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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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462.そういう癖がある




 ツイーディア王国南西――…離島エクレビス。

 この島全体を見渡せる山の頂に、旅装に身を包んだ二人の男がいた。


 一人はロイ・ダルトン。第二王子アベルの護衛騎士だ。

 百九十センチを優に越える長身で仁王立ちしており、薄緑の髪は前髪を後ろへ流してハーフアップにまとめている。

 閉じているか開いているかわからない細い目を瞬いて、ロイは「ふむ」と小首を傾げた。


「どこから来るでしょうか。今のところ、それらしい船は見当たりませんが。」

「自由な方だからな。突拍子もない所から現れるかもしれん」


 緩く笑みを浮かべて返したのはジャック・ライル。

 橙黄色(とうおうしょく)の短髪を左の横髪だけ首元へ伸ばし、細い三つ編みに結っている。同じ色の瞳は一見すれば穏やかだが、凛々しい眉も相まってどこか底知れない雰囲気を漂わせていた。

 背丈が百八十センチある彼は決して小さくないはずだが、なにせ隣に立つ男がロイのため、遠目からではやや低く見えてしまう。


 ジャックはロイより六つ下、二十歳の青年であり、ツイーディア王国の西方を守るライル侯爵の後継者だ。外交官の中でも上位となる特務大臣直轄の特別使節団に所属している。

 今回離島へやって来たのもアーチャー公爵の指示だが、人選は双子の王子によるものだった。


 なぜなら今日ここに、アクレイギア帝国の第一皇子が現れる。


 ジークハルト・ユストゥス・ローエンシュタイン。

 世に「暴虐皇子」と名高く、自国の将軍すら惨殺する快楽殺人者だと言われている。

 噂の真実はどうあれ、そんな男をツイーディアの未来が詰まった王立学園へ招待するなど――本来なら、ありえない。


 上司の娘(シャロン)が彼を学園祭に誘った事も、あちらが乗ってきた事も、聞いた当初ジャックは「ご冗談を」と笑った程だ。

 もし公になれば生徒も一般客も逃げ出してしまいそうな話だが、驚くべき事に本件はギルバート王の許可を得ていた。


 かの皇子は一年前、女神祭の時期に王都ロタールへ招かれている。

 数日間王城へ滞在するにあたり、晩餐の席でジークハルトから監視として指名を受けたのがロイであり、ジャックはそれ以前から帝国担当の外交官として顔を合わせている。

 暴虐皇子の噂に怯えず、万一があれば戦う覚悟もあり、たとえその時仲間が目の前で殺されていようと、自分が死ぬ事になろうとも己の役目を果たせる二人だ。


 ――もっとも、彼が今回こちら側(ツイーディア)に手を出すとは考え辛いが。


 ジークハルトの自信に満ちた笑みを思い浮かべ、ジャックは心の中で呟く。

 彼は気まぐれで好戦的だが、無謀な馬鹿ではない。

 国王ギルバートも特務大臣アーチャー公爵も、ジークハルトの性格をおおよそわかっている。現時点ではツイーディアとの戦争を望んでいない事も。

 だからこそ許可が出たのだ。


 二人の任務はジークハルトの監視であり警護。

 もし情報が漏れていようものなら、「ツイーディア国内で皇子が狙われた」事実を作りたい者は多いだろう。こちら側でも帝国側でも。

 無論、狙われたとてジークハルトが容易く落ちるわけはないのだが、ジャック達は全力で彼を見張りつつ守らねばならない。


 戦狂いのアクレイギアから皇子が学園祭に来るなど失笑ものの大噓だが、それは今から事実となるのだから。


 これは歴史の闇に消えていくであろう平和への一歩。

 絶対に、失敗するわけにはいかない。


「…来たようだな。」


 ぽつりと、ジャックが呟く。

 橙黄色の瞳が向けられた先は青い海原でも、陸路でもなく――空。


 薄雲を突き破ったのは二つの人影。

 純白のローブにくるまった彼らにつられ、水蒸気が線を残していく。まるで雲が追い縋っているように。


 ――帝国から…いや、仮にツイーディアの本土ぎりぎりから飛んだとて、風の魔法で来るには遠過ぎるな。一体何をしたのだか。


 ジャック達のいる山頂まで降りてくると、一人は途中で魔法を切って粗雑に着地し、一人は丁寧に風を操り静かに降り立った。それだけでどちらがジークハルトかわかるというものだ。

 彼らに対し、立ち位置は外交官であるジャックの斜め後ろにロイが控える形を取る。恭しく一礼すれば、相手方は深くかぶっていたフードを下ろした。


「ふはっ、なるほど。お前達が監視役か」


 にやりと笑ったのはジークハルトだ。

 襟足を腰まで伸ばした朱色の髪、端正な顔立ちの中で異彩を放つのは白い瞳。薄い唇から覗いた歯は鋭く、左耳には赤く光るガーネットのピアスをつけている。

 十六歳となった彼はもう少しでジャックにも並ぶだろう充分な背丈があり、ローブの合わせ目から見え隠れする身体は美しいシルエットを描いていた。服の上からでも、無駄なく鍛えられている事がわかる。


「監視とはまた。案内役ですよ。ご無沙汰しております、第一皇子殿下。」

 微笑んで返しながら、ジャックはジークハルトが笑っている事にまず安堵する。

 こういうタイプは笑みを消した時が一番恐ろしいのだ。もし笑っていなかったら、道中で彼がツイーディア王国の者に襲撃された可能性を考えねばならなかった。

 ジークハルトは軽く頷き、白い瞳をジャックの後方へ移す。


「貴様も久しいな。ロイ」

「ええ。今回もよろしくお願い致します」

 ロイが挨拶を済ませる間に、ジャックは帝国側のもう一人、静かに着地した方の男を見た。

 彼も主君と同時にフードを下ろしており、柔らかな短髪は暗い灰色に青を一滴垂らしたような色をしている。歳はジークハルトと同年代か少し上程度だろう。

 右目にかけた片眼鏡(モノクル)のチェーンは右耳のイヤーカフに繋がり、感情の読めない瞳は鮮やかな青紫だった。


 ――藍鼠(あいねず)色の髪に片眼鏡、バイオレットの瞳。側近にしてるとは噂に聞いていたが…。


「皆、誰か連れていけとうるさくてな。」

「…補佐官をしております、ルトガーと申します。」

 軽い調子の主君に目で促され、片眼鏡の男はそう言って目礼した。

 帝国の人間がツイーディア王国の、それも王族ですらない相手に頭を下げないのはよくある事だ。

 家名を明かさないのは平民上がりや下級貴族という線もあるが、この男に限っては違うとジャックは知っていた。


「ツイーディア王国特別使節団所属、ジャック・ライルと申します。」

「私は騎士団一番隊所属、第二王子アベル殿下付きの護衛騎士。ロイ・ダルトンです。」

 よろしくお願いしますと形式的に挨拶を終える。

 既に退屈したらしいジークハルトは三人に目もくれず、島の裏手に停まった船を見下ろしていた。これからあれに乗って孤島リラへ向かうと察したのだろう。


 ――何だって、父親が殺した男の息子なんて連れてきたんだ。


 落ち着いた笑みを浮かべて「お察しの通りあの船です」と指しながら、ジャックは内心深いため息をつく。

 ジークハルトの人柄はある程度理解できているつもりだが、ルトガーに接触したのは今日が初めてだ。


 ルトガー・シェーレンベルク、情報が正しければ十八歳。

 先代皇帝の遺児――つまりは、かつて第一皇子として生を受けた男である。

 両親が討たれた時に殺されて然るべき存在のはずだが、今こうして生き延び、親の仇の息子に仕えさせられている。


 もっとも、ツイーディアと帝国では()()()()が違う。

 皇帝を殺せば次の皇帝になれるのだ。必ずしも皇子が継ぐわけではない以上、先代皇帝の血が残っていても問題ないという事なのか。

 ルトガーには何かしらの思惑があるのか、本心で仕えているのか、よく見極めなければならない。


 ジャックは気を引き締めた。

 ジークハルトは仮に部下が何か企もうとも、それを敢えて楽しみそうな節があるからだ。やるなら帝国に戻ってからにしてほしいものである。

 森に囲まれた山道を下り始めつつ、今回の提案者の顔を思い浮かべた。


 ――シャロン様は十三歳か。まだ子供だが、美しくなられているだろうな。


 ジャック・ライル侯爵令息にとって、シャロン・アーチャー公爵令嬢は上司の娘であり、親友の従妹だ。

 男の目から見ても美丈夫と言い切れるエリオットと、(黙って座っていれば、ただの)麗しい美女であるディアドラの血を引いている。

 公爵邸を訪れた際に幾度か会った事もあるが、絵本を抜け出した花の妖精かと思うほど愛らしかった。

 遠戚の少女を見守るような気持ちで、せめてジークハルトの毒牙にはかからぬよう、影ながら守ってやりたいところだ。


 ――嫁げばより強固な戦争の抑止力になるかもしれんが、だからこそ帝国内で暗殺対象になってしまうだろう。危険すぎる。閣下も、あの溺愛ぶりで「他国に嫁がせたい」とは思っていないだろうが…。


 そんな思考を巡らせつつも、ジャックは常に帝国の二人を視界に捕え、身体はすぐ動けるよう緊張状態を保っている。

 ロイとジークハルトが呑気で適当な会話を交わす間に、微笑みを浮かべたジャックと真顔のルトガーは互いの動向を観察していた。


 がさがさっ。


 小さな音にジャックがそちらを見やると、一匹のリスがちょろりと道の端に飛び出てくる。

 何だリスかの一言で終わる出来事のはずだが、ルトガーはピタリと足を止めた。その予想外の行動にジャックは僅かに動揺し、ジークハルトの位置を確認しつつルトガーに注目する。


 ――何だ?まさか何か仕掛けてく



「ア゜ーーーッ!!!」



 耳をつんざく大音声。木々の葉は揺れ、リスは逃げ出し鳥は飛び立つ。

 成人男性がそんな声を出せるのかといっそ感心されそうな程の奇声を上げ、みっともなく滑りながら駆け出したルトガーは全力でジークハルトの後ろに隠れた。


「ジークゥウ!フオエンツ゛ァアアアア!!」

 ルトガーはジークハルトのローブを下にある上着ごと掴んで物凄い力で引っ張っている――恐らく、盾のようにしつつ後ずさりしたい――ようだが、動かない。

 ぼそり、「うるさい」と文句を言いつつも、さして怒りも甘やかしもしないジークハルトである。


「い……いかがなされましたか、ルトガー殿…。」

 ジャックが声をかけると、青ざめて浅い呼吸をしていたルトガーの肩が跳ねた。

 数秒の沈黙の後にそっと主君のローブの皺を伸ばし、姿勢を正して「こほん」と咳払いをする。目は合わない。


「…ネズミがいましたので、少し驚いただけです。」


 あれはリスだ。

 否、ルトガーにとってはどちらも同じなのかもしれないが。

 ジャックが説明を求めてジークハルトを見やると、彼は気まずそうなルトガーに目もくれず「そういえば」と言った。


「あの船、ネズミはおらんだろうな。」

「ふ、船にですか…?」

 それは、どこかにいる可能性くらいあるだろう。ジャックは正直そう思ったが、答えるべきか迷った。

 ジークハルトは親指で後ろのルトガーを指し、事もなげに付け加える。


「ああいうモノを見ると俺達の名を叫ぶ、そういうクセがあってな。」


 ジャックは流石に絶句した。

 「今ほど叫ぶのは流石に珍しいが」と言われても、度合いの問題ではない。


 先程はハッキリ発音できなかったようだが、ジークハルトが「俺達」と言ったからには、ルトガーが叫んだもう一つの名は()()()()フロレンツィア・エーリカ・ローエンシュタインだろう。


 船の乗組員すべてが彼らの正体を知っているわけではない。「ジーク」だけなら誤魔化せるかもしれないが、そちらまで羅列されては隠しきれるかどうか。

 後ろから「ンフッ」と噴き出す音が聞こえ、ロイの足を素早く踏みつける。


「………駆除を徹底させます。」


 隠す気があるのかと叫びたい気持ちを飲み下し、ジャックは辛うじて微笑んだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ルトガーがリスにも反応していて、ネズミに似ているだけで無理なのかと笑ってしまいました。 しかも、ジークと第一皇女の名前を呼ぶって、 そんなん聞かれたらすぐ正体バレそうなんですけど。 ジャッ…
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