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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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452.冗談が通じない男



《褒賞をここへ。》

 式は順調に進み、フェリシアが短剣を受け取っている。

 渡したのはレイクスではなくトレイナーだった。レイクスの姿は舞台付近から消えているが、フェリシア達に注目する客の多くはその事に気付かない。


《では、優勝者へ祝福の口付けを。》

 フェリシアはさして緊張した様子もなく短剣へ口付けるふりをし、美しい所作でシミオンへと差し出した。シミオンも普段通り、相も変らぬ真顔のままだ。

 シミオンが優勝する事をフェリシアはわかっていたし、シミオンもまた、ここへ並び立つ女子生徒はフェリシアだとわかっていた。


「おめでとう。流石ね」

「お前も。」

「当然よ」

 短い言葉を交わし、二人は観客――主に真正面の貴賓席――に向けて一礼する。

 顔を上げたシミオンは素早く視線を走らせ、ノーラが笑顔で大きく手を振っている姿を目に焼き付けた。勝者に歓声を送るのは誰しも自由であるので、今ばかりはノーラがシミオン達に「おめでとう」を叫んでも誰も気にしないのだ。


「可愛い。」

「早くはけなさい。」

 完璧な笑顔を浮かべたフェリシアに急かされ、シミオンは観客(ノーラ)に手を振って歩き出す。先に端で控えていたアベル達に軽く礼をして横に並んだ。

 順番通り三年生の授与も終わり、残るは一人。


《四年。優勝および祝福の乙女――コリンナ・センツベリー。》


 喝采を受けて堂々進み出たのは、黄緑色の髪を編み込み高く結い上げた女子生徒だ。

 気の強そうな吊り目で、凛とした表情にやや慎ましい胸元、すらりと長い体躯も相まって騎士服がよく似合っていた。純白のヴェールが風になびく。


《さて…こうなった場合、受け渡し役は本人が指名して良い事になっている。会場にいる()()()()()()構わないが、どうする?》


 会場に声を響かせる魔法が一時的にコリンナにも適用され、すぅと息を吸い込む音がした。

 これまでの三度は学年問わず付き合いのある女子生徒を選んでいたため、上級生、特に四年生には期待に目を輝かせる女子の姿も多い。


 学園最後の剣闘大会、優勝した彼女は誰を選ぶのか。

 客席全体をなぞるようにさらりと人差し指を動かし、コリンナは真っ直ぐ一人を指差した。


《ではそこの、売り子の貴方!》


 ざわっ。

 コロシアム中の視線が注がれた先で、ユーリヤ商会の制服を着た怪しいサングラスの男――フェル・インスが、「私ですかァ」と苦笑している。

 主に四年生の女子達から「コリンナ様が男を」、「どうしてあんな平民が」と悲鳴のような声が上がった。

 会場にいる殆どの者は知らない話だが、コリンナが八歳の頃から入学のために家を出る十三歳の年まで、フェルはセンツベリー伯爵家で世話になっていた。二人は元から知り合いなのだ。


 送迎役の《魔法学》上級担当グレンの魔法により、フェルは舞台まで運ばれた。

 とと、と敢えてよろめきつつ降り立ち、ずれたサングラスを指で押し上げる。

 舞台の上手に立つコリンナの向こう、既に受賞を済ませたアベルやシャロン達もフェルを見ていた。へらりと笑えば、シャロンだけは愛想良く微笑みを返してくれる。アベルの方は何を思っているか計り知れない。


 ――正直、あまり目立ちたくはなかったけどね。


 こうなった以上は仕方がないだろう。

 学園の教師から短剣を受け取り、フェルはコリンナに向き直った。故郷に残してきた――今になって追いかけてツイーディアに来ている――妹と、同い年の少女だ。

 センツベリーの名に恥じない立派な淑女となって目の前に立っている。

 まるで隊を率いる長のように凛々しくもある姿だが、我儘を自覚している時、少しだけ不安そうに瞳が揺れる所は変わっていなかった。コリンナがぽそりと呟く。


「…私の夫にならないのだから、ここで祝うぐらい良いでしょう。」

「ハハ……仕方ないですねェ。」

《では、優勝者へ祝福の口付けを。》

 話の切れ目を見計らってシビルが促す。

 フェルはその場に片膝をつくと、鍔に口付けるフリをしてから短剣を差し出した。商会の制服姿なので傍目にはいまいち格好がつかないが、コリンナを見上げる眼差しは落ち着きある大人の男性のもので。


「優勝おめでとうございます。コリンナお嬢様」

「…えぇ。ありがとう」

 噛みしめるように言ったコリンナは気を引き締め、さも当然のように短剣を受け取った。

 貴族の娘らしく手振りでフェルを立たせ、舞台の正面へ向き直る。華麗に一礼する彼女の横で、フェルはいかにも不慣れそうにぺこりと頭を下げた。


 シビルが上手側で待機していたアベル達を呼び戻し、並んだ八人に改めて会場から拍手と歓声が送られる。各学年の強者と美人が並ぶ中、商会の制服を着たサングラス男だけ明らかに浮いていた。

 しばらくは興味本位に店を訪れる学生客が増えるだろう。ノーラは舌を巻きながら売れ筋商品の在庫を増やさなきゃと思案した。


《今日の結果が全てじゃない。勝者は驕らず敗者は腐らず。観ていたお前さん達も皆、より一層の研鑽を積む事だね。それでは――剣闘大会、これにて閉幕だ!》


 拍手喝采の中、楽隊が退場用の曲を奏でる。

 観客席にいた生徒達はぞろぞろと出口に向かったり、興奮冷めやらぬ様子で話したり、人の動きが落ち着くまで待ったりと様々だ。貴賓席の面々も奥へ引っ込み、姿は見えなくなった。



 演台を降りたシビルに一礼し、レイクスが何か報告している。

 アベルはその表情からおおよそ、先程の()()は問題ないと結論されたのだろうと察した。空が晴れはしたが、それだけだ。


 観客席にはまだまだ生徒が残っていて、時間潰しに舞台周りを眺めている者も多い。

 妙な憶測を呼ばないようフェリシアやシミオンとも話しつつ、アベルはシャロンを連れて舞台から離れた。


「――こちら側にだけ防音を頼めるかな。彼女と話がある」

「承知致しましたが、」

 ただの世間話のように微笑むフェリシアが言葉を続けるより早く、シャロンがアベルの手のひらを指先でくいと押す。

 合図を受け、アベルは自然な動作でシャロンの手を離した。考え事をしていたせいで、舞台から降りる際にエスコートしたままでいたようだ。フェリシアは頷く代わりに笑みを深めた。


「では防音を張りますね。シャロン様もいいかしら?」

「えぇ。お願いします」

 フェリシアが宣言を唱えた後、はくはくと口を動かす。魔法が成功している証だ。

 頷きを返すと、フェリシアは体をこちらに向けたままシミオンを見やって何か話し始めた。傍からは四人で会話しているように見えるだろう。

 アベルは考え込むように拳を口元にかざした。遠目から読唇されないために。


「先程剣を掲げた時、俺の魔力が一部奪われた。」

「えっ!?」

 予想外の話にシャロンが目を瞠る。

 そんな事が起きたのであれば、アベルが周囲を警戒し「離れるな」と言うのも当然だった。


「鞘から抜く事が鍵だったか、タイミングを見て実行されたか。何の目的でどういう仕組み(スキル)かわからないが……俺が魔力持ちだと、何者かに知られた可能性がある。」

「…貴方の魔力を得たからこそ、天まで届いたのね。」

 シャロンが神妙な面持ちで呟く。

 仮に自分の《効果付与》のせいだったとして、無意識に漏れ出た魔力程度では、あれだけの雲を動かすなど無理がある。しかしアベルの魔力を得たのなら納得できた。


 ――という事はやはり、私のスキル?触れた人の魔力で補う事すらできるの?


 背中にじわりと冷や汗をかき、シャロンは緊張して小さく喉を鳴らす。

 ゲームのように晴れていたらよかったと思ったのは確かであり、伝承では剣を掲げたグレゴリー・ニクソン自身の風の魔法で晴れたとされている。その二つのイメージが重なった結果なのだろうか。

 もしそうだとすれば、アベルの言う「何者か」など存在しない。その可能性が大きいと伝えたいが、スキルについては国王直々に口止めされている。


「元から俺を疑って仕掛けてきたのか、あるいは別の目的があり、偶然だったのか…」

「…結果としては、伝承のように晴れただけだったわね。」

「無害ではあったし、今更術者を探すのは困難だろう。相手の出方を見るしかないが、未知のスキルがある以上は……何が起きるかわからない。お前も気を付けた方がいい」

「わかったわ。」

 胸元にあてた手を軽く握り、シャロンは頷いた。

 緊張と不安を押し隠した様子に、アベルは安心させた方が良いかと口を開きかけ――こちらに歩いてくる人物に気付き、フェリシアに手振りで魔法を解除させる。

 やってきたのはまばらに白が混ざった黒髪の男だ。百九十センチ近い長身で、普段通りに赤いゴーグルをかけ、普段と違って腰に双剣を佩いている。


「ホワイト先生」

 シャロンが顔をほころばせ、安堵と信頼の滲む声で呼んだ。

 ちらと彼女を見やったアベルは目を細めてホワイトを見上げる。フェリシアが「一日、お疲れ様でした」と声をかけ、シャロンと共に礼をした。

 ホワイトは素っ気なく頷き、ゴーグルの奥にある赤い瞳はアベルを見ている。


「ラファティ、ホーキンズ。お前達は帰っていい」

「はい。それでは失礼致します、殿下。…シャロン様、また後ほど。」

「…えぇ。」

 親友と微笑みを交わし、フェリシアはシミオンと共にコロシアムの建物内に入る入口へ向かう。

 二人で消えて妙な噂が立っても困るので、シミオンは手前で別れて中には入らない、そんな無言の了解があっての事だったが、入口には人影があった。

 驚いたフェリシアが少し目を丸くする。


「セドリック様」

 常盤色の髪をした伯爵令息、セドリック・ロウル。

 生徒会副会長を務める三年生であり、フェリシアの婚約者だ。壁に寄りかかるのをやめ、彼は朗らかに笑って軽く手を挙げた。フェリシアが足を早めて彼のもとへ行く。


「迎えに来たよ、フェリシア。」

「ありがとうございます。」

「…そのヴェール、よく似合ってる。とても綺麗だね……花嫁みたいだ。」

 二人だけの声量で囁いたセドリックの目には確かな熱が宿っている。

 本心と察したフェリシアは微かに頬を赤らめ、咄嗟に目をそらしてヴェールを押さえた。将来結婚する男性に言われた恥ずかしさもあれば、昔馴染みのシミオンがすぐそこで見ている状況も耐えられない。


「では…失礼しますね。」

 顔を見られないようヴェールと手で隠し、フェリシアはシミオンにおざなりな挨拶をして先に通路へ入った。急ぎ足の婚約者を微笑ましく見送って、作り笑いに切り替えたセドリックが振り返る。


「じゃあホーキンズ、彼女は返してもらうから。」

 軽口めいた牽制をすると、シミオンが一度瞬いた。

「借りた覚えはありません。」

 動揺するどころか、なぜ言われたのかわからないとでも言いたげな反応だ。

 なんだ理解してるのかとセドリックは気を緩めかけたが、光のない不気味な黒い瞳でこちらを見据えたまま、シミオンが言葉を続ける。


「貴方の()でもない」


 数秒、沈黙が流れた。

 セドリックは顔に微笑みを張り付けているが、目の前にいるのは二年連続で優勝するような猛者だ。敵意を抱かれている事くらい、とうにわかっているかもしれない。


「――…君、冗談が通じないってよく言われるだろ。」

「はい。」

「あはは、それじゃあ失礼するよ。大事な婚約者を待たせてしまうからね」

 気さくに手を振り、セドリックはシミオンに背を向けた。

 そろそろ、自分が来ない事に気付いたフェリシアが引き返している頃だろう。


 ふわりと風が吹き、中性的な香水の香りが漂った。

 セドリックが好んでつけるものだ。


「………。」

 通路の奥へ消えた背中から目を離し、シミオンは歩き出した。




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