりながら。


『わからないんだ。どうしたら、アベル様を……』

『リビー…』

『…ゃく、早く、しないと…このままでは、あの方は』


 壊れてしまう。

 あの方の心が…このままでは。


 誰か、誰か誰か誰か――…





 ◇ ◇ ◇





「とぉ!てい!」


 一生懸命に木の枝を振る可愛い弟を、私はにこにこして眺めていた。訓練のために来てくれたレオも微笑ましそうに見つめている。


「お二人とも、手が止まってますよ。」

 そう言って注意してくれたのはメリルだ。私達は慌てて向き直り、木剣を打ちあわせる。

 レナルド先生が来れる日は月に一、二度くらいみたいで(副団長と聞いたらそれはもう仕方ないというか申し訳ない限りだ)、レオは週に三日は我が家へ来てくれている。

 家からここまで走って来ていると聞いた時には迎えの馬車を申し出たけど、それも鍛錬になるからと断られてしまった。

 つまり長距離を走った後に私の相手をしているわけで…うーん、すごい体力と精神力だわ。


「てぁ!たあ!」

 可愛い声を張り上げて、クリスは木の枝を振り続けている。

 どうやら私が素振りしていたのを部屋の窓から見ていたらしく、ずっとやりたがっていたんだとか。クリスについている侍女から相談され、一緒に庭でやりましょうと声をかけて今に至っている。


「どこ見てんだ、ッと!」

「っく!」

 つい弟を気にしてしまい、隙を突かれて慌てて剣でガードした。カンカン、と連続で打ち込まれて後退するけれど、なんとか体勢を立て直して足払いを狙う。


「うぁったあ!あっぶねぇ!」

「さすがね!」

 レオがジャンプして避けたところへ剣を振ったものの、ガードされてしまった。

 互いに距離を取って笑う。


「あねうえもレオもすごーい!」

 いつの間に椅子に座って観戦に回っていたのか、クリスがきゃっきゃと笑っている。負けられない戦いだわ!今のところレオに勝てた事はないのだけれど!


 ――魔力を腕に集めるイメージ…アベルがやってくれたみたいに、表皮をコーティングするように、そして皮膚の内側、骨も肉も血管もすべてに満ちるようなイメージ!


「ぅうっ…えい!」

「ぐわッ、と!」

 鍔競り合いになってしまったのを強引に押し返す。レオはその勢いのまま飛び退って距離を取った。


「たまに出るその怪力こえぇなー!」

「か、怪力って言わないで!」

 そこは少しばかり、女の子としての意地があるのだ。

 第一、魔力で補っているだけでムキムキしているわけではないのだから、怪力という呼称はやめて頂きたい。…怪しい力と書くという意味では合っているけれど。


「よーし見とけよクリス!レオにーちゃんがこっから…」

 にやりと笑って突進しながら一瞬クリスを見たレオが、そちらを二度見した。急に足に勢いがなくなる。あれ?今だわ!


「よそ見厳禁っ!」

「いてえ!!」

 私はすれ違いざま、頭は可哀想なので、肩に軽い一撃をあてた。やったわ!相手のミスとはいえ、レオから一本取ったのでは!


「やったわクリス!姉上が――…」


 大きく手を振るクリスの横の椅子で、脚を組んで座る黒髪金眼の少年が優雅に紅茶を飲んでいる。

 喜びに両腕を振り上げていた私はそのまま静止した。


「「………。」」

 静かに腕を下ろして、私はこほんと咳払いした。

 肩をさするレオが、私と少年――アベルを交互に見て、ぼそりと聞く。


「シャロン…あいつ誰?」

「えっと……アベル第二王子殿下よ。」

「だッ、第二王子ぃ!!?」

 ずざざっと後ずさりしたレオは目を見開いてアベルを凝視した。

 テーブルに戻された彼のカップの横には、何やら品のある小さな紙袋が置かれている。少し女性向けのデザインに見えるけれど、アベルの荷物かしら?


「こんにちは!俺、レオ・モーリスって言います!」

 駆け寄って挨拶するレオの全力具合に少し面食らった様子のアベルは、二度瞬きしてから立ち上がった。


「こんにちは。アベル・クラーク・レヴァインだ。」

「うわー!ほ、本物!?た、立って挨拶してくれたぞ!」

「本物よ、レオ」

 なぜか私に確認してくる彼に、つい苦笑してしまう。

 前に「皆を守ってくれる王子様」と紹介したからか、クリスも座ったままきらきらした目でアベルを見ていた。


「公爵家ってやっぱすげーんだな!王子が出て来るとか…」

「出てきたというか、アベル、貴方いつからそこに?」

「つい今だね。」

 そうでしょうとも。いえ、そこはわかっているのだけれど。

 屋敷の角を曲がって、つまり玄関から来た様子はなかったから、また柵を越えてきたのね。壁際から見ていたであろう侍女達に目を向けると、苦笑いされてしまった。彼に紅茶を注いだのは、クリスの傍に待機していたメリルだろう。


「本物…第二王子…アベル様かぁ……」

 レオがぶつぶつ呟きながらアベルを見ている。

 この二人も本来は王立学園で会う予定で、割と仲が良かった。アベルは剣が得意でレオは騎士を目指しているし、レオの裏表のない性格はほとんどの人が好ましいと感じるものだから。

 未来編でレオは必ず騎士団に入っているし、……私と同じように、必ず命を落とす。


「あ、あの!!」

 ぴしっと背筋を伸ばし、レオがアベルに声をかける。テーブルの菓子に手を伸ばしていたアベルは、そのままクッキーを一枚取って口に含みながらレオを見た。


「俺と!手合わせしてもらえませんか!!」


 腰を九十度曲げてレオが叫んだ。

 これで手を差し出していたらまるで告白シーンかと思う勢いだわ。アベルはさくさくと咀嚼しながらレオを見下ろしている。


「貴方がすげー強いって話聞いてて!いつか手合わせできたらって…俺、貴族じゃねぇし、騎士団に入るまで、そんな機会ないんだろうなって思ってたんですけど……あ、そういや貴方が行くって聞いて、来年学園行くんすけど…って、そんな事はどうでもいいんだけど、とにかく!」

 勢いよく顔を上げ、レオは真剣な目で剣を胸の前に構えた。手合わせの前にやる《礼》だ。


「今、俺と、やってもらえませんか。」


 ――学園に一年遅れて行く理由、アベルの入学もだったのね…。


 ゲームでは「師匠に怒られて」と言っていたけれど、そういえばあれはもう友達になった後での会話だった。

 攻略対象の四人、つまりアベルもいる場だったから、友達になった後で言うのは気恥ずかしかったのかしら。


「いいよ。」

「ええええええッ!?えっ、ほ、ほんとに!!?」

「シャロン。」

 自分で言い出しておきながらものすごく驚いているレオを放置して、アベルが私に手を差し出す。

 私は頷いて自分が持っていた剣を渡した。メリルが差し出してくれたタオルで額の汗を拭う。


「ほんとに…い、いいんですかアベル様…あ、いや、第二王子殿下。」

「アベルでいい。」

「シャロンに何か用があったんじゃ…」

「用が済んだ帰りに寄っただけだから、いいよ。」

「あ……ありがとうございますッ!!」

 お互い距離をとって位置につきながら、レオが再び頭を下げた。

 私は隣に座るクリスの手を握り、なんとなしにテーブルに置かれた袋を見る。ジュエリーショップの名前が書かれている。……アベルが?


「よろしくお願いします、アベル様!」

「よろしく。」


 違和感を覚えつつ、私は二人に視線を戻した。





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