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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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453/526

451.祝福を貴方に



 夕暮れの空を橙色の雲が覆っている。


《それではこれより、表彰式を行う。》


 学園長シビル・ドレークの声がコロシアムに響いた。

 フィールド中央には表彰のために舞台が設置され、その左右には登壇のための短い階段がある。下手側には七人の生徒が控えており、先頭はアベルとシャロンの二人だ。

 運営席を背にして堂々と立ち、シビルは軽く手を挙げて観客の拍手を止ませた。楽隊が厳かな曲を奏で始める。

 

 ――…少し残念ね。ゲームのように晴れていればよかったのに。


 微笑みを維持しながら、シャロンは心の中で呟いた。

 ゲームではアベルの表彰後、よく晴れた美しい夕焼け空が映って場面転換となる。今は空一面が灰色の曇に覆われていて、夕陽に照らされて焼けたそれもそれで味があるとはいえ、少し残念に思うのは仕方がない事だった。

 楽団席では敢えて表彰式の演奏メンバーに入らなかったロズリーヌが、片頬にむにりと手をあて心配とも空腹とも見える切ない顔をしている。


 ――来ました、女神祭のドレスアップに続く最&高の立ち絵。わたくし的セーブデータ確保ポインツ。はいっ、皆様ご注目!騎士服姿のアベル殿下の横で純白のヴェールをかぶったシャロン様ですわーっ!!後ろ姿ですがむしろ妄想が捗るというもの!殿下が照れて目をそらしてたらどうしましょう!?ああああああッ!絶叫!わたくし今にも!全力で叫んで走り出したい!!三百六十度舐め回すようにお二人を観察したい!願わくば透明となって!邪魔をせずに!


 投票で一位になった女子生徒は全員揃いの白いヴェールを身に付けている。顔を隠さないタイプで腰まで長さがあり、この日のために学園が毎年発注しているものだ。

 ラウルが横から「瞬きしてますか」と聞いたが、ロズリーヌの耳には入らなかった。


 ――アベル殿下の横に並ぶシャロン様…なんて尊い……あと一歩近づいてくださらないかしら、何なら腕を組んだりなんかしちゃってウワッハー!そんなお姿見たらわたくし昇天するかもしれませんいえ結婚式を見るまでは!でも横にいる黒髪の殿方!うっかりフラついてシャロン様を殿下の方に押しちゃったりっ!してみませんの!?駄目なんですの!?勇気をお出しになって!ホラよよいっと!ねえ!!


「殿下。瞬きしてください」

「ラウル、わたくしは今念を送っているのです。もうちょっとであの方がね、ていっ!と…」

「乾燥すると肝心な時に見れなくなりますよ。」

「高速でもいいかしら?あっ片目ずつ瞬きをしたら、何も見逃さなくて良いのでは?」

 片目を手で押さえつつも視線はラウルではなく舞台に注いでいる。

 後方でそんなやり取りがされているとは知らず、アベルは舞台上のシビルから目を離した。自分の隣にいるシャロンへ振り返り、当然のように片手を差し出す。


「行くよ。」

「はい。」

 微笑んだシャロンが自分の手を乗せて頷いた。

 シビルが短い挨拶をする間、シャロンはアベルの手を支えに階段を上がる。

 楽隊の方から「殿下!大丈夫ですか!」「よくある事です」「これが!?」などと声が聞こえた気もするが、わざわざ振り仰いでは観客もそちらを見てしまうだろう。気にせず舞台の下手側に二人で控えた。

 演奏も数秒ほど揺らぎはしたが、ローリーの指揮で何とか落ち着きを取り戻したようである。やがてシビルがその名を呼んだ。


《一年。優勝――アベル・クラーク・レヴァイン。》


 コロシアム中から拍手が送られる。

 アベルは演台前のやや上手側まで進んでシビルに軽く一礼し、振り返ってその場で歓声に応える――事が慣例だが、ただ立った。しかし貴賓席で手を振るウィルフレッドに気付くと小さく微笑んで頷き、歓声の一部が悲鳴に変わる。

 シビルは声が静まるのを待たずに「褒賞の授与は例年通り、投票で一位になった女子生徒が行う」と続けた。


《祝福を担う乙女――シャロン・アーチャー。》


 拍手が響く中、シャロンは演台前の下手寄りまで歩いてシビルに一礼し、振り返ると観客全体に向けて一分の隙も無い淑女の礼をした。

 歓声が大きくなり、その中に「いいぞー!シャローン!」と叫ぶレベッカの声が聞こえる。デイジーに注意されていそうだ。心の中でくすりと笑い、シャロンは姿勢を正した。


《褒賞をここへ。》

 シビルの指示を受け、シャロンのもとにレイクスが上等な布に載せた短剣を差し出す。とくりと鳴った心臓に気付かないふりをして、シャロンは鞘に納まったそれを微笑んで受け取った。


 ――いよいよ、本番なのね。


 振り返れば、まだ何も知らないアベルがこちらへ向き直っている。

 レイクスが下がって二人が残され、金色の瞳は短剣からシャロンへ移った。白く透けたヴェールが薄紫色の髪によく似合っている。

 シビルが淡々と告げた。



《では、優勝者へ祝福の口付けを。》



 コロシアム中がシンと静まる。

 視線だけシビルの方へやったアベルは、こちらを見る気のなさそうな学園長からシャロンへと目を戻した。短剣を胸元に持ち、彼女は普段と変わりない柔らかな微笑みを浮かべてアベルを見つめている。

 その足が一歩、踏み出され――


「えっ……ええええええっ!?」

 叫んだのはカレンだけではない。

 コロシアムのあちこちから――正確には、一年生が――動揺し悲鳴や怒鳴り声を上げ、ある者は血眼になって舞台上を凝視し、ある者はフィールドへ飛び込もうとして止められ、ある者は貴賓席に残った第一王子の様子を確かめる。

 ウィルフレッドはまるで動揺なく、落ち着いた様子で座っていた。

 見た目だけは。


「く…くちづ……え?」

「いやいやいやあり得ませんよ、常識的にナシでしょ。ね、サディアス君?」

「………?」

「駄目だ固まってる!」

「大丈夫だろ、うちのお嬢にんな真似できっかよ。」

 唯一平然とした様子のダンが言う。

 本人の性格的にも、強制できるかどうかという意味でもだ。

 貴賓席のボックス横では、理解の追い付かないリビーがサディアス同様に固まって舞台を見つめている。主君は令嬢如きに遅れを取らないので、少なくとも不本意に接触が起きる事はないはずだ。


「ど、ど、どういう事!?」

「しし知らないわよ!」

「ううう嘘だろどうせ!?」

 カレン、デイジー、レベッカの三人組も大パニックだが、その間に舞台上のシャロンはアベルの前で立ち止まった。騒いでいた面々がぴたりと止まり、誰もが見届ける。


 シャロンはアベルの瞳をじっと見つめ――…短剣の鍔に、口付けるふりをした。


「はへ?」

 顔を手で覆いつつ指の隙間からしっかり見ていたノーラが間抜けな声を上げる。誰かがほっと安堵の息を吐き、誰かが残念そうにため息をつく。

 舞台上で「呆れた茶番だ」とでも言いたげに目を細めた第二王子殿下に、少しだけ頬を赤らめたシャロンはくすりと笑った。年相応の恥じらいを滲ませたその笑顔に観客が息を呑む。


「やっぱり、貴方にはバレてしまうわね。」

 秘め事のように囁いて、シャロンは短剣を持ち直した。

 ここで告げる言葉は自由だと聞いている。それなら自分達らしくあるべきだろうと姿勢を正し、真剣な目で短く息を吸った。


「誇り高く勇猛なる星よ、ツイーディアの祝福を貴方に。」


 シャロンの意図を理解したアベルがゆるりと瞬く。金の瞳に呆れの色はもうなかった。

 短剣が差し出され、口上が続く。


「先を阻む憂いを退け、良き未来へと導かれますよう。」


 かつて滅びたシステーツェの街で、太陽の女神がグレゴリー・ニクソンを見送った時のように。

 導かれる先を、「かの地」ではなく「良き未来」と言い換えて。

 アベルはふと笑って受け取り、口を開いた。


「貴女の祈りに感謝を。この剣は万難を退け、祖国に平和を捧げる為にある。」


 時折二人が交わす芝居がかったやり取りも、もう何度目だろうか。

 貴方はやはり応えてくれたと、シャロンは花がほころぶように笑う。


「優勝おめでとう、アベル。」

「…ありがとう。シャロン」

 アベルは短剣を抜き、天へと掲げた。

 観客を大いに盛り上がらせたその行動は、伝承に倣っただけのほんのお遊びだったのだが――…アベルが僅かに目を見開く。


 煌めいた短剣の刃から一滴の光が勢いよく舞い上がり、上空を覆っていた雲を押しのけ天に大穴を空けた。


 見守っていたシャロンも唖然とする。

 二人が立つ舞台の真上を中心として、よく晴れた丸い夕焼け空が見えていた。コロシアムの上空だけ雲がない。


 下手に控えていたフェリシアは目を丸くし、隣のシミオンがぱちりと瞬いた。アベルは静かに剣を下ろし、観客がどよめき始める。

 シャロンは自分が「晴れていればよかった」と考えていた事、黒水晶(モリオン)のブレスレットはつけているが接触はさせていない事を思い出して青ざめたが、舞台上の沈黙は長く続かなかった。


《――そう、システーツェの祝福だ。》


 シビルの落ち着いた声が響く。ざわついていた観客が一斉に口を閉じ、説明を待った。


《神話学を取っていない者の多くは知らないだろうが、短剣に祝福を授けて渡すのは伝承に則った流れでね。今年は少々演出を凝らせてもらったよ。》


 そういう事だったかと客席の動揺は歓声に変わり、アベルは短剣を鞘に納める。楽隊も頃合いを見て演奏を再開した。

 シャロンはアベルと共に一礼して観客に応え、上級生の受賞が終わるまで待つべく舞台の上手側の端へ移動する。


 二人共、今のが学園側の演出ではない事くらいわかっていた。

 短剣に口付けるフリをして渡すのは《システーツェの祝福》になぞらえた決まりだが、口上まで真似たのはシャロンの判断だ。それに応えたアベルが剣を掲げたのも気まぐれ。

 遥か上空の雲を押しのける程の強力な魔法など、誰かが咄嗟に準備できたはずもない。剣が掲げられなければ演出は成立しないのだから、アベルに事前指示が無かった以上は全てが偶然だ。

 予想外の事象に対し、シビルは学園長として「学園側が把握していた事態であり何も問題はない」と告げ、会場を安心させたまでのこと。


《二年。優勝――シミオン・ホーキンズ。》


 名を呼ばれたシミオンが歩み出て、表彰式は恙なく続く。コロシアムに響く拍手の音に紛れ、アベルは隣へ目を向けずに聞いた。


「今のは何だ。」

「わからないわ…」

 まさかゲーム通りに晴れるなんて。

 シャロンはその一言をぐっと飲み込んだ。動揺を押し隠して微笑みを浮かべながらも、心臓はドクドクと鳴っている。少なくともこの後ホワイトに詰め寄られるのは決定だろう。


 ――ちょっとした祈りや考え事がスキル使用に繋がる場合があると、先生は伝えてくれていたのに。祝福をする事はわかっていたのだから、警戒するべきだったんだわ。でも天候に影響があるなんて……意図的でもないのに、さすがに魔力不足のような気がする。他の誰かの仕業だったりするのかしら…どうやって、何のために?


「……後で話がある。」

 アベルの真剣な声にシャロンは内心ぎくりとしたが、それで肩を揺らすような失敗はしなかった。


「ダンと合流するより先だ。それまで俺から離れるな」

「…はい。」





ゲームシナリオでの一年生戦績◆


<準々決勝>

 〇デューク - ×チェスター

 〇ダリア - ×サディアス

 〇アベル - ×ネイト

 〇バージル - ×ウィルフレッド

<下位決定戦>

 〇ウィルフレッド - ×チェスター

 〇ネイト - ×サディアス

 〇チェスター(7位) - ×サディアス(8位)

 〇ウィルフレッド(5位) - ×ネイト(6位)

<準決勝>

 〇アベル - ×デューク

 〇バージル - ×ダリア

<三位決定戦> 

 〇デューク(3位) - ×ダリア(4位)

<決勝>

 〇アベル(優勝) - ×バージル(準優勝)


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