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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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455.やりたくなるもの



 翌日は学園のどこにいても剣闘大会の話が聞こえてきた。


 来れなかった方に試合の様子を伝える人や、興奮した様子で大会を振り返る人。男女問わずうっとりした目でアベル達を眺める人もいれば、手紙や差し入れを持って突撃する方も。


「賭けは俺の勝ちでしたね、コリンナ嬢の四年連続優勝だ」

「今年こそ負けると思ったのに!チッ、損しちゃった」

「うわ、舌打ちします?貴女一応貴族令嬢でしょ。」

「グスッ……う、受け取ってもくれないなんて、ううっ、ひどいよう…」

「だって遠いのにあんた声が小さ過ぎて…あれじゃそもそも、殿下に気付かれないでしょ。」

「気付いてくれないなんてひどいぃ……」


「ああああアーチャー公爵令嬢っ!」

 ダンと共に廊下を歩いていた私は、突然の呼び声に瞬いて振り返った。

 知らない男子生徒だ。学年は一つか二つ上だろうか、アイロンのかかっていないシャツに袖口がほつれた制服。貴族子息ではなさそうな装いだった。


「きっ昨日、あの、戦うあにゃたは、す、素敵でした…!きょれっ、よければ……!」

「まぁ、綺麗なお花ですね。ありがとう」

 激しい噛みっぷりは聞かなかった事にして微笑み、彼にとっては安くなかっただろう花束を受け取る。彼はみるみるうちに真っ赤になり、素早く頭を下げて「ひょれでは!」と走り去ってしまった。

 ……だいぶ舌を痛めつけていたわね。大丈夫かしら。


 ちらと横を見やれば、既に花束を大小六つ抱えたダンが片手を差し出す。私は「ありがとう」と今しがた受け取った物を預けた。

 鞄には手紙が十通。他に寮へ届くものや、昨夜から今朝にかけて女子寮で受け取ったものを含めると中々の量ね。

 剣闘大会の後、祝福の乙女に選ばれた生徒や、優勝者を始めとした上位八名がこうなるのは毎年の事らしい。

 再び廊下を歩き出すと、あちこちで立ち話をする生徒達の囁きが漏れ聞こえてくる。


「アーチャー公爵令嬢だ…今見ても信じられないな、彼女が剣を振り回すなんて。」

「頑張ってたよな。次もし上位に食い込んだらさ、殿下達どうすると思う?」

「第一王子殿下は優しく負かしてくれるんじゃないか?第二王子殿下は…なあ。」

「ねぇ貴女、ネイト様のお顔見ました?」

「見たわ、痛ましい包帯!スペンサーのせいよね。有望株だったのになんて事してくれたの!?」

「跡は残らないんでしょう?ならいいじゃない。」


 放課後の今はだいぶ落ち着いたけれど、午前中にウィル達と移動してるなどは普段以上に目立ったものだ。皆が遠巻きにこちらを見て囁き合う。

 特に私とアベルを交互に見ては、思い出したように隣の人と話し始める方が多かった。一年生は大会自体が初めてだから、表彰式の《祝福》で殆どが引っ掛かったのだろう。


 あの時はコロシアム中が静まり返って一気にどよめいたので、事情を知っているはずの上級生はわざとかしらと思っていたのだけど……王子殿下相手でもやるのかという驚きと、アベルがどんな反応をするかわからずつい黙った、という声が聞こえてきた。

 結局アベルが騙されるはずもなく、彼は終始冷静だったのよね。謎の魔法が発動して空が晴れた時は、流石に驚いていたけど。


 カレン達はゲーム通り大騒ぎだったようで、今朝会った時には「私びっくりして叫んじゃったよ!」と頬を赤らめて言っていた。当時の焦りを思い出したのか、レベッカとデイジー様もちょっと目が泳いでいて。


『あ、あたしはどうせ嘘だってわかってたけどな…!』

『そんなはずがないとは思ったのですが、少しだけ、その…』

 黄色の瞳できょろきょろと辺りを見回し、デイジー様が小声で言う事には。

 本当に口付けをかわし、そのまま婚約を発表するのではないかと思ったらしい。なるほど、直後に婚約発表ならそれをやる人もいるかもしれないわね。

 性格的にアベルはやりたがらなさそうだけれど……挑発的な時の彼しか知らない方は、「ありえる」と思っても仕方ない。


 昨日女子寮に帰った時などは、待ち構えていた令嬢達に囲まれて大変だった。

 遠回しに私の相手はウィルじゃないのかと聞いてくる方もいれば、興奮した様子で「舞台に立つお二人はとてもお似合いで」と言う方、「本当に()()()と思って飛び込もうとした殿方もいましたの」なんて話も聞いた。


 前世の祖国で言うなら「ドッキリ」だろうか?

 《祝福の口付け》は、年頃の生徒達がはしゃぐには丁度良い材料なのだろう。

 学園長先生が「ほんの数秒でいい」と仰った通り、()()とわかるまではごく僅かな時間だったのに、大勢の人が私とアベルの一挙手一投足を見守り、コロシアム中が盛り上がっていた。


 立場上ありえない事だけれど、もし祝福の乙女に選ばれたのがカレンだったなら、私だって同じように――…楽しんでいたはずだと、そう思おうとして。


『では、優勝者へ祝福の口付けを。』

 遠い舞台上で向かい合うアベルとカレンを見つめて、そんな声が聞こえたら私は。

 驚きつつ、いくら学園でもそんな事は強制できないと理解していて、それでもどうして、心臓をぐっと握られたような重さを感じるのか。


 想像の中でカレンはぎこちなく鍔へ口付けるフリをして、アベルに短剣を渡す。彼は微笑んで剣を抜き…はたと気付いた。

 笑って向かい合う二人、剣を抜いたアベル。

 そうだわ、これって…


『『――ありがとう。』』


 まるで悲恋エンド。

 アベルがカレンを殺す直前みたい。

 うっ……血まみれになったカレンを想像してしまった。

 一気に気分が落ち込みかける。切り替えなくては。これからホワイト先生と会う約束があるのだから。


「…どうした?」

 視線は前へ向けたまま、ダンが小声で聞いてきた。

 そんなにわかりやすく暗くなってしまっただろうか。意識して姿勢を正す。


「大丈夫。ホワイト先生への質問内容をね、少し考え込んでしまって。」

「どうせ今日聞くなら、あんま一人でぐるぐるすんなよ。」

「ふふ、そうね。……でもその前に、荷物を何とかしましょうか。」

 一度寮に荷物を置くような時間は取れないので、学園の事務局に寄って花束と手紙を預けた。

 書類に預けた品と数量を記入して確認のサインをし、量と重さで算出された料金を支払う。すると受け付けた事務員が名入りの判子を押すので、控えを受け取れば終わりだ。後は放っておけば寮の自室に届けられている。


 花束は全て女子寮の指定した職員に託すよう書き添えた。

 ラッピングを外してそのまま花瓶に入れれば良いというものではないのだ。長さを整えたり場合によっては虫を落としたりと、処理をお願いしなければならない。



 階段を降りて、私達はホワイト先生の研究室を訪れた。

 スキルの話になるのでいつも通りダンには廊下に控えてもらい、部屋の扉にはストッパーがかまされた上で先生が防音の魔法を使う。

 いつもはすぐ自分の椅子に座るけれど、今日はそれより早く聞きたい事があった。

 ゴーグルの向こう、赤い瞳がこちらを見下ろした瞬間に口を開く。


「あの魔法は、私がやってしまったのでしょうか。」


 昨日の表彰式。

 アベルが掲げた剣の先から光が天へ昇り、雲を押し退け空を晴れさせた。ホワイト先生は殆ど間を置かずに即答する。


「恐らくはな。」

「……。」

 やはりそうだったのだ。

 手首につけた黒水晶(モリオン)のブレスレットに触れる。これを使っていればと、そう思う傍ら……万一の時は私だってアベルを守らねばならないあの場で、魔力を封じるなんて方法は取れない事もわかっていた。


 これは自覚の問題だ。

 私がきちんと「スキルを使わないように」と気を付けていれば、あれは起きなかったはずだ。


「すみません…先生は注意してくださったのに。」

 頭を下げ、ブレスレットに触れる手に力を込める。

 大会の昼休憩でロズリーヌ殿下のもとへ行った帰り際、運営席から立ち上がったホワイト先生が私に声をかけた。客席から離れた通路まで来て、一言。


『二回戦、ネイト・エンジェルとの試合だが……おまえは、使わないよう意識していたのか。』


 当然、《効果付与》の話だ。

 ネイト様の不意を突くために遅延をかけて水の魔法を発動した、その時のこと。完全に失念していた私は血の気が引く思いだった。使い慣れた自分への身体強化なら良いけれど、まだまだ未検証の水の魔法にネイト様自身を飛び込ませた。

 使わない意識をせずに万一スキルが発動して、あの水に何らかの効果が含まれてしまったら。


 先生は私の不注意を気付かせてくださったのに……それなのに、表彰式であんな事が起きた。試合中でなく魔法を使う場ではなかったという違いこそあれ、完全に油断していたのは確かだ。


「まだ確定できない話だ。座れ」

「…はい。」

 先生が腰かけた大きな椅子の隣、自分の席に着く。

 それから教えてくださった所によると、バークス隊長が預かった短剣はレイクス先生の手を経て、ホワイト先生がいつもの検査人に調査を依頼したらしい。


「魔力の残滓は確認できた。だが、読み取る前に消えたそうだ。」

「消えた…」

「既に発動済みのものだ、時間が経っても残っていた事自体珍しいが……大きな魔力を使用したせいとも取れる。おまえのスキルだったとして、何か心当たりはあるのか。」

「はい。空が晴れていればよかったと…そう考えていました。」

 ホワイト先生は考え込むように眉を顰めた。

 私一人で、それも無意識下で本当に、あの魔法を行使できたのか…そこにはやはり、疑問があるのだろう。

 数秒の沈黙の後、先生の赤い瞳が私を見やる。


「流れを確認したい。舞台上でおまえはレイクス先生から短剣を受け取ったな」

「はい。そして祝福の役目通り、口付けるフリをして殿下に差し出したのですが……思えば、その時に伝承をなぞらえたのもよくなかったのでしょう。私の中で、空が晴れるイメージがより強まってしまったのかもしれません。」

 舞台上、そう大きくはない声で告げたやり取りは、仮に聞こえたとしても学園長先生くらいだろう。

 視線で続きを促すホワイト先生に、私が太陽の女神様、アベルがグレゴリー・ニクソン様と似た台詞を言ったのだと伝えた。


『誇り高く勇猛なる星よ、ツイーディアの祝福を貴方に。先を阻む憂いを退け、良き未来へと導かれますよう。』

『貴女の祈りに感謝を。この剣は万難を退け、祖国に平和を捧げる為にある。』


 そして、アベルはグレゴリー様に倣って剣を掲げた。

 ホワイト先生が「そうか」と呟く。


「第二王子にしては珍しい行いだと思っていた。おまえが原因だったか」

「あの授与が伝承をなぞらえたものだと、殿下もすぐに気が付いたでしょうから。私の些細な遊びに付き合ってくださったと言いますか…」

「双方貴族だった場合はよくある事だ。神話学を取る者が多いからな」

 やっぱり、やりたくなるわよね?

 今回は最初にあんな事が起きたし、私とアベルしかやらなかったようだけれど。


「………。」

「先生?」

 難しい顔をして黙り込んでしまったので声をかけると、先生は悩ましげに息を吐いて私を見た。弟子というより問題児を見る目をしている。私は改めて姿勢を正した。


「前提として、雲を退けるにはおまえでは魔力が足りない。」

「はい。仰る通りです」

 頷きと共に瞬く。目をそらしたりはしなかった。

 私にも何が起きたかわからないのだと、困惑する心を素直に滲ませて。


 短剣がアベルの魔力を奪った事など、私は知らないのだから。




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