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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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444.あの頃とは違う私達




 チェスターと別れ、サディアスは汚れたマントを畳んで救護席へ向かった。


 白い天幕をめくって中に入ると、用意された椅子の一つに白茶色の髪の男子生徒が座っている。中性的な顔立ちの彼の左目には包帯が巻かれていた。サディアスが瞬いて呟く。


「ネイト」

「や~、お疲れ様です、サディアス様。勝ったみたいですね。おめでとうございます」

「目を切られたのですか。」

「あはは……ダリア嬢、鞭使ったんですよ。それでズッパリ。」

 サディアスは試合早々に破裂音が響いていた事を思い出し、あれが鞭の音だったのだと理解した。

 カーテンで仕切られた奥から顔を出したネルソンが、新たな怪我人の到着に気付いて「座って傷口を出しておけ」と言って引っ込んだ。ガチャガチャと薬瓶を取る音が聞こえてくる。


「大丈夫、眼球はやられてませんから」

 口の横に手を添え、ネイトが笑って囁いた。傷は殆ど治されており、包帯は跡が綺麗に消えるように薬を塗っているせいらしい。

 頷いたサディアスが座って濃紺の上着を脱ぐと、二の腕部分が赤く染まったシャツが露わになった。せいぜい軽傷と思っていたネイトが少し目を瞠る。


「…平然となさっているから、もっと浅いかと思いました。」

 怪我や痛みに慣れた騎士、あるいはアベルに近しい精神力があるならともかく、サディアスのような怪我と無縁そうな令息には深過ぎる傷だ。普段の授業で経験する擦り傷や軽度の打撲とはわけが違う。

 痛みに顔が歪んで当然なのに、サディアスは他人事のように「それなりに深いですよ」と返してシャツのボタンを外していった。


 浅く切れた頬は魔法を使うまでもないが、腕の傷はそうもいかない。

 ネルソンは傷口の洗浄と消毒を行い、神経系に異常が無いか確認し、治癒の魔法をじっくりとかけていく。傷跡が残らないよう丁寧に治すためだ。

 その間にも二年生の負傷者がやってきて、そちらは《治癒術》担当のローリーが手当てを行う。


 やがて薬を塗りガーゼの上から包帯を巻くと、今日の処置は終わりだ。

 治癒の魔法で殆ど治っていても、肌に跡を残さないようにするにはしばらく医務室に通う必要があるとネルソンは言った。気にしない生徒は通う方が面倒で来なくなるが、貴族はきちんと治す事が多い。


 ネイトは少し面倒そうに聞いていたが、顔の傷である以上は「母も気にするでしょうし」と通う事にした。

 サディアスも予定を空けて通わねばならないが、お目付け役のいない時間が増えるウィルフレッドがウキウキと何かやらかさないか若干不安だ。第一王子殿下は去年からやや行動的なのだ。確実に某公爵令嬢の影響であろうとサディアスは思っている。

 替えのシャツと上着をしっかり着こみ、サディアスはネイトと共に天幕を出た。


「次はチェスターとスペンサー、私と貴方(ネイト)の試合になるでしょうが…」

「アベル様と戦った時点でだいぶ無理しましたし、片目(これ)で貴方とやるには魔力が尽きてる。わたしは棄権します」

「そうですか。残念です」

「ふふ、野良でよければ今度お相手しますよ。それと…チェスター様も不戦勝になると思います。」

 通路への階段を降りながら言うネイトは、片目見えないせいだろう、普段より僅かに足が遅い。

 ダリア・スペンサーの小生意気な笑みを思い出し、サディアスは「彼女も怪我を?」と聞き返した。ネイトが小さく肩をすくめてみせる。


「厳重注意二度目で。」

「強制棄権ですか…」

 事情を聞いてみると、どうも風の魔法でネイトが押し勝ちそうになった途端、降参を口にするより先に魔法を解除して吹っ飛びかけたらしい。

 通常は先に降参を告げ、相手と合わせてほぼ同時に魔法を解くものだ。

 単なる魔法の失敗もありえるので本来それだけで厳重注意にはならないが、ダリアはどうなるかわかっていてわざと魔法を解いたと認めた上、デューク戦での事もあって悪質とみなされた。


「彼女に気に入られてるなんて、殿下達はまだしも、デュークは大変だなと思いましたよ。」

「貴方はあまり話した事がありませんでしたか。」

「えぇ、噂には聞いてたんですが直接は。っと……サディアス様は貴賓席ですもんね。わたしはここで失礼します。」

「お疲れ様でした、ネイト。お大事に」

「ありがとうございます。サディアス様も、どうかお大事になさってください。」

 朗らかに笑い、ネイトは友人達の待つ客席へ戻っていった。

 サディアスも彼とは別の通路へ進む。



《以上で一区切り!次からは七位八位決定戦、続けて五位六位決定戦をやっていきますよ~!(*^-^*)》


 階段を上りきると同時、コロシアムにエンジェルの声が響いた。

 貴賓席の横に立っているリビーと目が合い、サディアスは「問題ない」と示すため小さく頷いてみせる。そして少しの汚れも乱れもない騎士服でぴしりと背筋を伸ばし、しっかりとした足取りで貴賓席のボックスへ入った。

 既に彼の方へ目を向けていたウィルフレッドがにこりと微笑む。


「お帰り、サディアス」

「ただいま戻りました。ウィルフレッド様」

「見事だったよ。怪我は大丈夫か?」

「はい。問題なく」

「ならよかった」

 他の面子は黙ったままだが、アベルはサディアスと目が合うと頷く代わりに一度瞬いてみせ、チェスターは他の客席から見えないよう低い位置でひらりと手を振った。微笑むシャロンが膝の上でそっと拍手し、その後ろではダンが僅かに口角を上げている。


 ――…私が見る景色も、随分変わったものだ。


 黙って一礼し、サディアスは自分の席に戻った。

 エンジェルがトーナメント表を示し、大きく回るようにして飛んでいる。


《一年生はダリア・スペンサー厳重注意二回により強制棄権、よって不戦勝となります!七位チェスター・オークス!》


 歓声と拍手が響き、立ち上がったチェスターが客席に向かって大袈裟に礼をしてみせた。

 健闘を讃えて横で拍手する貴賓席の面々にも丁寧に礼をしてから着席する。


《また、一年生は五位六位決定戦も不戦勝となりま~す。ネイト・エンジェル負傷のため棄権、よって五位サディアス・ニクソン!》


 サディアスも同様に――チェスターより愛想は無かったが、真面目に――客席と貴賓席とに礼をして、静かに座った。

 上級生の対戦カードが読み上げられ、それぞれがフィールドへ飛び出していく。

 同時に、一年生のトーナメント表は準決勝のものへ切り替わった。



 ウィルフレッド・バーナビー・レヴァイン対バージル・ピュー。


 アベル・クラーク・レヴァイン対デューク・アルドリッジ。



 視線を感じ、アベルはゆるりと瞬いてそちらを見やる。

 離れた客席に座るデュークとぴたり、目が合った。

 平日はほぼ毎日手合わせしてきた二人だが、普段の野良試合と魔法ありきの剣闘大会では全く違う。


 自然に浮かんだ笑みを、アベルは抑えることはしなかった。

 デュークは唇を閉じたままごくりと緊張に喉を鳴らし、ゆっくりと口角を上げる。相手も試合を楽しみにしている、その事実に高揚した。


 ――全力で挑ませてもらいます、アベル様。




 互いに戦る気満々の第二王子達と違い、客席最後列に座った小柄な男子はぽつりと呟く。


「殿下が相手か~。」

 背中まで伸びた浅葱色の癖毛を低い位置で結い、緑の瞳をした彼はバージル・ピュー。

 目がぱっちりと開ききっていないので眠たげな印象に見えるが、《剣術》上級クラスを受ける一人であり、母は騎士団で副隊長を務めるという実力者だ。


「わかってたけど、格上だなぁ…」

 観戦席は前へ前へと詰まっており、最後列周りを選ぶ生徒は殆どいない。

 近くに人がいないのを良い事に、バージルはぼんやりとした声で独り言を続けた。

 もちろん「デュークなら勝てた」などと考えてはいない。バージルにとっては三人とも格上だ。


 ――ニクソン様に勝てたの自体、奇跡だったし。


 サディアスとバージルなら、剣術だけで言えばバージルが上だ。

 体術においても咄嗟の応用が利くバージルに有利だが、それ以上にサディアス・ニクソンは魔法の天才だった。最も適性があるのは火の魔法であるにも関わらず、自由自在に風を操って身体能力の不足を補っている。


 バージルが勝てたのは攻撃魔法が禁止である事、サディアスが次を見越して使用魔力に制限をかけた事、そして自身の反射神経が良かった、それだけの事だ。

 考えるより先に体が動く、ほんの僅かな差での勝利だった。サディアスが負けを認めて剣を引いた時、バージルはすぐには結果を信じられず数秒、呆然としてしまった。


 ――僕みたいな半端者が勝ち上がって良いトコじゃないよね、本当はさ。殿下達が綺麗に勝つべきなんだろうし。


 長らく手を抜いていたバージルは自己嫌悪が拭えない。

 まっとうに努力を重ねてきた者達より上に立つ事が正しいとは思えない。

 しかし、俯きそうになる度に頭に浮かぶ顔がある。燃えるような血紅色の髪をした、意志の強い灰色の瞳をした、彼女の姿が。


『全部うるせーって言い返せばいいだろ。つまんねー手抜きより全然良い。』


 ふと、口元に柔らかな笑みが浮かぶ。

 バージルは立ち上がり、横に置いていた剣をベルトにしっかりと固定した。


 ――僕が《剣術》を真面目にやるようになって、《体術》に移動して。殿下は…ウィルフレッド様は喜んでくれてた。そう、人柄はわかってるんだ。「王子殿下に華を」なんて、あの方は喜ばないし望まない。そんな考えがちらっとでも浮かぶのは、「どうせ負ける」の言い訳じゃないの?


「僕って本当、格好悪い。」

 そんな事を呟いて、バージルはぐっと伸びをする。息を吐くと同時に肩の力を抜き、歓声に拍手に野次にと騒がしいコロシアムを見下ろした。


「ただぶつかるのみ、だよね~。」


 見回す中に赤が見えた気がして、視線を戻す。

 遠くからでも目立つ血紅色の長髪の女子が、こちらに向けて大きく手を振っていた。横に白髪の女子も見えるので、手を振っているのはレベッカ・ギャレットで間違いないだろう。


 瞬いたバージルは一応周りに人がいないか確認し、では自分だろうかと小さく手を振り返す。

 レベッカは大きく頷き、拳を突き出した。声がここまで届くわけもないのに、何かパクパクと喋っている。


 ――相手が誰とか関係ねぇ、やったれ……みたいな感じ、かな?


 まだ喋っているので、ひょっとすると「真面目にやれ」のような説教も続いているかもしれない。なにせ彼女には一度、明らかにやる気なく戦って負けた所を見られている。

 バージルは苦笑し、応えるように拳を突き出した。


「ありがと、レベッカ。まぁ安心してよ……君につまんねー試合って言われないぐらいには、頑張るつもりだからさ。」




 場所は戻って、貴賓席。

 下位決定戦が進むフィールドを眺めながら、ウィルフレッドが口を開く。


「やはり俺とお前は最後だな、アベル。」

「そうだね。」

 アベルの声は落ち着いていた。

 貴賓席にいる他の面々は、二人の邪魔をしないようそっと息を潜めている。双子の王子が決勝戦でぶつかるには、ウィルフレッドがバージルに、アベルがデュークに勝つ必要があった。


 それはコロシアムに集った多くの観客が望む未来であり、王家たる者、この期待を容易く裏切ってはならない。


 双子であるからこそ、片方が勝負の場に立てなかった場合――どんな目で見られるか。

 かつての自分ならその恐怖に飲まれていたかもしれない、そう考えるウィルフレッドの目に曇りは無い。

 青い瞳はまっすぐに弟を見つめ、唇は美しく弧を描いた。


「お前と決勝で会えるように頑張るよ。」


 彼は、アベルが勝つ事を微塵も疑っていない。

 そちらを見ないようにしながら、シャロンは「うん」と返したアベルの声を聞いた。微笑んでいるのだろうと思える、穏やかな声だ。


「頑張れ。ウィル」


 互いを認め合う二人に少し涙が滲み、シャロンはゆっくりと瞬いた。



《さあ!大会も後半になってまいりました。これよりは同時試合無しの一組ずつ、制限時間は十五分!お待たせしました、準決勝の始まりです!!(`・v・)+》




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