454.強者とは彼の事
こつ、こつ。
床を叩く小さな音が聞こえる。
窓の外はすっかり暗くなった夜のこと、王立学園の会議室には今日の大会に来ていた教師陣が集まっていた。
「グレン。お前さんの悪戯じゃないだろうね」
憂鬱そうな瞳を流した学園長シビル・ドレークに、グレンは「まさか」と返す。
背中まであるブロンドベージュに菫色の瞳、口元は機嫌良さそうに緩み、神父服を着た彼の耳には金のピアスが揺れている。
こつ、と音を立てたのはいつも持っている金属棒だ。長い指が芝居がかった動きで空中へ伸ばされる。
「席から遠い舞台中央、殿下の掲げた剣先へ正確に光をともし――天高く打ち上げ、それを起点に雲を押し退ける強風を発動。……さすがの私も、魔力と精度が足りませんよ。届かない」
そもそも、空へ魔法を届かせる訓練を積む者などいない。
仮に魔力が足りたとて、消費量を考えればまったく現実的ではないからだ。数人がかりで魔力量をもたせた場合は高度な連携が必要となり、式の最中とはいえ、固まってブツブツと宣言を唱える集団がいれば目立っただろう。その線は薄い。
トレイナーが「確認ですが」と声を上げる。
「不審者が入り込んだ可能性はないのでしょうか。」
「無い。それは俺が保証しよう」
レイクスが断言した。
瑠璃色の短髪に明るいグリーンの瞳、白地の上着を羽織る彼は王国騎士団の元一番隊長だ。その彼が言うならばと、同じく元は騎士であるトレイナーは納得した様子で引き下がった。
ユージーン・レイクスのスキルは《探知》。
発動中はたとえ相手が魔法で姿を隠していても、範囲内に存在するものを見逃す事はない。表彰式の間、コロシアムにいた人間の総数は入場記録と一致している。
「商人や楽隊も含め、会場にいたのは学園側で把握していた者達だけだ。」
「特に学外の者は騎士団でも注視していました。気付かれずにあれだけの魔法を使った可能性は低いと思いますが、そうなると…」
イングリスは眉根を寄せて言い淀んだ。
リラの騎士と共に来場者受付の警備をしていた彼だが、決勝からは入口も閉めて会場にいたため、表彰式で何が起きたかはわかっていた。
口元を笑みの形にし、グレンが軽く頷いて言う。
「そうなると、えぇ。学内が怪しい。」
「もし生徒がやったのであれば、《魔法学》上級クラスの子でしょう。グレン先生には覚えがあるのではなくて~?( ¬o¬)」
おっとりして見える垂れ目を細めて言ったのは、大会で司会進行を務めたエンジェルだ。緩くウェーブした白茶色の髪は腰までの長さがあり、茶色の瞳は鋭い光を宿していた。
グレンはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「光の魔法であの距離と精度は、ウィルフレッド殿下ぐらいでしょうねぇ。しかし彼も今日の試合でかなり魔力を使っていました。王家の保有する魔力量が果たしてどれだけのものかというのは確かに大変魅力的な議題ではありますが、天に届く程の魔力を余らせたのだとすれば決勝はもっとやりようが――」
「ここは、貴方が語る場ではありませんぞ。」
長い白髭を手で撫でつけ、《法学》担当のサイムズが遮った。グレンが片眉を上げて「そもそも」と続ける。
「生徒を疑うならシャロン・アーチャーでしょう。目の前にいたんです」
「ふざけているのか。貴様」
医務室勤めの上級医師、ノア・ネルソンが紺色の瞳でグレンを睨んだ。
胸を越す長さのオリーブ色の髪、白いシャツにネクタイを締め、白衣を着た彼の右頬には古い傷跡がある。年齢はグレンの方が二つ上だが、可愛い姪に疑いをかけるならそんな事はお構い無しだ。
「シャロンがやるならこちらに隠す理由がない。」
「果たしてそうでしょうか?悪さをしたわけでもなし、あれ程の魔法の使い手が名乗り出ないなら、実力を隠したい者の仕業でしょう。それで言えばむしろ、私が見ている上級クラスの生徒こそあり得ないんじゃないですか、エンジェル先生?」
「まぁ、ご高説どうも~。(#^-^)」
「アーチャー公爵令嬢は中級でしょう。」
「でもねぇ、本当に、あの子にそこまでの魔力は無いと思うけれど。」
ふっくらした頬に片手をあて、《治癒術》《音楽》担当の老婦人、ローリーが温和な声で口を挟んだ。シビルが鷹揚に頷く。
「グレン、あの娘は宣言を唱えちゃいないよ。魔法は使ってない」
「本当ですかねぇそれも。五公爵家同士、仲良く庇いだてしているのでは?」
「口を慎め!お前は閣下とアーチャー家双方に喧嘩を売るのか。」
《国史》担当のラムリーが眉を顰めて叱責したが、グレンは知らん顔だ。
ぱち、ぱちと拍手の音がして、全員の視線がそちらへ向く。灰褐色の髪に黒い瞳、腰にはレイピアを携えた細身の女性騎士隊長、クレメンタイン・バークスだ。右目の片眼鏡がきらりと光る。
「相も変わらずぐちゃぐちゃとよく喋るじゃないか、グレン。」
にっこりと微笑むバークスの機嫌は良さそうだ。
彼女にとってグレンとレイクスはかつて学園で共に学んだ同級生である。隣に立つロナガンがぼそり、「バークス隊長も喋る方ですけど」と呟いた。
グレンは面倒くさそうにバークスを見やる。
「ぐちゃぐちゃとは随分な…私は考えて当然の事を話しているだけでしょう。」
「ふふ、すぐ拗ねるのも変わらないね。少しはレイクスを見習いたまえよ。」
「ん…俺か。」
黙って周囲を観察していたレイクスは、わざと自分に注意を向けられてやれやれと苦笑した。
思う所があるなら早く言ってしまえというバークスの狙いはわかるが、全員の前で話す事ではない。
「ともかく――対外的には、閣下の仰った通り演出という事になる。今日いなかったスワン、ソディー、オルニー達には俺から伝えておこう」
レイクスの言葉に各自が頷く。
実際に雲をどかしてみせるのでなければ、見せかけだけならばシビル・ドレークにはそれが可能なのだ。幻影を生み出す彼女のスキルを知る者にとっては、誰かが天候を変えたと言うよりそちらの方が余程信じられるだろう。
かつり、シビルが机を指で叩いた。物憂げな緑の瞳が全員を見回す。
「来週からはリラのギルドも稼働する。お前さん達は当然、資格試験を一発合格すると信じているからね。生徒に侮られるような結果は出さないでおくれよ」
会議室から教師達がぞろぞろと出て行き、敢えてゆっくり後に続いたグレンは廊下に出てから横目で振り返った。
消灯した会議室を施錠し、一礼したレイクスは学園長とは別方向に歩き出す。特段、この後内密の話をするわけではないらしい。
なんだつまらないと心の中で呟き、グレンは金属棒をくるりと回す。
――…演出したのは、学園長ではなく夜教ってとこですかね。
死者を「影の女神」と呼んで崇拝する一団だ。
計画に協力しないと告げてからパタリと接触はない。思い返せばいくらか危険な目には遭ったので、それが偶然の事故でなかったならば、あちらとしては多少グレンを消したい意思があったのかもしれないが。
『逆らう、ということ?』
ディアナ・クロスリーの無機質な瞳を思い出し、グレンは目を細める。
第二王子アベルが魔力に目覚めるためには、精神的苦痛とそれを埋める癒しが必要だと夜教は言う。苦難を経験し女神様の御言葉によって導かれてこそ、かの王子は絶対的な王として君臨するのだと。
今日の演出はそのための布石だろう。
第一王子ではない、第二王子こそが選ばれし者だと、大勢の意識に植え付けていくための。
――そんな事、必要ですかねぇ?
こきりと首を傾げ、グレンは棒の先で外通路の床を叩く。
剣闘大会における第二王子の戦いぶりは見事だった。魔法を使われようが高所へ弾かれようがお構いなし、兄王子ウィルフレッドの強力かつ恐ろしい速さの魔法にも落ち着いて対処し、勝利を収めたのだ。
誰がどう見ても、強者とは彼の事である。
雲を散らしたのが夜教の仕業だとするならば、誰もが唖然としたあの瞬間はむしろ、優勝祝いに水を差したようでもあった。
レイクスや騎士団から逃れるためにコソコソするにも手間がかかっただろうに、あれをやってそこまで意味があったかどうか。
元の計画では、魔力暴走を強制して第二王子に近い誰かを害すると聞いていた。それによって精神を揺さぶるという話だったが、グレンの予想では、その程度で第二王子は揺らがない。
魔法に自信があるなら、あの場で隣にいたシャロン・アーチャーでも撃ち殺せば話は早い…と考えるのは浅はかだ。攻撃魔法と見れば即座にレイクス達が動いただろう。生徒まで届くはずもない。
催眠薬だ何だと慎重に準備するのはわかるが、果たして、サディアス・ニクソンが暴走するだろうか。
高い実力を見せた王子達が、それを抑えきれないものだろうか。
――苦痛の後、女神の言葉によって導かれる。……あの第二王子が、光る亡霊の言葉などで癒されると?
アベルという王子を知れば知るほど、荒唐無稽な計画に思えてならなかった。
彼が魔力を得るなら大歓迎だが、積極的に手を貸せる程の見込みは無い。
「…どうする気なんですかねぇ……。」
呟いた声は夜の闇に溶け、月にかかった雲が広く影を落とした。
会議の最中、一度も発言しなかった者がいる。
グレンが自分とシビルの様子を窺っていた事に気付いていたレイクスは、少しだけ遠回りをして彼の研究室へ向かった。スキルを使うまでもなく、職員寮でなくそちらだろうと推測しての事だ。
扉をノックすればやはり、ホワイトはそこにいた。
「君の意見が聞きたい。入って良いか」
「…どうぞ。」
右の前側と左の後ろ側だけまばらに白い黒髪。
ゴーグルを首元へ下げた今は、血のように赤い瞳がはっきりと見えている。ボタンを留めない白衣の下は黒の上下で、大会の間身に付けていた双剣は帯剣ベルトと共にソファの片隅に放られていた。
ホワイトがまだ十歳にも満たない子供だった頃、レイクスは一番隊の若手騎士だった。
王妃セリーナが異母弟ルーク・マリガンに会う時、近衛として護衛についていた。それから十数年の月日が経った今は二人共王都を離れ、ドレーク王立学園の教師になっている。
少年だった頃から大人になった今も、ホワイトの眼差しは変わらなかった。
「報告は済んでますが、おれに今更何を。」
レイクスはホワイトのスキルを知っている。
ホワイトが姿を消して上空を調べる間バークスに代理を頼んだのも、アベルの短剣を調べてほしいとホワイトに渡したのもレイクスだった。
結果として、ホワイトはシビルとレイクスにこう報告した。
上空に痕跡なし。
短剣には何らかの残滓が認められたが解読できるものではなく、消えてしまった。魔法が既に発動済みだったためと思われる。
「会議中、君がずっと黙っていた事が少し気になってな。」
「元からでしょう。おれはそう話す方じゃない」
「アーチャー公爵令嬢の名が出た時もだ。グレンが言った魔力を隠しているという仮定なら、ローリー先生が否定するより、個人的な師である君が否定する方がまだ説得力があった。」
「おれが言ったところで、あの男は聞きませんが。」
「ははは、それは勿論そうなんだが。」
座ろうかと手振りで促し、レイクスはソファに腰掛けた。
ホワイトが黙って座る大きな椅子の隣には、作業机へ向かって置かれた一人用の椅子がある。普段シャロンが使っている物だ。
視線が交差する。
隠し事をするならレイクスは理由を探らなければならないが、ホワイトが何かを企んでいるとは思えなかった。
「――良し、これだけ聞いておこうか。君が思うに、あの魔法は誰かの悪意あるいは政治的意図をもって行われたものか?」
ホワイトの赤い瞳を微塵も恐れる事なく、レイクスが問いかける。
口元には薄く笑みを浮かべてすらいるというのに、必ず答えなければならないと感じさせるだけの気迫があった。ゆるりと瞬く間に考え、ホワイトは口を開く。
「…おれが思うだけで言えば、そんな話ではありません。」
「そうか。」
二か月前。
国王ギルバートは特務大臣エリオット・アーチャーと共に秘密裏に学園を訪れ、レイクスにこう言った。
『一つ、ルークに守秘義務を課している。いずれお前にも明かすかもしれないが、まだ様子見段階でな。もしあいつが妙に隠す事があれば、この事を覚えておいてくれ。俺が命じた事に関わるかもしれないと』
ホワイトがシャロンを弟子に迎えたのはその直後だ。
おおよそ彼女が鍵を握っているのだろうと察しながら、レイクスは深く聞かずに頷いた。
「では俺から聞くのはここまでにしよう。何かあればいつでも言ってくれ」
ハピなしを読んでくださり誠にありがとうございます。
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やっと剣闘大会の一日が終わりました。
女神祭に向けて色々と準備がいる事に気付いたので、更新がまったりする可能性があります。
のんびりお待ち頂ければ幸いです。




