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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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456.伝承の解釈



「無意識に魔力が流れた理由は恐らく、おまえが推測した通りだろう。元々晴れる事を望んでおり、それに至る伝承の台詞をなぞらえる事で、明確に想像されたためだ。」

「はい…未熟で申し訳ない限りです。」

「だが、ただでさえ力不足なおまえが無意識に流した程度で、ああはならない。では何が起きたか、という点だが――…」

 先生は話しながら机にあったノートを引き寄せ、ペン先をインクに浸してさらさらと走り書きする。


 ①元から魔法が込められていた

 ②不足分を他から補った

 ③魔力を増幅させる効果を付与した


 どきりとした心を押し隠す。幸い、先生はこちらを見ていない。

 他から補った……他って、何を――誰の事を、考えておられるのだろう。膝の上へ置いた手につい、力が入った。


「まず①、そもそも物質に魔法を込めておくスキル自体が珍しいが、おまえがいる時点で無くはない。しかし二年のシミオン・ホーキンズから四年のコリンナ・センツベリーまで、他の褒章に魔力の痕跡は無かった。」

「仮に元々込められていたなら、一年生の褒章だけがそうなっていたという事ですね。」

 先生が頷く。

 あの短剣は材質や大きさこそ皆同じだが、装飾が学年ごとに異なっており、そこで判別はできるのだ。目立たない鍔の裏には、国暦何年の何年生で優勝したかが彫られている。


「おまえと同じあるいは似たスキルを持つ者が、任意のタイミングで発動するよう組んでいた。膨大な魔力を込めて。」

「……絶対に無いとは言えませんが、正直、そこまでする程かどうか。」

 先生がたの目を盗んで魔法を仕込むなんて、よほど前から準備をしていなければ不可能だろう。

 事前に組むなら、「剣を掲げた時に発動」という条件付けも厳しい。アベルがやるまでに、誰かが軽い気持ちで振り上げたらお終いなのだから、先生が言った通り「術者の任意」で発動だったはず。


 そしてあの現象が起きた事で、「第二王子を王にせよという天啓」のように見せたかったなら……正直浅はかだ。実際あの場を収めるために学園長先生がすぐ「演出」と発表し、大多数はそれが真実だと思っている。

 ドレーク公爵家が後ろ盾になる意思表明と思った者がいる、バークス隊長はそう仰ったけれど…もしその誤認が目的でもごく一部であり、ドレーク公爵閣下――学園長先生は否定している。

 ホワイト先生は当然のように頷いた。


「その程度が読めない者に、警備をかいくぐって事前に魔法を込められるかどうか。労力と結果も見合わないように思える。」

「すると、やはり①……私以外の誰かが行った可能性は、考えにくいのですね。」

「ああ」

 先生のペン先が次の《②不足分を他から補った》を指し示す。

 無意識に胸元へやりそうになった手を握り、膝の上に置き直した。こっそり深呼吸をする。


「これも可能性は低い。」

「…そうですよね。」

「以前の実験で《魔力不足》と複数出ている。受け取った時点でおれは媒体に触れているが、当然魔力を奪われてはいない。」

 私としてもそこが本当に不思議なのだ。

 自身で込めた魔力が足りなければ何も発動しないはずなのに、どうしてアベルから魔力を奪う結果になったのか。


「だが…」

 意外にもそんな呟きが続いて、何か考えがあるのかと私は瞬いて先生を見た。赤い瞳はどこともない空中に向けられている。

 結局先生は何も付け足さず、ペン先を次へ移した。


「③、魔力を増幅させる効果の付与……仮にこれが可能なら、おまえの力は明白な脅威だ。」

 軽くノートを叩いて先生が言う。

 魔力の増幅などできたら恐ろしい事だ。魔力が少ない人の助けになるかもしれないが、それ以上に悪用のリスクが高過ぎる。

 もし増幅できるならそれは…決して、世に知られてはならない力。


 ――アベルが、魔力を取られたと教えてくれてよかった。


 でなければ私は今、青ざめて震えあがっていたかもしれない。

 思わずこくりと喉を鳴らすと、先生は唐突にペンをノートの上へ放った。


「おまえのスキル自体が希少なため、絶対はないが…これもあまり考えにくい。」

「そう…なのですか?」

「まず、魔法を発動する際には魔力を消費する。当然だな」

「はい。」

「強力な魔法、適性の低い魔法はより多くの魔力が要る。スキルは魔法の基礎から外れたものではあるが、発動に魔力が要る事だけは変わらない。――現時点では、だが。」

 先生が付け足した一言に頷いた。

 私のスキルを含め、今まで確認されていないから知られていない物事もあるだろう。


「それでも、術者が意識しないレベルの微量な魔力を消費し、莫大な魔力を生み出す……それは流石に、理から()()()()()()()。」

「対価となる魔力が、結果に見合っていないからですね。」

「その通りだ。故にこれも考えにくい。……第二王子が膨大な魔力でも持っていれば、②が濃厚だったんだが。」

 独り言のように付け足された呟きに対し、私は必死で身動きせず表情も変えないようにした。

 ホワイト先生がこちらを観察しながら仰っていたら、体が僅かに固くなった事に気付かれていたかもしれない。先生は本棚の上あたりをぼんやりと眺めて続けた。


「それと、気付いているかわからないが……おまえが引き起こした現象だったとして、一つの仮説が浮上する。」

「仮説、ですか?」

「《システーツェの祝福》は、グレゴリー・ニクソンが風の魔法を使ったと解釈されているが…果たしてそれが真実だったかという話だ。」

「……まさか、」

 信じられない気持ちで呟き、その先を言えない私を見る事もなく。

 先生は何でもない事のようにあっさりと言った。


「本当に魔法を使ったのは太陽の女神であり、おまえと同じスキルの持ち主だった。」


 女神様と同じなんて畏れ多い。

 そんなはずはないと思いつつも、どこか冷静な頭は「一理ある」と、検証の余地がある仮説だと、考えていた。


 ゲームに登場したアイテム――驚異的な回復力を誇る《アーチャー家の秘薬》は、スキルによって作られた物かもしれない。

 治癒の魔法で太陽の女神様が光を放ったのは、スキルによる事かもしれない。

 薬の効果を高めてみせた私のスキルなら、いつかは秘薬すら作れるかもしれない。

 私達は既に、その考えに至っていたのだから。


 私のスキルは、遥か昔を生きた女神様と同じなのだろうか。


『――、貴女と…じ力を…』


 囁くように微かな声がして、ちらりと部屋を見回した。

 気のせいだろうか?研究室には私と先生だけだ。


『おお……揃いか!なん…か嬉し…』


 違う。頭の中で聞こえるこれは、記憶のどこかにある声だ。

 今言われているわけではなくて……でもいつ、どこで、誰に、なんと言われたのだったか――…


「どうした。」

「…いえ、なんでも。」

 先生の声にハッとして、私は曖昧に微笑んだ。

 今何か考えていた気がするけれど、何だったかしら……。


「わかっているだろうが今の仮説は他言無用だ。グレンに意見を聞くのも勧めない。」

「私のスキルに、気付かれてはならないからですね。」

「そうだ。知られでもすれば面倒な事になる」

 ですよね、と思いつつ頷いた。

 女神様はスキル持ちだったかと聞いた時は、随分と長く語られたものだ。思い出しただけでもちょっぴり気疲れしてしまう。

 あの興味や好奇心が自分に向けられたら、とんでもない事でしょうね……。


「グレン先生は、魔法学の専門家でもありますが…あの魔法をどう見ていたのでしょう。そこは気になるのですが。」

「おまえを疑っていた。」

 ホワイト先生は即答した。

 危うく「ひっ」と声を上げるところだったけれど抑えて、少し目を見開く。


「学園長がおまえは宣言を唱えていなかったと証言し、ネルソンはおまえがやったなら隠す理由が無いと言い、ローリー先生が魔力不足を指摘していた。グレンは、実力を隠しているのではと返していたが。」

「当たっていますね。警戒した方が良いのでしょうか?」

「追求する気ならおまえは既に捕まっている。声をかけられていないなら、グレンはあの魔法の正体にさほど興味が無いのだろう。」

「……そう、ですか。」

 よかった。

 ほっと小さく息を吐く。落ち着いて考えれば確かにそうね。グレン先生の性格なら、気になればとっくに私を捕まえてグイグイ追求していただろう。


 何より、私を疑うという事は「誰かの魔法だ」と考えているということ。

 あれが天啓だとか奇跡だとは思っていない、そこに一番安堵した。グレン先生の中でアベルへの崇拝度的なものが一気に上がったらどうしようかと思ったのだ。

 ホワイト先生の話を聞く限りは平気そうね。とはいえ、しばらくは気を付けてグレン先生の様子を見ておきましょう。


「先生。陛下は私のスキルについて、殿下達には()()伏せるようにと仰いましたが…それはいつ頃解かれるのでしょう。」

「来月」

 またしても即答されて思わず瞬く。

 椅子の背もたれに身を預け、先生は気だるげに私を見やった。


「余計な客が来る女神祭を、上手くこなせるかどうか…それは、義兄上があいつらを評価する上で一つの指標になるだろう。」

「…そこで認めて頂けるかもしれない、という事ですね。」

「怪しまれでもしたのか。」

「いいえ。ただ、殿下達もあの魔法は何だったのかと怪訝に思われていますから……誰の思惑があったわけでもないとお伝えしたくて。」

 特にアベルは、自分が魔力持ちである事が何者かに知られた可能性があると言っていた。

 ごめんなさい私のせいなのと、そう言えたらよかったのだけれど。


「仮に今義兄上の許可があったとしても、それは気が早い。多少なりと再現できない限り、おまえの魔法だったとまで断言はできないからだ。」

「それはそうですが…」

 再現できる自信はない。

 何せ私は無意識だったし、アベルの魔力があってこそ天に届いたのだ。困って眉を下げる私に、ホワイト先生は提案した。


「空を晴らす必要は無い。敢えて《効果付与》を失敗させ、魔力不足の物を複数作ってみろ。それとは別に、触れた者の魔力を奪うような効果をつけられるかどうかだな。」

「検証ですね……わかりました。上手く調整できるといいのですが、ともかくやってみます。」

 媒体は、発動させる予定の魔法はどうするかと話し合う。

 手近な材料で簡単な魔法で。魔力不足の物を作れたどうかという点さえ検査しないとわからないため、できるだけ数を多く用意する事になった。


「ところで……以前勝手に眠っている事があると言っていたが。最近はどうだ。」

「先生に相談させて頂いた後は、今のところ何も起きていません。…恐らく。」

「そうか」

 剣闘大会で頑張れるよう月の女神様に祈ったりはしたけれど、何も問題なかった。

 先生の言いつけ通り、祈る前に内容を書きつけてそれ以外は考えないよう心掛けている。そのお陰なのかもしれない。

 長い脚を組み、ホワイト先生が口を開いた。


「同じ友人を二度巻き込んでいるんだったな。」

「はい。」

「スキルの事を伏せて協力を頼むのは難しいのか。」

「協力ですか?」

「手を繋いでいる間にも発生したんだろう。休みにでも部屋に呼び、そいつと触れた状態で祈ってみればいい。」

「っ!?そ、それは少し難しいかもしれません」

「なぜだ。」

 相手が第二王子殿下だからです――なんて、言うわけにはいかない。

 真顔ながら本当に不思議そうに首を傾げるホワイト先生を前に、私は視線を泳がせながら必死で理由を考えた。


「既に二度、妙な現象として体験しているんだろう。スキルだなんだと言わず、あの時は何だったのかという話で試せばいいんじゃないのか。」

「女神祭の準備もあって、忙しそうにしていますから。眠ってしまうかもしれない事を考えると…」

 迷惑はかけられないと訴える私に、先生は「そうか」とだけ言ってあっさり話を終えた。

 《効果付与》についてアベル達に明かして良いと許可が下りたら、その時はホワイト先生がただの師ではなく保護観察役であり、スキルの研究を手伝ってくださっている事も伝えられるだろう。

 先生と立てた仮説も……。


 その時の為にまず、検証を頑張らなくてはね。

 私は深呼吸し、緊張しながら媒体を手に取った。




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